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第182話 推測

 

「夜は誰も動かさないでくれ」

「分かった……ちゃんと伝えておくよ」

 品沼の力強い返事に安心して、俺は携帯をしまう。

 時刻は早くも十九時に差し掛かっていて、これ以上の捜索は本当にまずい。

 と言うのも、俺は一度止めさせた捜索を、一部の人間にだけ再び手伝ってもらっていたのだ。

「もう夜なので、今から動けるのは俺たちだけです」

 もう一度だけ装備を確認し、俺は隣に立つ雁屋さんに声をかけた。

「分かりました……では、行きましょうか」

 最初は効率重視のために、雁屋さんは別行動をとりたがった。しかし、さすがにそれは俺が許せなかったために、こうして二人で行動している。

 雁屋さんは車ではなく、ホーネットと呼ばれるオートバイに乗り換えていた。機械弄りが趣味と言うほどの雁屋さんは、このホーネットを改造しているのだ。瑠海をよく乗せるかららしく、二人乗りが安定するようにしていて、騒音も極端に抑えられている。

 雁屋さんに渡されたヘルメットを被り、後ろに乗った。

「みなさんの協力もあって、八割は確認済みだと思うのですが……」

「隣町、第二都市に至っては、全て潰せました。遠出になったので、こっちの町の方が手薄になってしまいましたけど、今から俺たちで当たれば大丈夫です」

 この町に瑠海がいる、と言う俺の予測に不満があったのか、雁屋さんは訝しげだ。しかし、俺は断言する。そうでもなければ、俺も不安になるしな。

 エンジンをかけた雁屋さんに、俺はひとまず安心する。どうやら、今は俺に乗って来てくれるらしい。

「飛ばします」

 聞こえたような気がした時には、ホーネットは俺たちを乗せて突っ走っていた。

 

 俺は……一つの賭けとも言える作戦に出た。

 携帯の電源を切ったのが瑠海だとすれば……その隠れ場所も瑠海が選んでいる可能性がある。

 どうして瑠海がそんなことをするかは分からないが、そう考えれば範囲も絞れる。

 俺は最初、マモンの仕業と考えて、場所を研究所や研究施設付近を狙った。しかし、襲われた陽愛と桃香は、空き家などを中心に捜索していたのだ。その足跡を辿り、他の助っ人の動きとを、俺と品沼が入念に照らし合わせた結果……最終的な捜索範囲が決まった。

 まず、瑠海が陽愛と桃香に接触したのは間違いない。おそらく、誰かが一緒だった。瑠海ならば、二人の警戒を解き、不意打ちすることも余裕だろう。それに、携帯の電源はすぐに切らなければ、俺と品沼が怪しむか、そうでもなければ陽愛か桃香のどちらかが俺に連絡を入れる。

 瑠海の目的は不明だが、誰かに見つかる訳にはいかない。そうなると、隠れ場所からそう遠くはないだろう。陽愛と桃香を気絶させたにせよ、運ぶのは一人では無理だし、複数人いたとしても目立つ。せめて交通機関が近い場所を陣取っているハズだ。

 二人の携帯の電波が消えた時間と、その時の他の人たちの位置を照らせば、おのずと移動したルートも絞れる。

 そして、肝心の場所だが……これが賭けだ。

 賭けとは、前述の理由などを根拠にし、瑠海が中心で動いている、と決めつけることだ。

 そうした場合、疑問は多く残るが、状況だけなら解決する。

 それにより、肝心な場所をピックアップした。

 つまり、瑠海が知っていて、誰にも邪魔されないような場所だ。

 

 俺は自分の憶測は伏せ、雁屋さんにその心当たりがある場所を挙げてもらった。

 しかし、そこはお嬢様……幼い時にお世話になった場所なども候補にしていくと、膨大な数となる。だから、数人には手伝ってもらっていたのだ。

 そして、今も一人だけ手伝ってくれている人間がいる。

「そっちは大丈夫か?」

「はい。こっちは何もありません……こっちの町では、残り四つですね」

 ホーネットが停まったタイミングで、俺は月音に連絡を入れた。第二都市の場所を全てチェックしたというのは、雁屋さんへの嘘だ。あの人に少しでも安心していて欲しいのと、俺の言葉を信じてもらうためだ。

 また誰かが襲われるとしたら、可能性が高いのは月音だ。俺と親しい人間を襲うならば、最近よく話したり会ったりしている月音が危ない。それは俺が分かっていたのだが……。

「心配しないで下さい。むしろ、夜の方が私の調子がいいので」

 キリッとした声だ。吸血鬼の力使っているのだろうか……いや、そんなことはないよな?

