第37話 収まった事と、収まっていない事
女子というのは……昔から、誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持っていると思っていた。
……間違ってないかもしれないぞ。
早くも、下校しながら、陽愛、折木、瑠海の三人は笑いながら話している。先ほどの、殺伐とした空気はどこへいった。
少し後ろをついて行ってるが、なんか俺だけ先に帰りたい。
こいつら……どんだけ仲良くなってんだよ……。
いや、喜ばしいことだし、俺も望んでいたことだけどさ。
なんかなあ?
あんなに険悪にして、魔装法まで使った戦いをしてたのに……俺にはさっぱり分からん。
品沼は、邪魔しちゃ悪いよね? とか言いながら、一人で駅まで走って帰った。
何の邪魔だよ、あの野郎。むしろ俺が邪魔だよ、この野郎。
「黒葉~?」
突然呼ばれて、慌てて俯いていた顔を上げる。
「もう、話聞いててよ」
「黒葉くんも……喋ろう……?」
「ほら、こっちこっち!」
陽愛たちに言われて、俺も並んで歩く。
なんだよ、この明るい会話は……自転車に乗って帰っちゃ駄目ですか? 駄目ですか。
めちゃくちゃ違和感を覚えるぞ。
「それにしても、瑠海の前の学校は?」
陽愛が突然、瑠海に聞いた。
……早くね? 呼び捨てにするまでの時間が早い。俺の時もそうだったけどさ。
「うん? 高校はこの第三高校が最初だよ?」
「え……? 転校って聞いたけど……」
瑠海の意外な言葉に、今度は折木が聞き返した。
「う~ん……微妙な時期だからね。名義上だよ」
俺は事情を知っている。
瑠海の家庭は、結構な大金持ち。父親は貿易関係の仕事の重役で……母親は、家具製品などを販売するブランド会社の社長なのだ。
つまり、ダブルで富豪。
父親の仕事柄、よく転校をしていたらしい。
中学に入ってからは少し落ち着いたらしく、転校したのは、中学一年と二年の間と、その後のもう一回だけだ。つまり二回。
中学を卒業をしてすぐに、家族で海外へと行っていたらしい。
日本に戻ってからは、この街に再び来たのだ。そして、高校は第三魔装高校に入学した。
「ちょっと、海外にね……」
自分が金持ちということを伏せながら、瑠海が説明を始めた。
まあ……中学時代、金持ちというだけで、妬まれたりして大変だったからな……敢えて言うことでもないだろう。
重ねて言うが、この三人の仲が良いのは、喜ばしいことなのだ。
俺も……変に気負いせず、気軽に付き合っていこう。
例の十字路で、俺たちは分かれる。
瑠海は俺の家を過ぎ、あの公園を通り越し、ここら辺に唯一建っているマンションに住んでるらしい。
「ああ……あそこに住んでんのか。まあ、あそこなら丁度いいもんな」
俺は納得して、陽愛と折木に手を振る。
瑠海も手を振っていたが、二人の姿が見えなくなると、急に静かになった。
「どうした?」
顔を覗き込むと、瑠海は、少し俯いて顔を赤くしている。
「……ごめん、負けちゃったや……折角、頑張ったのに……」
ああ、一応気にはしてたのか。
そうだよなあ……結構、余裕なこと言ってたからな。
それに、鍛錬していたみたいだし。こいつ、負けず嫌いだし。
「……気にすんなよ。二対一で良くやった……それに、丸く収まったんだし」
不器用な言葉しか出てこない……。
「ふふっ……そうか……そうだなあ……」
そんな俺に笑ってから、何かを考えるように遠くを見つめた。
「私、よく転校したしね……お金持ちっていうのとかで……あんまり、友達がいなかったんだよね……」
事実、そうだった。
理由はそれだけじゃない。本人は威張らないというか、自分のことには無関心だからな……分かっていないだろうけど。
金髪だし、スタイルの良い、美人だ。
クラスにはすぐに馴染めるが、溶け込むまでにはいかない。どこかで壁を作ってしまう。
恵まれたような人に、他人は嫉妬するからな……仕方ないのかもしれない。
「それが……あんな風に、ぶつかってくる人がいて……黒葉もいるし……」
どこか、満足そうに呟いている。
ゆっくりと歩いていたが、やがて俺の家に着いた。
「そういや、今は車で迎えとか来ないのか?」
俺がふと疑問に思ったことを喋る。
中学時代は、車で送り迎えをしてもらっていたハズだ。
「そりゃ……私、出来るだけお金持ちって知られたくないし……普通にしていたいもん」
「そっか……そうだな」
俺は頷く。
「それじゃあ、明日な」
背を向けて、自転車をいつもの場所に置きに行く。
「黒葉!」
不意に後ろからの呼び声に振り向く。
見ると、まだ瑠海が立っていた。
夕日を背にして……それこそ、どこかの令嬢のようだった。いや、実際そうなんだけども。
「大好きだよー!」
俺は苦笑いをして、今回ばかりは何も言わなかった。
◇
晩飯に野菜炒めを作っていると……部屋から青奈が出てきた。
手には、珍しい物を持っている。
「お……それって……」
左手から垂らしているのは、ペンダント。と言っても、シンプルな首飾りで、チェーンに小さな銀板が付いているだけ。銀板には、青奈という名前が筆記体で記されている。
青奈が小学校を卒業する頃、誕生日プレゼントとして、俺と兄さんで買ってやった物だ。
その時、兄さんは高校生だったので、一人でも買えたのだが……俺が一人じゃ買えないぐらいの小遣いだったので、一緒に買ったのだ。
今まで、身に付けていたっけ……?
