第42話 雨の日の失踪
家に駆け戻ると、すぐに母さんから事情を説明された。
青奈は、俺と母さんのどちらもいない時間、約十分を見計らって消えたらしい。
「とりあえず探してくる。ただ、出かけただけかもしんねえし、あまり大事にはするなよ」
母さんにそう告げると、俺は雨の中、外へ再び飛び出した。
青奈の行きそうな場所……学校? いや、違うな……友達の所というのもない。あいつは、そういうのを信用していないからな。
「チッ……家の事情に、あまり他人を巻き込みたくないんだけどな……」
俺は素早く携帯を取り出し、電話をかける。
とりあえず、その間も手当たり次第に走り回る。
「もしもし?」
「もしもし、品沼。ちょっと頼みがある――」
品沼の情報力は頼りになる。
それに、特別なことが出来る。
「前に言ってたよな? 携帯の電波辿って居場所が分かるって」
「え? う、うん……だけどそれって、ちゃんとした準備があって……」
GPS機能みたいな感じで、居場所を知ることが出来る。どんな状態の相手でも、大した機械も使わずに、すぐに特定できるらしい。
前にそう言う話を聞いたのだ。
「まあ……今、生徒会室だしね……分かった」
「……なんで、日曜日に学校に、しかも生徒会室にいんの?」
すごく疑問だったが、今は気にしてられない。
青奈の携帯番号を伝え、少し待つ。
「……分かったよ。一応言うけど、二十秒だけしか使えないから、移動されたら追えない。……遠い。町の外れ――」
俺はすぐにその方向に向き直る。
すぐさま駆け出して、全速力で道を走る。
「――あの、研究所だった場所の近く」
俺は適当に品沼に礼を言うと、通話終了ボタンを押して、携帯を閉じた。
もしかすると……青奈は、フェニックスプロジェクトの研究者達に、接触されたのかもしれない。
いや、そうだ。
確信とまではいかなくても、その可能性は高い。
俺への接触がなくなって、少し安心していた。が、それと同時に、言いようのない不安感もあった。
あいつら……!
どんなに俺へ当たっても、なんとか弾いて跳ね除けられているから、標的を変えやがったんだ。
同じ、巡る命の魔法……不死鳥の身体、不死の命を持つ俺の妹……青奈を狙ったんだ。
俺と青奈にかかっている、不死鳥の魔法にも差があって、一概に同じとは言えない。それは、俺が研究所で見た青いファイルも証明している。
しかし、それと同じく、ファイルには書いてあった。
不死鳥の魔法の適性は高いのかもしれない。
「もし……青奈が……何かを吹き込まれたんだとしたら……」
駄目だ……嫌な考えばかりが浮かんでくる。
さっきからずっと、移動魔法どころか、風魔法さえ使って走っているが……やはり遠すぎる。
「クソッ……! クソッ! チクショウッ!!」
時間がかかりすぎる……!
「何をしているんだね?」
いきなりの声に、俺は立ち止まる。
左を向くと……車が止まっている。
その運転席の窓を開けて、俺に気軽に話しかけてきた男を見て、愕然とする。
「雨が降っているというのに、傘もささずにそんなに走って」
年齢は四十ぐらいで、眼鏡をかけている――
「目的地まで、送っていくかい?」
その、白衣を着た男は、静かに言った。
誰であろう……陽愛と折木の家に初めて行った日の夜、俺をメールで川原に呼び出した魔装法研究者。フェニックスプロジェクトにいた、と確かに俺に言った男だった。
◇
「なんで……俺を助けた?」
俺は、男の車の助手席に乗り込み、威嚇して言う。
しかし、男は気軽だ。
「別に。そうだね……困っていたから。まあ、君が思ってるみたいに、現フェニックスプロジェクトだって一つじゃないってことさ」
適当に言っているが、ちゃんと研究所へ車を走らせてくれている。
雨がいよいよ強くなってきた。
「……現、か……やはり、再結成したってことかよ」
それぐらいは予想していた。
というか、明らかだろう。この男が接触してきてから、研究者が続々と動き始めたんだから。
「ま~ね。君は過去に囚われて、フェニックスプロジェクトの表しか見ていない」