 そう言えば、俺と違って、月音はどこまで能力を自在に扱えるんだろうか?

「白城さん、用件は済みましたか?」

 急かすように雁屋さんが言うので、俺は月音に一言謝って電話を耳から離した。

 今俺たちがいるのは、二年前に潰れたホテルだ。

「ここには、二年前に私と瑠海が泊まりました」

「ああ……俺に会おうとスケジュール合わせるって張り切ってましたけど、結局無理だった話ですね……」

「はい……まさか、あんなに泣くとは思いませんでした」

 思い出したように言う雁屋さんに、俺はどうしてか申し訳なくなってきた。

 ……あんなに泣くとは思わなかった、か。

 雁屋さんでさえも予想外だった……そんなに俺と会いたかったと言うのか。

 昨日、俺が言おうとしていたことは正しかったのだろうか? 瑠海に伝え損なった言葉は、伝わらないままで……。あいつの気持ちを俺が好き勝手に言っていいのか?

「入りましょう」

 慎重に歩き出す雁屋さんに慌てて追い付き、俺は癖になっている武装確認をする。

 もし、俺が昨日、瑠海に伝えていたら……何かが変わったのだろうか?

 

 ◆

 

「私はどうすればいいの?」

 首を傾げた瑠海に、マモンは笑顔を向けた。

「欲望に対して忠実に動けばいいだけだよ? ただ、あの子の心の一部を奪うとなると……少しだけ、時間が欲しいかな」

「どうして? 桃香は下にいるんだよね?」

 焼け焦げた通路で、不自然に笑みを浮かべるマモンに瑠海は不審そうにしていた。

「私も、お姉さんに能力を貸している分、タイミングが重要になるんだ」

「ふうん……でも、早くしてね? 黒葉なら、突き止めてきちゃうかもしれないから」

 一応は納得したらしく、瑠海はマモンに背を向けて、陽愛がいる部屋へと戻って行った。

(やれやれ……人間は厄介だ。利用するには、欲望が叶いそうで叶わない、そんな状態にしなければね)

 そう思いながらも、マモンの口元には笑みが残っていた。

 それは、強欲の悪魔だから、だけではない。()となって消失した、元の人間の性質が影響していた。

 

 元々、悪魔の核として集められた人間は三十人を超えていた。騙された者、報酬目当ての者、自暴自棄でやって来た者、訳ありで自らを提供した者……様々な理由で集まった者たちは、等しく残酷な結末を迎えた。成功例とされる現在の七大罪でさえも、人間の意識は消滅したのだ。

 だが……悪魔たち自身が、時々、何か別の意識が混濁したような感覚を覚える。

 成功とされる七人は、それぞれの悪魔の性質に深い所でシンクロしていた。そうでなければ、そもそも成功と呼べる結果は残らなかったのだろうが。

 それを踏まえ、研究者たちは考えた。消失したとされる人間の意識は、本当の意味での核となったのではないか? と。

 つまり、彼らの意思と呼べるものは表出しなくなった。だが、その性格とも性質とも呼べる根本的な部分は残り、それに肉付けされる形で、悪魔の意思と呼べるものが誕生したのではないかと。

 この考えが正しいならば、白城黒葉のことも例として考えられる。

 黒葉は人間的な性質の一部が、どこか欠落している。それは全て、不死鳥誕生の犠牲となったからではないか。いや、正しくは不死鳥成長の犠牲だ。黒葉の欠落は、不死鳥の能力を使い始めてから徐々に顕著になっている。彼は、燃料(・・)として人間性を失っているのではないかと。

 話が逸れたが、悪魔たちの身体は人間のものがベースだ。この場合のベースとは、精神的なものよりも融通が利かず、形として定まっているものだ。つまり、どこか人間の性質が残っている。

 記憶転移という言葉がある。臓器提供を受けた者に、臓器提供者の記憶が移るという現象だ。これによって、趣味や考え方が変わった、という例もある。

 悪魔たちの身体にも、それと似た現象が起こっているのだ。ただ、この場合は記憶や思考に影響があるのではなく、身体にだ。その持ち主だった人間の性質が起こすであろう身体の変化が、悪魔となっても影響するのである。それはとても小さなことで、彼らの活動に支障はないのだが――

 

(またか)

