第209話 実戦訓練Ⅷ
井之輪先輩は逃げの一手をしてもいい。俺もそうだ。
ここで失格するくらいなら、三チーム全てが最下位で、多少なりとも被害を受けた方がマシだからだ。
と、なると……おそらく同列最下位なんて認めない、千条先輩が問題だ。
それが意識にあったのかは分からないが、井之輪先輩はどうするか迷っていた。俺を再び攻撃して、もう一つの目標物を奪うか、逃げるか。二択を迫られていたのだ。
獲得証明地点は既に鎖牙で覆われて、俺が近付こうものなら吹き飛ばす構えだ。
だから俺は、目標物を獲得するという選択肢を早々に捨てた。残り約二分ほどでこの決断ができたのは、あらかじめ予測していたからだ。
千条先輩が目標物を破壊するのは、予想外どころの話じゃなかったが……一応、奪われる覚悟はしていたからな。
俺は井之輪先輩の方を向いていた千条先輩を、後ろから撃つ。
俺がポイントを獲得せずとも、生き残ってさえいればいい。その時、井之輪先輩か千条先輩のどちらかが失格していれば、それだけで勝てる。
こちらを見向きもしていなかったハズの千条先輩が、鎖牙で銃弾を払った。どう感知してんのかは知らんが……どうにも、不意打ちは通じないらしいな、この人には。
「陽愛、援護を頼む」
陽愛が頷いたのを感じて、俺は右に回り込むように走る。USPを連射して千条先輩を狙うが、檻のように巻き上がった鎖牙に阻まれた。
左から回り込んだ陽愛も、銃撃による援護をしてくれるが、防がれている。
「出し惜しみすんなよ? 最後だからな」
千条先輩がそう言って、両手に持った鎖牙を振り回す。
咄嗟に頭を下げたが、肩を軽く掠められた。陽愛は半回転分の時間差で避けられたらしいが、動きを制限されている。
激しい金属音が鳴り響いた。井之輪先輩が、千条先輩の守りに打ち込んだのだ。
俺たちの動きを見て、千条先輩を失格させるという難問に協力することを決めてくれたらしい。
「いいねえ……! それでこそだ!」
鎖牙を短く握った千条先輩が、近くの井之輪先輩に向き直る。
檻のようになっていた鎖牙を地面に下ろし、千条先輩は井之輪先輩との近接戦を開始した。左手の鎖は横の動き、右手の鎖は縦の動きで、それぞれ嵐のような荒々しさで叩き付ける。
「……ッ……!」
井之輪先輩も断刈で防御をするが、反撃の暇さえない。
「井之輪先輩を援護するぞ!」
「うん!」
俺と陽愛は、背中を向けてきた千条先輩に接近しながら、銃撃を再開する。今度は、雷魔法と水魔法を纏わせたそれぞれが強力な銃弾だ。
それを察したのか、千条先輩は攻撃の手を緩めて、羽雪先輩の直伝らしい高速移動で銃弾を避ける。
追撃しようとした井之輪先輩の足元から鎖牙が立ち上がり、脚狙いで鞭のような動きをし始めた。縄跳びでもするかのように井之輪先輩はそれを躱し、少しずつ千条先輩に近付いて行く。
俺たち三人を面に捉えた千条先輩は、鞭のように鎖牙を振るい始めた。断刈がそれを弾き、USPが軌道を逸らし、各々で攻撃を処理していく。
しかし……高速の連続攻撃に、陽愛が遂に付いて来られなくなった。むしろ、今までよく頑張ったと思う。
低い軌道に脚を掬われ、バランスを崩したところを横薙ぎに吹き飛ばされた。
「陽愛!」
無事を確認しようとしたが、応答がない。意識が飛んだ可能性がある。
だが……これはチャンスだ。千条先輩は今、陽愛が耐えきれなくなったのを見て、崩す動きから仕留める動きに変えた。
僅かな違いで、微かな乱れだが、確かにテンポが変わった。
陽愛を囮にしたようで、あまりいい感じじゃないが……陽愛の犠牲を無駄にしない、っていう、よくある雰囲気で誤魔化そう。
鎖牙の間に生まれた一瞬の隙を移動魔法で突き、千条先輩に肉薄する。
「はあああッ――――!!」
USPを至近距離で発砲するが、守りに入っていた千条先輩を崩せない。
ナイフをしまい、素手で鎖牙を掴む。無理にこじ開けた隙間に銃口を差し込み、弾切れするまで引き金を引いた。雷魔法と風魔法を使っている。
……強いな、千条先輩。二重に鎖を仕込んでいた。
鎖によって雷を流し、その物量による重みで風に耐えられた。これでは崩し切れない。
「二十秒か」
チラッと腕時計を確認する余裕さえあった千条先輩がそう言った。
まずい……今から走り出して、ポイントを獲得しに行くか? いや、もうそれさえ間に合わない。
一か八か、やるか。
携帯サイズの目標物を取り出して、右手に握る。人差し指と中指の隙間から、少しだけ飛び出るように縦に持った。服の右袖も、その中に握り込む。
『魔纏』――この接点だけでは、上手く衝撃をパスできるか分からないが……目標物を武器代わりにして、拳から放つ。
「――『魔法破壊・二連の鎖』――」
俺が覚悟を決めた時、千条先輩から不穏な空気を感じ取った。
『魔法破壊』を使う気か?
