第180話 謎の先に
品沼による位置特定によって、瑠海が最後に携帯の電源を入れていた場所に着いた。
上繁と雁屋さんには車内に残ってもらい、俺だけが外に出る。
もし、マモンが瑠海を攫ったのだとしても……最終的な狙いは俺のハズだ。動くとしたら、俺が派手に動き回った方が食い付く。
「これは……」
周囲を調べていると、一本の電柱の真下にマリンキャップを見つけた。
記憶があやふやだが……確か、昨日の瑠海も、これと似た帽子を被っていた気がする。
……これは、確定かもしれないな。
ただの誘拐犯なら、帽子を置いて行く訳がない。電柱の真下ってのは故意でもなければ落ちないし、落ちていたら外灯の光で見つかる。誰か通行人が見つけても、地面に移動させるくらいなら塀の上にでも置くのが自然だ。車輪や靴に踏まれたような跡もない。
これは俺に対するメッセージなのかもしれない。
車に戻り、二人に帽子を見せる。
「やはり瑠海は、ここで誘拐されたんだと思います。それと……俺が関係してる方の可能性が高いです」
拳を握り締める。やはり……俺のせいだ。
「ついさっき、私の方も確認が取れました。お二人の方には何も異常はないと」
雁屋さんの言葉に俺は頷いた。
さあ……ここからだ。もう、後手に回ることは許されない。
「上繁はこっから脚で捜してくれ。主に、研究施設のようなものがあれば探って欲しい」
俺が指示を出すと、上繁は頷いて後部座席から降りた。
「何かあればすぐに連絡をくれ。……気を付けろよ」
「任せとけ。お前もあんま無茶すんなよ」
上繁は片手を挙げて、駅と反対方向に走り去っていった。
「白城さん。私はどうすればいいでしょうか?」
雁屋さんが前を見据えたまま訊いてきた。
内心焦ってるのだろうが、この落ち着きようはすごいな。
「廃墟……今は使われていない建物を中心に捜して下さい。特に、人気がない場所にある」
江崎の話では、サーフィスとリバースはお互いに睨み合っていて、今すぐにでも武力抗争が起こせる状況らしい。しかし、どちらも決定打がないために膠着状態が続いているのだ。
『七つの大罪』たちは、今のサーフィスではコントロールし切れておらず、協力体制にはないそうだ。俺を捕まえたら目的を果たすために出向く、程度の関係になっている。その目的すら、俺にはハッキリ分かっていないのだが。
つまり、マモンが潜んでいる場所は、サーフィスとは別にある。もし、そっちに協力を求めるようなら、江崎たちが捕捉する。
「分かりました。それでは、後ほど」
俺が扉を閉めると同時に、雁屋さんの運転する車は走り去った。
息を吐く。
自分を責めるのは後だ。反省ってのは、全てが終わった後にして、初めて意味がある。
携帯を取り出し、陽愛には桃香と一緒に行動するよう指示をした。次に品沼へと電話をかける。
「品沼、上繁の現在地は……」
「心配しないで。予想してたから、先にGPSで捉えられるようにしてるよ」
「さすがだな。何かあったら連絡をくれ」
人手を増やすか……いや、分散するのはまずいな。奴らが俺を直接狙わない可能性が出てきた以上、単身でぶつかった時の危険性を考慮すべきだ。
品沼との通話を終え、俺も捜索に向かう。目的が俺ならば、動き回るだけでいい。それだけで、あちらから接触して来る可能性は高い。
捜索に人手を費やす目的は……実際のところ、敵に俺の動きを感知しやすくするためだ。捜していることが分かれば、自然と俺が動いていることも察する。そして最終的には、俺が捕まるように誘導するだろう。
だから、俺が瑠海の保護を狙う一番のタイミングは……相手が俺に交渉する時だ。俺の身柄と、瑠海の解放を天秤にかけて。
二つ、疑問がある。
一つ目は、瑠海をどうやって攫ったかだ。
人目を気にする研究者たちが協力したとは思えないし、悪魔共もそれを求める可能性は低い。ならば、複数の悪魔で動いたのか……そうでなければ、ベルフェゴールで危険を身近に感じた瑠海が逃げ遅れるというのも考え辛い。よっぽど隙を突かれたか。
二つ目は、どうして俺に接触がないのか、だ。
学校では派手に襲ってきたくらいなのに、今回は静か過ぎるくらい静かだ。悪魔が違うと言われれば、それはそうなのかもしれないが……俺に対して、もっと強いメッセージがあるのが当然だろう。
一つ目の疑問に対しては、一つだけ仮説がある。
奴らは、人の罪を司る悪魔たちだ。派手な能力に目を奪われるが……交神魔法というのは、その性質や存在に本当の危険性が潜んでいる。それを使えば、人の心に付け入り、精神攻撃もできるだろう。今回、奴らはそれを使ったのだと思っている。
だが……そうなると、マモンの線が薄くなる。
マモンの罪は強欲。それも物質的なものだ。瑠海には最も縁遠い罪であるような気がする。
謎だが……それも全て、瑠海を見つければ解決するだろう。
◆
陽愛と桃香は黒葉からの連絡を受け、慌てて準備を整えた。
