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第187話 game start

 

 俺がソファの方に座ると、マモンはテーブルを挟んで向かい側に立った。そして、よく子供がやるように、後ろ向きに飛び込むような形で腰を落とす。その一瞬で、今まで何もなかった床に大きな座椅子のクッションが出現した。それが柔らかい動きで、マモンの小さな身体を支える。

「……力の無駄遣いだな」

「そうかな? 余っているなら、こういうのもいいと思うけど」

 俺の嫌味を軽く流し、マモンが右手をテーブルにかざす。俺の膝よりも低いテーブルには、なんの仕掛けもないように見える。

 マモンが手を引っ込めると、何もなかったテーブルの上に、トランプのようなカードが三枚現れた。裏面なのだろう、全て白く縁取りされただけの黒いシンプルな柄だ。

「カードゲームか?」

「落ち着いてよ。今から説明するからさ」

 滑らかな手つきでカードを三枚拾い上げ、俺の方に表の方を見せた。

 表面もシンプルで、黒字に白い文字が書かれているだけ。それぞれ、“UP”、“DOWN”、“STAY”、の三種類だ。

「ルールを説明しようか。まず、取り合うのはこれだよ」

 優雅な動作でマモンがテーブルを撫でると、俺たち二人の間に山積みの金貨が現れた。試しに一枚取って眺めてみるが、おそらく形だけのものなのだろう、何も描かれていないし彫刻もない。縁が少しだけ盛り上がっているのみである。

「その金貨を最終的にどっちが多く持っているかが勝敗を決める。三種類のカードをそれぞれ二枚、計六枚をお互いに持つ。まず、先手と後手を決めて、一枚カードを選んで順番に裏向きで出す」

 言いながら、マモンはカードを一枚裏側でテーブルの中央に置いた。デモプレイとして、俺もテーブルの上からカードを取り上げ、“STAY”のカードを裏向きにしてテーブルの上を滑らせる。

「ここで、金貨を十枚から三十枚まで好きなように取る。これもカードの時と同じ順番でね」

 マモンは金貨を一掴み取ると、テーブルのやや自分よりの所に置いた。ざっと見て、二十枚ほど。俺も同じくらい取る。金貨は柔らかい月明かりを受け、異様なまでに光っていた。

「ここで、同時に相手のカードを表にする」

 俺とマモンが同時に、相手のカードをめくる。

 めくったカードは“DOWN”だった。マモンの手元には当然、俺の出した“STAY”のカードがある。

「このカードの文字は、自分の要求した金貨の数に影響するんだ。影響する数値は、相手の金貨の数による。例えば――」

 マモンは説明しながら、俺の出した“STAY”のカードを持ち上げた。

「“STAY”はそのまま、要求した金貨が受け取れる。このカードは君が出したら君に影響する」

 俺は確認の意味を込めて、先ほど山から取った金貨を自分から見て右端に動かす。

 満足そうにマモンは頷いて、今度は俺の目の前に置かれた“DOWN”のカードを指差した。

「“DOWN”は数が減る。君がさっき要求した金貨は二十枚だった。私が要求したのは二十二枚だから、私が手にできるのは二枚だけ」

 マモンはわざとらしくため息を吐いて、先ほどの金貨の大半を元の山へと押し戻し、二枚だけ手にしてテーブルの端に置いた。

「“UP”は“DOWN”の逆だよ、分かるよね?」

「……ルールは以上か?」

「まさか。金貨の範囲を設定しないと、まともなゲームにはならないよ」

 そう言って、マモンは右手の指を三本、左手の指を一本立てた。

「最高は三十枚、最低は十枚だよ。先手と後手は、二回毎に計三回、コイントスで決めよう。勝負回数はカードを使い切る六回だ」

 無邪気そうに笑って、マモンは二枚の金貨を山の方へと指で弾いた、

「ルールは以上だよ。質問は?」

 

