第29話 迷惑をかけさせてもらいに
……黒葉の声が聞こえた気がした。
古賀島くんに押し倒されて、それでもなんとか抵抗して……それでも、そんな中で聞こえた気がした。
なんで?
どうして、ここにいるんだろう?
それとも……私の空耳なのかもしれない。私の弱さが生み出した、幻聴。
人に頼ってばかりじゃ……嫌われる。弱くなる。
もう……抵抗する力も残ってないよ……黒葉みたいに、強かったら……私も、変わっていたのかもしれない。
ゆっくりと……私の抵抗していた最後の力が……抜けていく。
◆
「く……うァ……アアァッ!!」
俺は痛みを抑えて立ち上がる。
気絶していない、吹き飛んでいない不良は残り三人。
気のせいか……陽愛の悲鳴が、声が、聞こえない気がする――
駄目だ。
陽愛は困ってた。苦しんでた。
それなのに、こんな所に誘い込まれて、それに従うと決めた日に、やっと態度に表した。表した後も、何も言わずに一人で抱え込んでいた。
それまで、強引なアプローチなどにも耐えて、一人で立ち向かっていた。
俺にも折木にも品沼にも誰にも――相談せずに。
それはすげえよ。
立派だと思うし、みんなを巻き込みたくないという、陽愛の気持ちも感じる。
だけどな……?
それじゃあ、駄目だろう? 無駄だろう?
なんのために友達がいるんだよ。
どうして、頼ることを恐れてんだよ。
今まで俺に助けてもらってたから?
何言ってんだ。俺はお前の助けになんか、なれていない。
それにな……それを言うなら、ちゃんと考えろよ。
今まで助けてきたっていうのは――助けたかったからに、守りたかったからに、力になりたかったからに、頼って欲しかったからに……決まってるだろう?
「迷惑かけてた? 助けてもらってばかりじゃ駄目? そんなのお前の事情だろ。俺は、お前に好きで迷惑かけさせてもらってんだ」
ああ、そうだよな。
何を今更。
そんなの……入学式の日から、もうそうだっただろ?
「どけ……今から、お前らより、もっと大きな迷惑をかけさせてもらいに行くんだから」
不良三人は互いに目配せして、移動魔法で同時に近寄ってくる。
俺の今の頭では、強力な属性魔法はキツイか。
だから……なんだってんだ。
同時に三方向から来る打撃……当たるのは数秒後。
ヌンチャクのような武器が振り下ろされているのを……俺は防御魔法を張った靴の裏で受け止める。その脚をすぐに下ろして構えた。次に、振り下ろされるバットのような物を……ナイフの柄部分で受け止める。最後に、突っ込んでくるナイフを……パラのグリップで叩き落とすようにいなす。
全員が固まる一瞬……これだけで、イメージを整えるには充分だ。
「フウラン……」
俺の一言と共に、制服から風が渦巻き、三人を一斉に吹き飛ばした。
頭部へのダメージがある分、結構限界がきている。
とりあえず、息をつくが……。
まだ、一番重要なことが終わっていない。
◆
古賀島が、外の音に気付かないハズがない。
鷹宮陽愛は、抵抗することに必死で、聞こえなかったかもしれない。声を上げながら抵抗していたのもあり、おそらく聞こえなかった可能性は高い。
古賀島は多少不安になっていたが……静まり返ってなお、誰も邪魔に来ないことで、問題は片付いたのだと安心した。
それに、長らく虚しい抵抗を続けていた鷹宮陽愛が、遂に無抵抗になったのである。
もちろん、古賀島の思いを受け止めようなどと、今更になっての思い直しではない。
ただ単純に、体力も尽き、精神状態の疲労もあったため、抵抗出来なくなったのである。
それでも、古賀島は気にはしない。これで全て自分の思い通りになると確信した。
相手を辱めた後に、それをどう利用して相手を動かすか。陽愛の性格上、古賀島の考えは、おそらく上手くいくだろう。
古賀島は完全に油断していた。
しかし、それが続いたのは一分ほどだった。
◆
壮絶な音と共に、俺は小屋の脆い壁を突き破って突入する。
不良たちを倒してから、少し時間はかかってしまったが……陽愛は無事だろうか?
他から見れば、早く助けろよ、ということなのだろうが……俺だって少しは考えていたんだ。陽愛の声が途切れてからの時間、自分の体力、精神力……助けにいけるかどうかの算段。
「おっと……お邪魔しましたか?」
余裕ぶった声で言うと、陽愛の上に覆い被さっていた古賀島が慌てて立ち上がった。
「お前……!? なんでここに……!?」
「ん? あーそうだなあ……迷子になっちゃって、一晩泊めてもらおうかと」
いや、場の雰囲気的な冗談だよ? 殺風景な場所に小屋一つだから、それっぽいかな~って……。
駄目? 駄目か。
「くそっ……! なんで邪魔が入るんだよ! ふざけやがって!」
まあ、ふざけてるけどね。
だって……俺がどうしてこの場所にいるのか。理由は抜かしたとしても、方法は褒められたもんじゃないからな。誤魔化したいのが正直な気持ちだ。
「ったく……落ち着け馬鹿。何を乱暴な手段に出てんだ。邪魔だってんなら合格だ。邪魔しに来たんだからな」
俺は弾倉を入れ替えたパラを構える。
「ほら、どうした? どうせ、お前は仲間に銃を持たせたくなかったんだろ? 銃は圧倒的に有利な武器……下克上されたくなかったんだろ?」
反乱を恐れた。仲間には打撃系の武器を持たせていたのは、きっとそういう理由だ。
こいつはただの臆病者だ。
「お前は銃を持ってんだろ? 面倒だし、早く出せ」
口調はあくまでも余裕さを保っているが……正直、精神も肉体も、余裕な立ち位置ではない。
しばらく睨みあったが、古賀島はフッと笑って銃を抜いた。
「そうだな……邪魔なら、排除すりゃいいんだもんな」
「あ、ちょっと待って」
勝負に水を差すことを言って、俺は古賀島に近寄る。
古賀島が急いで避けたが……別に、お前目的じゃない。
「大丈夫か? 陽愛」
疲れきっていて、目には涙が浮かんでいるが、大丈夫そうだな。肉体的な意味で。
陽愛を抱き起こして、俺は脱いだブレザーを羽織らせる。
大丈夫そうだが……色々な意味でギリギリだったらしく、陽愛の制服は引き裂かれてボロボロだった。
よく、こういう場面で衣類は引き裂かれるって聞くけど……目の当たりにしても、信じられないな。どんな力で引っ張ったんだ?
