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第201話 専門店

 

 俺の買ってきたシロップの瓶を、一度氷水の中に放り込むことで急速冷却した青奈は、小鈴ちゃんと仲良くかき氷を作り始めた。

 兄さんがいれば、すぐに冷やせたんだろうな……。

 どうでもいいことに兄さんを引き合いに出して、シリアスっぽい回想に至ろうとしたが、どうも上手くいかなかった。別にいいのだけど。

 作って頂いたかき氷の苺味を口にしつつ、俺はぼんやりと午後の予定を考える。まだ十一時だが、どうせ大したことなく昼を回るんだろう。

 そう思っていた矢先に、俺の携帯が振動した。

「ん、誰からだ」

 メールのようなので、覗き込む。

 ……本文を読む前に、俺の午後の予定が決まってしまった。

 

 昼飯をどうするか迷った挙句、俺は蕎麦を作った。しかも温かい。

「なんで!? なんで温かいの!?」

「かき氷食ったから、これ以上は身体を冷やすべきじゃないと思って」

「酷い! 酷いよ!」

 絶望したような顔で叫ぶ青奈に、蕎麦を運ぶように促す。まるで親の仇でも見るような目で蕎麦を睨んでいた。

 我が家は極力、エアコンを使わない。扇風機か、窓を開けることで入ってくる自然風に頼る。個人の部屋については触れないが。

 今日のリビングは扇風機が回っていた訳なのだが、すぐに蕎麦がその恩恵を打ち消した。

「なんで……温かいの……」

「言いつつ食ってるじゃねえか」

 青奈が悲しそうに言いながら、箸を動かしている。てか、俺と小鈴ちゃんよりも先に食ってた。

「美味しいですよ? 暑いからって冷たいものばかり食べていると、身体を壊すって聞きますし」

「見ろ、小鈴ちゃんの方が大人だ」

 薄いワンピース(そう見えるが、よく分からない。青奈が買っていた)を着て蕎麦を食べる小鈴ちゃんは、どうにもアンバランスな存在に見える。

 今日は色々と、バランスが悪い気がしていた。感覚的な話である。

「かき氷、また作ろうかな」

 青奈がボヤくので、俺も賛成しそうになる。

「俺、午後から少しいないから」

 シロップの買い足しはできないと、先手を打っておく。

「じゃあ、お兄ちゃんの分も食べとくよ」

「俺の分のシロップは使うなよ」

「氷だけはさすがに辛い」

 食い終わった俺は、青奈に片付けを頼んで二階に上がる。自分の部屋を開けた時……暖めれた空気が、一気に押し寄せてきた。

 今度からは、風魔法を使おう。全力で。

 準備を整えて、俺は一階に戻る。

「じゃあ、ちょっと出かけてくるから」

 軽く手を振って送り出してくれる青奈と、いってらっしゃいと笑顔を向けてくる小鈴ちゃん……うん、生きて帰って来ようと決めた。

 なんてったって、行先は地獄の体験場、藤宇さんのところなのだから。

 

 ◇

 

