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第193話 正視と覚悟 ―― evolution heart

 

 振り下ろされた瑠海の右腕に合わせて、無数の刃が俺を目がけて飛翔する。

 色々な意味で、躱せない。

 風魔法を最大出力で銃弾に纏わせて、発射する。暴風が、銃弾を中心にして、刃を散らしていく。

 雷魔法を最大出力でナイフに纏わせて、振り抜く。雷撃が、次々と刃をへし折り、弾き飛ばす。

 それでも……どれほど連射しても、どれほど魔法を使っても、視界を埋め尽くす刃は消えない。

 マモンが蓄えていた力は、賭けをする前に体感している。その残り全てを瑠海に託したというなら、消耗した俺では太刀打ちできない。更に、この場から動けない俺では勝負にもならない。

 風を抜け、雷を躱し、刃が俺に突き刺さる。

「くっ……うああッ……!」

 風魔法の威力を抑えて、範囲を広げる……! 勢いを殺した刃を、防御魔法を張った服で防げれば……!

「ごめんね、黒葉」

 刃の向こうから、瑠海が目を閉じるのが見えた。その顔は……何もかもを諦めような、そんな表情だ。

 背中に、刃が突き刺さる感触がする。そう……だよな。正面からだけ、なんて、誰も言ってないもんな。

 さすがに、死角からはまずい。

 壁を背にしようとして、移動するタイミングを窺おうとした時……視界の端で、刃が出現した。しかも、刃の矛先は……。

「なんで、だよ!」

 風魔法を使ったナイフを投げて、刃を吹き飛ばす。

「なんで、陽愛と桃香も狙うんだ!」

 俺の左手を、二枚の刃が串刺しにする。防御の薄くなった左半身が、次々と刃に貫かれていく。

 ……死ぬ……。

 弾切れを起こしたパラが、虚しい音を上げた。

「黒葉」

 再装填(リロード)が間に合わない。それでも、魔法は使える。まだ戦え――

 ――いや、違う。そもそも、俺が取るべき行動は、違うんだ。

「愛してるよ」

 泣きそうな瑠海の声に、俺は首を振る。そうじゃない。そんな、ここで終わりみたいな顔をさせに、お前を探してた訳じゃないんだ。

 拳銃を地面に投げ捨て、移動魔法を使う。

 陽愛と桃香を、本気で殺す気などないハズだ。もし殺すとしたら、俺。さっきの攻撃だって、おそらく俺を崩すためにわざとしたことだ。

 今の瑠海は、完全に混乱している。自分の願いと、それに対する矛盾。マモンが敗北したことを知って、どうすればいいのか分からなくなっている。二人の間には、意思疎通の回路(パス)が通っているらしいからな。

 マモンにとっては、最早俺を力尽くで拘束するしかない。そのためには、一度瑠海に実力行使をさせ、俺を無力化するのが一番だ。

 更に、俺の予想通りであれば……蘇った俺には、さっきまでの賭けのルールは適用されない。

 魔法で負った傷、影響を全て無力化して、俺が想像する万全の状態にまで戻す不死鳥の魔法は、マモンの魔法の影響さえも躱す可能性がある。そうなれば、マモンも実力行使ができるのだ。

