第35話 女子の思い
屋上にて――俺は、日本人離れした外見の美少女に抱きつかれていた。
知らない奴から見れば、甘い展開に見えるかもしれないが……そんなことはない。断じてない。
「離れろってば! 誰かに見られたらどうするんだよ!」
俺は必死に引き剥がそうとするが、無邪気な――本人からしたら純粋な――女子相手なので、乱暴にも振り払えない。
「いいよ、別に。中学時代と違って、隠すようなことでもないでしょ?」
「いや、隠せよ! 性格が違い過ぎだろ!」
ニコリと笑うその顔は、とても可愛らしいのだが……俺では対応しきれない。
てかお前、中学時代だって隠し切れてなかったからな? お前が去った後のクラスの、俺の扱いに困る感すごかったからな?
そんなやり取りで争っていたが、遂に、想定しうる最悪のパターンがきてしまった。
「黒葉……? いるの?」
屋上の扉がガチャリと音を立て、ゆっくりと開く。
その声の主は……陽愛だ。後ろには、折木もいるらしい。
錆び付いた動きで、俺がゆっくりと、首だけ動かした。
「……あ……え……ええと……」
そこには、固まっている二人の姿があった。
作った笑顔で止まっている。というよりも、死んでいる笑顔だ。
「いや、違うんだぞ!? これは違うんだ!」
俺がよく分からない弁解をするが……二人の表情は固まったままだ。笑顔で。
瑠海は……二人に見向きもせずに、俺に抱きついたままだ。というか、俺が固まっている隙に、更に密着してきている。
「……へ、へえー……知り合いって……そういうことかー……」
陽愛は表情もそのままに、ほとんど棒読みで言ってきた。つまり笑顔だ。
ああ……こんなお約束展開になるとか、こんなところだけ忠実にならなくてもいいんだぞ……女子のみなさん。
「これは……その……勘違いで! そう、勘違い!」
俺はとにかく必死になるが、自分で何を言っているか分からない。ボキャブラリーが、どっかの金髪に吸い取られているんじゃないだろうか。
上手い言葉が出てこない。
「……そういう関係の……女の子が、いたんだ……」
折木が聞き取れない声量で何かを言っている。少し笑顔で。
なんか恐い……お願いだから、話を聞いてくれ。
「あの」
いきなりの声。瑠海だ。俺に甘えてくる声じゃない、低く、不機嫌そうな声。
「すみません……私が戻ってくる前に、黒葉がお世話になったみたいですが――」
やめろよ……? これ以上、火に油を注ぐなよ……?
「――今、いいところなので、邪魔しないで頂けませんか?」
油どころか、火薬ばら撒いたんじゃねえか!?
爆発してねえか!? 炎上してるだろ!?
焼け死んじゃうよ!? 主に俺が!
「「「………………」」」
その場に居た、瑠海以外の全員が無言だった。さすがに、笑顔はもうない。
空気が張り詰めている……と言うよりは、死んでいる。主に俺が死んでいる。
こいつ……本当に変わらない。俺に近付く女子を、友達関係だろうと、嫌って潰しにかかってくるところとか。
「……戻ろうか、桃香」
「……そうだね、陽愛」
二人はそれだけ言うと、百八十度方向転換をして、屋内へと戻っていった。
……ヤバい。あれ、人を殺す目してた。ちなみに、人と書いて白城黒葉と読む。
「これで邪魔者はいないねっ」
あくまでも無邪気に笑いかけてくる瑠海……こういうことをされても、やっぱり、俺は怒れない。
だけど……。
「悪いけど、今は待っててくれ」
制服から少しだけ風を吹かせ、その力と合わせて、瑠海を身体から離す。
「わっ、わぁっ……」
妙な力で身体を移動させられた瑠海は、少しグラつている。
それを少しだけ支えて、ちゃんと立たせた後、俺は屋上の扉に手を掛ける。
「本当は、お説教しなきゃいけねえけど……それより、あっちの方が先だからな」
俺が背中越しに言うと、瑠海は寂しそうに言ってきた。
「やっぱり……会わない内に、嫌いになった? 迷惑……だよね?」
ふう……と、俺はため息をつく。
分かってる……瑠海に、悪意はない。俺に好かれようとしているだけで、悪意はないし、それ以外に他意もない。その目的のために、ついつい悪い行動さえしてしまうのだ。こいつは本当に、純粋が過ぎる。
正直、迷惑だったし、久しぶりに体験しても、やっぱり迷惑だと思ってしまう。
だけど……友達として、嫌いにはなれない。人として、好きだとしか思えない。だからといって、さっきのような態度を、許す訳にもいかない。
「嫌いになんか、なれるかよ」
俺にはできないこと……お前は、俺にできないぐらい真っ直ぐだ。純粋で、一直線で、だから横槍のように、周りの人間を見てしまうことがある。
「迷惑だ、なんて中学の時から言ってんだろ」
そりゃあ、そうだよ。限度を知れ。
というか常識を知れ。俺の限界値を知ってくれ。
「それでも、お前は折れなかったし、今だって折れない奴だろ」
ったく……どんだけしつこいんだ。俺に魅力なんて無いだろ。
一体どこに、惚れる要素があったのか。
「だから、今だけは言う」
泣かれるかもしれないけど……それも、俺の好きな、お前の真っ直ぐさだ。
俺は、お前を泣かせない方法は取れない。昔も、今も。
「迷惑だから、今は追うなよ。お前も、考えてかないといけないだろ」
俺は屋上を後にした。
すぐに陽愛と折木を探したのだが、見つからなかった。
まあ……結局は二時限目、教室で会えるのだが……話す機会はない。
ちゃんと戻ってきた瑠海は、泣いてはいないようだったので、ひとまず安心した。
