第30話 心の内
正直なところ咄嗟だったし、頭に怪我をした状態での属性魔法。経由させる魔法で、相手に隠すという慎重でデリケートなやり方だったため……大変だった。
ナイフの規模では、一撃必殺にはなり得ない。
そのために、規模の大きい自転車で突入し、怪我した俺ならこういう状況もあるかと思っていたのだ。
というか……金属の特性に、俺の奥の手――雷魔法は相性が良い。
相手が近ければ、それから拡散する雷魔法なら倒せる、と。
だから、ここまでは大体予想通りだったのだが――
頭部への怪我で、調整が難しかった雷魔法は、近くにいた俺までも巻き込んだ。
普通、魔装法使用者には、その魔装法の影響はない。輝月先輩が、自らの炎に焼かれない理由である。それは、相手に対する攻撃であり、そのイメージだからだ。
しかし、今の俺にはそのイメージは出来なかった。
既に朦朧とした意識で、自転車へと経由させることで精一杯だった俺には、自分から相手への攻撃という、当たり前のイメージさえ不足していた。
「う、ぐぁあ……」
俺は自らの雷に撃たれ、呻きながら膝をついた。
一応、古賀島を倒すという意思の方向はあったので、古賀島へのダメージの方が大きかったらしく……俺より先に無言で倒れていた。
「ふ、あぁ……ざまあみろ……勝った……」
左手をついて身体を支えるが、既に限界だ。ぐらついて、左半身を下にするようにして倒れる。
なんで……俺はこの頃、大勢を相手にして、ボロボロになることが多いんだ?
「ハァ……ハァ……くっそォ……」
勝てた、とは言えないかもな。
ここまでボロボロなんだ。ざまあみろは俺なのかもな。
意識が遠のいていく――
その時、急に身体を起こされた。
後ろに体重がかかって、仰向けに再び倒れそうになるが……誰かが支えてくれた。というか、後ろにいる。
上半身だけ起こし、ぐったりとなりながら、なんとか後ろを見る。
そこには、俺のブレザーを羽織った陽愛が座っていた。てか、陽愛しかいないだろう、現実的に考えて。
パチッ!
……え?
叩かれた。頬を平手で、小さく叩かれた。そんなに痛くないけど……え? あれ?
「大丈夫!? しっかりし――」
「いや、死なねえから叩かないで! 意識なら頑張って保つから、叩いて起こそうとしないで!」
必死に言うと、陽愛はクスッと笑った。いや、普通に痛いからな?
「ご、ごめん。焦っちゃって……もし、黒葉に何かあったらって……」
いや……気持ちは分かるけどさ。
そこは優しくしてくれたりしねえの?
少なくとも、叩くというのは予想できなかったぞ……。
「ま、まあ……一応、心配してくれてありがとな。――それよりも、だけどさ」
痺れが残る身体をなんとか動かし、陽愛と向き合う。
「なんで、こんな危ないことになるまで相談してくれなかったんだよ」
俺の真剣な眼差しに、陽愛はたじろいだ。
俯いて、申し訳なさそうに話し出した。
「前……話したけどね。私の親は離婚して、お父さんはどこにいるか分からない。お母さんは頑張ってくれたし、お姉ちゃんも手伝った」
そうだった。
鷹宮家では、ちょっとだけ複雑な事情があったのだ。
「でも……でもね。女しかいないし、私もお姉ちゃんも幼い頃は、お母さんだけが負担を背負っていた」
そうだろうな。
近年では、育児放棄だって起きている。
陽愛の母親が、陽愛と陽毬さんを見捨てなかったことは、意外と奇跡かもしれない。
「だから、誰かに助けてもらって、頼ってた。――その結果として……何人もの親戚には蔑まれたし、何人もの知り合いには嫌われた……」
一旦言葉を切り、辛そうに紡ぐ。
「だからね……人は、頼ってばっかりじゃ駄目なんだよ……?」
陽愛の気持ちは分かるし、そう思うような環境で生きてきたことは当然、陽愛の責任ではない。
でも、それは……。
「……そう、かもな……でも、決めるなよ。俺は何度だって助けてやるよ。だから頼ってくれよ」
痺れたままの右手をなんとか動かし、陽愛を抱き寄せた。
涙を流す陽愛の背中を、そっと擦る。
「嫌いになんか、ならねえよ。弱いなら、強くなるまで待ってやる。強くなれなくても、近くにいてやるよ」
陽愛が泣き止むまで、俺は抱き寄せた状態でいた。
「古賀島くんや、他の人は……どうするの?」
泣き止んだ陽愛は、心配そうに呟いた。
痺れが大体治った俺は、陽愛と共に小屋を出る。
そのことについては……もう、手は打っているんだ。小屋へ突入する前に。
