第34話 転校生
こんなことを言えば……批判されたりもするのだろうが……言ってしまおう。
俺は一時期、ある女子から、猛烈なアピールをされたことがある。
自分がモテるなんて思っていないし、実際、好きだと言ってきたのも、今までの人生の中でその女子だけだ。
まあ……小学校時代は、そういう恋愛事に興味がなかった訳ではないが……中学で、俺は興味がなくなった。
どうでも良かったのだ。
そんな時、中学一年生で、あいつは転校してきた。
両親が忙しいらしく、転校をすることが多いらしかった。なので、結局は一年の終わり頃に、また転校していった。
それでも、メールアドレスの交換などはしていて、やり取りはしていたのだ。
しかしまあ……在校中は、とにかく俺に付きまとってきた。
俺のどこに惹かれたかは知らないが、転校して来て一週間で、俺に告白をしてきたのだ。
中学一年生というならば、普通に付き合ったりするのも当然かもしれなかったが……既に俺は興味を失っていたし、その時はもう、俺は普通の状態ではなかった。
なので断った。
俺としては、気を遣おうと思っていたのだが……相手として、相当ショックだったっぽい。俺の経験値の浅さが、彼女を傷付けたのだろう。
けれど……なぜか諦めてくれなかった。
毎日、俺に付きまとってきて、最終的には正直……迷惑していた。
それでも……強く拒絶すると、いつもの積極性や強気な態度からは一変、急に泣き出してしまうのだ。
離れてしまえば、俺への気持ちは気の迷いだった……っていうオチがあってもいいと思ったのだが、どうやらそんなことはなかった。
メールでも分かるほど、あいつの気持ちは揺らいでいなかった。というか、メールをほぼ毎日送ってくる時点で察する。
ほとほと困った。
でも……俺は、友達としてはあいつのことが好きだった。
真っ直ぐだったし、明るかったし、俺には釣り合わないであろう人間だ。
だからこそ……俺に、必要以上に付きまとってほしくはなかった。深いところまで、近付いてきてほしくはなかった。
きっと……俺のことを深く知れば……傷付くだけだから。
人間じゃないものに恋するのは、おとぎ話だけ充分だ。
と、色々とグダグダ語ってはみたが、あいつが転校してくることはどうしようもない。おとぎ話にはなりはしないのだ。
それっぽくまとめようとしたが、結局、自分自身の傷を広げただけ。何にもない。
陽愛たち三人と帰って、その後は色々と悩んでいた。
あまりにも拒絶してるみたいだが、本質は違うことを、ここに前置きしておく。
もし……もしも、あいつの、俺への態度が中学の頃と変わっていなかったら……それは、大問題だ。
引かれる。
クラス全員から、再び引かれる。転校してきたばかりの本人でさえ、だ。
それは、さすがに可哀想だろう。
自分のこともあるが……俺は、友達としてあいつの身が心配なんだ。
結局……その日は何も思い付かず、寝てしまった。
◇
翌朝。
なんか……あいつ、俺のメールを拒否してるし……隠しておくつもりだったんだな。
ネタは上がってんだぞ。大人しく出て来い。いや、出て来るな。
とりあえず朝飯を作っていると、珍しく青奈が起きてきた。
いつもなら、七時ぐらいに起きてくるのに……母さんよりも早いというのは、いささか驚きだ。
時刻は六時ぐらいだから、母さんもそろそろ起きてくる頃だろう。
「どうした、今日は早いじゃん」
俺が声をかけると、青奈は軽く頷いた。
これでもまだいい方だ。無視された時は、マジで心折られた。今もたまにあるけど。
ん……?
青奈、寝不足っぽいな。元気なさそうだし。やはり慣れない早起きなんてするものじゃないだろう。
それでも、俺には無愛想な青奈と、これ以上のコミュニケーションは取れそうになかった。
いつも通り家を出た時、俺の覚悟は決まった。
もう……何があっても、俺は耐える。
なるようになるだろ、きっと。
「……甘い、よな……」
こんなんだから、俺は駄目なんだよなあ……。
そんなことを思いながら自転車を漕いでいると……電柱の陰に、人が立っているのが目についた。
よく見ると、魔装高の制服……というか、知ってる顔だ。
「……何してるんですか、水飼先輩」
とりあえず、自転車を降りて声をかける。
水飼七菜先輩……生徒会役員の二年生。いつもハイテンションで、役職は確か……会計だ。
この人に金の動きを任せて大丈夫なのかどうか、不安なところだが……輝月先輩の人選なので、信用しておく。
俺に背を向けるようにしていたので、クルッとターンして向き直ってきた。
うわあ……いかにも元気そうな仕草だ。わざとらしい。
「やあやあ! クローバーくん! おはよう!」
「……おはようございます」
やはりテンション高い。声をかけるべきじゃなかった。
とてもじゃないけど、今日の俺では話していられないぞ。
「というか、おお! 私の名前を知ったんだね! さすがだ! 土曜日は分からなかったのに!」
いちいち声を高める人だな……。
そういやこの人には、休日に声をかけられた。その時は全く分からなかったのだが……相手からすると、俺のことは知れていた。
「まあ……この前、中庭で盛大に揉めてましたし」
この前のちょっとした事件を引っ張り出す。
「あはは……まあ、この前はちょっとね……反省しているよ」
ニコニコ笑いながら言うので、本当に反省しているかどうかは怪しい。多分してない。
「それで……こんな所で、何してるんですか?」
待ち伏せていた……訳ではないだろうし、なんで?
「ああ……うん。通学路なんだよ。そんでまあ……鷹宮陽毬さんを待っていてね」
……え? 何? なんだって?
鷹宮……陽毬? そっち?
陽愛の姉が、何かしたのか?