でも、転校初日からこれじゃあ、ちょっと大変かもな……。
う~ん……どうしよう。
休憩時間どころか、昼食休憩さえも、陽愛と折木に避けられていた。
どこにいるのかも分からず、話すことさえできない。
瑠海は、何人かの女子と談笑しながら昼飯をとっている。
あいつはなあ……威張った態度は取らないし、普通に性格がいいから、クラスに馴染むのが早いんだよ……俺に近付かない女子には、攻撃的にはならないし。
「まあ……あいつは大丈夫っぽいし……問題は、二人だが……」
俺は呟きつつ、購買の焼きそばパン片手に教室を出ようとした。
すると、後ろから声がかかった。
「白城くん、どうしたの?」
いきなり挫かれたので、ガクッと膝を軽く折りながら振り返る。
品沼だ。
「なんか、今日は忙しないよね」
「あ、ああ……陽愛と折木を探しててな」
そういや、今日は品沼とは全然喋ってなかった……色々と手一杯だったからな。
「え? そういえば、今日は二人とも、元気なかったよね……」
その原因なんだよ、俺。後、無関係っぽく飯食ってる瑠海も、だけど。
とりあえず教室を出たいと思っていると、品沼が再び口を開いた。
「今ならきっと、食堂だよ? さっき、向かっているのを見たもん」
「……品沼。お前の情報力は素晴らしい」
俺は親指を立てて、その場から走り去る。
思わぬ有力情報で、一気に時間短縮。食堂へと向かう。
マジで移動魔法などを使いながら、猛スピードで食堂へと突入する。
そこには、昼食を摂ろうとしている二人の姿があった。
小さな二人用のテーブルに、向かい合って座っている二人の横に、俺が止まる。
二人とも、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに怒ったような顔になって、昼飯のかき揚げ蕎麦へと向き直った。
「お、おい……二人とも、朝の出来事は誤解であって……」
「なんのことでしょうか?」
俺は、とりあえず誤解を解こうと話し始めたが、即座に陽愛に遮られた。
え、いやいや、怖すぎるんですけど?
「何を言っているのか分かりません。朝に何かありましたっけ?」
「さあ……? 私も……身に覚えがないよ?」
折木まで冷たい声で言っている……うう……泣きそう。目に光がない。
「ほら、ボーッとしてないで、彼女の所に行ってあげたら?」
やっぱり、誤解してんじゃん。そこが問題なんだ。
てか、なんでこんなに怒ってんだろう? 不純異性交遊だと怒っているのか?
「彼女じゃねえって! だから、誤解なんだよ……それに、なんで怒る必要があるんだ?」
真面目に疑問に思ったことを言うと、二人は顔を見合わせて、同時にため息をついた。
「それが分かってないから……こうなってんでしょうが……」
「なんで……気付かないんだろう……本当に……分かってないのかな……」
俺って、重要なところが分かってないのでしょうか?
なんだろう……女心は分からないです。分からないから、こうなっているのかというと、微妙なところではあるが。
「友達だろうがなんだろうが、ああいうところを見せられたら……ねえ?」
陽愛が俺を諭すように言ってきた。
う~ん……とりあえず、蕎麦が伸びるぞ、とか言ったら怒られそうだな。考える時間稼ぎがしたいのに。
勢いで二人を探してしまったが、よく考えていなかった。
「何を話してるの?」
不意の後ろからの声に、俺は驚いて振り向く。
そこには……瑠海がいる。事の張本人。
「おい……今は追ってくるなって――」
「ああ、丁度良かった。あなたの話だったんだ。黒葉との関係、教えてもらっていい?」
俺の言葉を遮って、陽愛がなぜか挑発的に言う。
ていうか、その話なら俺がしようとしてるじゃん。なんで無視するの? いじめか?
どんだけ信用してないんだよ。
「……そうだね……黒葉くんは、女の子関係じゃ信用ならないもん……」
折木も挑戦的だ。
ん? なんか……失礼な発言をされなかったか? 地味に傷付くのだけれど?
「いいよ?」
瑠海があっさりと答える。
しかし、その目はいつもと違う。攻撃的な視線。
「黒葉と親しそうだから、気になってたんだ……そっちも教えてもらうよ」
まあ、女子同士で丸く収まってくれたら……と、俺は思っていたのだが……。
「ただし、私と魔装法を使った勝負をして、勝ったらね」
「は……はい?」
言われた二人じゃなく、俺が驚きの声を上げた。
魔装法での……勝負、やんの? お前らが? んな馬鹿な。
「いいよ。だけど、ルールとかはどうするの?」
陽愛が即答。折木は喋らずに頷いている。
え? いいの?
「二対一で結構ですよ。相手が戦闘不能になった時、決着」
シンプルなルールだけど……。
「お、おい……三人ともやめろよ……。そんな大げさにする話じゃ……」
「「「黙ってて」」」
三人から同時に制された。さすがに黙る。
あの折木でさえも、強気で言ってきた。怖い。
「これは……私の戦いだから」
「苦手だけど……負けられないの……」
「これは女の戦い。黒葉でも、邪魔することは許さない」
陽愛、折木、瑠海が、それぞれやる気満々に言葉を発している。
「絶対に……黒葉は渡さない」
「黒葉くんとは……ずっと……同じ学校だったんだし……私が一番長いんだよ……」
「黒葉は、私のものよ」
あれ……?
なんか、変わってないか? 色々と。
戦う目的が変わってきている……ていうか、本当にやんのかよ? おいおい……。