「うん……」
短く返事をして、青奈はソファに座った。テレビをつけて、ニュースを眺めている。
ついつい気を取られて、危なく野菜炒めが焦げるところだった……ビビった。
それにしても……青奈が俺に無愛想なのはいつものことだが……何か、引っかかる。
なんだ……? この不安感。
晩飯を食べて、部屋に戻って携帯を開く。
瑠海からの、会えて嬉しい! 明日も楽しみだよ、みたいなメールがきてて……苦笑い。
陽愛からは、あんな戦いしてごめん、というものが。
折木からは……とりあえず、何か謝ってきていた。よく分からないが、陽愛と大体同じだろう。
携帯を机に置き、ベッドに横になる。
ふと、思い出してしまった。
この前に、フェニックスプロジェクトの残党……いや、研究員からメールがきた。今は、落ち着いている。メールはきていないし、接触もされていない。
それは……安心できることのハズなのに、胸騒ぎを覚えずにはいられない。
「くそッ……! なんで……こんな……」
外では、久しぶりの雨が降っている。
急に雲が出てきて、降り出した。
◇
次の日……白城家に、異変が起きた。
青奈が……部屋から出てこない。
引き篭っているのだ。
母さんが、青奈に呼びかけている。
俺も何かあったのか心配だが……何もできない。少なくとも、青奈自身が俺に心を開いてくれなければ。
母さんは、今日は仕事を休むとのことだ。俺たちが普通じゃないことは知っているために、謎の異変については過敏なのだ。
何があった?
昨日も……機嫌は悪そうだったが、いつもとあまり変わっているようには見えなかった。
とりあえず、俺まで休む訳にはいかないので、通常通りに登校する。
まだ黒い雲が空を覆っているが、雨は一応止んだようだ
「く~ろ~ば!」
家の敷地から出て、自転車に跨ろうとした瞬間、左から元気な声がした。
そこには、腰に手を当てた瑠海が立っている。
「よう」
「おはよー!」
満面の笑みだ。
可愛らしいが……う~ん……。
「お前、待ってたのかよ?」
少し呆れたように言うと、瑠海は首を横に振った。
「陽愛から、登校時間を教えてもらってね。計算したら、これぐらいかなーって」
こいつ、頭もいいからな……それを、もっと別のところで活かせって。
息を吐いてから、笑いかける。
「あの十字路まで……乗ってくか?」
俺が自転車に乗ると、瑠海は嬉しそうに頷いた。
二人乗りの回数を考えると、少し抑えた方がいいかもなあ。俺は安全運転とは言えないし。
そう思いながらも、瑠海と二人乗りの状態で自転車を走らせた。
十字路で止まると、陽愛が右からやって来た。
「黒葉、瑠海、おはよう」
俺たちを見つけて、ニコッと笑う陽愛。
「おう」
「おはよー」
俺と瑠海は自転車を降りて、陽愛と共に徒歩で学校へ向かう。
どうしよう……俺、自転車を使わない方がいいんじゃないか? 全然乗ってないぞ……。
学校では、折木と品沼もいて、結構楽しい。
瑠海と品沼も少し打ち解けたっぽい。
ああ……なんか、俺の人間関係の理想像に近付いてきているんじゃないか? 密度は少ないけど。
そんなことを思っていると……ついつい、青奈のことを忘れそうになる。
それでも……忘れきれない、やはり。
◇
俺は下校時刻に、用事があると言って、一人だけ先に帰った。自転車を、出来るだけ早く漕ぐ。
「ただいま」
家に入ると、母さんが丁度出てきた。
「黒葉、ちょっと家にいて。買い物してくるから」
言われたので、大人しく頷く。
母さんも出かけたので……とりあえず、青奈の様子を覗う。母さんがいると、できない話もあるかもしれない。
青奈の部屋の前に立ち、控えめにノックをする。
「……青奈……どうしたんだ、急に閉じ篭ったりして……何か、あったのか……?」
応答は……ない。
それでも、俺は呼びかけ続ける。
「……困ったこととか……大変なこととか……悩みごととかさ。何か……言ってくれよ」
なんの反応もない。
最後にもう一度呼びかける。
「俺が……嫌いなら、いいんだよ……それで。でも……何か、手伝えるなら……頼ってくれ。……兄妹だろ?」
最後の呼びかけに、青奈は初めて反応を示した。
足音が聞こえる。
しかし……それは、扉を開けてくれる音ではなかった。
俺に心を開いてくれたのでもなく……ただ、扉を一回、強く叩いた。おそらく拳で。強く。
「――だよ」
何かが小さく聞こえてきた。
「? 何――」
「無理だよッ!!」
大きな声に、驚く。久し振りに聞く、青奈の大きな声。
青奈は扉の向こうで、それ以上の壁が、俺たちの間にはあるのに……。まるで青奈に押されたかのように、俺は思わず、その場から一歩引いた。
「やめてよ……兄妹……? だって――」
俺は、認識した。改めて、確認させられた。
次の言葉は、聞くのが怖くて……青奈からは聞くことはないと思っていた。なんとなく、暗黙の了解みたいなものがあって、言葉にされることはないと。
あいつは、けじめをつけたのだと、勝手に思っていた。
いや……そう思い込みたかっただけか。
本当は……青奈が俺を遠ざけてくれていて、ホッとしていたのかもしれない。
向き合っていなかったのは……俺だ。
「――だって! 私たちは人間じゃないんだよッ!!」
その言葉は……俺の心に突き刺さり……少しずつ、しかし確実に、深く抉ってきた。
俺は……かけてやる言葉もなく……座り込んだ。
青奈も……傷付いたままだ。
でも、逃げられない。それが呪いで、運命で……。
今、青奈は、何かに傷付いている。そして、自分の身体のことにも。もしかすると、根っこは同じかもしれない。
俺に――できることは、ない。