井之輪先輩が断刈を回しながら一気に攻め込もうとするのに対し、俺はバックステップで距離を取る。今攻めれば負ける、という直感が働いたのだ。
一気に千条先輩が守りを解き、両腕に持った二本の鎖牙を振るった。
左の鎖が井之輪先輩を、右の鎖が俺を襲う。
断斬鉄がある井之輪先輩は、その攻撃を正面から受けて――なんの抵抗もなく吹き飛ばされた。柱に叩き付けられ、防御すらできていないようだ。
やはり――『魔法破壊』か――
コンマ数秒先に攻撃を受けた井之輪先輩を見て、俺はバックステップの勢いなどを利用した簡易的な『魔纏』をチャージする。そのチャージを左脚に流して使い、鎖牙をギリギリで躱した。
「おっ」
意外そうな表情をして、千条先輩が構えを戻す。
俺は地面に倒れた勢いのまま右腕を振り、目標物を投擲した。風魔法を纏わせ、ドリルのように横回転させる。
今なら、千条先輩に防御はない。風魔法で軌道を修正すれば、左手首に当てることは可能だ。
「チームC、井之輪ちゃん、失格です」
インカムからの声で、井之輪先輩のブレスレットが破壊されたことが分かった。
「そして、一時間経ちました。ゲーム終了です」
俺の攻撃は、最後に……千条先輩に届くことなく、打ち落とされた。
ここが俺の限界か。
仰向けに寝転んで、深く息を吐く。
「結果発表です。チームA、鷹宮ちゃんが生存で二ポイント獲得、合計五ポイント。チームB、千条くんが生存で二ポイント獲得、合計二ポイント。チームC、水飼ちゃんが生存で一ポイント獲得、合計一ポイント。チームD、白城くん生存で二ポイント獲得、合計二ポイント」
瓜屋先輩が明瞭な声で、結果を伝えてくれる。
「一位はチームAです!」
楽しそうだなあ……瓜屋先輩。
財布の紐を緩めることなく済んだし、小園先輩も許してくれるさ。何か食いたいものがあった訳じゃないだろうし。
「ま、こんなもんか」
疲れを感じさせない調子の千条先輩がそう言って、肩を竦めた。
「お前とは、ちゃんとやりたかったけどな」
「俺は満足ですよ、もう」
なんとか笑顔を浮かべて、千条先輩に言い返す。
一息吐き出してから、俺は陽愛と井之輪先輩の無事を確認するために立ち上がった。
◇
最下位となってしまったチームCだが、人数は三人であり、瑠海の金銭面は潤っている。比較的ダメージは少なかった。
様々な後処理を終えた俺たちは、お互いの応急処置等をして、回転寿司で昼食を摂っている。
「本当に寿司なんですね……」
「嘘は言わない」
輝月先輩は毅然とした態度だ。
一、二年生は百円の皿ばかりを取るが、三年生が容赦ない。瓜屋先輩は遠慮してくれるし、輝月先輩も控えめだが、千条先輩と小園先輩は欲望の赴くままって感じだ。
向かい合いのテーブルを三組分占拠した一同は、気遣いのいる食事をしたり、遠慮なく食事したりと、様々な状況だ。
「別に遠慮する必要ないですよ?」
例外がいた。自分が奢るからという理由と、金に困っていないという理由から、瑠海がひょいひょい高額の皿を取っている。見ていると、平均して百六十円くらいだ。注文で海鮮味噌汁なども頼んでいるから、チームCが最下位で助かったと本気で思う。
「そう言えば、千条先輩、『魔法破壊』を使ってましたよね?」
瑠海に遠慮せずとも、井之輪先輩と水飼先輩に気を遣わざるを得ない俺は、かっぱ巻きを食べながら振り向いた。後ろのテーブルには聖なる魔装戦選抜組が座っている。
「あんた、後輩相手に何してんのよ」
「手は抜かねえ。まして今日は、『魔法破壊』の指導を入れるって話だったろ。予習だ、予習」
予習で死にそうな思いをしたのが数名いるんですけど。
小園先輩から聞いた話だと、千条先輩が使えるかどうかはあくまで可能性の段階だったハズだが……見た感じ、完璧に思えた。
「俺が成功したのは、見知っている魔法が相手だったからだ。実戦で使える段階じゃねえ」
俺の方をチラッとだけ見て、千条先輩は寿司に向き直ってしまった。
和やかなムードになってしまったし、このまま解散でも違和感がない。今の内に聞かないと、『魔法破壊』について収穫なしだぞ。
