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第204話 実戦訓練Ⅲ

 

 驚くほどスムーズに、一階に下りることができた。

 誰とも遭遇しなかった。視線も感じない。

 戦いたい訳じゃないが、存在するのが分かっている敵の姿が見えないのは不気味なことだ。

 一階なら、東西南北どこからでも抜けられる。西側の獲得証明地点に行けば、俺の状況なら三ポイントが入る。

 だが、待ち構えられる恐れもあるし、このまま近付くのは危険か。

 一瞬だけ躊躇したが、状況はこれ以上変わらないだろう。どこかのチームが動かなければ、この膠着状態が続く。そうでもなければ、引っ掻き回されて目標物がポイントにならないどころか、奪われる可能性もある。

 一か八か、突っ込むしかない。五秒間、その場にいるだけだ。

 移動魔法を使って、駐車場の影から出る。できるだけ高速で、小園先輩の言っていた木の影へと辿り着いた。 

 これか――半径一メートルほどの円形、それが地面にコンクリートで作られている。というか、コンクリートを丸くくり抜いたものが置かれているのだ。地面よりほんの僅かに高いくらいの台座のように見える。

 音を立てないようにそれの上に乗り、左手に持っていた目標物を置いた。

 これがどう判定されるのか……この目標物にも、GPSが埋め込まれてるのかもしれない。それが一番分かりやすいだろう。

 一秒、二秒、三秒――

 息の詰まるような衝撃で、俺の身体が真横に吹き飛ぶ。

 警戒して防御魔法を張っていたが……五メートルは飛ばされたな。

 何度か地面を転がってから、勢いのままに右膝を立たせて起き上がる。

「な~るほど、これが目標物なんだね」

 水飼先輩が、目の前に立っていた。

 予想通りだな……最悪のパターンではあるが。

「小園先輩、賭けには負けです」

「見てるわよ、派手にやられたじゃない」

 面白がっている様子が、インカム越しで伝わってくる。

 建物の影から、井之輪先輩が走り出すのが見えた。

 目立たないように襲撃を一人にして、とにかく遠くへ吹き飛ばす。その後、相手の目標物を奪って、仲間が五秒時間を稼ぐ間に自チームのポイントにする。

 正攻法だな。

「後ろ、来てますよ」

 USPを向けながら、俺は水飼先輩の射線から外れるように動く。

 視界の上……屋上から、小園先輩から飛び降りたのが分かった。

 あの人、俺と初対面の時も、木の上から飛び降りてたな。

「ホタルちゃん! 上から!」

 水飼先輩の叫びに、井之輪先輩は急停止して屋上の方を見る。

 その井之輪先輩の目の前に、小園先輩がふわりと降り立った。

 聞いた話だと、あれは結界魔法らしい。イメージとしては、エレベーターのような箱を一瞬だけ生み出して、地面にぶつかる直前にそれを踏み台にして跳ぶ。それによって、ほぼ衝撃もなく着地するという……慣れていなければ、骨折じゃ済まない荒業らしいのだけれど。

 まあ、三年生は荒業を普通の感覚でやる人ばかりだから、もう俺の感性は通じない気はする。

「屋上からとか、頭おかしいでしょ」

「それは同意です」

 さすがにマジな顔になった水飼先輩に、俺もマジになって返す。一瞬向かい合ってから深く頷き合う。

 次の瞬間には、お互い移動魔法で弧を描くように回りながら撃ち合っていた。当たる寸前で、お互いの銃弾は脇を掠めていく。

 同じタイミングで撃ち始めたせいで、俺の方が先に弾切れになった。分かっていたことなので、ホールドオープンとほぼ同時にナイフを取り出して直進する。銃口から弾道を予測し、小刻みな移動で銃弾を躱す。