 至って単純(シンプル)なゲームだ。

 極端な話、双方が三十枚を要求し続ければ最終的な金貨の獲得数は同点となる。当然、それまでに駆け引きを挟む必要があるのだが。

 カードを三種類から一つ選んで裏面にして出す。その後、金貨を十枚から三十枚まで好きに要求し、カードをめくる。やることも簡単だ。

 相手のカードの効果の影響力は、自分の要求した金貨の数で決まる。相手の出したカードが“UP”なら、三十枚は避けなければならないが、それでは自分の獲得数が少なくなる。ならば、自分が“UP”で増やせばいいが、相手が要求する金貨が少ないと、これまた獲得できる数は少ない。

 そもそも、相手のカードの種類を見分けることは不可能に近い。この勝負に、絶対的な勝ち方は――

 

「ない」

 

 ◆

 

「絶対にここじゃないですよね……」

 月音ががっかりしたように呟いた。

 吸血鬼に言われるまま足を運んだのは、昨晩七夕祭りがあった会場だ。今は本部のテントや簡易ステージは撤去されていて、外灯に照らされた笹のみが風に揺れている。笹には多くの短冊が紐で結ばれていた。

 周囲は外灯が点々と立ち並んでいるのみで、人の気配はない。

「大体の場所は分かるんじゃなかったんですか……?」

『おかしいな。確かにこの辺りに、先ほどの彼女に関する何かを感じたのだが』

「何か、は分からないんですか?」

『彼女の能力の根源、起源、に近いものだよ。だから、悪魔本体かと思ったのだが……どうやら、あちら(・・・)はそういう仕組みではないらしい』

 諦めた調子の吸血鬼に、月音はため息を吐いた。

 今からでは、瑠海を追うことはできない。

 再三、黒葉に連絡を取ろうとするが、月音の呼び出しには虚しいコールしか応えないでいた。

 行き詰まった月音は、何気なく笹へと近付いた。おそらく自分たちが昨日短冊を吊るしたであろう笹だ。

 短冊の一つひとつをひっくり返していた月音の動きが、急に止まった。

「あれ……?」

『どうかしたのかい?』

 月音は一枚の短冊を左手で掴みながら、首を傾げた。

「これ、瑠海さんのじゃないかと」

『……どうしてそう思うんだい』

 短冊には当然、名前までは書かれていない。

「チラッと見えたんです、昨日。途中まででしたけど、字体とか、並び方がそれっぽくて……」

『……もしかすると、私が感じたのはそれかもしれない。だが、短冊とは飾るものだそうだから、問題はないだろう?』

「普通はそうなんですけど……昨日、瑠海さんは黒葉くんに見られそうになって、咄嗟にポケットに入れたんです。それで、二枚目を取って書き始めたんですよ」

 月音の言うことは概ね正しい。瑠海は一枚目を書いている途中で、黒葉から隠すためにそれをポケットへとしまった。そして、二枚目を笹へと飾ったのだ。

『それで?』

「逆に見えるんです。一枚目と二枚目が」

 月音はそう言いつつも、自信はなかった。夜であったし、あまりジロジロと見るのも失礼だと思って目を逸らした。それに、今が非常事態だから、小さなことを誇張している気がしないでもない。

 だが、月音は自覚していないが、吸血鬼の影響によって視力は通常よりも良くなっている。少なくとも見間違いということはない。

『つまり、あの後に入れ替えたということかい? 一枚目と二枚目を』

 あの後、というのは昨夜の解散のことだ。

 月音は昨日見たハズの二枚目を探しながら首を傾げた。

「そんな意味、あると思いますか……?」

 解散した時、第三高校の面々を見送ってから、月音は黒葉たちと帰り始めた。瑠海がいつの間にか入れ替えてたという可能性もゼロではないが、低い。

『普通に考えればないね』

 吸血鬼も断言する。吸血鬼の普通がどういうものかは分からないが、月音も肯定的に相槌を打った。

『だが、悪魔というのは人間の願いを歪めて利用する。彼女がどうして襲ってきたのか、それも踏まえれば意味があるのかもしれない』

 吸血鬼の含みのある言い方に、月音はしばし考え込む。

 夜の静寂さの中で、笹の葉が擦れ合う音だけが辺りを流れる。

「……もしかして、瑠海さんは――」

 遂に月音が口にした推測を、吸血鬼は肯定も否定もしなかった。

 自らの推測に応える声もないまま、月音は歩き出していた。

 

