表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/219

第183話 三点抗争

 

 ホーネットに乗った雁屋さんに、俺はもう一度念押しすることにした。

「本当にいいんですか……? さっきも言った通り、絶対に罠です。瑠海はいませんよ?」

 品沼の報告をそのまま伝えると、雁屋さんは行くと言って聞かなかった。

 しかし、現状から考えて罠であることは確実だ。携帯の電源を入れられる状況なら、雁屋さんにでも連絡を入れるハズなのだから。

 明らかに、こちらの動きを読んだ攪乱作戦だ。

「分かっています。しかし、犯人の類であることに変わりはありません。叩きのめし、あの子の居場所を吐かせます」

「…………」

 怖ええええ……マジで。少し表情が柔らかくなっているのが逆に怖い。

 確かに、無視する訳にもいかないしな……誘き出すためにわざと電源を入れた可能性もあるし、裏の裏をかいて、こちらの戦力の分断を狙った作戦かもしれない。まあ、どちらにせよ分断されるのだが。

「じゃあ、気を付けて下さい。あちらに着いてから、電波が移動していた場合は再連絡するので」

 ここで、俺と雁屋さんは別行動だ。

 手がかりを追わずにはいられない雁屋さんと、あくまで自分の推測と可能性を捨て切れない俺で、二手に分かれる。それに、移動手段の問題もある。

 品沼によると、ここから南西方向に約千五百メートルの場所らしい。廃工場がそこにはあるそうだ。俺だけでは徒歩しかなく、時間がかかりすぎる。

「着いたら、俺の友人もいるハズなので」

「分かりました」

 返事をする時間も惜しいとばかりに、雁屋さんがホーネットのエンジンを入れる。

 正直、不安しかない。何が目的かは分からないが、誰かが来ることは相手も分かっているのだ。それなりに準備をしているハズである。

 瑠海なら、俺より雁屋さんの方が詳しい気もするし……。

「では、お気を付けて」

「はい、雁屋さんこそ」

 俺の言葉が聞こえたかも分からない間に、雁屋さんはホーネットを走らせて行った。

 ……随分と翻弄されているな、俺も……。

 

 ◆

 

 瑠海の拠点となっている廃墟は、できるだけ町の外れにあり、瑠海自身が立ち寄る機会が少ない地域から選んだ。全て、マモンがあらかじめ仕組んでいたことでもある。

 マモンは最初から、瑠海を利用できると知っていた。だからこそ、瑠海を取り込む前から準備をしていた。そして、その後の段取りすらも。

「そろそろ時間かな……彼は、少し悪魔としての自分に拘り過ぎているようだけど、時間は守ってくれるハズさ」

 マモンの満足そうな声に、瑠海は頷いた。

「それで? まだなの?」

「時間によってね。気長に待って欲しいんだけど」

 内心、マモンは少しだけ焦っていた。

 七つの大罪の座に収まった悪魔たちだが、マモンはその中でも特に適応するのが早かった。自分を不完全な存在だと自覚し、自らの能力を過信せず、戦略的に相手を追い詰める。生物として(・・・・・)考えていた。情報を集め、瑠海について調べたのだ。

 マモンは、瑠海が場を掻き混ぜて、戦力を分断するように仕向けている。そして、黒葉を倒す確実な道を築いていた。

 そのためにも、瑠海の欲望が叶うという事態は避けている。届きそうで届かない距離にある欲望……それこそマモンが最も利用しやすい。

「え~……じゃあ、月音ちゃんも連れて来ようかなぁ……黒葉のこと、好きかもしれないし……」

「それでもいいよ。私たちの能力なら、人数は関係ないしね」

 瑠海の発言は計画通りだった。

 

 マモンとの契約状態にいる瑠海だが、その力は拮抗している訳ではない。望みを持つ人間と、それを叶える力を持つ悪魔、昔から言われる関係性だ。人間は利用され、悪魔が最後に搾り取っていく。

 瑠海本人は、欲望が表面化しているが理性的である。それは言うなれば、優先順位が変わっている状態だ。目的だけは確立しているが、その他の思考はマモンに制御されている。

 マモンは、瑠海の目的のみを叶えるために能力を貸し与える。その代償として、相手を支配し、心の動きによってエネルギーを手に入れる。

 当然ながら、悪魔が有利になる契約だ。悪魔と契約してしまった者の末路は、ここで詳細を挙げるのは無粋だろう。

 