 久し振りに、王道な流れだな。魔装法を使った中距離銃撃戦の。

 水飼先輩とは、聖なる魔装戦(セント)の時の訓練で、既に対戦済みだからな。

 ここからの流れの変え方も、なんとなく予想がつく。

 ナイフで突っ込む俺と、水飼先輩の間で、何かが弾けた。その前に急停止をかけていた俺は、その衝撃を避けるようにして回り込む。

「あ、前に見せたか」

 しまった、と言う感じで水飼先輩が舌を出した。

 収束魔法だな。最後の銃弾を一発、敢えて外して、俺を迎え撃つようにずらしていた。

「俺と戦うのは、相性悪いですよ」

 ナイフで追撃すると見せかけて、俺は震脚をするように、右脚を地面へと打ち下ろす。

 風魔法による竜巻で砂が巻き起こり、水飼先輩を包んだ。

 視界を封じられたところを背後に回り込み……攻撃はしない。小園先輩のフォローと共に、目標物を獲得するために動く。

 しかし……またもや収束魔法だ。折角起こした竜巻が、別の場所へと吸い込まれるように移動させられた。

 だが、最早水飼先輩と戦うメリットはない。

「小園先輩、お願いします」

 断刈を振るう井之輪先輩と、至近距離で格闘していた小園先輩の方に走り寄る。

「あんた、人使い荒くない?」

 悪態をつきながら、小園先輩が俺へと銃口を向ける。

 異変を察知した井之輪先輩が間に入って来ようとするが……無駄だな。小園先輩が脚を払うように動かし、射線上から無理やり井之輪先輩をどかしている。

 小園先輩の銃弾は、俺が証明地点に立ったのと同時に、そのコンクリートへとぶつかった。途端に、円形状の半透明な空間ができあがり、俺を四方八方から防御する。

「あっちゃ~、これはやられたかな~」

 追い付いて来た水飼先輩が、顔をしかめる。井之輪先輩も、少し嫌そうな顔だ。

 いや……既に、俺が立った時には――

「――――魔法破壊(ブレイク)四連の鎖(チェイン・フォー)――――」

 屋上から、今度は千条先輩が飛び降りて来ている……!

 しかも、身体を限界まで捻った格好で、受身をする気がゼロに見えるぞ。

 千条先輩は、空中で身体を捻っていたその反動で、両手の鎖を俺の方へと叩き付けてきた……二秒だけ待って欲しいんだが……それだけなら、耐えられるか……?

 しかし、俺の予想とは裏腹に、空間魔法がタイムラグなしで破壊された。鎖が当たった瞬間、まるで霧のように。

 鎖が無抵抗で襲ってくることは計算外で……俺は防御魔法を張りつつも、さっきよりも勢いよく吹き飛ばされた。受身すら取れず、地面を激しく転がる。

「がはッ……! う、瓜屋先輩……今、目標物は……!」

「残念ながら、四秒です」

 インカムを使って確認を取ったが……駄目だった。

 そんな場合じゃないな……やべえ、これはキツイ。右腕と左腕を揃えて盾にしたからセーフだったが、肩を直撃だったら終わってたな。左手首のブレスレットは無事なようだ。

「白城!」

 小園先輩の声に、俺は考えずに横に転がる。状況判断する余裕はない。

 さっきまで俺がいた場所に、銃弾が撃ち込まれた。今の発砲音は、狙撃か。

 屋上を見ると、太陽の光を背に受けて、桃香が狙撃銃を構えているのが見えた。

 これだから、狙撃手がいる相手はやり辛い。

 痛む身体を動かして、木の影に隠れて狙撃を躱す。そこから現状を把握する。

 千条先輩が乱入して来たことで、場は荒れまくっていた。

 千条先輩の持ち味は全距離対応可能の攻撃力なのだから、桃香とは相性が良すぎる。桃香を不憫に思っていた俺を殴りたい気分だね。さっきも、粗暴な態度で桃香を戦力外のように言いながら、しっかり戦術として組み込んでいたし。

 鎖牙が間髪入れずに振り回され、小園先輩も井之輪先輩も水飼先輩も、全てを無差別に攻撃している。まるで嵐のようだ……ほぼ隙間がない。

 井之輪先輩には断斬鉄(メタルブレイク)があるから、比較的攻撃は捌きやすそうだ。しかし、水飼先輩は押され気味で、小園先輩も反撃はできそうにない。

 てか……今思い返すと、さっきの千条先輩の攻撃……魔法破壊(ブレイク)か? まさかとは思ったが……あの一撃は、違和感があった。

 どうするか……フォローに入るべきだとは思うが、この乱戦、下手すりゃ巻き添え喰らって共倒れだ。目標物を獲得しようにも、証明地点は千条先輩のリーチ内にある。

 俺が迷っている間に、戦況が動いた。

 千条先輩の大振りの鎖に素早く反応した井之輪先輩が、断刈で逸らすように流した。軌道の変わった鎖を水飼先輩が拳銃で撃ち、収束魔法を使ったのか、鎖は大きく吸い込まれるように動いた。

「……っ……!」

 動きの変わった鎖が、小園先輩の左脚を打った。体勢の崩れた小園先輩を、千条先輩の鎖牙が襲う。

「今月はもう、金欠なのよッ……!」

 切実な叫びを上げながら、小園先輩が右脚を軸に斜め上に宙返りをした。追ってきた鎖牙を、空中で不完全な体勢のまま撃って外させる。

 なんか、俺らのチームがすごい狙われていないか?