 マモンは、罅割れた窓に映った自分の顔を見て眉をしかめた。

 この眉をしかめるという行動にも、どこか人間味が出ている。

(この私の意思とは関係のないところで、笑みが零れている……こんな状況で笑うとは、こんな幼子にして、相当な悪魔だったんだな)

 自分の身体に出る影響については、研究者たちから聞いている。不便だとは思わないし、そもそも形に囚われることはない。

 だが、何故か不愉快だった。

 

 ◆

 

 青奈には帰れないと伝え、気を付けているように言った。品沼や上繁たちには、クラスメイトの女子に伝達してもらい、陽愛と桃香の家族に二人は外泊するという嘘の情報を流してもらった。おそらく怪しまれるだろうが、あまりそちらに気を回してはいられない。

 家族、ということで、俺は一つ気にかかっていることがあるのだが……そちらにも気を回す余裕はない。単純に、その人(・・・)が忙しいのだと結論付けるのが一番だ。

 それよりも今は……。

「……いませんね」

 平淡でありながら、思わず身震いするような威圧感のある口調だ。雁屋さんの確認の声に、俺は頷いた。

 いくつ目だったか……社交界が行われたという簡易的な別荘で、俺は拳銃を下ろした。

「本当に、この町でいいんですか?」

 何度目かの念押しだ。責められているような感じではないが、俺としては緊張してしまう。

 いや、この人が責めているように感じさせていないだけだ。本当は、俺に掴みかかりたいくらいだろう。

「はい、大丈夫です」

 だからこそ俺が、折れる訳にはいかない。自信が持てるような根拠はないが、状況証拠は充分だ。

 瑠海はきっとこの町いる。何かの目的のために自ら姿を隠し、俺を誘き出そうとしている。そうでもなければ、帽子や拳銃など、メッセージを残すハズがない。

「ですが、もう残りは片手で数えられるほどしか……」

「その中のどこかです。絶対に」

 陽愛と桃香が襲われた場所から、近い場所を当たっているのに……このままでは日付も変わってしまう。

 北か……これ以上行くと、町の外れで何もないような気がするのだが……。

「次はどこですか?」

「……これ以上、北には進みません。引き返して、南東の別荘に向かいます」

 ここが最北端、ってか。

 この町の地図に印を付け、俺は外に向かう。

 ――違う。

 俺は単純に、瑠海が何かの目的で俺を誘い出そうとしていると考えていた。

 だが、それは違うんじゃないか? 俺に用があるなら、携帯の電源を切る理由はないし、前にも思ったがメッセージが弱すぎる。

 これじゃ逆だ。見つかるのを警戒している。

「すみません、少し待って下さい」

 つまり……陽愛と桃香を攫ったのは、俺とは関係ない理由なんだ。あのメッセージは、俺たちの考えを誘導し、警察沙汰をできるだけ最小限にしている(実際、警察は雁屋さんがどうにかして撤退してもらったそうだ)。騒がれれば、見つかる可能性が高まる。

 そして……瑠海は七大罪の存在を知っている。思わせぶりな状況を作り出せば、個人的な事件だと判断すると分かっているんだ。だからこそメッセージを残し、俺を惑わせている。

 ならば、俺の推理は逆だ。

「どうしたんですか?」

 不審そうにする雁屋さんに反応せず、俺は埃に塗れた床に地図を広げた。携帯を開き、近くの廃墟などを調べる。営業中じゃないからこそ、見つけるのは難しいが……。

「本当に申し訳ないんですが……逆です。瑠海が行ったことがない場所を探しましょう」

 今までの行動から分かる通り、瑠海は俺たちを欺くように考えている。俺の考えも読まれている可能性が高い。

「……私は、あなたが聡い人だと存じています。ですが……今回のようなことは、初めてでしょう? 疑う訳ではないのですが、時間は無駄にできません」

 冷たい声ではなく、むしろ気遣うような雁屋さんの声に、俺は歯噛みした。

 仕方ない……確かに、難しい事態であることは明らかだが、俺は結論を急ぎ過ぎた。二転三転したために、雁屋さんの俺に対する信用は低下を始めている。

 それでも――

 言い返そうとした時、俺の携帯に着信があった。品沼からだ

 一言断りを入れ、電話に出る。

「おい、もう休め。いざって時に動けないぞ」

 開口一番に、自分を棚上げして叱ってみる。

 時間は既に二十二時を回っているのだ。

「それどころじゃないよ」

 あっさりと俺の気遣いを無視して、品沼の焦ったような声が聞こえた。

「姫波さんの携帯の電波を捉えた」

 

  

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