だが、千条先輩にまた声をかけるのも憚られる。
「大丈夫ですよ、午後もあの場所は借りてますから」
俺の不安を見抜いたように、瓜屋先輩がしめ鯖を食べながらそう言った。
◇
回転寿司を出た俺たちは、再び立体駐車場に向かった。
ただし、全員ではない。
「今日は午前中の実戦訓練までしか頼まれていなかったからね」
輝月先輩は早々に消えてしまった。
千条先輩と小園先輩も、自分たちで自主訓練していた方がいい、と言って帰ってしまったのだ。羽堂先輩も、実戦訓練の手伝いのみ、という理由で。
ただし、水飼先輩と吉沢先輩はいる。井之輪先輩も。
「ホタルちゃ~ん、ちょっと待ってて~」
「……私、やることないのよ?」
なんだかんだでお人好しの井之輪先輩は、意味もなく水飼先輩を待っているらしい。
水飼先輩を残したのは俺なんですけどね。
「私もレクチャーを受けようと思いまして」
吉沢先輩は『魔法破壊』に興味があるらしい。
まあ、当然だろうけども。
「それでは、第三オリジナルの『魔法破壊』、その講習を始めます」
ついでとばかりに井之輪先輩も並んで、俺たちは瓜屋先輩の話を聞く。
午前中、機材などを置いていた場所で、今はテーブルのみがあった。
「端的に話していきます。まず、使うのは結界魔法。それも、特殊なイメージです」
結界魔法……? それを『魔法破壊』に応用するのか?
そうだとすると、少し違和感があるな……小園先輩が使えなくて、千条先輩が使えるという事実に。
「簡易的な結界魔法なのですが、タイミングと範囲が重要になります。イメージするのは、透明だったり白だったり、空白の空間。それを相手の魔装法に被せる、という感覚ですね」
「被せる……?」
桃香が首を傾げた。
だが、俺はなんとなく分かったぞ。
魔装法と魔装法がぶつかった場合、単純なエネルギー量か、魔装力の大小が、優劣へと繋がる。ただし、イメージに影響を及ぼせるならば、その限りではない。
小鈴ちゃんの『完全消去』のような、相手のイメージに影響を与えることを前提に組まれた魔法ならば、定石を無視することもできるのだ。
もちろん、実物など聞いたことも見たこともないが……。
「ええ、結界魔法を使った後では、ただの打撃などになるので……例えば、拳銃を使った場合だと、銃弾が当たる瞬間に相手を覆った結界魔法を使うんです」
全員が眉をひそめた。意味はそれぞれだが、俺の場合は考えを巡らしているからだ。
なるほど……ただの結界魔法ではない。相手を巻き添えにして、既存の魔装法を隔離することで、強制的に魔装法を解除させるんだ。使われた相手からすれば、手元で使っていた拳銃が急に消えるようなもので、その一瞬が魔装法のイメージを崩すことになる。
小園先輩が使えない理由も分かった。結界魔法や空間魔法のスペシャリストであるが故に、この結界魔法もどきは使い辛いんだ。
「一応……意味は分かりました。でも、具体的にはどういう風に?」
「見せましょうか、一度」
俺の疑問に対し、瓜屋先輩は微笑んだ。
身構える全員の中から、瓜屋先輩は陽愛を手招きした。
「鷹宮ちゃんの魔法が、一番目に見えて分かりやすいですから」
陽愛が水魔法を使い、テーブルの上に水が渦巻き始めた。
「……思った以上に、コントロールできていますね」
水が渦巻くのを見て、瓜屋先輩が目を細めた。
何か一瞬、不穏な空気を感じ取ったのだが……すぐに瓜屋先輩は、柔和な笑顔を浮かべた。
「では、やってみます」
拳銃を取り出した瓜屋先輩は、その銃口を渦の中に向けた。
全員がテーブルを囲み、固唾を呑んで見守る。
「『魔法破壊』」
瓜屋先輩は引き金を引かない。おそらく、拳銃そのものを使って『魔法破壊』を発動させたのだ。
目の前で……水の渦が、一瞬で消滅した。
俺は隣にいた陽愛の顔を見る。
「なんか……分かんない。普通に使い続けてたんだけど、頭の中に変なイメージが一瞬だけ混じってきた感じがして……気付かない内に、消えてた」