「ふざけんな……知ったようなことを……」
俺がキレ出す前に、男は遮ってきた。
「そんなに怒るなよ。君に今の目的は、妹――白城青奈を助けることだろ?」
そう言って初めて男は、しまった、という顔をした。
俺が睨む。
「おい……! 助ける? 今、青奈はそういう状況なのか!?」
もう五分ほどで着く。
装備を確認しながら、再度男に問いかけると、ため息をついた。
「隣で怒鳴るなよ……ま、僕は手を出さないし、あっち側にも手を貸していない。送ってあげるだけ」
仕方ない……今は、これ以上訊くことは出来ない。
そういう余裕もないしな。
こいつの目的……言葉の意味も分からないが、それは後回し。
「一応……礼だけは言っておくよ。ええと……」
「江崎登吾。以後、お見知りおきを」
江崎は本当にギリギリの場所に車を停めて、俺が扉を閉めた瞬間走り去った。
「……なんだったんだ……」
とにかく急いで、ぬかるむ道を進む。
外には……いない。
もしかすると、町の外へと出てしまったのかとも思ったが……車が三台、停まっている。
青奈は、あのどれかでここへ来たに違いない。
そうじゃなければ、時間的に、ここへ来ることは不可能だ。俺がそうだったように。
「と、いうことは……」
俺は、今や使われていないハズの研究所の扉へ、ゆっくりと近付いた。
右手を銃に添えて、ゆっくりと扉を開ける。
誰もいないが……そこがむしろ怪しい。
出来るだけ足音を消して、通路を進む。向かった場所は正解だったらしい。
昨日俺が来た、一番設備が整っている研究室。
中を覗き込むと……男が四人、女が二人立っている。
その中に一人……椅子に座っている女の子……。
「青奈……ッ!!」
焦る気持ちを抑えて、様子を覗う。
合わせて六人の……おそらく研究者たちは、何かを待っているようだ。
青奈は暗い顔をして、うなだれている。
一人の女が、近くにいた男に何か囁いた。
「……!」
よく見ると……昨日、俺が開けっ放しにしていたあの隠し部屋に、誰かがいる。
三人……つまり、戦うことになれば敵は九人だ。
五分ぐらい待っていると、やっと隠し部屋の三人が出てきた。
「あの部屋には、既に資料は残っていない」
初老の男が言うと、全員が顔をしかめた。
三人中、二人は男、一人は女。初老の男の隣にいるのは、俺が昨日会った男――重要書類の青いファイルを奪った奴だ。
「白城黒葉が奪って行ったんじゃないの? シバヤマが奪い損ねて」
ファイルを奪った男を見て、一人の女が言った。
柴山と呼ばれた男は、心外だという顔をした。
「あいつが取り出すのを確認したよ。それよりも、今はこっちだろう?」
そう言って、青奈を見る。
「資料よりも、実験台がある」
思わず拳を握り締める。
あいつらからしたら……青奈や俺は、実験台でしかない。
人間として、見ていない。
「……本当なんですよね」
青奈が突然、顔を上げて口を開いた。
「メールに書いてたこと……私が実験に協力すれば、もう、お兄ちゃんには会わないって……信じていいんですよね?」
そんなことを……メールで青奈に……。
もしかすると、あることないこと吹き込んだんじゃねえのか?
青奈は、それに傷付いていたのか?
「そりゃあね。君のお兄さんに怪我させたりしていたのは……君たち、君が実験協力をしてくれないからだったんだから」
――キレた。
あいつら、俺が元不良の先輩と戦って怪我したのを知って、それを自分たちのせいにしたんだ。
しかも、それを青奈のせいにした。
それをネタにして……青奈に実験に協力させようとしたんだ――
「まあ、そういうことだ……では、この研究所に留まる訳にもいかないしな。そろそろ移動しようか」
青奈がゆっくりと立ち上がる。
その首には……俺と兄さんからのプレゼント、ペンダントを下げている。
青奈――
「お兄ちゃん……ごめんね」
ペンダントを握って呟く青奈。
「でも……いいよね……これ以上……辛い思いは――」
「いい訳ねえだろ」