 俺の予想通りかは分からないし、マモンもそう考えているかも分からないが……どちらにせよ、ここで死ぬ訳にはいかない。

 俺を狙え、瑠海。

 俺は間違っていた。瑠海の気持ちを考えようと、俺はさっき思ったところじゃないか。

 なら、俺が瑠海に向けるのは、銃口じゃない。

 移動魔法にのみ、集中する。俺が前に移動したために、数枚の刃は頭上を越えて床に刺さるが、もっと多くの刃が、俺を貫く。

 死の体験があるから、なんとなく分かる、自分の限界。生命活動の、限界が。

「うおおおおおおおおおおッ――――!!」

 飛ぶように駆ける。

 瑠海が、俺の予想外の行動に、僅かに戸惑いを見せた。

 床を強く蹴り、跳び上がる。

「……っ」

 俺の身体に刺さったままの刃が、消えてなくなる。瑠海が、自分にまで刺さることを考えたためだろう。

 それで、正解だ。

 俺は思いっ切り、瑠海の首に腕を回して、抱き着く。いつも瑠海が俺にやっているように、跳び込んだのだ。

 いつもと違う点は二つ。

 まずは俺たちの立場が逆。そして次に、勢いが強過ぎること。

 当然のごとく、瑠海は俺に押し倒された。床に倒れる寸前で、俺は服の両袖から風魔法を使い、威力を殺す。

「いったあっ……!」

 それでも殺し切れなかった衝撃が、瑠海に伝わったようだ。本気で痛そうな声を上げる。

「俺の方が、もっと痛いわ……!」

 俺は叫び返しながら、両腕を瑠海の身体の下から引き抜く。そして、倒れる瑠海の顔のすぐ横に打ち下ろし、逃げられないようにした。

「まずッ! 一つだ!」

 自分の息が荒いのが分かる。出血し過ぎだな、これは。

「薔薇って確か、友情の意味で送るのもあった気がするッ! 詳しくねえけど!」

「……あ、うん……」

 よし、まず一つ目は終わった。

 瑠海も、納得したのか意味が分かっていないのか、特に何をするでもなく、呆然と聞いている。

「二つ目! お前が特訓してるのを、俺はちゃんと見てる! 土曜日に、お前が井之輪先輩と勝負してたのも、見たんだよッ! お前が頑張ってるのは、ちゃんと知ってるんだ!!」

 俺が危うく、小園先輩のサンドバック代わりにされそうになった時だ。

 これは意外だったのか、瑠海が少しだけ目を見開いた。

「三つ目! 昔から言ってんだろ! 俺はお前を嫌いになんかならないし、なれねえんだよッ! お前のひた向きな性格とか、色々と羨ましいくらいだし、友達としてすごい好きだよッ!! お前らしくもねえ……卑屈に考えてんじゃねえぞッ!!」

「……私らしさとか、そんな知ったような口を――」

「お前がずっと、俺に連絡くれてたんじゃねえかッ! 知ってるに決まってんだろッ!」

 反論しようとする瑠海を遮って、怒鳴る。

 実際に、俺と瑠海が会っていた期間は短い。時間にすれば、会ってない時の方が多い。

 それでも俺が、瑠海の性格やら行動について知っているのは、あいつ自らが、知るきっかけをいつもくれたからだ。メールで、時には会話で、ごく稀に会うことができて。

「お前は何も駄目なんかじゃないッ!」

 そう叫んだ途端に、口へと込み上げてくるものがあって横を向く。床へ血を吐くと、結構な量だ。これは内臓が相当やられているか。

「駄目なのは俺なんだよ……みんなを巻き添えにして、お前にはこんなことまでさせて、人の気持ちを考えてなくて、結局一人じゃ解決できなくて……全部、俺が駄目なんだ。お前と付き合えない理由……あやふやにしてたけど、俺の身体が原因なんだ。今回みたいに、色んな奴らに襲われることになる。だから、今の俺じゃ駄目なんだよ」

 向き合え、俺。目の前の気持ちと。逃げるだけじゃ、ぬるま湯だけじゃ、きっといつか、俺は後悔する。その時には既に、取り返しがつかないんだ。

 今だってもう、充分に後悔してる。それでもまだ、届く可能性が残っているなら。

 左手が血で滑る。なんとか左肘を立てて身体を支え、瑠海を押し潰さずに済んだ。

 さっきまでで充分に近かった顔と顔の距離が更に近くなったが、体勢を整えている余裕もない。

「お前は本当に……俺が好きか? お前が一目惚れでずっと思い続けてくれるほど、俺は立派な人間じゃない……お前は、恵まれた環境で生まれた故の、周囲とのギャップを取り払ってくれる理想として、俺に夢を求めてるだけなんじゃないのか?」

 言った。

 遂に言ってしまった。俺がずっと疑っていたことを。

 青奈にも相談して、言うと決めたことだったが、こんな状況で言うとは。

 いいや……こういう時だからこそ、か。俺たちはずっと言葉や文を交わしてはいたけれど、本音をぶちまけ合うようなことは、してこなかった気がするんだ。言い争いによる本気の喧嘩なんか、しなかった気がするから。

 今は、口喧嘩をしよう。

「……は? 黒葉は、そんな風に思ってた訳?」

 瑠海の声が、一気に鋭くなる。どこか、剣呑さを孕んだ声へと、戻ってしまった。

 俺と交差する視線も、冷たい色を持っている。

 だが、怯んでいる場合じゃない。

「お前は今までも、俺が好きな理由を色々言ってくれた……でも、それは全部、勘違いじゃないかと俺は思っている。俺はお前が困っている時に、助けて欲しい時に、駆けつけてやれるようなヒーローじゃないからな」

