第26話 魔装高内戦闘
場が……中庭が……その場にいた全員が沈黙し、驚愕した。
ナイフのような細い長い鉄片が、血の尾を引きながら、輝月先輩の左胸を通過していく。
ゆっくりと、輝月先輩が仰向けに倒れた。
「き……輝月先輩ッ!!」
「会長!!」
「輝月会長!!」
「生徒会長ッ!!」
様々な声が入り混じりながら、俺、生徒会役員、井之輪先輩、陽愛や折木……その場にいた全員が駆け寄る。
左胸には、鋭い刺し傷……もしや、心臓に……?
……大丈夫だ、生きてる。
俺はなんとか意識を切り替え、後ろを振り返り、千条先輩を見る。
千条先輩は駆け寄るでもなく、黙って校舎の方を見ていた。そこには……三年生と思われる男子生徒が立っている。
手には、さっき輝月先輩に投げられたと思われる鉄片が二つ握られていた。
「お前、なんのつもりだ」
千条先輩が静かに……しかし、今までにない殺気を放ちながら男子生徒に言った。
「……邪魔だった……あいつは……障害になる……それなら……早く消さなけきゃ……」
何かをブツブツと言っている。
あの野郎……気でも狂ってんのか?
俺が怒りに任せてパラを抜こうとすると、千条先輩が俺に背を向けたまま、制してきた。
「警察沙汰のものだが……安心しろ、感謝しろ。風紀委員会の取り締まりにしてやる」
そう言って、鎖を両手に二本、地面に垂らして構える。
「白城くん……任せなさい。ああなったら、逃げられないわ」
後ろから、静かに井之輪先輩が言ってきた。
ここは大人しく、引き下がる。というか、下がらざるを得ない。
「……お前も……邪魔になる……障害に……なる……」
鉄片の男子生徒はまたブツブツと言うと、鉄片を一つ、千条先輩へと投げつけた。
しかし、それは届かない。千条先輩に遠距離の投擲攻撃は効かない。
鉄片は左の鎖によって、空中で巻き取られている。
「鋭間の分、お返しだ」
そう言って、右の鎖のリーチを一瞬で伸ばし、男子生徒の上から叩きつける。
男子生徒は、中庭に面した校舎内の廊下にいたのだが……その校舎を上から突き破り、鎖は男子生徒の左肩を打った。男子生徒が片膝をつく。
しかし、その状態からもう一つ鉄片を投げる。手負いだというのに、さっきより断然早い。
「お前程度、相手にならねえよ。相手は俺だぞ」
左の鎖を動かし、巻き取っていた鉄片を放す。
その鉄片は、新たに投げられた鉄片と空中で真正面から衝突し、地面に突き刺さった。コントロールとかのレベルじゃない……寸分違わず、相打ちだった。
千条先輩はそのまま両手の鎖のリーチを伸ばし、身体を少し左に捻る。
「おい、白城……とか言ったか? しゃがんでろ」
言葉の意味を理解し、俺はすぐさま体勢を低くした。
その瞬間――
「縛れ、業鎖」
捻った体勢から、右へと一回転する。
その勢いで、両手の鎖は校舎を破壊しながら男子生徒へと向かう。それから更に身体を下に捻り、両腕を振り下ろす。
その結果……二本の鎖はがんじがらめに男子生徒を縛り上げ、身動きを取れないようにしていた。
「……圧倒的で……早い」
思わず呟いた。
輝月先輩との戦闘では、五分五分、もしくは押していたほどだ。
それでも分かりにくかったが……この風紀委員長は強い。一般生徒では、まともな戦いにさえならないぐらいに。
癖で、戦闘となった時のことを考えるが……勝ち筋が、あまり見えてこない。風魔法と鎖牙では相性が悪い。雷魔法は有効だろうが、今の動きを見る限りでは、それすらも何発撃ち込めるか。
「ったく……手間かけさせやがって。そんで? 鋭間は大丈夫か?」
全く心配していないという風に聞いてきた。いや、心配してないというよりは、信用しているということなのだろう。
「……大丈夫に……決まってるだろう」
そう返したのは、紛れもない本人、輝月先輩だ。上体を起こして、薄笑いを浮かべている。
「会長……! まだ、動かない方が……」
品沼は安心したように……それでも少し心配している、というように言った。
