第31話 平和に……なれない日常
昨日の夕方頃に、俺たちに何があったかはおいといて。とりあえず俺と陽愛は怒られた。
よりによって、校門を通過して最初に会ったのが井之輪先輩だもんな……。
戦いにならないだけ良かった。俺の自転車が消える。
大人しく従って、自転車を降りる陽愛に聞こえないように。
「白城くん。昨日の件で、少し話があるんだけど……時間は大丈夫?」
井之輪先輩の言葉に、小さく頷いて応える。
もしかして、そのために俺をボコらないでくれたのかな? うわ優しくねえ。
「あ~……陽愛。俺、ちょっとだけ用事あるから、先に教室行っといてくれ」
こういう場面は初めてじゃないので、陽愛は何かを察したらしい。
何が言いたげだったが……分かった、とだけ言って校舎内へ消えていった。
「こっちよ」
俺は井之輪先輩に連れられて、大きな木の下にきた。その木に俺が寄り掛かり、井之輪先輩はすぐ側に立つ。
「昨日、白城くんが連絡してきた六人だけど……一人は、風紀委員会の取り締まられた、前科があるわね。それも、前も君と関係して」
俺が黙っていると、井之輪先輩は僅かに眉を上げて、視線を下に向ける。
「後の五人なんだけど……実は、魔装高付属高校の生徒だったのよ」
合点する。
昨日の戦闘で、何やら素人っぽい戦い方だった。喧嘩自体はしたことがあっても、魔装法を使った戦いには、どうも不慣れな様子だ。事実、移動魔法以外ではあまり魔装法を使われていない。
古賀島が、手下とするのにも楽だっただろうな。
「つまり、我が校の風紀委員会の管轄外。でも、やったことは問題なので、警察に渡したわ。厳重注意で済んじゃうでしょうけど」
だろうな。今時、魔装法の喧嘩くらいは日常茶飯事だし、警察もわざわざ調べはしない。
「それで……古賀島は?」
俺が重く口を開くと、井之輪先輩もゆっくりと話し始めた。
「あの後、私以外の風紀委員が二名、向かったわ。彼は……どうなるでしょうね。警察に引き渡すという考えもあるわ」
だろうな……あいつのやったことは、犯罪だ。俺だって人のことを言えないほど、ヤバいことははやったけれど……あれは、さすがに酷い。身体に残る傷は、まだいい。喧嘩程度なら許せる。
だがあれは、心に傷を残す。
「そうですね……後は、風紀委員に任せます」
そう言って話を終わらせて、俺は校舎へ向かう。今回の件は、もう関わろうと思わない。
陽愛にも、辛いとは思うが、早く忘れて欲しい。
「白城くん」
止まると、振り返る前に次の言葉が紡がれた。
「中学の頃より無茶してるらしいけど……あまり、頑張りすぎないようにね」
珍しいことに、優し気な声。
俺は手を振って応答した。
◇
「そういや、もうすぐだな」
不意に、HRが終わった教室で俺は言い放った。おかしな奴である。
周りには、陽愛と折木、品沼がいた。
「え、クラス対抗の魔装法試合? そうだね……今日は水曜だし、試合は来週の月曜だっけ?」
品沼の察し方に感心する間、折木も考えるように唸る。
「う~ん……練習期間とか、いらないのかな……?」
「必要ないんだよ。あくまでも、特訓なしでの状態を見るためなんだから」
折木の問いに、素早く品沼が答える。
さすが生徒会役員。内部事情も知っている。
「んで? A組からは誰が出るんだ?」
「さあ……? 三人まで選ぶことにはなってるハズだけど……立候補がなければ、推薦とかになるかもね」
そこは品沼もよく分かっていないらしい。
これを決めるのは、生徒会役員じゃなく学級委員とかだからな。
「う~ん……それなら、黒葉を推薦しようかな?」
陽愛が悪戯っぽく言うので、俺が苦笑いすると、折木が続いた。
「あ……うん……それも良いよね。きっと、良い成績が残せるもん」
「お、おい……」
雲行きが怪しくなってきたのでさすがに俺も慌てるが、そうなると陽愛も真面目な顔で考え出した。
おいおい……こんなの、最初から拒否してたことだぜ?
