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第190話 play Ⅲ

 

 俺がマモンに勝つためには、俺が“DOWN”を出し、マモンが“UP”を出すという組み合わせが理想的だ。

 そして、俺が十枚を要求する。これによって、相手の“UP”の影響を最小限にして、結局は獲得数ゼロになる俺の“DOWN”を有効活用できる。これが最善手。だが、そう上手くはいかないだろう。

 自分が“STAY”を出した時は、三十枚を要求するのが普通だ。少なくとも、相手が“STAY”で三十枚を要求している間は、少ない数を要求すればその差分が負けに直結する。つまり、“STAY”同士なら相殺は確実だ。これが前提として存在する。

 

 まず四手目のことを考えよう。

 もし“STAY”の相殺ならマモンの勝ちになる。五手目でマモンが“UP”の三十枚を出せば、俺が“UP”を出そうが“DOWN”を出そうが、後半三手の結果は同数だ。三手目でついた十五枚の差分で俺の負けとなってしまう。

 “UP”も基本的には三十枚を要求するものだから、どちらも“UP”なら相殺されてマモンの勝ち。“STAY”は要求数が影響を受けないカードなので、“UP”同士の場合も後半三手が同数となって俺の負け。

 “DOWN”同士なら、三手目で起きたような駆け引きなどが起これば可能かとも思ったが、そうはならないな。マモンが十六枚を要求すれば、俺が三十枚を要求して勝ったとしても、獲得数は十四枚。残り二手、マモンは三十枚要求するだけで勝つ。

 だから俺は、マモンとカードが被ることだけは避けねばならない。そして、理想的な組み合わせを導かねばならないんだ。

 

 マモンが悩む間に、俺は組み合わせを考える。

 まず、マモンがどう考えて出すかだ。

 マモンは安全策を取るために、“DOWN”を出したら十六枚を要求するだろう。“DOWN”同士なら言うまでもなく、俺が“UP”を出しても勝てるからだ。俺が三十枚を要求して四十六枚を得ても、残り二手の組み合わせで逃げ切れる。

 だが、これは“STAY”にも“UP”にも言える。どちらも三十枚を要求するだけで、組み合わせが外れれば俺の負けは確定なのだ。つまりマモンは、三分の二の確率で勝ちが決定する状況にある。

 俺からすれば、勝つための組み合わせは一通りだ。マモンの一手で、俺の運命が決まる。

 ……おそらく、俺のイカサマも間に合わない。これはもう、自力勝負だ。

 俺は、マモンの出す可能性が高いカードは予想できている。短い時間の中だけでも、真剣に勝負し合った中で、俺が感じたマモンの考え方からだ。マモンがここまで悩んでいる理由も、俺の感じた通りなら想像がつく。そして予想通りに動くハズだ。

「……私はこれだよ」

 マモンがカードを置くのとほぼ同時に、俺は自分のカードに触る。

 俺は前半の三手で実験をした。選んだカードは、いつ認識されるのか。相手には分からないようにする訳だし、マモンの魔法が働いているのは確かだろう。

 テーブルに置いた時か。これにする、と宣言した時か。

 どうやら答えは、テーブルに置いた時、だったらしい。しかも、金貨などが下にない状態で、だ。そしてマモンは、それを判別できていない。

 俺は三手目で、置いたぞ、とマモンに言ってから数秒だけ待った。マモンが金貨を要求する前にはギリギリ置いたが、暗闇に乗じて、マモンは俺が本当に置いたのかどうかを確認できているのか、それを確かめた。置く場所は、端でも真ん中でもどこでもいい。

 カードの認識後は、残りのカードを置いても問題はない。

 そして、金貨が下にあれば、カードを選んだことにはならない。それは二手目で、金貨を下に挟んだ“UP”と、素のままの“STAY”を、同時に出していたことで分かった。挟んだ金貨は、一手目との間で、マモンの金貨を数える時にテーブル上からくすねたものだ。自分の獲得した山に加えなければ、コイントスの金貨と同じような扱いになるのだろう。

 随分とリスキーなことはしたが、お陰で充分な準備ができた。

 ただし、この四手目だけはどうしようもない。俺の予想が当たるかどうか、だ。

「さあ……勝負だ」

 俺はテーブルの上に残り二枚のカードを乗せ、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 

 ◆

 