「心配するなよ。当たる瞬間に、鉄片の、心臓付近を傷付ける部分を熔かして丸めた。緊急過ぎて、その部分しか熔かせなかったけどな」
……マジかよ、すげえな。肉体に刺さってからでは魔装法は使えない。つまり、服に触れている時にしかできない。
この人も、ただ単にやられはしないってか。その瞬時の判断には、驚くぜ。その精密さにも。
「さて……そんじゃあ、次はあっちをどうするか、だ」
全員が、縛り上げられた男子生徒に注目する。今は……項垂れて、意識を失っているようだ。
「ま、王牙と初めて戦ったら、あんなもんか」
輝月先輩が気楽に言う。
だが俺は、こちらの様子を窺い、影で動いたもう一人の男の姿を捉えていた。
◇
「こんな所で、何してんですかね?」
俺は輝月先輩達と一旦別れ、一人、影で動いていた男と接触した。
「奇遇ですね」
この男――
「……喋るのは、初めてだな」
帽子をかぶっていて……目がギラギラした、悪そうな顔。確かに、こいつと喋るのは初めてだ。
この前の土曜日、折木と一緒に買い物をした――その最中に、折木を尾行していた男。
「本当になあ……何……してんだ? って……聞いてんだよッ!」
パラを抜いて、すぐさま構える。
「この前はロクに話せずに一本取られたしな……今日は、お喋りしようぜ」
「……悪いが、今日も話すつもりはない」
男は低い声で言い放って、あの日のように、校舎の壁に手を当てる。
何かを描くように手を動かした。
「同じ手で、同じようになると思ってんのか?」
俺は移動魔法で近付き、至近距離から男に蹴りを入れようとする。
しかし、男はそれをすぐに察し、魔法式を描くのを途中で止め、移動魔法で後方に避けた。
「逃がすかよッ!」
俺はパラを構え直して引き金を引く。
速度強化を施した銃弾は、男の左太腿に命中した。
「……!」
さすがとも言うべきか、男は痛みに顔をしかめながらも立ったままだ。
相手の逃げ足の速さは知っている。だが、今のでその脚は封じた。
俺は口笛を吹いて、更に撃つ。その時、男の周りが霧に囲まれた。
「な……!?」
しまった……。
あいつ、足で床に魔法式を描いてたのか……そりゃ座り込めないし、しゃがめねえだろうよ。
けれど、また逃げられる訳にはいかない。
例え、幻惑の霧でも、霧は霧。
霧がある、というイメージで霧が発生しているなら、それを散らせるイメージも効く。
俺は銃口を霧に向けた。銃弾に風魔法を使い、風を吹き荒らす。
「……なるほど……風魔法が使えるのか」
諦めたように、男は自嘲気味な笑みを浮かべたが……すぐに表情が変わった。
今度は俺に移動魔法で詰め寄ってきた。
突然の、逃亡から攻撃への切り替えに、一瞬だけ固まる。ギリギリで反応し、右足の蹴りを防御した――ハズなのだが、その攻撃が消えた。
幻惑の攻撃……!
認識した瞬間、右側に衝撃が走った。服に幻惑魔法を使用して、認識を誤魔化したか。
「戦りにくいぜ……ったく!」
俺は制服に風魔法を使い、周りに風を渦巻かせる。
風の防御形態……迎撃系の特殊防御魔法だ。
その状態で、男に突進する。
「ぐッ……!」
それにより、男は風に弾かれて後方へ吹き飛んだ。
長くは使えない防御形態だが……これならいける。
防御だけでなく、風による加速も加わった俺は、一瞬で男に詰め寄る。立ち上がった男は、再び幻惑魔法を使ってきた。今度は脚自体が見えない。
ま、構わねえよ。
俺は右脚に力を込め、そこを中心に風魔法を使う。そのまま姿勢を低くする。
どんなに幻惑で誤魔化してもな……お前の蹴ろうとする意思を認識したら、もうその時点でこっちの勝ちなんだよ。俺にとってはな。
低い姿勢の状態で、相手の脚があるハズの場所を右脚で払う。バランスを崩した男に、そのまま素早く踵落としを極めた。
脚と肩を負傷して動けない男に、俺は歩み寄る。
「さあ……聞かせてもらうぜ。ここにいた理由。『テンラン』が潰れた今、お前がまだ活動している目的……全て」
黙っていたる男の前で、俺はパラをコッキングする。
それを見て、男は観念したように口を開いた。




