第41話 白城兄妹
白城白也――俺の兄さんは、とても魔装法を使うことが上手かった。出来るだけ争わない人だったが、戦いとなると強かった。魔装法を使わない肉弾戦でさえ、負けた所を見たことはない。
頼り甲斐があって……家族の事を考えていて……優しい人だった。家族のためににキレて、とんでもないことをやったりしたが……それでも、根は優しくて、争いは好まなかった。
「白也は、優秀な生徒会長だった。魔装法も上手だったし、頭脳明晰で、周りの事への気配りもすごかった」
陽毬さんの話は、在学中――高校三年生の時の、俺の兄さんの話だ。
「私が知り合ったのは三年生で、それまでは名前を知ってる程度だった。三年で同じクラスになって、生徒会にも入って……親しくなった」
俺は黙って聞いている。
陽毬さんが近くの電柱に寄りかかったので、俺も自転車を停めて壁にもたれかかる。
兄さんと陽毬さんは、意外に深い仲だったのか……?
「優しくて気が利いて……皆から信頼されて、好かれてた。でも……白也は、本当に心を開いていなかった。何かを隠してた」
兄さんも、そうだった……のか。青奈もそうだ。
もしかすると、自覚していないだけで、俺も――
「だけどね……私には、教えてくれたんだ――」
「――君たちに起こった、三年前の事件について」
衝撃を……受けた。
フェニックスプロジェクトの関係者、白城家の家族意外で……あの事を知っている人間がいるだと――?
俺が何も言えないでいると、陽毬さんは曇り空を見上げて、再び話し出した。
「だから……実は知ってるんだ……君が、どんな身体の状態で、どんな重みを背負っているのか。おそらくだけど、そのことは私しか知らないと思うよ。白也が他の人に話してなければ、ね」
なんで、なんで話したんだ?
兄さんは、俺や青奈のことを考えてくれていた。
誰よりも傷付いていた青奈を、慰めようとしていたし、励まそうとしていたし、何よりも――守ろうとしていた。
「ごめんね、いきなり。君の心の内に、土足で踏み込むようなことしちゃって」
俺は渇いた唇を舐めて、なんとか口を開く。
「……いえ、別に……。話をさせたのは……俺、ですし……」
それを聞いて、陽毬さんは少しだけ安心したような顔をした。
そうだ……陽愛の姉さんなんだし、兄さんだって、信用して話したんだろう。大丈夫だ。
「それで……肝心の、白也の所在だけど……」
遂に、俺が知りたかったことが、陽毬さんから明かされるのか?
なんで、突然いなくなったのか。
「目的は……ごめん、分からない。家族に関係してるとは聞いたけど……。場所も、詳しくは知らないんだ。でも、アメリカにいることは確か」
「あ、アメリカ?」
いきなり国境を越えられてしまって、間の抜けたな声が出てしまった。
アメリカ……そりゃ、遠いわ……。
「本当に、ごめん。それぐらいしか、私の知っていることはないんだ」
確かに、あまり詳しい情報は聞けなかったが……充分だ。
「いえ、ありがとうございました」
俺は一礼すると、壁から背中を離して、自転車を少しだけ前進させた。
思わぬことも聞けたし……なぜか、アメリカにいるということも分かった……というか、生きていることが分かっただけで感謝してる。
背を向けて、立ち去ろうとすると……。
「ああ、黒葉くん!」
振り返ると、ニコッと笑った陽毬さんが手を振っている。
「家の妹をよろしくねー!!」
あの話の後に、そんなに元気良く言われるとなぁ……。
俺は苦笑いしながら、手を振り返した。
◇
自転車でゆっくりと帰宅した。
今日は曇りということもあって、既に外は暗くなっていた。
母さんがいるので、晩飯を作る必要はない。部屋に入って、俺は音楽プレイヤーで曲を聴きだした。
ふと、携帯を取り出して、メールをチェックする。
陽愛には、俺からメールをしておいた。家にいきなりお邪魔して、いきなり帰ってきちゃったからな……メールだけでもしておかないと。
金曜日に来た、見知らぬ番号からのメール。そして……いつの日か、テンラン事件で、陽愛と折木が危ないと、俺に伝えてきた見知らぬ番号からのメール。
「やっぱり、か」
同じ。同一の番号。
誰からか……俺がメールを返して、コンタクトするのもいいが……得策ではない。危険だしな。
分からない……一体、何がどうなってんだ?
