第33話 実技授業後
真面目に保健室に行ってきた。
そこまで大袈裟にするほどじゃないけれど……あの、空気から逃げ出したかったんだ。うん。
クラスメイトに見せてしまったからな。まだ全力とは言えないが、属性魔法使っちまったなあ……ううむ……。
回復系の魔法を使われたけど……面倒だ、とか言われて、途中で止められた。後は包帯巻いて完了とか言われたぞ。職務怠慢だろ。
大丈夫か、この学校は。
四時限目が終わるにはもう少しだけ時間があるので、アリーナへと戻る。
そこには……へたりこんでいる品沼がいた。
「お、おい……大丈夫か?」
俺が近寄ると、品沼が僅かに顔を上げる。
「うん……疲れたから、さすがに休ませてもらってるんだ……」
そりゃあそうでしょうよ。
マジで苦しそうなんで、俺は離れておく。
「なかなか見物だったぞ」
突然の声に横を見ると、美ノ内先生がパイプ椅子に座っている。
「……冗談はやめて下さいよ。世界はこんなもんじゃなかったんですよね」
俺はニコリともしない先生の顔を見て、ため息混じりに言った。
実際、学校内ではトップじゃねえか? この先生。
万全ではない品沼と俺の戦いだ……属性魔法を使っていたとは言え、世界まで行った魔装法使いに褒められるものじゃない。
「いや、謙遜するな。一年であの戦いはなかなかだぞ」
どうやらお世辞でもないらしいので、一応頭を下げる。まあ、この人がお世辞を言えるような性格には見えないが。
こちらも休憩中のクラスメイトたちの方に戻る。
「黒葉……怪我、大丈夫?」
陽愛が俺に気付いて、そっと声をかけてきたので、俺は右手を広げて見せた。
「まあな。今までの怪我に比べたら、全然大したことねえよ」
実際そうだよな。
普通に腹を撃ち抜かれるし、全身打つし……結構ボロボロだよ。俺の高校生活はボロボロだよ。
「もう……授業なんだから……あんまり、無茶しちゃ駄目だよ……」
折木に珍しく怒られる……ので、反省。
ああ、この反省パターンはやめた方がいいな。控えめ過ぎて、怒られている感じはしないんだけど。
なんだかんだで、残りは休憩で四時限目も終わったので、俺たちは教室へと戻った。
◇
結局、全員戦えなかった。
そりゃそうだよ!
というツッコミはおいといて……品沼が本当に疲れていたので、保健室へと運んだ。俺が脇から支える感じで、もう引きずるように。
「品沼くん……大丈夫かな?」
折木が、いちご牛乳を飲みながら心配している。
俺も心配だが……精神的疲労なので、大丈夫だろう。
「それにしても、クラス代表は決まったのか?」
全員戦ってない訳だし、決めるのは少し難しいか。
「まあ……黒葉は決まりだよね……」
陽愛の呟きに、俺が固まる。
コーヒー牛乳がなかったため、代わりに飲んでいた缶コーヒーを口から離す。
なんとか口の中のミルクパンを飲み込んだ。
「いや……え? マジで?」
「そりゃそうでしょ? 生徒会メンバーの品沼くんと、あそこまで張り合ったんだよ?」
確かに、そういう目的での戦いだったけどさ……俺としちゃ、品沼と戦いたいだけだったんだぞ?
う~ん……そうとは思ってくれないか……いや、そうでしょうけども。
仕方ない。
もし、選ばれて戦うことになったら、潔く戦うさ。
「ま……なるようになるさ」
ボヤくように言って、俺は缶コーヒーを飲み干した。
◇
魔装法を使ったことによる精神的疲労、特に属性魔法によるものは、かなり回復しづらい。
通常は、自分で感じられるほどは疲労しないし、感じられるほどまで使用すれば、無意識にストッパーが効く。頭が勝手に止めるのだ。
しかし、それは通常魔法に限る。
通常魔法は、精神的にも、脳内的にも、あまり負荷を与えない。そこまで集中しなくても使用できるからだ。
属性魔法は違う。
大きく言ってしまえば、通常魔法と属性魔法は、魔装法というだけの共通点しかないのだ。
大きく違う点といえば、通常魔法は主に補助魔法で、属性魔法は独立した魔法ということ。属性魔法は自然的エネルギーを含んでいるものがほとんどだ。
手助けさせる力というのは、言ってしまえば、それだけでは意味がないということだ。移動魔法があっても、移動するものがなければ意味はない。
属性魔法だって、何かを経由させることに変わりはない。それでも、属性魔法だけで充分に意味はある。
この、二つがなぜ、ここまで違うのかは分からない。
使えること自体が未だ不明なのだ。魔装法そのものが。
イメージして、物に纏わせることにより、その力は顕現する。それだけが分かっていることなのだから。
話がずれたが……分かるだろう。
補助するだけか、そのものを出すかの、どちらが疲れるか。
簡単で、少しずつ疲れていく通常魔法と違い、大きく疲れる属性魔法。それも、属性魔法は自然的なために、自分の感覚にも干渉される。
人の危険信号は鈍り、本当に危険な状態になった時にやっと、魔装法が使用できなくなる。
もちろん、それも例外はあるのだが……今回の品沼は、これに近い。
そのため、品沼は五、六時限目の授業には参加していなかった。
◇
五、六時限目の授業も終わり、俺は保健室へと行こうとする。言うまでもなく、品沼の様子を見に行くのだ。
すると、丁度良く、廊下で品沼と出会った。
「もう、大丈夫なのか?」
責任は……美ノ内先生にあるだろうけど……その一端が、俺にないとも言えない。明らかに、俺もやり過ぎた。
ちょっと引け目を感じながら言うと、品沼はニコリと笑っている。
「うん。保健室の先生……えと……園田先生? あの人は、精神的回復魔法も使えるんだね」
そうなのか……すげえ。精神的回復魔法とか、生半可な魔装法使いじゃないぞ。
肉体的回復魔法だって、使うのは難しい。
あの女の先生……若くて荒っぽそうなのに――俺なんて、治療が面倒だとか言われたのに――結構な実力者なのか?