 第一魔装高校、宿泊施設。そこでは、東京三大魔装高校の各生徒会長や、それに連なる人物が揃っていた。

 王牙の通り魔事件に関しての追及は、栢と貴樹の、知らない、という発言の連発で一時休戦となっている。

 与えられた一部屋で、鋭間、今晴、王牙の三人が話し合っていた。

「王牙は、通り魔事件は白城の友人が犯人、と思っているのか?」

「そうじゃなきゃ、隠蔽してくれ、なんて頼むと思うか? あいつ自身が被害に遭ってる状況を見ると、それが妥当だろう」

 鋭間の問いに、王牙は鼻を鳴らす。

 ノートにメモをしていた今晴が顔を上げた。

「でも、それを蒸し返す必要はあるの? 言っちゃなんだけど、落ち着いたことなんだから、そっとしてあげてもいいんじゃない?」

 今晴の言葉に、王牙が露骨に顔をしかめる。

「それより、俺が違和感あるのは別の場所だ。どうも第三で起こる事件が、上手く隠され過ぎてる」

 鋭間が今晴の手からノートを受け取り、内容に目を走らせながら呟いた。

 その言葉に、王牙は不快感を増したような顔をしたが、今晴は首を傾げている。

「どういうこと?」

「警察は、公安部門に『特殊警備課』として、魔装法に関する犯罪に対しての組織を作ったんだ。つまり、公安と同じ配列に組織してある。今までの指揮系統なら、捜査一課とかが担当するハズの事件も、特殊警備課が扱っていることもよくあるそうだ」

「公安部門ってことは……情報が出回ってない?」

「ま、そういうことだ。長年勤めている王牙の親父さんも、魔装法に関する事件には影響力が強くない。むしろ、前からいるから、か」

 鋭間が肩を竦めるのを見て、王牙が遂に舌打ちをした。

「だから、王牙が頼もうが何しようが、そう簡単には捜査の打ち切りにはならない。そもそも、情報の出入りが早過ぎる」

 ずっと前から、鋭間はこの違和感に突き当たっていた。

 黒葉たちの世代が入学してから、第三を中心として、不可解な事件が頻発している。しかしそれも、ある程度の波が過ぎると、まるで何事もなかったように収まった。そしてまた、新しい事件が起こる。

 鋭間は最初から、黒葉をマークしていた。白也の件があったからだ。

 そのため、不良生徒とわざとぶつからせ、派手な行動を起こさせた。それによって、警察を利用しながら情報を得ようとしていたのだ。

 だが、不良生徒たちは、何故か(・・・)普通に登校してきた。黒葉に負けたからといって、登校することを強制はできないハズなのに。

 次に、鋭間と王牙の直接対決だ。これは今までも何度かあったことだが、その時はまだ二人とも二年生であったし、そこまで派手にはやっていなかった。これは鋭間の独断だったこともあって上手くいかず、それも侵入者によって遮られた。

 全て、鋭間の思惑から外れていく。

「内通者がいるのかもな」

 王牙が平然と、その可能性を口にした。

「いいや……教員の中で、今年代わった人は僅かだ。出処もハッキリしていた」

「教員とは限らねえだろ」

 鋭間の力ない否定に、すかさず切り返しが入る。

「生徒の中にも、その()の人間はいるかもしれない。特に、特殊警備課は公にしてない点が多過ぎるし、新設もいいとこだ。あいつらが何かを利用している可能性はある」

 王牙の強い口調に、鋭間と今晴は口を噤んだ。

 二人からすれば、警察内部の事情は王牙の方が詳しい。だがそれも、確かな情報ではないし、憶測が強過ぎるのだ。彼自身、父親から詳しく教えられている訳では、もちろんない。だが、特殊警備課の存在を疎く思っている警察官関係者は多い。

「……疑っていてもしょうがない。今は外部の敵について考えるべき時だ」

「そうは言っても、第二の奴らは何かを隠したがっているし、情報は全然集まらねえ」

 鋭間のため息に対し、王牙は更に苛立ちを募らせたように声を荒げた。

「“魔装高の暗部”については、先送りでもいいでしょうね。それより先に、白城くんを中心とした問題を解決しないと」

 少し不満そうな口調で今晴が返した。王牙の苛立った態度に疲れた様子である。それを察してか、さすがに王牙もバツが悪そうに今晴から視線を逸らした。

 二人の様子を見た鋭間が、小さく息を吐く。

「そうだな……ここは、腹の探り合いをしてる場合じゃない。白城の言っていた敵……それが襲撃してきた時の場所と時間によって、誰がどう対応するのか、それを改めて決めよう」

