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第39話 隠し――

 

 その日は……家に帰ってから、何をするでもなく寝てしまった。

 明日が土曜日という事もあってか、陽愛や折木、瑠海からのメールがあったのだが……俺は携帯を開かなかった。

 今日ばかりは、青奈の心配さえもできていない。

 ずっと、何かの恐怖を感じていた。

 

 ◇

 

 土曜日の朝……俺は、早々と着替えると外に出た。

 自転車であの場所(・・・・)へと向かう。

 未だに空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうではあった。

 それでも、自転車でもなければ時間がかかってしまうのだ。

 

 着いた時には、八時三十分頃。

 そこは……フェニックスプロジェクトの研究所だった場所だ。

「ここに来たのは……あれから、二度目だな……」

 この前来た時は、『テンラン』の本拠地になっていた時だ。

 警察も調べ終わって、とっくに撤退している。

「何も……ないだろうけど……来てみる価値はあっただろ」

 壊れている扉を動かし、中に入る。

 既に朝だが、内部は電気も通っていないし、とても暗い。窓からの光は少なく、足元も危ない。

 俺は真っ直ぐ、この研究所で一番重要とされていた研究室へと向かう。

「さすがの警察だって、気付いてねえよな」

 一人呟き、電子パスワード式の扉の前に立つ。

 当然、電気は通っていないので、パスワードは不必要だ。スライドさせて開けられる。それでもまあ、年月が経っていようとも、扉は昔の見た目通りのままだ。

 ここだって当然、警察が調べたろうが……きっと気付いていないハズだ。

 まあまあ広い部屋だが、機材だのなんだのが、ごちゃごちゃと置かれているせいで狭く見える。

 置かれているという言い方は正しくないか。

 警察が引っ掻き回したせいもあるのだろう、荒れまくっている。

 壁に埋め込まれたモニターがある。一メートルぐらいの大きさの黒い画面……傷付いているが……まだ綺麗だ。

 でもまあ……俺はそれを……。

「……ふっ……」

 拳銃(パラ)を抜きざまに発砲する。そのモニターに向かって。

 しかし、かなりの特殊素材なのか、ほとんど傷も付けずに銃弾を弾いた。

「やっぱ……変わってねえか……」

 俺は近付いて、モニターの右側の(ふち)を指でなぞる。

 下側の方に……小さく、刃物のような突起物が出ている。見ただけでは分からず、こういう風に触らなければ気付かないだろう。それを、俺は強く指先で押す。

 すると、その上から小さなレバーのような物が飛び出してきた。それを上に動かして戻し、横に引っ張って戻し、元の場所に押し込む。

 カチャリッと音がして、モニターの右側が、外れたように少し前に出た。

 その隙間に手を掛け、思いっきり引く。

 その中……黒々とした空間に、俺は入っていった。

 

 中は狭く、暗い。

 手探りで壁のスイッチを押すと、予備電源が入り、明るくなる。

 ここだけは……特別。完全な鉄壁。隔絶された空間だ。

「ま……それも、物理的防衛以外じゃ、役に立たねえよ」

 四角い空間に、書斎机が一つ置かれている。

 近寄って、引き出しの一つに手を掛ける。これは、簡単に開いた。

 

 『フェニックスプロジェクト~実験体による実験結果~』

 

 そういう名目の青いファイルが入っている。

 この空間は……重要書類を隠すための部屋であり、また、非常時の避難場所にもなっていた。俺は一度だけ、お偉い研究者が入っていくのを見たことがある。

 このファイルが持ち出されなかった訳は――

「死んだから、か。この部屋の存在を知っている人間が」

 正確には殺された。

 兄さんによって。

 いや……全員が死んだのではない。

 俺の知っている限り、この部屋の存在を知っていた人間は三人、生きている。

 一人は……刑務所だ。

 もう一人は……研究自体が潰される前に行方をくらませた。

「後は俺だけ、か」

 そうじゃなければ、この重要書類はとっくに研究者たちによって見つかっている。

 偶然見ていなかったら、俺だって知らなかったんだし……ま、幸運だったよ。

「……言っていいのか?」

 幸運だって。

 俺は……来るべきじゃなかったのかもしれない。

 なんで、自らを傷付けた研究の忘れ形見を見つけに来てる?

