第40話 高校時代
研究所の外へ出ると、雲はまだ持ち堪えていた。
しかし、今にも雨が降り出しそうな天気だ。
俺は沈んだ気分で自転車に乗る。
そういや……この自転車は、青奈のだったな……。俺の自転車も、そろそろ買わなきゃな……。
そんな、どうでも良いことを思いながら、俺はゆっくりと家へ自転車を走らせた。
「ただいま」
家では、今日も母さんが仕事を休んでいる。
まあ、家の主な収入源は父さんだから、母さんの仕事は趣味みたいなものになってしまっているからな。
部屋に入って携帯を開くと、適当にメールを流したせいで、結構未開封メールが貯まっている。
どうでも良さそうなメールに、適当に返信する。
すると……俺の携帯に登録されていないメールが。開いた。
『昨日は悪かったな。でも、話す気になってくれたら、いつでも話してくれ』
よく見ると、輝月先輩からだ。
……なんで、俺のアドレス知ってんの?
この頃、色んな人にこの疑問を感じるぞ?
大丈夫です、分かりました、とだけ返信しておく。それと、登録。
まあ、後は瑠海からの熱烈なメールなどは無視しておく。
気付けば、もう昼頃だったので、軽く昼飯をとって昼寝した。
◇
起きると……時刻は午後三時。
「やべえ……意外と寝ちまったな」
起き上がると、部屋を出て一階へと降りる。
母さんがソファに横になったまま寝てしまっていたので、薄い毛布を掛けてやる。
喉が渇いたので、冷蔵庫を開けてペットボトルの天然水を取り出す。
飲んでいると、携帯が鳴り出した。
……俺、そこまで電子機器とか、好きじゃねえんだよな……携帯持った時も、連絡が簡単に出来る、みたいな考えだけだったし。同年代が、いつも弄ってるみたいに使ってはいねえんだよ。
「誰からだ?」
着信音……通話か。正直、面倒だな。
確認して……力が脱ける。
もちろん、通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ、黒葉? 良かった……メールだと、なんか元気なさそうでさ……心配しちゃった」
陽愛だ。
「ああ……まあ、ちょっと、妹がな……」
話して問題なさそうな箇所を教える。
もちろん……身体のことについては、話さない。
「へえ~……黒葉の妹さん……青奈ちゃん、だっけ? 暗い性格?」
陽愛が心配そうに聞いてくる。
前に、妹の話は軽くしたしな。
「ん~……いや、そうでもない。前に話した時は、無愛想な奴だって言ったけど……実は、俺と仲が悪いだけなんだ。根は、明るい奴だよ」
「も~! 兄妹なんだから、ちゃんと仲良くしなさいよ~!」
怒ってるのかどうか……まあ、正しいことは言ってんだろうな。
俺は笑いながら返す。
「はいはい……そう言うお前はどうなんだよ。陽毬さんと、仲良くやってんのか?」
「う……そう言われると……」
実際、仲はいいんだろうな。
でも、素直じゃねえからなぁ……。
「それに、バイトで家にいないしさ。ああ、それと、なんか人に会ってるみたいだし」
……そういや、そうだったな……おそらく、生徒会に話を聞かれたんだろう。
羽堂先輩の情報が正しければ、あの人は何も知らないって言ったらしいけど。
「なんかね、高校時代のアルバムとか見ててね。まあ、卒業したのが今年だし、懐かしいのかも――」
「待て、アルバム……?」
陽愛の言葉を遮った。
なんで……アルバムを? ただ、懐かしくなっただけ?
「アルバム……? どうかしたの?」
「……それ、家にあるか? 今」
俺が聞くと陽愛は、うん、と言った。そして、何かを動かす音。
「今から……家行っていいか?」
そう言うと、陽愛が突然慌てた。
……? どうした?
「え? 来るの? 今から?」
……なんか、タンスとかが開く音がする。衣擦れの音とか……何やってんの?
俺は片手で、テーブルにあったメモ用紙を破り取り、母さんに書き置きを残す。
家を出て、自転車置き場へと向かう。
「ん、と……。い、良いよ、来ても」
「……ああ、サンキュ。んじゃ、今から行くから」
そう言って通話を終了する。
なんか、迷惑だったかな?
そう思いながらも、俺は曇天の空を眺めながら、自転車を漕ぎ出した。
「や、やっほー」
「おう……」
鷹宮家に着いた俺は、なんか唖然としていた。
陽愛が……すげえ、可愛い服装で出てきた。
何度も言うが、俺は詳しくないので知らないが……ゆったりした感じの服で、スカート……まあ、おしゃれ、だよな? 多分。こいつ、いっつも家でこんな格好してんのか?
