第19話 救出への戦い
テンランは、実験場にトラックを用意していた。
場合によれば、それで強行突破に逃げるつもりなのだろう。
「どうする? 今からでも警察に連絡する?」
品沼の問いに、俺は首を横に振った。
「いや……こうして無事が確認出来た訳だが、だからといって確実じゃないだろ。逃げられてしまったら、困るしな。俺達だけなら……相手も油断するだろうし」
実際……逃げるのが得意な奴ららしいしな。
陽愛と折木を助けるだけなら、相手が大人で、犯罪組織のメンバー4人でも、戦った方が確率は高い。
「それもそうだね。それじゃあ……突入するんだね?」
「おう」
俺は品沼と軽いやり取りをして、実験室を睨む。
……よし。覚悟は決まった。
「3、2、1……行くぞ!!」
品沼が扉を蹴り開け、俺が姿勢を低くして実験室へ入り、手近の一人を撃つ。
悪いけど、先手必勝だぜ。
しかし……俺の銃弾は、近くの男に当たる前に弾かれた。
「ヒャッハァァハハハハァァ!! 本当に来やがったぜェ!!」
俺に狙われた男が、不気味に笑って銃を取り出す。
他の3人――2人は男、1人は女――も銃やら剣やらナイフを取り出す。
バレていた……!?
いや……違うのか。
俺と電話で話した奴は、俺の怒りようを感じ、自分自身で助けに来ると予想したんだな。
って……結構、冷静になってる場合じゃないぞ……!
「ガキが調子に乗るな」
そう言って俺に銃を向けてきたのは……電話で話したあの男だ。
リーダーなのかもしれない。
俺も急いで銃を向けるが……。
「駄目だッ!」
横からの衝撃で、俺は真横に吹き飛ぶ。
その瞬間に、銃弾がすり抜けていった。
衝撃の正体といえば品沼で、俺を突き飛ばしてきたのだ。
「な……何してん――」
「よく見て!」
俺の言葉を遮り、品沼が叫ぶ。
は……? 何を見ろって……?
……!
「チッ……そういう事か! ってか、まずは……!」
俺と品沼は急いで(遅いぐらいだったが)立ち上がり、全力で走って銃弾の雨を避ける。
相手から5メートル程離れたトラックに回り込み、なんとか盾にする。
さすがにトラックは撃てないようで、攻撃が一旦止まる。
しかし、すぐに両脇から回り込まれるだろう。
「どうする……? これがある限りはどうしようもないぞ?」
俺が言うと、品沼は大型ナイフを抜いた。
「僕はこれだから大丈夫だよ。白城くんもナイフはあるよね?」
そうか……しかし、圧倒的に不利になるな……。
魔装法全開か。
「オーケー……行くぜ」
俺は靴に風魔法を使い、トラックを飛び越えて、敵を奇襲する。
もうすぐ回り込もうとしている4人に対し、俺のやり方は意表をつけたらしい。
4人が驚いて上を向き、一瞬固まる。
確認すると……ここから5メートル地点……さっきの場所に、陽愛と折木が倒されている。
「ハッハァ!! 結構面白い奴じゃねえかァ! アァ!?」
さっきの不気味野郎が俺に銃を向ける。
「右! 手前!」
俺が叫ぶと、品沼がトラックの右側から飛び出し、不気味野郎の銃を蹴り飛ばす。
俺は風魔法を更に使って、何発かの銃弾を横に飛んで避ける。
ここまでで……結構な精神力の消費だが……まだ、大丈夫だ。
「チイィッ! この野郎!!」
品沼にキレたらしい不気味野郎は、素手で殴りかかる。
後ろのもう一人――少し太り気味の男――がナイフを振りかざして襲いかかる。
けれど……品沼の冷静なやり方だと、この戦いはこっちだ。
大人で犯罪グループのメンバーとはいえ、武器もない奴は敵ではない。
後ろの小太り男も、それほど強そうにも見えない。
おそらく戦いに慣れているであろう品沼なら、心配はないだろう。
その予想通り、品沼は移動魔法を使って横に避け、右足に攻撃魔法を使って不気味野郎の腹を蹴った。蹴り抜いた。