「とにかく……何か、分かるかもしれない」

 俺は意を決して、ゆっくりとファイルを開く。

 

 『フェニックスプロジェクト 白城 青奈』

 最年少にして、不死鳥の魔法を身体に受けた少女である。彼女の肉体は滅び、不死鳥の魔装法によって、仮の肉体を生成されている。

 白城の兄妹たちの中で、最も不死鳥の力が弱く、不死の魔法を発動した後の寿命の減りが大きいと思われる。一回の行使により六年程の消費が伴われるという説が有力である。

 彼女の不死魔法による、身体の特徴は特にない。

 人間と同じように成長する。運動能力や脳内に対する影響もほぼないだろう。

 やや、攻撃的な能力部分に不死鳥の力が使われている兄たちに対し、不死鳥という特性の如く、治療系の魔装法の効果が高い。もしかすると、兄たちよりも、不死鳥の魔法の適性は高いのかもしれない。

 

 そこまで読んで……ファイルを置いた。

 無理だ……俺には、この内容は辛すぎる。

 青奈の傷が、痛みが、呪いが、俺には重すぎるんだ。

「それ、渡してもらっていいかい?」

 後ろからの声に振り返る。

 そこには、長身の眼鏡の男が立っていた。

「なるほどねえ……隠し扉か。子供っぽいなあ……でも、好きだよ、僕はこういうの」

 二十代後半……ぐらいだろうか。

 目を細めて、俺の手元のファイルを見つめている。

「張っとくもんだねえ、確かに。妹のことで、そろそろ動くとは思ってたけどさ……ここまで分かりやすいとは」

 こいつ……ふざけてんのか。

「お前……フェニックスプロジェクトの研究員か?」

 パラに手をかけながら、俺は鋭く聞く。

 見た限り、相手は一人のようだ。

「う~ん……別に、僕は研究をしないんだけどね。フェニックスプロジェクトの研究材料を集めていると言っていい」

 敵ってことに、変わりはないらしい。

 それならそうとハッキリ言えよ。

「戦っていいのかどうかを、ハッキリさせろって」

 そう言いながらも、俺はパラを抜いて二発撃つ。

 速度強化しかしていない銃弾だが、攻撃としては充分のハズだ。

 しかし……二発の銃弾は、男の手によって払われる。

 見ると、男は手に、輝月先輩のようなメタルズハンドを填めている。こちらの方が、輝月先輩のよりも重そうだ。

「戦いを選ぶなんて賢明じゃないね。大人しくファイルを渡してくれたまえ」

 男は表情変えずにそう言うと……俺に右手を向けてゆっくりと開いた。

 危険を感じ、狭い部屋で横に飛び退く。

 男の手のひらから、何かが高速で飛んできた。

 壁に突き刺さったそれ(・・)を見ると……小さな鉄片が、ドリルのような形に加工されている金属物だ。

「チッ……!」

 明らかに、狭い部屋では不利だ。躱し切れない。

 しかし、扉の前には男が立っている。

 移動魔法で近付き、左手でナイフを抜き放つが……。

「おおっと」

 メタルズハンドの左手で、ナイフを鷲掴みにされる。

 この武器(メタルズハンド)の利点は……こういう、咄嗟の防御に使えるってのもあるよな。

 でもな……!