長い黒髪が輝いている……手入れ、大変そうだな。青奈なんて、出かけなきゃボサボサでも気にしないぞ。本当はもっと短くしたいらしいが、肩まで伸ばしてるのが似合っているので、そのままだ。
「じゃあ、お邪魔します……」
家に入って、リビングのソファに座る。陽愛も向かいに座る。
「あ、コーヒーでいい?」
「ん? ああ」
陽愛は既に立って、コーヒーを淹れに行く。
あいつの接客態度は、どこに出しても恥ずかしくない、と思う。
コーヒーをテーブルに置き、俺が一口飲む。
「美味い……え、これ、何で淹れた……?」
「ん? これはね……」
俺が率直な感想と疑問を言ったことで、陽愛と俺の他愛ない会話が続く。
おっと……率直な感想として、言い忘れてた。
「陽愛」
「ん? 何?」
「なんかおしゃれって感じで、可愛いぞ。似合ってる」
俺が言った瞬間、陽愛は横からいきなり殴られたみたいに顔を背け、震えている。
顔が真っ赤になってる。
……あ~……俺だって、そこまで鈍感じゃないぞ? 小説とかの主人公でもあるまいし。
さすがに、いきなり可愛い、って褒めると照れるよな。
言われた時、ほぇっ!? とか可愛い声上げてたしな。
「そ、そういうことを、自然体で言わないでよ、バカ……それに、言うタイミングおかしいでしょ……」
何かブツブツ言ってる。
そんなに恥ずかしいか?
「いや、なんかごめん……その、頼みたいことあるんだけど」
とりあえず謝って、本題に移らせてもらう。
「え……? いや、別に! 謝る必要はないよ!」
慌てて、両手を前に突き出してヒラヒラさせている。
頼みたいことって? という質問に、俺は切り出す。
「陽毬さんの……高校時代の、アルバムを見せて欲しいんだけど……」
すると、陽愛は案外簡単に頷いて、取りに行ってくれた。
俺はコーヒーを飲みながら待機。
「……これだよ」
持って来てもらったアルバムを受け取り、急いで開く。
三年生の時のページだ。
俺のただならぬ雰囲気を感じてか、陽愛は黙っている。
三年生の時の、委員会毎の写真のページを探す。
青奈のことについては……本人が心を開いてくれないと、分からない。
だから俺は……生徒会への協力としても、個人的なこととしても、フェニックスプロジェクトの組織を調べる。
そのために……今、俺がやれることは……兄さんの所在を掴むことだ。
今日、研究所で戦った男は、兄さんの技を使った。それは兄さんが、失踪した後に、フェニックスプロジェクトの研究員や組織と、何らかの接触をした可能性があるということだ。
目当てのページを見つけ……確信する。
「やっぱり、な……」
生徒会の写真……生徒会長の表記がある兄さん……その隣で、親しげに肩にもたれている副会長表記の生徒……。
「陽毬さん、か」
そう、鷹宮陽毬。
彼女は、現役三年生の頃、生徒会に所属していた。しかも、副会長という重役で。
現生徒会は、それを知って接触したのだろう……この事実を、俺に意図して隠したのかどうかについては分からないが……。
「そうだよ、生徒会に入ってて……って、あれ? この人……黒葉の……お兄、さん……?」
ああ、と俺は頷く。
兄の話は、していなかったからな。驚いただろう。
これが分かれば……後は、待つだけだ。
「私に、話があるかい?」
背後からの声に俺が振り向くと、そこには陽毬さんが立っていた。
「お姉ちゃん、いつ帰ってたの?」
陽愛が驚きながらも、責める口調で言うと、陽毬さんはニコッと笑った。
「すまんすまん。今帰ってきたとこだよ」
そう言うと、俺を見据えた。
立ち上がって、目を見つめる。
「はい……訊きたいことがあります」
陽愛がオドオドする中、俺と陽毬さんは一緒に外へ出た。
ちゃんと挨拶はしていく。
「じゃあな、陽愛。お邪魔しました」
「え……うん、またね」
いきなりのことに戸惑ったが、陽愛はニコリと可愛らしく笑って、手を振った。
俺は自転車を押しながら、陽毬さんは俯きながら、しばらく無言で歩いていた。
ある程度、鷹宮家から離れると、陽毬さんが止まった。
「いい子だろ?」
いきなりの質問に驚きながらも頷く。
「そうですね……」
「付き合っちゃえよ」
真面目に返事しようとしたのが、馬鹿みたいだった。
「なんで、そうなるんですか」
「いやさ、あいつ容姿端麗で性格もいい方だし、頭もそこそこだしさ……魔装法は微妙だけど、できた妹だろ? なのに、あいつは彼氏作んねぇんだよな」
……なんか、結婚しない娘を気遣う母親みたいだ。
てか、そんなことに首突っ込むなよ。ったく。
「本人は告白とかされてるし、逆に嫌気が差したんじゃないですか? 本人が嫌なら、無理はさせられないでしょ?」
俺が言うと、陽毬さんは遠くを見つめて、う~ん、と唸った。
「そう、だよなぁ~……うん、そうだな……」
納得してくれったぽい。
すると、俺に向き直ってきた。
その目は……とても威圧感があった。
「それじゃあ、話そうか。君が聞きたいこと――白城白也。東京魔装高第三高校の第六代生徒会長。今年度卒業し、そのまま行方不明の――」
「君の、お兄さんの話を」




