第202話 実戦訓練
『Tuttofare』からの帰り道、俺の携帯が再び振動した。
青奈からのシロップ継ぎ足しのご命令だったらどうしよう……所持金、本当にないんだよ。駄菓子屋で小学生相手に張り合えるくらいしか。
しかし、全くの杞憂で終わった。相手は瓜屋先輩だ。
「白城くんですか? 今、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。色々とお世話になってます」
瓜屋先輩はお礼を軽く流して、早速本題に移った。
「小園ちゃんから聞いているとは思いますけど、『魔法破壊』というものを練習してもらいます」
やっぱり、それだよな。タイミング的に。
「本当はもっと慎重に検討する話だったんですけど……あの子が口、滑らせちゃいましたね」
ちょっと茶目っ気のある言い方だ。わざと明るくした気がする。
藤宇さんも言っていた、影響があるかもしれない、というデメリットを、瓜屋先輩も心配しているのだろうか。
「俺はやる価値あると思いますよ」
「ええ、私も思ってはいますけど……強制はしません。白城くんは基礎が固まっているからいいですけれど、鷹宮ちゃんと姫波ちゃんは、折角築いていた基盤がぐらつく可能性もあるので」
「えっと……その、桃香は?」
意図して外したのか、単純に忘れちゃったのか、どちらにしても心地良い話にはなりそうにない。
「……あの子は、それ以前のレベルじゃないですか?」
少し残念そうに、また気の毒そうに、瓜屋先輩がそう言った。
俺も直接見てはいないが……なんとなく、そうなのだろうと思ってはいた。
訓練でそこそこの進展があった際は、非常時に合わせることができるよう、先輩方から連絡があるようになった。ベルフェゴールの時に、陽愛の水魔法を知っていれば、俺にももう少しできることがあったからだ。
しかし……吉沢先輩からはない。あの人が俺の番号を知らないだけかもしれないが、生徒会である以上は、輝月先輩経由で必要な連絡はくれるハズだ。
「真面目で、狙撃の腕は良くなっています。ただ、魔装法に関してはまだまだです。でも、仕方ないことですから」
「狙撃の場合、目標との距離が空くから、イメージが浸透しにくい、ってことですか?」
俺は経験がないから、聞いた話だが。
魔装法はあくまで手元で発動するものだが、目標は遠い場所にある。そこに至るまでの距離で、イメージがずれてしまうと聞いたことがあるのだ。
「はい、おそらくですけど。狙撃手が学校に少ないのは、魔装法に卓越した人間が推奨されるからです。でも、通常の高校生は、魔装法を使えるようになる頃には、拳銃や刃物を主に使いますから」
桃香を狙撃手にしようとした理由は聞いている。小園先輩と瓜屋先輩も、一応は確認を取って、桃香自身も了承したそうだ。
理由については納得できないこともないが……こうして聞くと、選択ミスだったのか。
「逆に言えば、『魔法破壊』を使うための懸念材料がないとも言えます。前向きにいきましょう」
俺が言葉に詰まるのを感じ取ってか、絶妙なタイミングで瓜屋先輩がフォローしてくれる。
桃香なりに頑張っているのだし、俺が勝手に選択ミスだとか、失礼だったな……言葉にした訳じゃないが、今すぐ謝りたい気分だ。
「明日の午前中に、場所を用意しています。みなさんの予定は空いているので、白城くんだけですが……大丈夫ですか?」
「大丈夫です。武装は必要ですか?」
「……できる限り、全体装備でお願いします」
え、マジで?
フル? なんで? ブレイクって、武器が重要って感じでもないのに?
しかも運が悪い……パラがないんだ。まだ兄さんのH&KのUSPも撃ってない。何度か試し撃ちはしたことあるけど、最近はさっぱりだった。
「は、はい……分かりました」
「……救急箱は私が持ってますから」
へ?
救急箱? つまり、応急手当ても要されるのか? 何する気なんだ?