 それはもう、実際に、今回の件で証明された。

 俺は少なくとも、瑠海のヒーローじゃない。

「……ねえ、黒葉。黒葉は、ヒーローを何だと思う?」

 少しだけ、俺の気のせいじゃなければ、瑠海の声が柔らかくなった気がした。俺を見据える目が、慈しむような色を含んでいる。

「私のね、思っているヒーローは……別に、私を助けてくれなくていいんだよ? あの日、勘違いした黒葉が、私の手を引いて逃げた時……思ったの。この人は、向き合う人なんだ、って」

 俺が初めて、瑠海と喋った日のことか。下手に目立つことを恐れた瑠海が、高級車による送迎を拒否しようとしたのだ。

「きっと周りの人は、助けて、って私が叫んだら、警察を呼んだりはしてくれたと思う。でも、私は勘違いされないように、自分のことだからって助けは求めなかった」

 そうなんだよな……俺の最初の間違い。

 瑠海は最初から、助けを求めて(・・・・・・)なんかいなかった(・・・・・・・・)

 でも、俺は思ったんだ。

 ――誰も手を差し伸べない状況で、女の子が一人で戦っているのは――その抵抗をさせる思いが、よく分からない大人の事情で無視されるのは――間違っている、って。

「でもね……私は心の中で、誰かに助けを求めてた。きっと、誰でも良かった。私の思いを、仕事とか関係なく汲んでくれる人を、私は求めてたの」

 瑠海が笑った。

 あの冷たい笑みではなく、儚げで綺麗な、真っ直ぐな笑顔。

「黒葉はね……そんな気はなかったとしても、私の心に、真っ先に向き合ってくれた。周囲の視線とか、誘拐じゃない可能性とか、私の見た目とか、全部全部、後回しにして……私が困っているから、黒葉は助けてくれた。それでいいの。黒葉は私のピンチに駆けつけてくれなくても、私の心を無視して、私の告白に嘘で答えたりしない。偽りの言葉で、慰めたりなんかしない。――それで私には、充分なんだよ」

 ああ……俺が、この問いをしなかったせいで……瑠海を苦しめた。

 瑠海だって本当は、分かってたんだ。こんなことしても意味がないって。だって、瑠海が欲しかったのは、自分の心を肯定するだけの存在じゃなく、ちゃんと向き合って回答してくれる存在。

 毎度のごとく告白するのは、俺が変わっていないという、証明の意味もあった。そこで俺が、嘘を吐いたり、取り繕うようなことがあれば……瑠海はきっと、俺を好きじゃなくなっていたのだろう。