「ごめん……黒葉……また、迷惑かけちゃって……」
涙目で言う陽愛の頭を軽く撫でて、俺は立ち上がる。
「気にすんなよ。友達ってのは、そういうもんだろ。俺は、迷惑かけてもらいに来たんだよ」
俺と古賀島の立ち位置は、今や逆になっている。
「悪いな、中断させちまって」
まあ、話してる俺を撃たないところを見ると……気付いてるな。ちょっと面倒かもしれない。
俺はパラを再び構え、狙いを定める。
「お前は素晴らしいぜ……魔装法のレベルは。けれどな……人として、まだまだ甘いぜッ!」
古賀島は叫ぶと、一発撃ってきた。俺はワイシャツだけの腕で、頭部を守る。
古賀島は撃った直後に、急いで横に飛び退いた。
銃弾は……俺の腹部へと飛んできて……俺の周りを一回転して元の方向へと飛んでいく。
つまり、Uターンした。
「やはりな……その魔装法、狡いぜ」
「実力勝負だ」
俺のしていたことは、高度な防御魔法。
ワイシャツに普通の防御魔法を張り、その上に更に、風の属性防御魔法を張り、迎撃系の防御魔法も張った。特殊防御魔法。
今の俺の精神力で出せる、最強の防御形態だ。
防御魔法でダメージを防ぎ、風属性防御魔法で後ろへ流す。それを迎撃系風防御魔法が、迎撃の名の通り、元きた方向へと撃ち返す。
三段構えの最強迎撃防御魔法だ。
もちろん長くは続かず、仕込むのにも時間がかかる。陽愛との会話中に撃たれないようにするための魔法だ。
もう、解いた。
「行くぜッ!」
俺は移動魔法で詰め寄り、頭部を狙い難くする。
パラの銃口を相手の腹部へと向け、一発撃ち込む。
「甘く見るなよ……!」
防御魔法で攻撃を弾きながら、俺へと突進してくる古賀島。俺はそれを横に飛び退いて躱す。
そのまま、斜め後ろから更に発砲するが……宙返りで躱される。
着地する瞬間にもう二発撃ち込むが、着地と同時に素早く移動魔法で横に動かれた。そこからターンをして、俺へと銃口を向けてくる。
俺は風魔法で地面の木の板を吹き上げ、相手への目隠しにする。
それでも発砲された銃弾は、俺の右肩を掠って流れていく。
木の板が落ちる前に、俺はその後ろから飛び出して、壁を蹴って古賀島に近付いた。そこから風魔法で補助した空中蹴りを放つが、左腕でガードされる。
古賀島は、そのまま俺に銃を向けて発砲してきた。
「……チッ!」
軽く舌打ちをして、風魔法で自分を空中に移動させ、ギリギリで銃弾を避ける。着地してからすぐに体勢を整え、パラで三発撃ち込む。
二発を躱し、もう一発を防御魔法で弾くと、古賀島は銃口を陽愛に向けた。
「な……!?」
俺が慌てて止めようとした瞬間、ニヤッとした古賀島の蹴りが、俺の右手を直撃した。
その勢いで銃は手を離れて、床を滑って隅の方に転がる。
即座にナイフを引き抜いた時……頭に、至近距離から銃口が向けられた。
「黒葉っ……!!」
陽愛の悲痛な声だけが響いた。
「残念だったな……だから言ったろ? 人間的には甘いって」
古賀島がゆっくりと、引き金にかける指に力を入れていく。
非殺傷用の銃弾でも、至近距離からの頭部直撃では、殺せるだろう。よくても気絶だ。
だけどな……今、俺たちがいる場所は、俺が小屋を突き破った場所なんだよ。
「じゃあな」
その一言と共に、銃弾が発射されそうになった。
俺はその直前に、手からナイフを落とす。
その落下地点には……俺が小屋に突入した際に使った、自転車がある。俺と古賀島の脚の横には、その自転車が転がっているのだ。
俺は手放したナイフに、全ての精神力を注ぎ込んだ魔装法を使っている。
少しだけ溜める時間が必要な属性魔法では、下手に使おうとすれば、瞬時に撃たれる。
しかし……経由するなら、隠して発動するのなら、不意をつけるのだ。
自転車に当たったナイフから、ピリッという音がしたかと思うと……魔装法は自転車へと経由した。そして、自転車から大きな雷撃が放たれる。
その雷撃は……俺と古賀島を包み込んだ……。