狐につままれたような顔で、陽愛が呟くようにそう言った。
使われた人間にしか分からない感覚なんだろうな……ちょっと、俺も体験したい気がしてくる。
イメージの逆流を起こしているらしいな。魔装法同士が衝突すると、意図せず起こることもあるが……今回の場合は、わざとイメージに影響を与えて壊すって感じか。
「後は個人差もあって、感覚によるところもあるので、個人で練習してみましょう。ただ、これは対人ではないと効果があるか分かりにくいので……組んでみますか。丁度、私も含めて四人いますし」
井之輪先輩が結局巻き込まれた……ま、仕方ないか。
俺は水飼先輩と組んで練習することにした。
簡易的な空間魔法、しかも真っ白でいいと言うなら、俺は経験がある。奇しくも、水飼先輩との初共闘だった事件の時だ。駒井を抑え込むために咄嗟に使ったのだが、空間魔法に感化されたことでイメージしやすくなっていただけで、基本は使えない。
「クローバーくんは私に用事があったんだよね?」
水飼先輩が不思議そうに眉を上げた。
「はい。収束魔法を教えて欲しいんです」
水飼先輩の収束魔法を応用すれば……素手からでも、『魔纏』を放てるのではないかと俺は思ったのだ。
服の袖にでも収束魔法を使用し、収束するポイントを拳にすれば、一気に衝撃をパスできる。それだけでなく、『魔纏』の加速時間も短縮できるのだ。
「え、なんで?」
驚いたらしい水飼先輩に、『魔纏』の詳しい説明は省き、素手による近接魔法を説明するが――
「あ~……いや、その距離だと、遠い」
「遠い? 袖と拳で?」
「うん。収束魔法って、エネルギーを一点に持っていくのはいいけど、収束点を遠くには持っていけない。銃弾と銃身くらいじゃないと、ちょっと厳しいかなあ」
早々に当てが外れた。
でも、『魔纏』のエネルギー加速の時間短縮にはなるだろうし、学んでおいて損はないだろう。
ということで、お願いをする。
「でもまあ……分散魔法を使えば、いけるんじゃない?」
収束魔法とは対の魔装法。
ポイントを作って、そこにある様々なエネルギーを分散するものだ。おそらく、第二の不舞さんも使用しているハズだし、瑠海もさっき、結界魔法に組み込む形で使っていた。
「いや、あれだと力が散り過ぎて、拳には充分に魔法の恩恵が行き届きませんよ」
分散するのだから、エネルギーを拳に持っていくのは不可能だ。あれは基本、防御のために使う。
「合わせるんだよ、二つを」
両手を打ち鳴らして、水飼先輩が真面目な表情をした。
合わせる? 特殊魔法のことか?
特殊魔法は、個人で好きに作れるように思えるが、誰も使っていないようなのを自分でイメージするのは、かなり難しい。下手をすれば自壊どころか、失敗のイメージ定着による影響もあり得る。
「分散魔法で拳まで渡したエネルギーを起点に、収束魔法で別のエネルギーを集めればいいんだよ」
「ああ……って、いやいや……」
エネルギーは物質じゃないのだから、そこに魔装法を使うのは不可能だ。
収束点用のエネルギーと『魔纏』用の高エネルギーを二つ用意して、収束点用のエネルギーを分散魔法で拳まで飛ばしたとしても、そこに『魔纏』用のエネルギーを収束させるなんて――
あ……いるのか、それができる人間が。
「思い出した? できるんだよね、第二の生徒会長、不舞栢さんは」
俺の表情を見て、水飼先輩が満足そうに頷く。
オーバーチェイン。一つの物体に、独立した魔装法を二重で使用し、発動するタイミングさえも操れる特殊魔法。分散魔法と収束魔法を二重で使い、分散魔法でエネルギーが散った先でも収束魔法を発動できるかもしれない。
できれば、すごいことだが……。
「第二に講習で行く機会あるでしょ? その時に頼んでみたらいいんじゃないかなあ~」
水飼先輩の言葉に、俺は決意を固めた。
強くなるためには、手段を選ばず貪欲に求めていくしかない。
とりあえず今、俺の目の前にある大きな目標――『魔纏』と『オーバーチェイン』、この二つを習得しなければならないな。