 つうか、最初から瑠海は言っていたよな。一目惚れ、だと。

「じゃあ……もう、やめようぜ、瑠海。こんなこと……こんな手段、意味ないだろ?」

 誰だって、心が弱くなる時がある。

 どんなに強い信念があろうと、それが揺らぐ時がある。

 そこを悪魔に付け込まれることは、恥ずかしいことじゃない。

「……もう、無理だよ。私はもう……戻れない……」

 弱々しく、瑠海が呟いた。その目が、俺から逸らされる。

 ……これは……残酷な行為かもしれない。俺は相手の気持ちを、考えられていないのかもしれない。

 でも、俺は自分に正直に、瑠海と向き合う。そう決めた。

 だから俺は、強く、瑠海を抱きしめる。強く、とは言っても、もう俺の腕の力はあまりないのだが。とにかく、全力で。

 俺の想いが、伝わるまで。

「大丈夫だ……! 戻って来いよ……! 俺が全部、受け止めるからッ……!」

 いつか、月音にも訴えたように。

 瑠海を日常に、呼び戻す。

「大したものだね」

 突然、マモンの声が聞こえた。

 いつの間にか、すぐ近くにまでマモンが近付いて来ていたのだ。その目を細め、不機嫌そうに口元を歪めている。

「まさか、対話で抑え込むとは」

「……最初から、瑠海はお前に屈したりなんかしてなかったってことだろ」

「違うさ。今、君が言葉によってお互いの考えを明確化し、齟齬をなくすことで、私たちの利害関係を崩したんだ」

 もうちょっと、ロマンティックな説明にはできないのか。もっとこう、フィーリングで。

 なんて、悪魔に求めるだけ無駄か。

「お前の負けだろ……! 瑠海を、解放しろ!」

 叫ぶ俺の耳元……瑠海の声は、聞こえない。やけに、静かだ。

「何を言っているんだい? 使えるものは、最大限使うさ」

 マモンの不穏な言葉に、俺が瑠海の様子を確認しようと身体を起こそうとする。

「あああああああああああああああああああああああ!!!」

 瑠海の絶叫が、部屋中に木霊する。身体全体から真っ黒なオーラが吹き荒れ、その勢いだけで俺の身体が圧される。

 慌てて瑠海の顔を覗き込むと、苦痛に歪んでいるのが見えた。

 月音の状況とも似ているが……あの時と比べて、瑠海の苦しみ方が異常だ。

「マモン! 何しやがった!」

「私との魔法を繋ぐ回路を、狂わせた。簡単に言えば、膨大なエネルギーをそのお姉さんに一気に流し込んだんだ。お姉さんの魔装力じゃ、一気に流れ込んだエネルギーは処理し切れない。そのままだと、精神(こころ)が壊れるか、暴走し始めるかだね」

 他人事のように、マモンがそう答えた。

 暴走……!? 暴走ってなんだ……何にせよ、瑠海をこのままにはできない……! 

「お姉さんの心の内は分かっていた。君と直接会ってしまえば、自分の本当の望みと、一時の気の迷いによる強欲さとの間に苦しんで、こうなってしまうことは想定していたよ」

 まるで散歩でもするかのような軽い足取りで、マモンが俺と瑠海の周りを歩き始めた。

「今ここで、お姉さんを壊してもいいけど……君が望むなら、やめてあげてもいい」

 マモンが、俺たちを見下ろして、邪悪な笑みを浮かべた。

 やはり……利用するだけで……潰す気か。瑠海を。

 強欲の悪魔、マモン。お前の用意周到さと冷酷さ、一日で存分に味わわせてもらったよ。

 だからもう、沢山だ。これ以上、振り回されて堪るか。

 苦し気な声を上げて、瑠海が身体を仰け反らせた。その身体から染み出す黒いオーラが、一際大きく跳ね上がる。

「――黒葉!?」

 その時、新たな声が聞こえた。

「陽愛……!?」

 首を後ろに回して、その姿を見とめる。マモンの存在的拘束を解かれた陽愛が、やっと目を覚ましたらしい。椅子からよろよろと立ち上がって、この状況をなんとか呑み込もうとしているのが分かった。

 どうすればいいか。瑠海を救うため、マモンを倒すため、俺はどうすればいいか。

 使うしかない、不死鳥の魔法を。コントロールし切れていない交神魔法を、使うしかない。

「陽愛! そこの拳銃を投げてくれ!」

 陽愛の足元には、俺がさっき投げ捨てたパラが落ちている。

 すぐに陽愛がそれを理解し、拾い上げて俺へと投げた。真っ直ぐに俺の元へと飛んできたパラは……空中で、鉄の破片に弾かれる。

「な、に……」

「君に危害は加えてないからね?」

 マモンが、驚く俺に笑いかけてくる。俺のメリットになりそうなものは、片っ端から排除する気か。

 そうなれば、陽愛も無事とは限らないぞ……!

 待てよ……ホルスターの後ろ側にしまっていたから忘れていたが……俺は、もう一丁、拳銃を持っているじゃないか。

 ほとんど感覚のない左手を後ろに回し、しまっていた陽愛の拳銃を抜く。陽愛と桃香が消息を途絶えた時、その場所で拾ったものだ。安全装置だけかけて、整備も弾倉のチェックもしていないが……仕方ない。

「力を貸せ……巡り続ける命の魔法……その能力を……!」

 パラの動きに注意が集まった、この一瞬。陽愛はマモンを、マモンは陽愛を、お互いに警戒したこの瞬く間に。

 陽愛の拳銃を握り、銃口を俺の側頭部につける(・・・・・・・・・)

不死鳥炎誕フェニックス・アフィプニス

 今まで俺は、追い詰められるまで不死鳥の能力を発揮できなかった。任意でどうやって発動すればいいか……ずっと俺は考えていたが、それなら発想を変えよう。

 自分で自分を追い詰めればいいんだ。

 失敗すれば、死ぬ。だが、感覚的に分かる。俺の中の不死鳥の炎が、呼応して、燃えているのが分かる。自分の中の不死鳥と、ギリギリの命の駆け引きだ。俺の覚悟を、見せつける。