 俺から連絡しといて、そりゃないぜ、ってのはまた違う。

 確かに、藤宇さんの腕は一流だ。俺なんか、兄さんのコネがなければ世話してくれなかっただろうくらいの人なのだ。

 でも、性格に難があり過ぎる。

 自転車を走らせて、町外れ。そこに藤宇さんの店がある。

 『Tuttofare(トゥットファーレ)』……ここが彼女の店、兼自宅だ。

 ベルの付いた扉をゆっくりと左手で引きながら、右手は銃把(グリップ)。普通の店なら、ここまで警戒する必要はないのだけれど。

 店内は薄暗く、作業台の上に色々な部品が転がっていたり、壁のフックには意味の分からないものが掛かってあったりと、奇妙な雰囲気を漂わせている。

「あの~、藤宇さん……白城です」

 恐る恐る店の奥に声を投げたが、反応がない。

 扉を閉めて、静かに店の中を歩いて行く。

「あの~、ふじゅ――」

「ッせえよ!!」

 怒号に身を強張らせた一瞬で、俺の右手に痺れが走る。

 店の床を、弾き飛ばされたパラが転がっていくのが音で分かった。防御態勢を取ろうとした瞬間に、呼吸が止まる。

 肺を思いっ切り撃たれた……服の上からで、貫通もしていないが、その衝撃で息ができない。

「うるせえうるせえ! 何時だと思っていやがるッ!」

 カウンターの後ろからボサボサした髪を振り乱して起き上がったのが、藤宇さんだ。しかし、時間を聞かれても答えようがない。呼吸できてないんだから。

 右手だけ出して俺を撃った藤宇さんは、不機嫌そうに立ち上がって、拳銃を一度カウンターの上に置いた。

 身長は約百八十五センチ。引き締まった身体をしているが、筋力も何もが女性の平均を大幅に上回る超人クラスだ。

「あ? 白城かよ、しかも黒葉の方」

「は、はい……」

 ようやく、微かに酸素が回りだした。

「んだよ、何しに来やがった?」

「いや、さっきメールくれたじゃないですか……」

 注文のやつができた、それだけ。

 待たせても怒るし、急いで来たのだが……早く来ても怒られた。てか撃たれた。

「こいつか」

 作業台の上にあった箱を開けると、中にはメタルズハンドが入っていた。

「てめえの言ってたサイズだと、少し小せえだろうがよ」

「いや、プレゼントなんで……」

 瑠海への誕生日プレゼントだ。

 味気ないとか、何を言われても仕方ないものだが、他には思いつかなかった。小園先輩から、瑠海が近接を中心にする、と教えてもらっていたし。

 今は拳銃二丁とナイフを登録しているらしいが、拳銃一丁とナイフ一本でいいだろう。メタルズハンドは役に立つ。

「んだよ、てめえが使うんじゃねえのか。誰にくれてやる気だ?」

「友達に」

 一瞬で、右拳が俺の肺を抉りにきた。

 寸前で防御魔法は使ったのに……素手の拳に、防御魔法が押された。さっきよりは痛くないが、後ろによろめかされる。

「友達ぃ? この私の作った武器を、軽々しく……友達だと? んなもん、適当なのくれてやりゃあいいだろうがよ」

 咳き込みつつ、顔を露骨にしかめる藤宇さんに、俺は首を振る。

「今、ちょっと大事な時期でして……装備も、一級品を揃えたかったんです」

 お世辞じゃない。藤宇さん品は、全てがオーダーメイドがカスタマイズが入る。それが全て、一級品として役割を果たしてくれるのだ。

 だが、こんな言葉じゃ藤宇さんの機嫌は良くならない。

「知るか、殺すぞ」

「いやいや、金払ってるんですから……勘弁して下さいよ」

 この人のはかなり高い。それでも一割引きだと言われているから驚きだ。

 俺への扱いとは違って、藤宇さんは丁寧な手つきでメタルズハンドを取り出した。

「手持ちの武器への影響を減らすために、できるだけ薄くはした。それでも、今まで通りはいかなくなるだろうから、伝えとけ」

 魔装法は武器への伝達。

 メタルズハンドを付けることによって、銃やナイフへ魔装法を使う時に、若干のイメージ変更が要される。慣れないと、タイミングが狂ったり、考えていたのとは違った出力がされることもある。