「謹慎は解けましたが、『魔装法の天才』登録は継続中なので、私が魔装法を使うのは自粛します」
「それはいいんですけど……あの……一体、何が起こるんでしょうか?」
例によって、訓練内容が俺には事前に伝えられない。毎回、サプライズパーティーでもするかのごとく、呼ばれて行ったらボコられる、みたいにね。
瓜屋先輩の善性を信じて、訊いてみる。
「前に言っていた、実戦訓練をするんですよ。その中で、『魔法破壊』もやると思っていて下さい」
教えてはもらえた。物騒だな。
だが、俺もなのか? 先輩から何かを教わったりもしていない。言っちゃうとなんだけど……俺は、他の三人を相手にしても、さすがに負けないと思うんだが。
ま、後から説明するのも面倒だから、一斉に集めて『魔法破壊』のレクチャーをするというのは理解できる。
「分かりました。お願いします」
今は、それしか言えない。
家に帰った俺は、リビングで眠っている青奈に薄い毛布を掛けて、二階へと上がった。どうやら、かき氷の二回戦目は断念したらしい。
部屋にあったH&Kを手に取る。
H&KのUSPタクティカル、.45口径。俺のパラと同じ複列弾倉で、装弾数は十二発。保険として持っている訳だから、試し撃ちは何度かしたが……実戦では一度も使っていない。
パラがLDAモデルだった時に使っていた.45ACP弾が残っているし、藤宇さんからも頂いたので、弾薬はある。それを装填して、薬室のも合わせて十三発込める。
……やっぱ、少し重いな。パラを18にしてから、軽さに慣れてしまった。
安全装置をかけて、空になっていたホルスターに収める。と、考え直して、俺はホルスターごと机の上に置いた。今日買ったばかりのナイフを一本、その横に置く。
今からどこかで試し撃ちをしようかと思ったが、場所がない。学校まで行くのは面倒だし。
手持ち無沙汰になってしまった俺は、欠伸をしつつ部屋を出た。
「おっと……」
廊下を歩いていた小鈴ちゃんと、思いっ切り鉢合わせた。
「あ、おかえりなさい。今帰ってたんですか?」
青奈が下で寝ていたし、姿が見当たらなかったから、部屋で寝ているんだと思っていた。でも、パッと見た姿からすると、普通に起きてたらしいな。
「さっきね。小鈴ちゃんは何してたんだ?」
「青奈さんが寝ちゃったので……部屋で、少し調べものを……」
喉を撫でながら、小鈴ちゃんが微笑んだ。小鈴ちゃんが使っているのは兄さんの部屋だから、パソコンも置きっ放しのを使えている(ご丁寧に初期化はされていたが)。
さて、俺はどうしようか。課題でもやろうかな。小鈴ちゃんだって勉強をしているんだし。
――今の、偶然か? 無関係か?
一階に下りていく小鈴ちゃんを見送り、俺は自室に戻る。
携帯で江崎に連絡を入れるが、あいつが出るとは限らない。しかし、運良く切る直前で、コール音が止んだ。
「あまり、気軽に連絡取られても困るんだけど……」
「小鈴ちゃんのことで、ちょっと相談がある」
「お引越しの件なら、八月までは待ってくれ。こっちの体制がある」
疲れたような声はいつも通りだが、俺の方も、気軽にしてるって訳じゃない。
「小鈴ちゃんの喉には機械が埋まっているって、お前は言ってたよな? あれって影響はあるのか?」
電話向こうの雰囲気が、少し変わったように感じた。
しばしの沈黙が訪れる。
「……何かあったのかい?」
「いや……ただ、気になる動作があった。あの子だって成長している訳だし、何かあるのか?」
再び、江崎が黙ってしまった。
こういう場合、言葉に詰まっていると言うよりも、思案しているのだろうとは予想できるが。いやに、不安を掻き立てられる。
「何もない訳ではないだろうな。僕は、直接関わっていないから、どういう金属を使ったのかはどうにも判別できない」
「お前の仲間の中には?」
「知っている人間は、全てアブソリュウスに食われただろう。君が守ってくれた資料の方には乗っているハズだから、そっちで見つける」
あの時の資料が役立つなら、俺が戦った意味もあるというものだ。
しかし、どうにも解決策が思いつかない。結局のところ、その機械を取り出すしか解決とはならない訳だし、だからと言ってどこの医療施設に頼む訳にはいかないだろう。そこはリバースとして、悪い方との人脈に期待するしかないのか。
「取り出す方法はいくらでもある。その前に検査はするけれどね」
まるで俺を説得するかのごとく、江崎が随分とハッキリした調子でそう言った。
江崎を信用する、ということはアブソリュウスの件で決めたことだ。今だって、援助をしてもらっている。
「それよりも君、気を付けときなよ。この頃平和だとか思ってたら、急に仕掛けてくる。平和なのは、相手が備えている証拠だろう」
マモンよりも下手すると厳しくなるぞ、と脅すように付け加えられた。
それは暗に、今度気を抜いてたら死ぬぞ、ということだ。
確かに俺は、少し気を抜いていたのかもしれない。平和だからこそ、気を付けるべきだ。波が引いたら、次は、襲ってくる。
「弱気言うようだが……フォロー頼むぞ」
「今度はこっちも鋭敏に構えてるよ」
リバースの事情を、俺は全く分かっていない。だから、あまり適当に責める訳にも、縋る訳にもいかないが……サーフィスの動きも知らないと、対応できないこともある。その役目は、俺たちではできない。
小鈴ちゃんと月音も、八月には一緒に暮らせるようだし、そこは安心した。