「陽毬さん……どうかしたんですか?」
俺が少し警戒しながら言うと、水飼先輩は少しだけ真面目だった顔を崩して笑った。
「知り合いかい! 鷹宮……ああ、そうかそうか! なるほどね! ――いや、別に何もしてないよ。聞きたいこと……教えてほしいことがあるだけさ」
顔は笑ってるが……さすが、と言うべきだろうな。
無言の圧力――俺に、もう行け、と言っているようだ。
「それじゃあ……失礼します」
「うむ! 気を付けて登校したまえよ! 少年!」
ニコニコと笑いながら、俺に手を振る水飼先輩。
あの人も……ただ、明るいだけの先輩って訳じゃあ、ないんだろうな。
そんなことを後にして、俺は魔装高の教室でぐったりとなっていた。
「どうしたの?」
陽愛の心配そうな声に、少しだけ顔を上げる。
そして、再び力尽きて倒れ伏す。
「いや……なんでもないさ……」
前の席の折木も振り返ってきて、心配そうな顔で、どうしたんだろう……と小声で呟いている。聞こえているからな。
すると、HRが始まった。
きたか……と身構える。
狩野先生が喋りだす。
「えーと、今日は転校生の紹介だ。ていうか、今時期の転校生ってなんだろうな」
教室がざわめく。
お約束の質問で、女子ですか? 男子ですか? の質問を、ボーと聞く。
女子だ、の一言でなぜか歓声。落ち着け。女子の歓声は何故だ。
「そんじゃあ、入って」
そして……教室に入ってきたのは……。
全員が唖然とする。
身長は百六十五ぐらいで、陽愛よりも高い。輝く長い金髪を、ポニーテールにしている。前髪もサラッと目にかかるかどうかのところで、その目は丸くてクリッとしている。スタイルは制服の上からでも分かる通りに良く、顔をがとても整っていて、本人は微笑を浮かべている。
外国の令嬢のような……美少女だ。まるで、おとぎ話に出てくるような、そんな少女。
「一応、日本人」
狩野先生がいらん説明をしたが、みんなは聞いていない。
金髪転校生は、ペコリと一礼した。
「はじめまして。今日からこの学校で、みなさんと一緒に学ぶこととなりました、姫波瑠海と言います。よろしくお願いします」
丁寧な挨拶……その声も、とても綺麗な落ち着いた声だ。完璧と言わざるを得ない。
みんなが一斉に歓声と拍手で出迎えた。
「んーとな……白城とは知り合いらしいから、白城の隣に座ってくれや」
…………。
やってしまった。
昨日の訴えが、完全な裏目、自爆、自殺行為だった。冷静になれば、分かることだ。お人好しの狩野先生が、誰のことを考えるか。
「はい」
瑠海は短く返事をして――俺は一番後ろで、右隣は空いている。酷い偶然だ――大人しく俺の右隣に座った。
みんなが一斉に振り返り、俺と瑠海を見る。
うわ~……マジでしんどい。やめてくれ、こういう時だけ視線を向けるの。
「ほい、みんな仲良くしてやれよ」
狩野先生はそう言いながら、今更、黒板に瑠海の名前の漢字を書いた。ツーテンポ遅い。
俺は黒板を見つめたまま、呟いた。
「久しぶりだな……瑠海」
「やっと会えたね。黒葉」
静かな口調……瑠海を俺を見ていない。
駄目だ……変わってない。
やはり、メールでも分かるように、瑠海の俺に対する感情は中学一年生の頃から変わっていないんだ。態度は幾分、マシなことを祈る。
そのまま何もなく、一時限目まで終了してしまった。
転校生として、質問を浴びせられる前に――
「黒葉、こっち。急いで」
瑠海は素早く教室を飛び出した。俺も、仕方なくその後を追う。
そのまま、瑠海は屋上へと出て行く。俺も仕方なく、扉を開けて続くと――
「く~ろば!」
そんな、一瞬誰か分からなくなる、明るく甘い声と共に、横から何かが飛びついてきた。
倒れそうになるが、必死に踏みとどまる。
「お、おい……瑠海……」
うん、瑠海だ。
それしかいないだろ、流れ的にも。
「会いたかったよぉ~! メールだけじゃ寂しかったよぉ~!」
「で、電話で会話したろうが!」
なんとか押しのけようとするが、かなりベッタリと抱きついてくる。密着し過ぎだ。
俺よりも少し背が低い瑠海だが……色々な理由で、強く押しのけられない。
「それだけじゃ駄目に決まってるじゃん! ね~え~私、前よりも成長したし、可愛くなったでしょ? だから……付き合って?」
「付き合わない」
即座に答える。
本当に……変わっていない。
みんなの前では、できるだけ大人しい感じの美少女で通すようにしているが……俺と二人きりになったり、数人の前では、こういう行動に出るのだ。
これがクラスメイトに見られると、響く。今後の学校生活に、過去の経験上、響くんだ。
「やっぱり……黒葉の答えは変わらないんだ……」
結構、本気で残念そうに、寂しそうに呟くので、少し申し訳なくなる。
「でも……前より、可愛くは……なったでしょ……?」
心配そうに、恐る恐る聞いてくるので、俺は顔を逸らす。
こいつはマジで……なんと評すべきか……。
「……ああ、前より可愛くなってるよ」
俺はできるだけ素っ気なく言おうとしたが、やっぱり駄目だった。
てか……本当に、可愛くなってる。嘘が吐けないレベルだ。
美少女度が増してるんだよ……くっ……ちくしょう。俺がこんなことを思わせられるとは、何か悔しい。
「そ、そっか……うん、ありがとう!」
更に顔を近付けてくる瑠海を、なんとか押し返す。
やっぱり……こいつを、俺に近付けない方がいいだろ!