 王牙と今晴が頷いたので、鋭間はなんとか笑顔を浮かべて出入り口へと向かった。

 

 ◆

 

「三十枚だ」

「……三十枚」

 俺は、無表情ですぐに宣言をしたマモンを見て、静かに息を吐き出した。

 これでもし、俺の予想が外れてしまったら――負けは確定だ。

 俺が三十枚を要求しても、マモンは何も言わなかった。まず、マモンは“UP”じゃないことが分かる。

「ふっ……」

 思わず笑ってしまった。

 考えても仕方がない。文字通り、カードは出揃っている。後は、結果を見るだけだ。

 月光の中で、俺とマモンの視線が交差する。

 同時に、自分たちのカードを表へと向けた。

「…………は――――」

 張り詰めていた空気が、一瞬で切り裂かれる。

「――――はは、ははははははは、あはは、ハハハハッ、ハハ、ハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――!!」

 マモンの笑い声が、部屋中に響き渡る。

 暗闇の中で、妙に明るい子供のような声を、俺は永遠のように聞いていた。

「……読まれた、ってことか」

 急に、マモンの笑い声が止んで、代わりに不機嫌そうな声が聞こえた。

 まだ俺の耳にはマモンの笑い声が残っている。

 まるで時が止まっていたようだった。

 ゆっくりと、俺はカードから手を離す。

 俺のカードは“UP”で、マモンのカードは“STAY”だった。俺の予想通りの組み合わせである。

「“STAY”は、最も単純に見える。重要な場面では意味もなく考えを弄したくなる場合があるから、あまり出すようには感じない。何より、この()で君は先制されてる。心理的に、避けたくなるハズでしょう?」

 マモンは不機嫌そうな調子を隠しもせず、淡々と俺へ言葉を向けてくる。

「お前の勝ちが決まる確率は三分の二だった。全て平等に出る確率がある場合、今までの流れから考えるのが定石かもな」

 なんとか次に繋げられたことの興奮を抑えつつ、俺は努めて冷静に話す。

 テーブルの上のカードを手に取り、その下にあったコイントス用の金貨もさりげなく拾い上げた。

 横に置いてある天秤は、金貨十五枚の重さ分、俺の方に傾いている。

「だが、三手までで出たカードの種類は同じ。流れも何もないし、お前はリードしている側だ」

 俺が今までの時間で感じたマモンは、慎重過ぎるほど慎重だった。

 計画を念入りに組み上げ、必要以上の保険を掛けている。人質を取り、自分を犠牲にすることなく俺との賭けを成立させた。ゲームのルールに関しても、最低限の説明だけをして、自分に有利になるような情報は俺から質問しなければ明かさなかった。おそらく、勝ち筋も事前にいくつか用意していたのだろう。

 例外を挙げるとすれば、俺が最初に“STAY”を出したと見破った時は挑戦的だった。

 マモンは、慎重さと勝負師のような挑戦的行動、その両面を持ち合わせている。

 しかし、今は勝負の分かれ目……マモンなら、どういう考えをするか。

 全て平等な確率ならば……マモンはきっと、勝負師のような面よりも、慎重さを押し出す。今までの情報からでは読み切れない俺の行動、その一端を見出そうとする。マモンが長く悩んでいたように見えたのは、今までの情報を思い返していただけ。

 流れが白紙の場面で、俺が一番選びにくいカードを考えるだけで良かったのだ。それはつまり、俺が読み負けた初手のカード。

「お前自身が言った通り……俺が“STAY”を避けると予想する、と予想していた」

 この場合、マモンの慎重さ、考え過ぎるところが災いしたんだ。いっそのこと、カードを三枚伏せて、適当に選ばれた方が苦しかった。

 でも、そうじゃない方が、勝負師のような思考をも持つマモンにとっては――

「楽しいから、な。相手に読み勝つってことは」

 それにも、確信めいたものがあった。マモンは、運任せで戦うようなことはしないと。

 顔を上げたマモンが、今までにない高揚した表情で、笑った。

 悪魔のような、少女の笑顔で、楽しそうに、さも愉快そうに。

「決めようか……私たちの、最後のカード」

 

  

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