 マモンは瑠海と契約している間、通常以上の力を得ることができる。そして、心の動かし方によっては際限がない。

 だからこそ、瑠海の目的達成――今のところは桃香の恋心を消すこと――は避けなければならないのだ。願いは、叶う前だからこそ強欲となり得る。

 そして、瑠海の心の内を知るマモンにとっては、瑠海と黒葉の対峙は。最終手段であった。黒葉の言葉によって、瑠海が心変わりしてしまう恐れがある。黒葉が、上辺でも甘い言葉で瑠海の心に応えれば、それだけで契約終了の危険があるのだ。

「ただ、ベルフェゴールと一緒にお願いするよ? 今日の彼は不調気味だけど、私に協力してくれるのは彼くらいだし」

 瑠海は不満気ではあるが頷いた。マモンとは契約による無条件の関係補正が働く。信頼とも違い、しかし警戒などと言ったフィルターを通さない関係が築かれている。

「また俺を使うのか、マモン」

 暗闇から姿を現したベルフェゴールに、マモンは少女のような笑みを見せた。

「悪いけれど、お願いするね? 怠惰の象徴である君を、こうも動かすのは気が引けるんだけど」

「相も変わらず口は達者だなあ……それよりも俺が気に食わないのは……」

 ベルフェゴールが口を噤む。いや、当然マモンには伝わっている。ベルフェゴールが女性を嫌うことを。

「お願いするよ」

 マモンの念押しに、ベルフェゴールは舌打ちをして背を向けた。その横を、軽いスキップと共に瑠海が通り抜けていく。

 満足そうにそれを見送り、マモンは陽愛のいる部屋に目を向けた。

 

 ◇

 

 ホーネットを走らせた雁屋雅弓(まゆみ)は、黒葉から聞いた廃工場に着いた。少し離れた位置でエンジンを止め、小走りに、音を立てずに入口付近に近付いて行く。

 随分前に廃工場となったようだ。おそらく車を専門に仕事をしていたのだろうが、錆びた看板の文字は判別不可能となっていた。ざっと十数年前には潰れたのだろう。

 中は暗く、誰かがいる気配は感じられない。

 雅弓は静かに携帯を開いたが、黒葉からのメールはない。依然、ここから瑠海の携帯の電波は発信されているようだ。

 雅弓は静かに息を吐いた後、気配を殺し、朽ちた扉の隙間から中へと入って行った。黒葉の友人と合流するように言われていたが、いち早く真偽を確かめたかったのだ。

(やはり罠……ただの誘導……?)

 瑠海を心配する傍ら、雅弓の心の中には、一つの疑惑が渦巻いていた。いや、推測と言った方が正しい。黒葉は明言しなかったが、この件はどうやら、瑠海が完全なる被害者という訳でもないらしい。

(帰ってきたら、お説教ですね)