 引き金を引いた瞬間に、紅緋色の炎が俺を包み込んだ。歯車が噛み合ったような、確かな感覚。

「まさか……発動させたのか……!」

 マモンが俺の異変に気付いて驚きの表情を浮かべるのを、視界の端で捉えた。

 右腕を伸ばして、左側頭部の手前で滞空し続ける、炎に包まれた弾丸を掴み取る。

 きた……発動、できた。

不死鳥の蘇炎(アイオーン・プロクス)

 吸血鬼の時とも違う……俺が最初から知っている(・・・・・)かのような感覚。これが、『覚醒』の先――多くの人が俺に示唆した、本当の意味での『進化』なのか?

 俺の身体を包んでいた炎が、瑠海のオーラを打ち消すように燃え盛る。少しずつ、瑠海を覆う闇が消えていく。

「これが……異物である交神魔法を燃やす、不死鳥の炎か……!」

 何かを知っているような口振りで、マモンが後退っていく。

 そうだ。不死鳥の炎には、相手を傷付ける力はない。あくまでも、俺の補助としての魔法だ。

 ただし、それには例外がある。交神魔法という特異なエネルギーを、何故か打ち消すのだ。吸血鬼の時は、結局月音を傷付けて勝ったこともあって、俺の中では確証は得られなかったが、今回のでハッキリした。どうしてなのかは、また後で考えるとして。

 瑠海の顔から、苦痛の色が引いていく……もう、あのオーラも感じない。どうやら気絶してしまったようだ。……大丈夫、呼吸もしているし、異常はない。

「……マモン……お前を逃がすつもりはない……例え、この命が燃え尽きても」

 ゆっくりと、上体を起こす。

 俺の不死鳥の魔法には、癒す力が欠けているらしい。人として扱えるには、限度があるということなのだろう。だから、俺自身の傷も治せない。

 それでも、さっきより動くのが楽な気がする。あ、多分これ……炎圧と、その余波で発生する、微弱な揚力だ。

 身体中から血を流しながら、立ち上がる。

「……随分、息が上がってるよ。君は、立つことで精一杯だ」

 マモンが俺から距離を取りつつ、空中にコインを出現させた。左手で、陽愛を指す。

「ここは、一時撤退させてもらう。幸い、人質には困らなさそうだからね」

 今まで見た中で、一番無理した笑顔だ。マモンはその笑顔のまま、俺から一定の距離を保ちつつ、陽愛の方へと近付いて行く。

 まだ状況に付いてこれていない陽愛も、自分が狙われていることは分かったらしい。後退しながら、まだ気を失ったままの桃香をどうするべきか考えているようで、何度か視線を向けている。

「……もう俺のターンだ」

 右手を前に押し出して開く。掴んでいた弾丸が、紅緋の炎を纏って高速で飛行し、コインを弾き飛ばす。

「……!」

 マモンが次の行動を起こす前に、俺の脚が動いた。移動魔法を炎圧で後押しし、一瞬でマモンの目の前に移動する。

 陽愛や桃香を攻撃されるより先に……瑠海を、これ以上傷付けられる先に。こいつを、片付けるんだ。

 俺の右手を、マモンの顔の前に出す。焦ったようにマモンが顔を強張らせた。

「……私に危害を加えることはできない……」

「ああ、そうだな」

 右腕に、意識を集中する。

「纏え――不死鳥の装甲フェニックス・アームド巡炎の腕(ガントレット)

