第18話 二人の追跡
俺が例のファミレスに着いた時には、店の周辺には誰もいなかった。いつも人通りが少ない。
一応ファミレス店内に入り、遠回しに聞いてみたが……やはり、駄目だった。
「そこまで……馬鹿じゃないか……」
俺は脱力して、近くのベンチに座り込んだ。
今すぐにでも動いて、『テンラン』という組織を追い、陽愛と折木を救わなければいけない。
しかし、分かっていても、体は動かなかった。
アテもなく、ただ捜すのでは、体力の無駄だ。冷静に何考えてんだって話かもしれないが、感情のまま動く事は、格好良かろうがなんだろうが、正しい事ではない。
「だけどな……それでも、何もしない訳がないだろ、俺」
なんとか立ち上がり、俺は再び電話を取り出す。選択する名前は、もちろん品沼だ。
何回かの呼び出し音の後、品沼が電話に出た。
すると意外にも、俺が喋りだす前に品沼が喋りだした。
「白城くん、今どこだい?」
シリアスな声……まあ、俺だって今は真面目なモードだ。
「魔装高近くのファミレス、分かるか? その近くだ」
「分かった……動かないで。話は後で」
そう言って、電話をきった。
話は後で、か……。
どうやら、品沼は既に事件が起こった事を察したらしい。
しばらくして、品沼が来た。
しばらくも何も、5分ちょっとだ。
という事は……こいつ、俺からの電話を受けた時には、電車を降りていてこっちの町に来てたって事か。
すげえな。
「雑談する余裕もないだろうから、先に話を聞くよ」
品沼は開口一番、そんな事を言ってきた。
そりゃそうだ。
俺は品沼に全てを話した。犯人にも、警察には言うな、とは言われたが……誰にも言うな、とは言われていない。
「なるほど……ね。恐れていた事が現実になっちゃったか……」
ん? 引っかかる。
恐れていた……? この事態を? 品沼が?
なぜ? どうして? 何をキッカケに?
「この町で、そんな大きなグループが活動できる場所なんて、一つしかない。それに……本当は、目星が付いてたんじゃない?」
品沼はキッパリと言ってきた。
俺は少したじろいだがが……迷って頷いた。
確信は……なかったのだが。
「あいつらは外国に売る気なんじゃねえの? てか、今時はなんでもそうだ。でも……ここらは海と隣接してない。船じゃないなら……交通量の多い場所だ」
がむしゃらに動く前に、それを確認したかった。
テンランが、外国と商売をしているのかどうかを。
交通量の多い場所というのは、追跡されないように車に紛れ、海に近い町にまで行く事が目的なんだ。
「そうだね……そして、拠点にするなら、あの場所しかないんだよな……」
やはり……そうなのか。
俺は自分から寄ろうとはしなかった。
その場所とは……町の外れにある廃墟で、廃墟になる前は研究所だった。
そう……品沼が言うあの場所とは、消し飛んだ研究所の上に更に建った、フェニックスプロジェクトの研究所だ。
◇
その研究所は、即興で建てられたにしてはそこそこ大きく、設備も後々揃う予定だった。
しかし……まあ、父さんが潰した事により、その研究所も廃墟となった。
なので、何かヤバイものを隠すのには丁度良い場所なのだ。
警察は何度も、テンラン捜査のために訪れたらしいが……どんなに強襲しようと、全く証拠等は出てこなかった。
なるほど……逃げる事も得意な奴等らしい。
タクシーを使って行くと、時刻は三時過ぎ。
二人が誘拐されてから約一時間が経過している。
「こういう奴らは仕事が早いからね……二人が無事かどうか……」
その言葉に、俺は顔をしかめる。
俺も品沼も、完全な戦闘態勢だが……大人相手に、二人でどこまでやれるか……。
それだけじゃなく、品沼が言った通り、二人がまだ移動していないという保証はない。
品沼はタクシーに乗ってる最中もずっと、誰かと携帯で会話していた。
そして、今も携帯で何かをしている。
「……ツイてる。一昨日から、町の境目で警察が検問していたらしいよ。だから、まだ隣町にでさえ行ってない可能性が高い」
少し……安心した。
けれど、全くもって状況は変わっていないのだ。