「確かに、白城くんならこのクラスのトップかもしれないしね」
遂には品沼まで真面目に言ってくるので、俺は両手を突き出して首を横に振った。
「俺は無理だぞ……大勢の前で、魔装法を使うなんて……」
でも、と三人がまだ言ってくる。
困ったな……俺は戦うとなったら、手を抜いて戦うつもりはないし、だからといって目立ちたくもない。
「本人の意思を尊重するだろうし、大丈夫だよ……多分」
品沼が不安そうに言うのを、俺は複雑な心境で聞いていた。
午前授業の三、四時限は、魔装法の実技授業だ。俺は先ほどの三人と共に、アリーナへと向かう。
「品沼」
後ろからの声で、俺たち四人が一斉に振り返った。
担当の美ノ内先生が立っていり。
「この授業で、お前に手伝ってもらいたいことがある。頼めるか?」
相変わらず、淡々とした調子で言う。品沼は返事をして、小走りでその元に向かった。
「と、いうことで」
そう言って笑うと、品沼は走り去る。
「……なんだろうな。なんか、嫌な予感がする」
「うん……クラス対抗の魔装法試合が近いしね……どうだろ?」
俺の呟きに、陽愛も悩ましげに応える。
とりあえずアリーナへ入った俺たちだったが……。
「え~……美ノ内先生の意向で、今から……クラス対抗魔装法試合の、代表を決めます。え~と……簡単に言うと……」
授業の始まりと同時に、引きつった笑みで品沼が話し始めた。
次に、俺の顔が引きつる。
「僕と……戦って……決めます」
クラス対抗魔装法試合には、生徒会役員は出場できない。
実行風紀委員も、例外として出場は認められていない。
理由なんて特にはないのだが……大体は――
強いから、である。
品沼も、前の俺との戦いはお遊び程度だったのだろう。俺も本気を出した訳ではないし、お互い、相手の力を探っていた感じだ。
なので、品沼の本気が見れるのは好ましいのだが……。
「いやいやいや……なんだよ、これ」
前に、テンランという組織に、陽愛と折木が誘拐されたことがある。
その時、俺と品沼が救出へ向かった訳なのだが……。
俺だって、手を抜ける状態ではなかったのだ。
「品沼って……使えたんだ。属性魔法」
アリーナで行われている戦いは、品沼対三人のハズなのだが……それを、品沼は余裕で蹴散らす。
品沼の属性魔法は珍しい種類のもので、植物魔法だった。
比較的、属性魔法は抽象的で、炎や雷、風などのエネルギー的なものが一般的だ。
それに較べ植物魔法は、集中力が続く限りは、個体が存在し続ける。
「品沼くんって……あんなに……強かったんだ……」
折木の呟きに、俺は固まった表情で頷く。
品沼は小型のナイフを地面に投げつけ、そこから木の枝を伸ばし、相手を四方八方から攻撃する。
それだけでなく、棘をいつもの大型ナイフから飛ばしていく。
あっという間に……九人抜きだ。
「おいおい……休みなしだぞ……?」
しかも、美ノ内先生の意向で辞退はなし。
とりあえず、全員戦え、だとさ。なんという職権の暴力。
新しく向かっていったグループの一人が、銃を連射するが……品沼は冷静に、大型ナイフから巨木を出して全て受け止める。
後ろからナイフでかかっていったもう一人も……品沼の制服から大量に飛び散った葉っぱに、視界を塞がれて捌かれた。
凄まじすぎる精神力、集中力だ。
三人を相手にしても、十全に使える属性魔法……強い。敵わないだろ、こんなの。
「それじゃあ、次」
暴れるように全てを倒しまくる品沼に、美ノ内先生は目を細めている。
……ここは、やるしかないのかなあ……?
なんて、俺は決心をするのだった。