まず月音に合わせて相談し、小鈴ちゃんの引っ越しって訳か。
さてさて……丸く収まる日は、いつになるのか。
◇
日曜日。
昨日の夜からかけて、俺は小鈴ちゃんの動きに目を光らせていた。喉に手を当てるような仕草、辛そうだったり、痛そうだったり、そういう表情がないか。
特に夕食の時、注視していたが……今のところ、大きな異常はなさそうだ。
安心するには早過ぎるが、切羽詰まっている状況でもないだろう。早いに越したことはないが、事情をよく呑み込めていない俺より、江崎たちの方が頼りになる。
何より俺は、目の前のことで精一杯だ。
USPとナイフをホルスターに収め、防弾、防刃繊維の服を着て(今時は結構手軽に売っている)、俺は自転車に乗った。
時刻はまだ七時。瓜屋先輩から伝えられた場所までは自転車で十分ほど。集合時間は八時半だから、まだまだ余裕はある。
俺がいないことは、青奈と小鈴ちゃんにはあらかじめ伝えていたし、今日は母さんも家にいる。食事の準備に関してはノータッチだ。
試し撃ちのためにも早く出たのだ。ナイフも買ったばかりの新品だし、慣らしておかないといけない。
今日は昨日と比べて、比較的涼しい。朝のまとわりつくような暑苦しさはない。
指定された場所は、四階建ての自走式立体駐車場……解体工事現場。数年前まで機能していたのだが、近くのショッピングセンターなどが大幅な移転を繰り返し、意味がなくなってしまった。随分と古くからあったため、耐久性も信用ならないそうだ。だが、昔からあって大きな建造物である以上あちらも面倒なのか、解体は進んでいない。第三都市ではよくあることだ。急速な都市開発のせいである。
瓜屋先輩の話では、解体作業の進んでいない場所なので、借り受けることができたというのだ。壊して問題ない特訓場所を探すのは、第三ではそう難しいことじゃない。
到着したので、少し敷地内を見回る。
思った以上にでかいな……しかもこれ、地下一階があるのか。下調べしてくればよかった。最後にここに来たのは、まだ機能していた小さい頃だから、記憶があやふやだ。
敷地内の周りは白い万能鋼板で覆われていた。ちゃんと、工事はするつもりではあったらしいが、随分と放っておかれたような機材がある。
「おや、早いですね」
いつの間にか、俺の後ろに瓜屋先輩が立っていた。肩まで伸ばした髪を一結びしていて、格好はとてもラフな運動向けのものだ。
お辞儀をして、自転車を押していく。
「機材の方は壊したら弁償ですから、気を付けてくださいね」
「ちょ……脅さないで下さいよ」
分かるけどさ。使用許可を取った手腕で、充分なんだけどさ。
機材は移動させて欲しかった……仕方ないけど。どうせすぐ隣は空き地なんだし。
「冗談ですよ。機材は移動させても問題ないそうなので」
は?
いや、重機もあるんですけど? 免許とか持ってませんけど?
俺がクエスチョンマークを浮かべていると、轟音が響き渡った。
驚いて音の方を向く。太い鎖が、重機に巻き付いて引きずっているのが見えた。僅かにだが、確実に移動している……そして、その移動速度も増している。
嘘だろ……おい……。
「ま、これくらいはいいでしょう」
瓜屋先輩は軽やかな足取りで重機に近付いて行くと、そのタイヤに手を当てた。
一気に動いた……移動魔法を使ったんだな。
移動魔法の効果は、移動の補助であるため、動かないものには使えない。動いていれば、その方向へのベクトルを大きくする、という効果だ。初速度を瞬間的にプラスして高速移動させるが、直線でしか使えない。
さっきの鎖は、千条先輩か……いつの間にか、先輩方は着いていたんだな。
「今日はよろしくお願いします」
音もなく俺の隣に立ったのは……吉沢先輩だ。更に人の気配がしたので振り向くと、羽堂先輩と水飼先輩もいる。
品沼を除いた生徒会役員だ。
「えっと……吉沢先輩は、何をするか分かっているんですか?」
慎重に訊ねてみるが、吉沢先輩は無言だ。頷きもしてくれない。
俺が困っていると、水飼先輩がにこにこ笑いながら近寄って来た。
「知ってるよ、みんな。もうすぐここも、騒がしくなるねえ」
「騒がしくなるって……何するんですか?」
「ありゃ。本当に何も聞いてないんだ」
大仰なジェスチャーで驚きつつ、水飼先輩が拳銃を抜く。
「チーム戦、楽しもっか」
な、なるほど……そのためか。実戦訓練だし。
ん? 待てよ? チーム戦ってことは……まさか……。
「千条先輩も……?」
「だろうねえ~」
うっわ、嫌だ。どういう組み合わせになるかは分からないけれど。
「私はあまり強い方じゃないから、今日は瓜屋さんのサポート役。吉沢さんも、今日はやらないでサポート」
羽堂先輩と吉沢先輩は戦わないらしい。でも、吉沢先輩は狙撃銃背負ってるんだよなあ……。
それはつまり、戦わないのは瓜屋先輩と羽堂先輩と吉沢先輩だけということだ。これから目にする人は、全員チーム戦の参加者ってことになる。
瓜屋先輩の企画らしいから無茶なことにはならないと思うが、参加者が無茶やる人ばかりな気がする。
マイナス思考で項垂れる俺は、今は試し撃ちをしようと、先輩方をその場に残して広いスペースを探しに出た。
朝日で影を作る駐車場の影で、USPを静かに抜く。
今日はどうなるか。おそらくはまあ、酷いことにはなるのだろうけど。
暗がりの柱へ向けて、俺は引き金を引いた。