不気味野郎は後方に吹き飛び、小太り男にぶつかって倒れた……気絶したな。あの勢いは、遠目から見ても相当だった。防御魔法を張っていなかったようだし。
品沼そのまま、立ち上がった小太り男とナイフを切り結んでいる。
「おいおい、自分だけ逃げるってのはないだろう?」
その言葉に振り向くと、テンランリーダーが俺に迫って来ていた。その後ろを、性格が悪そうな女が付いて来ている。
俺はゆっくりと床に降り立つ。
「お前のお仲間は強いみたいだな……あっちの扉に結界張ったまんま、あそこまで戦ってんだろ?」
そうだった……品沼は結界魔法を使ったまんまだった。
やっぱり、只者じゃないみたいだな。
「そんじゃあ、助けに行ってやれよ。もう一人もやられるぞ」
ナイフ1本でしか戦えない、訳あり状況にも関わらず、俺は強気に言う。
ここは虚勢を張る事で精一杯だ。
テンランリーダー……向かい合うと、なかなかの迫力じゃないか。
「それに、お前らの仲間が少ないんじゃないか?」
そう……ずっと気になっていた。
どうして、リーダーがいる場所に、3人しかいないんだ?
扉の前で立往生しているハズの奴らも、6人ぐらいだったハズだ。
「ちょっとな……別の件で出払っててよ……この前、減らされたんでな」
減らされた……?
誰に?
「お喋りは終わりだよ、ガキ」
テンランリーダーは俺に銃口を真っ直ぐ向ける。
その距離は2メートルあるかないか……照準は……頭!
さあ……ここだ。
ここで、どうするかだ。
この前の先輩との戦いとは違う……殺しても、何とも思わない奴との戦いだ。
防げない銃弾なら……くらうか?
それなら意表を付ける。間違いなく。
けどな……死なないんじゃないんだよ。
死んでも、生きるだけなんだよ。
「……だったら……死ねないよな……そんな安っぽく……」
俺は呟くと、テンランリーダーを睨む。
後ろの女は、もう片付くだろうと気を抜いている。
俺のすぐ後ろには、二人が倒れている。近くで見ると、口も塞がれていた。
そう……ここは、初手で決まる。
確実じゃないが、俺には銃弾を防ぐ手立てはある。
そのために俺は、テンランリーダーの、銃の引き金に注視する。
体中に力を溜めて――
「死ね」
引き金が引かれる刹那に、俺はバク転を行った。
もちろん、ただのバク転ではなく、魔装法を使って行った強化バク転である。
靴に防御魔法を張り……絶妙なタイミングで――
銃弾を蹴り上げる。
今まで特訓してきた、非常用の技だ。
人って、追い詰められると何でも出来るんだな……とか、思いながら、俺は着地する。
さすがに唖然とするテンランリーダーに一瞬で詰め寄り、右手を殴って銃を吹き飛ばす。
「な……!?」
驚くテンランリーダーの顔面を、俺は素の拳で殴る。
ようやく我に返った女の横に、ノックダウンしたテンランリーダーが転がる。
「この……!」
女の長剣を、飛び込んできた品沼が受け止める。
「二人を助けてあげて!」
品沼に言われ、俺は頷いて陽愛と折木の目隠しなどを取る。
手錠は……強引にナイフで断ち切った。
「ぷはっ……黒葉! 品沼くん!」
陽愛がようやく喋れるようになって、俺と品沼に声を張り上げる。
「なんだよ……っと、その前に……」
ナイフで長剣を止められている女に歩み寄り、腹部へ手を当てる。
風魔法を使われて……大きく後ろに吹っ飛んで、女は気絶した。
片付いたな……なんとか。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると、陽愛と折木は軽く涙目で頷いて、座り込んだ。
「お、おい……」
「ちょっと……本当に大丈夫?」
俺と品沼が不安げに言うと、二人は微かに笑った。
その時……トラックのエンジン音が、実験場内に反響した。