 そんな明日を想像し、雅弓が少し微笑んだ時だった。

「――――え……」

「なんだ貴様は?」

 暗闇から放たれた一筋の光が、槍のように雅弓の胸を貫いた。背後の鉄板に身体を激しくぶつけ、雅弓の身体が床の上へと崩れ落ちる。

 光の出処から、一人の男が姿を現した。

 長身、整った顔立ち、高級そうな服に身を包んでいる。

「お、まえ、は……!」

 上半身を起こしながら、雅弓が辛うじて言葉を紡ぐ。

 先ほど彼女を貫いた槍のようなものは消えており、その鋭い傷口だけが残っている。その傷から流れる赤が、闇の光を反射した。

「聞いているのは俺だ。そして、貴様のような格下相手に名乗る名ではない」

 威圧感を与える口調で、男が雅弓を見下ろす。

「ふざ、けるなッ……! 瑠海は……!」

「なんだと? ……ふん、つまりはマモンの策か。下らない」

 激昂する雅弓を嘲笑するように、男はゆったりとした調子で歩み寄って行く。

「ま、この俺も騙された身だ。貴様のことをどうこう言うつもりはない」

 そう言って、男はポケットから携帯を取り出した。雅弓が目を見開く。正に、瑠海の携帯だった。

「これを持っていれば、不死鳥が来ると法螺を吹いたが……今の反応を見る限り、貴様には使い道があるかもしれんな」

 男はニヤリと笑って、左手で軽々と携帯を握り潰し、床へと投げ捨てた。

 近付いて来る男に、雅弓は立ち上がれないでいた。最初の一撃が、想像以上に響いている。

 男が手を伸ばした時、空気を切り裂く発砲音が響いた。

「……おい、弁えろ」

 新たな客を睨み、男が低く唸る。

「ごめんね~? 私、そういうの苦手でさあ~」

 場違いに明るい声が響き、壊れた扉の間から、水飼七菜が現れた。手には拳銃が握られている。

 殺気を放ちながら、男が新たな標的を認めた。

 その瞬間、脆くなっていた天井を突き破って、井之輪蛍火が現れた。その両手には、専用武器である鉄棒、断刈を持っている。

「次から次へと……」

 顔を歪めた男が、振り下ろされた断刈を躱すように大きく後ろに下がった。

 七菜と蛍火が並び、雅弓を庇うように立つ。

「雁屋さんですね? クローバーくんから話聞いて来ました!」

「現状からして、罠だったようですね……負傷しているようですし、私たちが援護します。離脱しましょう」

 背中越しに、二人が雅弓へと声をかける。小さく返事をして、雅弓はなんとか身体を起こした。

 そんな三人を見て、男が口元を歪ませる。

「ただ逃げられるのは、俺もつまらないのでな。少しぐらい、楽しませてもらうぞ」

 

 ◇

 

 黒葉に指定された場所を全て捜索し終わった月音は、携帯を開いた。次はどうするべきかを、黒葉に聞こうとしていたのだ。

 現在は、駅の近くにあった空き家の前にいる。周りには一軒家がぽつりぽつりとあるが、明かりが点いているような家はない。静けさが満ち、微かな虫の鳴き声だけが木霊している。

 時刻は二十二時半を過ぎていた頃だ。

「お、早くも見つかった。ラッキーだな~」

 暢気な声が響く。

 いつの間にか、月音の後ろには瑠海とベルフェゴールが立っていた。

「!? ……瑠海、さん……!?」

 驚きのために、月音の肩が跳ねた。

 雲間から差し込んだ月明かりが一筋、瑠海の顔を照らして見せる。その表情は穏やかで、小さく笑みさえ滲んでいた。

「……ベルフェゴール……ですね?」

 あまりにも突然のことに頭が追い付いていなかったが、それでも月音は目の前の情報を処理し始めた。ベルフェゴールの特徴は、既に黒葉から聞いていた。見事に合致する。

「ああ、その通りだが?」

「どうして瑠海さんと一緒にいるんですか?」

 いや、この質問に意味はない。事実確認のためにも、月音は時間稼ぎがしたいだけだ。そして、行方不明の瑠海がここにいる状況……聞くまでもなく、異常事態であることは明白だった。そして、最も望むべき答えは返ってこないことも分かっていた。

 月音は、普段からあまり使わない拳銃に右手を伸ばした。左手も、そっとナイフに添える。

『手伝うか?』

 月音の頭の中に声が響いた。

「いえ……瑠海さんの前では、派手に能力を使う訳にもいかないので」

 声の主――吸血鬼に、月音は小さく応える。

 現在の月音は、吸血鬼と共存の状態にあった。吸血鬼が存在を明確にするのは夜の間だけであり、月音が無意識にでもその存在を必要とした時にだけ、声を発して表出状態になる。

「ただ、少しだけ……補助をお願いします」

 ベルフェゴールが月音に向けて歩き出す。

 必要以上に距離を取るように、月音がバックステップを踏む。

 月音が吸血鬼の能力を使おうとすると、通常の場合、後日影響が残る。急激な疲労感や、筋肉痛などの症状が出るのだ。だが、それを考えなければ、夜の間は通常以上の能力が発揮できる。