 ◆

 

 宙を一枚の金貨が舞う。テーブルの上に落ちた後、まるで球体のように見える軌跡を描きながら、それは忙しなく回った。

 やがて動きの止まった金貨を見て、マモンが微笑んだ。

「裏だね。先手は君だ」

 俺は肩を竦めて、手元のカードを見つめた。

 心理的に、最初は“STAY”を出したくなる。まずは出方を見るべきだし、確実に金貨が獲得できるのだ。先手というのもやり辛い。

「……マモン、お前は心理戦が得意だったりするのか? 心が読めたり?」

 意味もない話を振ってみる。

 俺は最初、マモンが勝負を急いているように感じた。もし急ぐような理由があるなら、こちらは牛歩戦術だ。この勝負に時間制限はない訳だしな。

「まさか、心が読めたら苦労しないよ。得意か不得意かはよく分からないな」

 律儀に俺の話に応えるマモンは、余裕の笑顔だ。やはり、俺の勘違いか?

「陽愛と桃香は、何故目を覚まさない?」

「私が賭けに使っているからだね。というか、所有権のようなものがあるんだよ、私に」

 人を物のような言い方しやがって……そういう思想(タイプ)は本当に嫌いなんだよ。

「君の味方が増えても困るしね」

 ……何か、違和感のある台詞だな。

 こいつら悪魔は、今までも複数人を相手にして圧倒してきた。現在も、瑠海の行方をくらませて俺たちを振り回した挙句、陽愛と桃香を人質に取っている。

 もしや……この賭けには、内的な拘束力はあっても、外的には何もないんじゃないか? 俺とマモンの間には賭けを成立させるための縛りは存在するが、第三者の介入までは防げないのではないか?

 だとしたら……勝てる。俺の位置は品沼が把握しているから、動きがなければ異常に気付いてくれるハズだ。そうなれば、誰かが来る。見つからずに上手くいけば、マモンの動きをカンニングして、俺に伝えてもらえる。そして、それを制限するルールはない。

 ならばやはり、時間稼ぎだ。

「瑠海はお前が襲ったのか」

「さっきも言ったけど、どうでもいいことだよ。誰も、それを知って得することはない」

 マモンの言い方には、誤魔化しも何もないような気がした。

 だが、意味が分からない。ここではぐらかす理由がないのだ。陽愛と桃香を襲ったことは確実な訳だし、全ての真実を言ったところで、この勝負に影響があるとは思えない。

 知らない、と言わないことから、無関係じゃないことも分かる。瑠海の居場所を隠す理由はなんだ?

 先ほどマモンは、瑠海のように奪う、と言った。それはどういう意味だ?

 やはり瑠海は――

「時間稼ぎもいいけれど、大丈夫なのかな?」

 俺の内心を見透かすようなマモンの言葉に、俺は眉をひそめた。

「君はこの勝負に拘束されている。その間に、私以外の何か(・・)によって、君の仲間が危険に陥る可能性はゼロじゃない」

「……悪魔同士で連携しているということか?」

「連携ってほどじゃないよ。君には私たちの調子(・・)もバレているようだからね……下手な小細工は無意味でしょ? でも、不調の悪魔だろうが、普通の人間に不覚を取るようなことはないんじゃないかな?」

 雁屋さんが向かった先には、誰が……いや、何がいたのか――

「お前の番だ」

 裏面のカードが一枚、俺の手元から滑り出た。

 マモンは満足そうに笑って、一枚のカードを躊躇なく選んでテーブルの上を滑らせた。

 ……まずい。今の笑顔は……読まれている。

「君が出したのは“STAY”。私の言葉で焦ったからだよね? 時間稼ぎのつもりでしていた会話で、仲間の危険性を示唆され、君も思い当たる節があった。そこで咄嗟に出せるのは、安全圏である“STAY”だ」

 俺の心を、それこそ読んだかのようにマモンが笑顔で解説する。

 賭け事に関して、相手の心理を予想して口に出すことには危険が伴う。もし間違っていれば、自分の読心術の拙さを露呈してしまうこととなり、それは無条件で手札(カード)を一枚相手に見せることと同じだからだ。それを逆手に取ることもできるが、少なくとも力量のハッキリしない初手で使うべきではない。