 ギリギリ千条先輩の攻撃範囲外に着地した小園先輩は、そのまま後退する。

 俺は移動魔法で距離を詰め、小園先輩と千条先輩たちの間に割り込む。予想通り飛んできた桃香の狙撃弾を、小園先輩を抱きかかえるようにして躱させる。

「ちょっ……! あんた、何してんの!?」

「いや、俺も金欠気味なんで」

 急に抱きかかえるようになったせいか小園先輩が焦ったような声を出したが、俺はそのまま戦線離脱を試みる。

 だが、それを許してくれない千条先輩が、近くに仕込んでいた鎖牙を操作魔法で一斉に仕掛けてきた。

 小園先輩の脚はやられている。ヘルプを求めた分、今度は俺が助けるんだ。

 小園先輩を抱きかかえたまま、頭を下げたり飛び跳ねたりしながら、じりじりと離れながら攻撃を避ける。井之輪先輩と水飼先輩に意識を割いている分、千条先輩の操作魔法も大雑把だ。

 代わりに、桃香の狙撃が一定の間隔で襲ってくる。留まっていると、的になるだけだ。

 もうすぐ……千条先輩の範囲外だ……。

「はい、最初のポイントはチームAです。目標物αを獲得しましたので、三ポイント入ります」

 …………は?

 信じられないアナウンスが、インカムを通して瓜屋先輩から伝えられた。千条先輩たちの動きも、一旦止まる。

 目標物αって、どれだ? Aってことは、陽愛と輝月先輩のチームだが……どこに?

「まあ、こんな感じで、周りが見えなくなるのは危険だ」

 笑いを堪えるような声が聞こえた。

 駐車場の二階部分に立った輝月先輩が、俺たちを見下ろしている。

 慌てて証明地点を見ると……誰もいない……違う、何もない。俺が置いていた目標物までない。

 そう思った瞬間、蜃気楼のように景色が揺らいだ。

「……おい」

「あはは……五秒くらいなら、一度入れば、私の幻惑魔法で誤魔化せるかな、って」

 申し訳なさそうな顔で肩を竦めた陽愛に、俺は笑いかける。

「よし、お前のチームを叩く」

「いやいや、私悪くないよね!?」

「目的を見失った方が悪い」

 輝月先輩が陽愛の援護に入ったので(色々と当然だが)、俺は完全に標的を決めた。

 しかもそれは、俺だけではないらしい。

「鋭間ァ……てめえ、さっきも逃げやがったし、何してんだ……?」

 千条先輩の殺意が、完全に輝月先輩に向いた。

「……ちょっとこれは、漁夫の利で済まされる被害じゃないわ。主に精神的に」

「いやあ~、それはさすがにないでしょ~」

 必死に戦っていた井之輪先輩と水飼先輩も、笑顔で苛立っている。

 上からスコープで俯瞰していた桃香は……俺たちを狙っていたから、見ていなかったのか。上手く勝機を掴まれたな。

「白城……一度、離脱するわよ」

「え? だって……今の状況、完全にAに狙いが集まってますよ?」

「分かっててやったんでしょ、輝月の奴だから。輝月も踏まえた乱戦になったら、どっちか落とされるわよ」

 小園先輩が厳しい目で言ってくる。

 ……本当に金欠なんだなあ……俺もだけど……。

「おっと待て。お前らが戦っている間、俺たちは何してたと思う?」

 無言で共同戦線が張られたのを見て、輝月先輩が両手を挙げた。

「知るかよ」

「もう一つ、目標物と獲得証明地点を発見した」

 全員が再び、動きを止めた。

 千条先輩と小園先輩が舌打ちするのが聞こえる。

「ここから離れて、それを獲得すれば計六ポイント……最下位はなくなる」

 陽愛と輝月先輩が仮に失格となっても、目標物は残り一個になるから、最高で十ポイント。残り二チームの生存争いになる。

 あ……これはまずい。コントロールされるぞ。

「ってことで、停戦協定を組もう。全チームいる訳だし、ここでチーム戦の順位を決めてもいいだろう」

 よくねえ~。

 優位に立ったからこそできる、協定、同盟の話。

 先輩たちを加えたチーム戦にしたのは、馴れ合いになるのを避ける理由もあるのだろうが、ここまでシビアな戦況に持ち込ませることもあったんだ。実戦(・・)訓練なのだから、様々なパターンがある。