「まあ……大丈夫だってんならいいや。生徒会も大変だな。業務外でも使われるのか」
俺も、生徒会長をやっていた人物を知っているしな。その姿を見ていたってことで、組織に入るのが嫌いになったほどだ。指示するのもされるのも、相当に苦労する。
「まあね……一年で入るって決めた時は、覚悟していたよ」
苦笑いする品沼に、俺も苦笑いで返した。
一年の玄関を通って、品沼と外に出ようとすると……陽愛と折木に、玄関で待っててと言われていたことを思い出した。
「んー……まあ、待ってるか」
品沼にも事情を説明して、待ってもらう。
「おっと……ちょっとだけ……」
俺はもう一つ思い出し、階段を駆け上がって二階へ……一年生の教室がある階だ。
A組の教室が目的ではない。というか、教室も生徒も目的ではない。担任の、狩野先生である。三十歳ぐらいの、独身の男の先生だ。
やはり、A組教室を出たところにいた。
「あの……狩野先生。今度、転校生が来ますよね?」
ほぼ決めつけたように言うと、狩野先生は少し驚いたように頷いた。
「おう。来るぞ? なんで知ってんだ?」
この先生は、魔装法に関してはあまり得意じゃないらしいが、なかなか良い先生である。お人好しなのだ。
俺が知ってる理由に関しては伏せておくとして……。
「クラスは、どこに……?」
心配なのはそこだ。
出来れば――
「ん? いや~……微妙な時期での転校だしな? 転校っていうよりは何? 親の都合で、入学が遅れたって感じらしいじゃん?」
いいから言えよ。
その件は知ってんだよ。
「今日って水曜日だっけ? えーと……あれ? 明日じゃん」
……え?
いや、ごめん。待って待って。
ちょっと待とうぜ。いや、待って下さい。
「……明日、ですか?」
「うん、明日」
な……なんだって……? 聞いてないぞ?
メールでも、もうちょっとで会える、みたいなことだけだったぞ!?
「そんで、ほら、微妙な時期だからさ……とりあえずは、A組に来るぞ?」
……明日、学校休むか?
いや、何の解決にもなってない。
「やめて下さい! 転校は仕方ないとしても! A組は! A組へ来ることだけは! お願いします!」
めちゃくちゃ全力で頭を下げながら頼み込む俺。廊下にいた生徒が、何人か驚いている。
ええい! 構うものか! 非常事態に体裁を気にする俺じゃない!
「え? いや、なんでそんな拒否ってんの? 可愛い女の子だってよ?」
「関係ないです! てか、やっぱりか! どうか……お願いします! あまり俺に近付けないで下さい!」
「え? なんなの!? 知り合いなの!? なんでそんなこと言うの!? 本人に言っちゃうよ!?」
「それも勘弁して下さい! あいつ、泣いちゃうんで! 結構真剣に!」
「お前、心配してんの!? 拒絶してんの!? どっちなの!? 俺もう帰りたいよ! 定時で上がりたいよ!」
そんな壮絶なやり取りをしていると、陽愛と折木が教室から出てきた。
「あれ……黒葉」
「どうしたの……黒葉くん?」
二人が同時に首を傾げている。
それを、首だけ後ろに回して見つけた狩野先生は、左手を伸ばして助けを求め始める。
「おい、鷹宮! 折木! 俺を助けてくれ! なんか、大変だ!」
「なんか、ってなんですか……」
陽愛が呆れたように言う。折木は戸惑い気味だ。
「とりあえず、俺の独断では無理だから! んじゃ!」
そう言うと、狩野先生は逃げるようにして(実際逃げてんだけど)走り去った。
まだ首を傾げている二人を背に……俺は肩の力を抜いて、ぐったりとなる。かなり取り乱した。トラウマが蘇ったせいだな。
本当に……あいつは、俺と近付けない方がいいんだぞ……。