俺が倒した不良たちは、既に消えている。
「井之輪先輩に連絡とって……小屋に入らずに、倒れてる六人を連行してくれ、って頼んだんだ」
井之輪先輩は律儀だしな……正式に頼んで、正しいと思われることなら、頼んだ通りにやってくれる。
小屋に入って来ない理由は、単純に陽愛のためだ。男子生徒を連れて来る可能性もあったからだ。
古賀島については、後でいいや。
「それよりさ……どうにかならねえかな? その格好」
俺は、隣の陽愛から視線を逸らし、少し申し訳なさそうに俯く。
だって――
「しょ、しょうがないじゃんっ! 服、破けちゃったんだし……」
今の陽愛の格好は、少し破けたワイシャツ――シャツも重なって破けていた――から、微妙に下着が見え隠れしていて……そこに俺のブレザーを着ているだけだ。
スカートも少し破けているが……さすがに着替えがないので、そのまま着ている。
泣き止んだ直後――自分の格好を見て、それに密着している俺を見て、真っ赤になった陽愛は……なぜか、俺の腹部へストレートパンチを打ち込んできた。一瞬、意識が再び遠のいたりした。
充分強いじゃねえかよ、おい。
もうちょい早く来れれば良かったんだけどな。
既に外は暗いので、誰かに見られる心配は少ないだろうが……この格好で出歩くのは気が引ける。
「と、とりあえず見ないで! ほ、ほら、帰ろう!」
魔装法に使ってしまったボロボロの自転車に、身体がボロボロの俺と、服がボロボロな陽愛が乗る。
二人乗りは危ないが……今日は勘弁だ。
まあ、前もしちゃったけど。
「そうだな……ま、帰るか」
俺はゆっくりとペダルを漕ぎ、後ろで真っ赤になってる陽愛に、終始気を遣っていたのだった。
◇
家に帰ってから、晩飯を作って食べ、風呂に入って、ベッドに横になる。
携帯には、折木からの心配するようなメールが入っていた。
一応、無事、大丈夫だと返しておく。
陽愛からはこなかったのだが……しばらくして、八時半。
電話がかかってきた。
「もしもし? 陽愛か」
「うん……今日はありがとう……って、いつもだよね、こうやってお世話になっちゃって」
その声は、やはり沈んでいる。
中学からの同級生に暴行された、というショックだけではないのだろう。
実際に聞いて……聞かされたんだ。
「別に、いいんだよ。困ってんのに、更に自分の心を偽ってたら、辛いだけだろ」
努めて明るく言うが……駄目だな。俺には苦手だ。
それでも、陽愛は少しだけ、元気になってはくれたようだ。
「そう……だね。本当は、電話でお礼ってのも失礼だけど……ありがとね」
電話がきれた後も、俺はずっと考えていた。
陽愛の家庭内の事情に、深く関わるのも失礼だ。それは、優しさではない。
でも……それでも、手助けぐらいは、してもいいだろう?
そんなことも許されない世界なんて、悲しいだけじゃないか。
翌日。
いつものように登校……とは、いかない。
朝に改めて確認すると、俺の自転車は思ったより状況が酷く、学校に乗っていけるものではなかった。これでよく帰れたものだ。
仕方なく、青奈の自転車を借りる。
魔装中学校は、『魔装』というのは名だけで、魔装高校に伴って変わっただけだ。家からは近い場所にあり、青奈は自転車を使ってはいない。
俺は青奈の自転車で魔装高へと向かう。
そして……例の十字路でバッタリ、陽愛と出会った。
「おはようさん」
「ん、おはよう」
自転車から降りて、一緒に歩こうとすると……陽愛がいきなり、自転車の後ろへと座った。つまり、二人乗りの格好である。
「……おい。一応、交通法違反で――」
「今日は」
俺の台詞を遮って、陽愛が唐突に言ってきた。
「今日は、今日ぐらいは、いいでしょ?」
陽愛の顔を見て……俺もやれやれと笑う。
再びペダルに足をかける。
「ったく……今日だけな」
自転車を漕ぎ出すと、陽愛は可愛らしくニコッと笑った。
「あれ? 自転車変えた?」
「ん? ああ、壊れたから、青奈……妹の借りてる」
「ごめんね……って、妹さんいるの!?」
「いるぞ? 言ってなかったっけ?」
「言ってないよ! ちょっとぉ~……今度、紹介してね」
「なんでだよ……無愛想な奴だぞ? ……まあ、俺に対してだけど」
「何か言った? う~ん……気になるな~……何歳?」
そんな他愛ない会話をしながら、おそらく、校門付近で怒られるだろう二人乗りで、俺たちは魔装高へと向かった。