 更に言えば……相手の言葉を鵜呑みにすると、酷い仕打ちを喰らう。

「まず一つ。お前ら二人が、ここまで敵意を向けられて、逃げ切れるか?」

 千条先輩が慎重に話を進めていく。

 この人は、なんだかんだ言って冷静だ。組織のトップに立つだけある。

「できるさ。そこから俺まで最速の攻撃をしても、届かないな。俺の方が速い」

 自信たっぷりな言い方だな。事実、羽雪さん仕込みの高速移動を使えば、この距離なら余裕で逃げられる。

「じゃあ二つ目だ。そもそも、お前たちが目標物を発見したって証明は?」

 これだ。これが一番ハッタリっぽい。

 陽愛が単独行動で目標物を捜索していたとしても、見つけられる可能性は低いんじゃないか? 見たところ無傷だし、誰とも戦っていないようだ。

 陽愛が使える幻惑魔法は、移動しながらでも使えるような高レベルのものじゃない。隠密行動ができたとは思えないぞ。

「それはもう、信じてもらうしかないが……。いいのか? このまま俺たちが勝つぞ」

 念を押すように輝月先輩が言うが……この言葉こそ嘘だと俺は思う。

 輝月先輩は、目的を見失うな、とさっき言ったんだ。それはつまり、これはあくまで実戦訓練であり、一年生がメインだということを再確認させたということである。

 目的は勝つことじゃなく、一年生が経験を積むこと。先輩たちはそのサポートなんだ。

「……小園先輩、どうしますか」

 小声で訊いてみる。

 あんなことを思ったけれど、この人は勝つことが目的っぽい気がしてきたし。

「とりあえず、降ろしなさい」

「あ、はい」

 抱きかかえたままだった小園先輩をゆっくり降ろす。

 この交渉の間に、脚の方は幾分マシになったようだ。俺がさっき受けた鎖牙の打撃による痛みも、少しは和らいだ気がする。

「あんたたち、重要なことを聞き忘れていると思わない?」

 小園先輩が声を張り上げ、全員の注目を集めた。

 なんだ……一体、何をする気だ?

「瓜屋! 全員同時に繋ぎなさい!」

「急に言いますね……」

 瓜屋先輩が困ったように呟きながら、通信機器をいじくっているのが分かった。

「繋いだ? じゃあ、答えなさい。昼食って、何を食べるの?」

 いつになく真剣な声音。

 全員が息を呑む。誰一人、それについて言及していなかったことに気付いたのだ。

「う~ん……そうですねえ~……」

 瓜屋先輩が答えを出すのを、俺たちは固唾を呑んで待つ。

「折角なので、一位のチームに決めてもらいましょう」

 明るい声を聞いて、俺たちは再び殺気立って睨み合う。

 喋ることすら憚れる空気の中で、俺が意を決して口を開く。

「ちなみに訊きますけど……輝月先輩と千条先輩は、勝ったらどこに行く気ですか?」

「「寿司」」

 訊ねてすぐに、二人から同時に返答された。息もピッタリだ。

「それじゃ、私もお寿司で!」

 水飼先輩が元気よく右手を挙げた。

 冷たくて鋭い空気がその場に満ちる。

 今日いるのは、合計で十二人。俺と小園先輩が我慢して食わなかったとしても、十人に奢ることになる。一皿百二十円として、一人十皿だとしても一万二千円。

 一万、二千円……見積もって、一万越え?

「回転寿司とは言ってないからな」

 千条先輩が脅すように言い放った。

 回らない、寿司、ですか……? いや、いやいや、いやいやいや!

「輝月先輩! 協定を結びましょう!」

「言い忘れてたけど、チームDとは組まない。白城は実際、一年生と同じ括りにはできないからな……俺たちが組むのは、さすがにちょっと反則だろう」

 先に言えよ!

 つまり俺たちは、どう足掻いても二人で戦うしかない。下手すると、二チーム相手にして。

「離脱するわよ。目の前で協定組まれたら、三チーム目も私たちを落としに来るしかなくなる……残ってたら負けよ」

 落ち着いた様子で、小園先輩が立体駐車場の方を向く。

「折木」

 千条先輩の声が僅かに聞こえた。

 それによって再び狙撃が降ってくるが、もう弾道は読めた。角度的にも、もう攻撃を喰らうことはない。

「鷹宮は動いてる?」

「いえ、あまり動いてないです。――三階ですか?」

「そうね……輝月が二階にいるのは誤魔化しでしょ。拠点を三階にして、鷹宮と別行動しながら、私たちの動向を窺っていたんだから」

 俺たちは移動魔法で建物の中に逃げ込むが、誰も追って来ない。休戦協定の話をなしにはできないからだ。

 なんせ、輝月先輩を勝たせるのは財布が危ない。だが、もっと無茶をしそうなのは千条先輩だし、下手すりゃチームのBとCが組む可能性もなくはない。

 一度固まった戦場を動かすのはリスキーなことだ。逃げる俺たちを追おうとすれば、逆に攻撃対象になることもある。

 狙撃の目からも逃れたし、全員からとりあえず距離を置いたハズだ――

 視界の左端、柱の影から何かが飛び出した……速い……完全な不意打ち……見えた時には、身体が追い付かなかった。

「瑠海――!」

 驚く俺の横で、小園先輩が九十度の急転回をする。その瞬間に、瑠海の素早い手刀が小園先輩の左手首に叩き落とされた。

 

  

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