◇
次の日の日曜日。
瑠海が珍しく、後ろ向きなメールを送ってきた。
父親があるパーティーに参加するらしく、瑠海も同行するということだった。
『暇なんだよねぇ……堅苦しいしさ……。行きたくないよー(泣)!』
ああ、お偉いさんが開いたパーティーか。
そりゃ、堅苦しいよ。瑠海には、合わないもんな、そういう場所は。
あいつの場合は、その場によって自分を演じられるが……疲れるんだろうな、やっぱり。
「どんまい……としか、返せねえよな」
とりあえず頑張れ、瑠海。
すると、返信と同時に折木からメールが来た。
『明日の、クラス対抗の代表って……どうなったの?』
そういや、あれってどうなってんだ?
すっかり忘れてたけど……金曜日、青奈のことで頭いっぱいだったからな……確認してねえ。
俺も分からない、と返してから、品沼にメールする。
すると、意外な答えが返ってきた。
どうやら、当日に発表されて、知らされて、戦うとのことだ。
準備などは出来るだけしないで、咄嗟の状況や状態で戦わせたいらしい。
「うっわー……さすが、魔装法実技となると、やること狂ってんなぁ……」
悪態をついて、品沼にそういうメールを返すと、グッド! ニッコリ、みたいなメールが来た。
馬鹿にしてんのか、と更に送ると、再びニッコリメールが来たので諦めた。
着替えて一階に降りると、母さんが仕事の用意をしていた。
「あれ……青奈は、どうすんの?」
聞いてみると、慌ただしく答えてきた。
どうやら、勤めている洋菓子店で、急に欠員が出たらしい。
「ふうん……ま、今日は出かける予定はないしな」
「とりあえず、午後になるちょっと前には帰ってくるわ」
俺が言うと、それだけ返してきた。
朝飯もそこそこに、七時には家を出て行った。
正直……青奈と、再び話す勇気はない。
「何……逃げてんだよ、お兄ちゃん」
自嘲気味に言って、インスタントコーヒーを淹れる。
格好のいいことだけ言って、綺麗なことばっかり喋って、結局俺は、何も出来ていない。何も分かっていない。
青奈が何に苦しんでるのか。
「そりゃ……苦しいだろ。自分の身体は……普通じゃない。人間じゃない……って」
そう、自分で言っていた。
叫んでいた。
俺は、何もしてやれていない。
◇
自室で本を読んだり、ネットを開いたりしながら時間を持て余していた。
すると、母さんからメールが来た。
どうやら、青奈が何かを頼んだらしい。
カレーの材料を買って来て欲しい、とのことだ。それだけの買い物するなら、商店街の方が早いな……。
学校の方面に行って、駅近くにも少し買い物できる所はあるのだが。
母さんは数分で帰宅出来るらしい。
洋菓子店も商店街の方のハズだが……方角が違うし、帰宅途中なのだろう。
「しゃあねえ……行ってくるか」
俺は外へと飛び出す。
すると、その瞬間。
「……ん?」
遂に、どんよりした雲の重さに耐え切れずにか、雨が降り出した。
自転車で行こうと思っていたのに……。
「くそ……間が悪いな。傘どこだっけ?」
探してみたが、どこだったか忘れてしまった。
あった一つも壊れている。
「あ……母さん、持ってたな」
さすがです。
もういいや……本降りになる前に、走って行って、途中で買おう。
そんな感じでデパートに着いた。
途中で止みそうだったので、コンビニで傘を買わなかったのだが……。
「降ってきたな……俺を陥れてんのか?」
ため息をつきながら、俺は買い物をとりあえず済ませようとする。
すると、メールが来た。
母さんからだ。
もう、家に着いたんだろうな……俺とは、別ルートだから、会わなかったけど。
メールを開くと、それは予想外の内容だった。
『青奈が消えました。急いで帰ってきて』
本当に風を切る速さで、俺はデパートを飛び出して道へ出る。
雨の中を、それを弾くぐらいの速さで走り抜ける。
なんで……なんで?
何してんだよ俺。馬鹿じゃねえの?
近くにいて、何もしてやれない? 何もしてないだけだろ。
青奈が俺に心を開いてくれるの待って、それを理由にして逃げていただけじゃねえか。そんな奴に、誰が心を開いてくれんだよ。
苦労してる奴に、更に苦労させてどうすんだよ。
それでも……兄とほざくのか、俺?
「チ……ックショウッ!!」
俺は魔装法を使いながら、全力で家に駆け戻る。
まだ、何かやれる……やらないと、いけない。
どこに消えたってんだ……青奈――!!