「はあッ!」

 掛け声で一瞬、右脚を上げて男を蹴りつける。

 入った……ハズが――

「ぐあッ!」

 俺の方がバランスを崩し、床に倒れる。

 すぐに立ち上がるが、右脚に痛みを感じてよろめいた。

「て……テメエッ!」

「何を怒っている? お前の自業自得だ」

 そう言うあいつの身体には……。

「防弾チョッキ」

 俺は憎々しげに吐き捨てる。

 防弾チョッキの防御を、攻撃に転じる方法が魔装法でなら可能だ。

 武器と魔法の相性……それを利用して、素材も利用すれば、自動カウンターもできる。

 しかし……今のは……!

「それは……! それは、兄さんが編み出したやり方だろ……! 特殊だから、俺と兄さん以外は知らないハズだ……!」

 そう、新しい戦い方を生み出すのが趣味だった兄さんは、そうやって技を考えていた。

 防弾チョッキなんて普通はないから、ただの考え、だったのだが……。

 色々とこねくり回していた割に、このカウンターはシンプルだ。

 防御魔法を弱めに張り、相手の攻撃を少しだけ喰らう。その分を、背後に密着している防弾チョッキに伝えて、自分の攻撃魔法をプラスする。

 この力を方向転換させて、相手に向ければ完了だ。

 ただ、この方向転換に問題がある。そんなことは普通できないが……それをするのに、防弾チョッキは適性だ。

 防弾チョッキは防御力も元々高く、調整しやすい。そして……強靭な繊維で作られている。それがポリアミド繊維だ。

 この繊維を使った防弾チョッキは、攻撃の威力を分散させる、という働きもある。

 それを利用し、少しばかり喰らって、背中側で自分の攻撃に転じた相手の攻撃、これを分散させる。強化魔法で。

 更に、その分散を反対方向にも打ち出すように魔法で修正して、自分の攻撃魔法も乗せる。

 難しそうで、イメージはシンプルだ。

 しかし……これを実際にやる奴は……いない。

 第一、俺が感じただけで分かる通りの特殊技。そして、俺と兄さんしか知らないハズだ。

「それを……それを! どこで……!」

 男はニヤリと笑って、俺に、着ていたコートを投げてきた。

 目隠しか、と思って払おうとする。

 が、寸前で気付く。

 ……爆発魔法!

「ぐああッ!」

 咄嗟に両腕で顔を守り、一歩下がる。

 けれど、コートの面積もあり、火薬でも仕込んでいたのか爆発はでかかった。

 コートは塵になり、爆風が俺を突き飛ばして壁にぶつけた。

「痛ッ……」

 目眩のする中で、なんとか起き上がる。

「ま……貰ってく。今回は戦いたい訳じゃなかったしね」

 そう言って、男はファイルを手に取っている。

「待て! それには……俺たち兄妹の……!」

「……残念だな。お前らは、三年前から実験体(モルモット)でしかねえんだよ」

 男はそう言って凄むと、一瞬で消えていった。

 手に入れた情報さえ……失った。完全な油断、失態だ。

 俺は、ふらりと隠し部屋を出た。

 男を追う力は、もう残っていないし……何よりもう、間に合わない。

「……なくて、良かったんじゃないか?」

 自分には残酷過ぎるんじゃないか?青奈には辛すぎるんじゃないか?

 逃げてるだけだ、なんて格好いいこと言って、それが正しいって思ってる。

「……逃げちゃ……駄目かよ」

 向き合わなければいけないのか?

 自分たちは巻き込まれただけで、運が悪かっただけで、その時がたまたま不幸で――

 そんな理由しかない呪いの運命に、付き合わなければ、向き合わなければ、対峙しなくてはいけないのか?

 巡る命のこの身体に……本当の命なんて、宿っていないのか?

 やめろ……深く考えれば、堕ちるだけだ。自分で自分を追い込んでどうするんだ。

 青奈が苦しんでる時に、(おれ)が弱音吐いてどうするんだ。

 自分には……やるべきことが、あるハズなんだ。今ここで、俺が立ち止まっている訳にはいかない。

 

  

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