 ベルフェゴールは本調子ではない。その情報も聞いていた月音は、ひとまず戦闘を回避しつつ、状況整理に努めようとしていた。

 だが――

「そう逃げないでさ」

 明るい声が、月音のすぐ側で聞こえた。

「っ……!」

 次の瞬間には、月音の身体に強い衝撃が走り、左の手すりへと叩き付けられた。

「くはっ……!」

 鉄製の手すり相手に打ち所が悪く、月音の内臓が傷付いたようで、その口から僅かに血が吐き出される。

 まだ二十三時前。丁度良く人がいなかったが、駅の近くということもあり、いつ関係のない人が通りがかるとも分からない。

 関係ない人を巻き込むことを恐れた月音は、痛む身体に鞭を打ち、急いでその場から離れようと試みる。

(どうして……吸血鬼さんの身体能力強化を受けた私に追い付けたの……?)

 瑠海から注意を逸らしていたのは事実だ。だが、ベルフェゴールから距離を取るということは、並んでいた瑠海から距離を取ることとほぼ同意。ならば、瑠海が高速で動いたと考えるべきなのか。月音は慣れない戦闘の中でも、必死に思考を働かせた。

 黒葉から警告を受けた月音は、それから苦手な実戦訓練をしていた。先輩である可野杁栄生に教えを請い、少しずつ。最近になってやっと、基本魔法の思考発動ができるようになった。

 しかし、月音は元々戦いには向いていない性格だ。慣れるまでには、まだ時間を必要とする。

「くっ……つうぅ……」

 痛みに呻きながら、月音は人通りが少ない方向へと走って行く。

「ごめんね、月音ちゃん。思ったより速いから、つい力入っちゃったんだ」

 再び、月音へと瑠海が追い付いた。その手には何も持っていない。しかし、何かの魔装法を使ったことは確かだろう。

 今度は月音も素早く対応した。声の聞こえた方向に、防御魔法を厚く張る。ナイフを斜に構え、攻撃に備える。

 質量の大きい何かがぶつかった感触を受け、月音は顔をしかめた。痛み、衝撃は酷いものだったが、ある程度の予測をしていたお陰で、なんとかその場に踏みとどまる。そのまま、攻撃してきた方向へとナイフを振るった。しかし、瑠海に腕を払われ、あっさりとナイフの軌道は逸らされる。

 そして……月音は急激な倦怠感によって脚が止まった。崩れ落ちそうになるのを、必死で堪える。

「なるほど……今の俺の調子では、この程度の威力しかないのか」

 ベルフェゴールの呟くような声に、月音は振り返る。

 少し遠い位置にベルフェゴールが立ち、熊のような形の右手を月音へと向けていた。

「一応、駅の人間に能力を行使して、そこから力を得てみたんだが……やはり今日の俺じゃ無理だな」

 そう言って、ベルフェゴールは脱力したように構えを解いた。これ以上の介入を諦めたようだ。

 しかし、まだだ。

「うっ!」

 二つの物体が、月音の両肩を打った。

(今……瑠海さんが、何もない空間から何かを出した……?)

 後方へと飛ばされた月音の手から、ナイフが零れ落ちる。

「ごめんね? ちゃんと、あっちで治療するから」

 優し気な声音が、逆に月音の恐怖を駆り立てた。

 脇道に座り込む形で飛ばされた月音へと、瑠海が笑顔を向ける。その笑顔は、微かな月の光を背に受け、不気味な影を見せていた。

『だから、手伝うかと聞いたんだよ?』

 突如、月音の身体を黒い燐光が包む。微かに周りの空気が冷えたような気配と共に、月音の頭が項垂れた。

「下がれ!」

 様子の変わった月音を見て首を傾げる瑠海へ、ベルフェゴールが鋭く叫んだ。

 慌てて瑠海が下がったと同時に、その前を黒い翼のようなものが舐めた。一瞬のことに、瑠海が戸惑いながら更に下がる。

『全く……あまり、この私も全力は出せないのだが』

 静かに、ゆっくりと、月音の負った怪我が消えていく。ゆらりと立ち上がった月音の声には、どこかノイズが混じったような響きがある。

 しかし、次第にノイズは消えていき、元の月音の声へと収束していく。それはつまり、月音の身体で喋ることを意味し、月音と吸血鬼の間に、過去の一方的な意識支配がないことを示す。

 眉をひそめる瑠海に、吸血鬼――月音は、頬を緩ませる。

『「選手交代だ」』

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