「ま、こいつはそんな説明いらねえだろ。てめえの拳銃はどうした。パラのやつはよお」

「さっき吹っ飛ばされましたよ」

「ふざけんじゃねえ、拾え!」

 俺が怒られるのかよ。

 慌てて拾い上げたパラは、銃弾が掠めた痕が残っている。

「あ~あぁ……しゃあねえ、外装(アウト)も込みで整備して(見て)やるよ」

 あんたがやったんだから、当然だろう。

 口が裂けても言わないが。

「どれくらいかかりますか?」

「……お前さあ、こいつのこと、酷使してんだろ」

 弾倉を抜いて空撃ちを何度かしたりしていた藤宇さんが、鋭い目つきでそんなことを言ってくる。

 確かに、言われた通りだ。使い過ぎてるし、さっき撃たれただけじゃなく、何度も弾かれては転がっている。暴発していないのが不思議な時だってあった。

「三日待てよ。他の仕事もある」

「三日!? そんなに無防備でいれませんよ!」

 一日かかるのは覚悟していたが、そこまで本格的にメンテされるとは思っていなかった。

「るせえ、知るか。兄貴の銃があるとか、前に言ってたろーが」

 あるは、あるんだけれど。

「H&KのUSPモデル、四十五口径なんですよ」

「ああ? .45ACP弾くらい持ってんだろ?」

「ありますけど、9mmが常用なんで……狂うじゃないですか」

 兄さんの残したH&Kを、俺は使う気になれない。パラがLDAモデルの時は、口径が合っていたが……兄さんのために随分とカスタマイズされていたからな。

 俺のパラより、幾分トリガープルが重いのと、反動が強い。

 パラのモデルを変えて9mmにしてからは、弾が変わっちゃったし。

「んなもん慣れだろ」

 そうですけど、そうじゃなくてさ。

 俺が渋っていると、藤宇さんが苛立たしげに足を踏み鳴らした。

「いいから撃てや!」

 俺の手からパラをひったくって、代わりにメタルズハンドの入った箱を押し付けてきた。

 あ~……どうしよ。俺もメタルズハンドにしようかな、輝月先輩みたいに。

 そうしたら拳銃を扱いにくくなるし、元も子もないが。

「じゃあ、.45をいくつか下さい。サービスで」

「図々しいな、てめえはよ。まあいいや、くれてやる」

 ついでと思い、ナイフを物色する。よくなくすから、こっちはオーダーしないで既成のものでいい。二本買っちまうか。

 どちらかと言えば、今日の藤宇さんは機嫌がいい方だ。まだ俺が立っている訳だし。

 機嫌がいい内に買い物しといた方がいい。

「藤宇さん……ブレイクって知ってますか?」

「魔装法封じだったか、魔装法破りって呼ばれてる技か?」

 早速メンテに入ってくれる、職人としては親切な藤宇さんに話を振ると、驚くほどすんなりと頷いてきた。

 ……知ってたのか。

「使えますか?」

「馬鹿か。あれは使うほどのもんじゃねえ」

 どういうことだ? 

「あんなもん、言わば相手を最小限の能力で抑える技だ。それなら、力技で押し切った方が早え」

 そういう意味かよ。乱暴だな。

 じゃあ、使うことはできないのか。使おうとしていなかっただけ、と言われるのだろうが。

「やろうと思えば、多分できる。ただ、面倒くせえ。あれも一種の魔装法だしな」

「どうやるんですか?」

 小園先輩からは、肝心な部分を聞いていない。

 陽愛たち三人を含めて、まとめて話すつもりらしいけれど。

「原理をよくよく考えれば、誰でもできる技だ。ただ、普通に思いつく方法じゃねえ」

 瞬く間にパラを分解してしまった藤宇さんが一息つく。

「使ったことがない人間が教えるもんじゃない。てめえに下手な影響を与える訳にはいかねえからな」

 結局教えてくれないのかよ。

 だが、今の真剣な口調で分かった。影響を与えるということは、俺の予想した、使おうとするリスクはあるんだ。

 都市伝説レベルなのも、きっとそういう理由なのだろう。使えなかった人間が伝えようとしても、不完全にしか伝わらず、使えないままに影響する。

「そう言えば、青奈がお世話になったようで……ありがとうございます」

 パラを分解する手つきで、思い出した。

「あ? ああ……あいつは器用だから教えてやっただけだ。カスタマイズできるようになれば、てめえは妹に頼めばいーだろ」

「それ、商売あがったりじゃないですか?」

「んなもん、別の奴から取れるしいいんだよ。金に執着するようなもんでもねえ」

 それならいいんだが……確かに、この人のは高いし。

 言っちゃなんだが、関わらないに越したことはないタイプの人間だしな。

「なんか腹立ってきたな。よし、殴らせろ」

「理不尽すぎるでしょう」

 ナイフを二本買って、財布の中身が空になってしまった。

 あまり長居してても、マジで殴られるしな。

 逃げるしかない。間違った、帰るしかない。

「じゃあ、帰ります」

「色々と大変らしーな。ま、頑張れや」

 すごい適当に励まされた。

 とりあえず、約三日後にはパラを取りに来なきゃいけない訳だしな……それまで、ブレイクについての進展でもあれば、また聞けるし。

 ……答えてもらえるかは分からないが。

 

  

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