 吸血鬼の時と同じ、不死鳥の魔法武器。炎が右腕を包み、形を作る。

 今回は、殴る必要も、武器を生成する必要もない。

不死鳥の浄炎アイオーン・プロクス・カタルシス

 腕から炎が吹き上がり、大きな鳥のような形となって、マモンの小さな身体を呑み込む。

「ああああああああああああッッ!! があ、あああ! ああ、うああああああッ! ああああああああああああああああああああッ!!」

 瑠海の悲鳴より、甲高く、凄惨で、冷たい、耳を塞ぎたくなるような絶叫が、その小さな体躯から溢れ出す。強欲なその魂が、燃やされていく。

 だが、その痛苦なる声とは対照的に、マモンの身体は全く傷付いていない。服も、髪の毛一本も、焦げる気配すらない。

 俺の口の中に溜まっていた血が、口元から零れ出した。咽るような感覚に襲われ、血を吐き出して咳き込む。

「黒葉……!」

「大丈夫だ」

 陽愛の悲痛な声に、絞り出すように応える。

「く、ははっ、ハハハハ!! ふざけた力だッ……!」

 マモンが身を捩りながら、空中に鉄板を出現させて、なんとか炎を防ごうとする。

 だが、既に手遅れだ。

「かっ……がはッ……」

 息が詰まったような声と共に、マモンが膝を折る。鉄板が床に落ち、鈍い音を立てて消滅した。

 俺は、開いていた右手の指を、ゆっくりと折り畳む。拳を握った時には、炎は全て消えていた。俺の纏っていた炎も、魔法武器も、灰も残すことなく消えている。

「…………なるほど……これが、君と対峙した時に分かる欠陥…………人間の部分の意味か」

「どういうことだ……?」

 力なく倒れ伏したマモンが虚ろな眼差しで呟くのに、俺は眉をひそめた。

 江崎の言っていた、人間の部分が必要という……その意味か?

「黒葉! 後ろ!」

 陽愛の声にハッとして振り返る。その動きだけで、俺の身体が悲鳴を上げた。力の脱けた脚がバランスを崩し、後ろに倒れていくのを感じる。

 さっきまで俺の頭があった場所の少し上には、不格好な金属の刃が一枚浮かんでいた。マモンの、最後の抵抗か……!

 左手に持った陽愛の拳銃を……駄目だ、腕が上がらない。そのまま、頭と背中をコンクリートの床に打ち付け――

 俺の身体が、柔らかく支えられる。

「る……み……」

 いつの間にか、俺とマモンの間には瑠海がいた。片膝をついて、倒れそうになった俺の身体をギリギリで支えている。

 瑠海は素早い動きで、俺の左手の拳銃を掴み取り、空中の刃に銃口を向けた。

 滞空していた刃が、こちらに向けて飛んでくる。それを正確に正面から、瑠海が撃ち落とした。

「……お見事」

 薄く笑うように、マモンがそう言った。途端に、その身体が灰のように崩れ、消えていく。

「なっ……マモン、お前……」

「これは、身体や精神の問題というよりも、存在の問題のようだね……さらばだ、不死鳥」

 最後にもう一度、あの無邪気そうな笑みを浮かべて、マモンは闇夜に溶けていった。

 終わった……のか、遂に。あのマモンを、強欲の悪魔を、七大罪の一つを、倒したのか。

 限界まで張り詰めていた糸が、音を立てて切れたような気がした。絞り出していた力が、全て抜けていくように感じる。身体から流れ出る血が、冷たく感じた。

 瑠海に全体重を預けて、ゆっくりと目を閉じる。

「……黒葉……? 黒葉!? 黒葉っ!!」

 瑠海の叫び声と、陽愛が駆け寄って来る足音を、どこか遠くのことのように聞いていた。

 結局、マモンはまともに支払いなんかしていかなかったな……。

 

 瑠海は本当に、俺を殺す気だったのかもしれない。あいつの強欲さが今回の事態を招いたというならば、マモンの言う通り、瑠海と俺は会ってはいけなかったのだろう。そうなれば、瑠海は俺を殺すしかなくなる。

 なぜなら、俺の答えは変わらないし、瑠海はそんな俺を好きなままでいる。そして瑠海は、自分の恋心を諦められない。

 瑠海は、前に言っていた。報われなければ消えてしまうような恋は、嫌だと。

 それなら、俺を殺すしかない。俺がいなくなれば、瑠海は恋心を諦めることもなく、全てを有耶無耶に終わらせられる。

 残酷な結末だ。きっと瑠海が、最も嫌う結末で、最も苦しまない結末だ。

 俺は、明確な答えを出した訳じゃない。瑠海の気持ちを確かめて、それでまた、拒否しただけだ。

 俺と瑠海の関係は、多分変わらない。今回の件を経て、瑠海がどう変化するかは分からないけれど。

 もっと俺は、人の心と向き合わなきゃいけない。それを深く、胸に刻み込んだ。

 

 まあ……とりあえず今は、休ませて欲しい。

 

  

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