「行けるな……?」
俺が訊くと、品沼は黙って腰の大型ナイフを叩いた。
◇
とりあえず、俺達がやった事は、馬鹿らしい事この上なかった。
正面突破。
研究所のガラス扉を叩き割り、足音のする方向と逆に走り出す。
出来るだけ戦闘は起こさないようにしなければいけない……もし、組織の人間全てと戦う事となったら、勝ち目はない。
それなりに中は知っていたが……明確に思い出せる訳もなく、迷いそうになる。
俺達に隠れて逃げられても困るので、突入前に、外に停めてあった車のタイヤは潰しておいた。
「さて……どうするんだ!?」
叫ぶように聞くと、品沼も必死に走りながら大声で答えてくれた。
「分かんない!」
研究所というより、病院に近い内装だ。
真っ直ぐに進んでいると、廊下が右横へ続いている場所があった。
「こっちだ!」
急いで曲がる。
品沼も曲がった瞬間、銃声が響いた。
さっきまで、品沼がいた位置を銃弾が通過する。
後ろから迫ってくる恐怖に怯え、俺達は走る速度を更に上げる。
「クソッ……! どっかで構えてないと、いつか追い付かれて撃たれるぞ!」
俺が叫ぶと、品沼が前方を指差した。
真っ直ぐに続く白い廊下に、真っ白な扉がある。
ペースを上げ、体当たりするように扉に手をかける。左右開閉型の扉で、自動式だったのかもしれないが、もちろん今は作動していない。無理やりこじ開ける。
その時……後ろから迫ってきていたテンランのメンバー6人が、ついに銃の射程圏内へ入った。
「行けッ!」
品沼に先に扉を通らせる。
そして……放たれた銃弾を、俺は素早く脱いだ服で迎撃する。
防御魔法では、制服でもなければ不足だ。だから、俺は攻撃強化魔法と防御魔法を並列でかけた。
大きく広げた服で、飛んできた銃弾を打ち払う。
さすがに無理があったようで……何発かは服を貫通した。それでも、魔法のお陰で弾道は逸れ、俺には当たらなかった。
「急いで!」
品沼が一人分ギリギリで扉を開けている。
そこへ俺は飛び込み……扉は閉じられた。
「まだ……! もうひと工夫!」
そう言うと、品沼は扉に急いで何かを描いた。どうやら……自分の指から血を出しているようだ。
品沼は一応、思考発動が出来るのだが……。
「こうした方が効果があるし、持続するもんね」
品沼がやったのは……結界魔法。
魔装法の中でも高レベルな方で――手元の武器や、手元から離れて少しの間だけ、などでしか効果がない魔装法の中で、使用者が離れても持続するという特異な魔法だ。
もちろん、効果が続くように、離れても集中していなければいけないし、効果発動自体が難しいのだ。
やっぱり……品沼は高レベルの魔装法使いでは……?
いや、今はそれを考えている場合ではなかった。
◇
結界魔法は、使用者が近ければ近い程、効果は高まるし持続する。使用者への精神力への負担も減る訳だ。
そして、品沼が扉にかけたのは、攻撃の威力を近くの物へと分散させ、音をシャットアウトするものらしい。
なので、扉は静かに少しだけ揺れているだけ。
そして、この効果は続かなければならない。
なぜなら――
「陽愛……折木……!」
俺達が入った場所は、五十メートル四方程の実験場に繋がる部屋で……小さな防弾ガラスが張ってあり、実験場の様子が見える。
そこから実験場を見ると、テンラン組織の人間と思われる奴らが4人と……陽愛と折木がいた。
二人は後ろ手に手錠をかけられ、目隠しされている。
目隠しの大きな理由は……魔装法の使用制限だ。
魔装法はイメージなので、自分の置かれた状況を、正確に把握していた方が使用しやすい。
自分で暗闇に行って使う、みたいならまだしも、無理やりにこういう状況で視覚を遮られるというのは辛い。
見えないというのは……普通の人にとっては恐怖。先が見えないのに、移動魔法で動こうとは思えないのだ。
「落ち着いて……助けるよ」
「当たり前だろ……! 突入する……!」
絶対に救い出す。
この建物には何も思い入れはないが……この場所にはあるんだよ。
何も出来なかった、あの頃の俺とは、違うんだ。