 だから、マモンがここで外す訳がない。

 俺は金貨の山に手を伸ばす。

 この勝負、金貨を多く取ることが目的じゃない。お互いが三十枚を要求し合いながら進めば、どの組み合わせだろうと絶対値は変わらないからだ。持っているカードは同じで、その全てを出し切るのだから当然だ。故に“STAY”のカードは重要じゃない。

 勝敗を決めるのは……“DOWN”だ。

「俺は金貨を二十枚要求する」

 マモンが俺のカードを読んだというなら、出されて一番面倒なのは“DOWN”だ。必然的に自分の要求額が減る効果を、どう最小限に抑えて消費するかがこの賭けの焦点だからだ。

 自ら安全圏と称した“STAY”を、自信満々で俺の心理を語った後に自らも出すとは考え辛い。牽制の意味はあるだろうが、それでは逃げたのと一緒だ。“DOWN”か“UP”、どちらかの確率が高い。

 この勝負は先手が不利だ。それならば不利は不利なりに、被害を調整する必要がある。咄嗟のことでマモンにコントロールされた感じはするが、二十枚分ならばどっちに転んでも取り返しがつく。

「……そう、じゃあ私は三十枚かな」

 マモンは目を細めて金貨の山に手を伸ばした。

 俺とマモンが触れた瞬間、崩れるように金貨が俺たちの手元に転がってきた。寄せて並べると、要求額通りだ。

「じゃあ、オープンだ」

 マモンの声で、俺たちが同時にカードをめくる。

 俺の手元には“STAY”のカード。マモンは……“UP”のカード。

「君は二十枚、私は五十枚だ」

 金貨の山が更に崩れ、流れてくる。だが、俺の方へ追加はない。

 一回目で、三十枚分負けた。

「さあ、二回目だ。先手は私だね」

 微笑んだマモンに、俺はなんとか舌打ちを抑える。感情的になっても、乗せられるだけだ。

「お前の金貨を数えてもいいか?」

「ん、イカサマを疑うの? あんなに説明したのに」

 俺が立ち上がったことに、マモンは意外そうな顔をした。

 そもそも、あそこまで焦っておいて、今更時間稼ぎとも思えないのだろう。

「どうも信用ならねえしな。お前はさっき、“ゲーム自体のルールを根本から揺るがすような魔法”は使えない、とは言ったが、魔法が使えないとは言っていない」

 その言い回しがずっと気になっていた。こいつの魔法は応用が利くし、未知数だ。

「確かに使えるよ。でも、このゲームはイカサマの意味がない(・・・・・・・・・・)ゲームだ。計算は誰にでもできるし、問題なのはあくまでも事実(・・)。計算上、相手に勝っているならばそれでいいんだよ。だから、私がイカサマする意味がない」

「そうかもな」

 イカサマができない、とは言わない。ルールや、それに関する嘘は吐けないのか。

 マモンの隣に立って金貨を数える振りをしつつ、周囲に目を走らせる。俺の手札を反射するような金属板でもないかと気を付けて見たが……ない。

「イカサマがバレたら、どうなるんだ?」

「その瞬間、こうなるかな? もちろん、負けだよ」

 マモンが悪戯っぽく笑い、両手で自分の首を絞める動作をした。俺たちの首元には、マフラーのように狐が巻き付いている。

 金貨を元のように戻し、俺はソファの上へと戻る。

 もし……イカサマがバレれば、マモンも逃れることはできないのだ。可能性はあるのか?

「じゃあ、出すよ?」

 迷うことなく、マモンが二枚目のカードを切った。あまりに呆気ない動きだ。

 そうだ……そもそも、この勝負は公平(フェア)じゃないのだ。マモンは失うものがない(・・・・・・・)のだから。あいつはあくまでも、手に入れた戦利品(・・・)を支払うとしか考えていない。俺とは心理状態がかけ離れている。

 最初から、マモンはカードを揃えているんだ。

 

  

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