昨夜の帰り、瑠海は、雁屋さんが迎えに来るから、という嘘を吐いて途中で二人とは別れた。それは、第三都市に電車で移動してからのことだ。
電車から足早に降りて先に帰ってしまった姿に、二人は少し疑問を持ったようだった。だが、それも瑠海と雁屋さんの関係をよく知らない二人にとっては推測もできない。もしかすると時間に厳しい人なのかも、という予想だけして、二人は例の十字路まで一緒に帰った。
「まさか……誘拐、なんて……」
例の十字路で落ち合った二人は、不安げに顔を見合わせた。桃香が怯えたように呟く。
「黒葉の予想だと、あの人と同じような敵かも、って……」
陽愛が携帯を開き、帽子を拾った直後の黒葉からのメールを見て言った。
あの人、というのはもちろん、ベルフェゴールのことである。陽愛だけは、ベルゼバブという規格外にも会ってはいるが、共通で認知しているのはベルフェゴールとマモンだけだ。
「この前見た二人には気を付けろ、だって……」
「で、でも……後から来た女の子は、まだ……中学生くらい、だったよ?」
桃香が不安そうに言う。交神魔法についてよく知らない桃香は、あの少女が敵、という認識が上手くできないでいるのだ。
しかし、陽愛は登吾の口から交神魔法が発発現する仕組みを聞いている。そして、ほんの少しだけだが、月音の暴走も見ているのだ。だから、あの少女の危険性にも理解を示している。
「駄目だよ、桃香。あの子は明らかに危険な何かだった……。形に惑わされないで」
桃香は躊躇うように頷いた。
黒葉からの連絡を受けた二人は、学校の方面の捜索を始めた。
しかし、範囲は広い。
三大都市には、それぞれに特徴がある。
第一都市は広く発展していて、建造物が多く、整備が行き届いている。
第二都市は大規模な施設や実験場などがあり、イベントなどで中心になる。
第三都市は開発があまり進んでいないが、面積が広く、小規模な街が多い。
つまり、第三都市は単純に、土地が広いために時間がかかる。そして、三大都市は開発の繰り返しがあったために、失敗作としての廃墟も点在しているのだ。
魔装法研究の利用して適したのは第二都市だったが、全てにおいての開発で有利だったのは第一都市である。第三都市は元々、人口が飛び抜けて多い訳でもないところを、魔装法発見の成果で急激な変化を加えられたという事情が背景にはある。
陽愛と桃香は、空き家などを中心に捜していた。
「……これは……まずいかもね」
陽愛が腕時計に目をやる。既に午後になろうとしていた。
歩き回ったことによる汗をハンカチで拭いつつ、桃香が首を傾げる。
「まずいって……?」
「品沼くんが、全員の携帯のGPSを確認しているらしいんだけど……それで、誰かに異常があったら連絡が回ってくるって」
学校で待機している悠は、全員の位置を把握し、状況の変化に備えていた。
「うん……? それで?」
「目的は黒葉だった聞いてる……でも、全く異常がないのは、逆に不自然だよ」
陽愛の口調が少し早くなる。
二人の携帯は、黒葉からの連絡の後は一切震えていない。
「考えられる可能性が、今のところは三つ。一つは……言いたくないけど……瑠海がもう、無事ではいない、って可能性」
桃香が息を呑む。
現在の時点で、捜索メンバーの誰もが、この可能性に行き当たっていた。
生きた人間を運んだり隠すのは難しい。だが、生きていなければ……。
「……二つ目は、黒葉の予想が外れている可能性。これは単純な誘拐事件で、犯人がまだ動いていないだけ……とかね。でもこれは、今のところ一番低い」
警察が動き、高校生も動いている。ここまで目立つことをしていて、何も動きがないのはおかしい。何より、黒葉が最初に見つけた帽子の位置は、やはり不自然すぎるのだ。
「三つ目。黒葉の他に、まだ目的があるのか」
陽愛がここで、『遠く離れたどこかに連れ去られた可能性』を挙げなかったのには理由がある。
最大の理由は、そうだった場合は単純に詰みだからだ。いくら動き回っても、本当に意味がない。
だが、そもそも第三の生徒だけが動いている訳ではないのだ。実のところ、瑠海の家の使用人たちが動いている。そして、他校の生徒も。
「私としては、可能性が一番高いのは三つ目。漠然としすぎて分からないけれど、多分……他の狙いがあって、まだ計画が完全じゃないのかもしれない」
陽愛の考えは、今までの光景が影響している。
圧倒的な能力を持った二人が、それぞれ黒葉を狙って襲ってきた。しかし、ギリギリのところで邪魔が入ったり、異常事態が起こる。
油断して二度も失敗したのだ……次はきっと、入念な準備がある。
「あんな事件が頻発した後だから、先入観があるのかもしれないけれど……やっぱり、これは普通の誘拐事件とか、失踪じゃないと思うんだ」
「……うん。私も……上手く言えないけど……そんな感じがする」
お互いに現状を再確認した時だった。
「どうも、お姉さんたち」
いつの間にか、二人の側に少女が立っていた。中学生くらいの少女だ。
二人は一瞬だけ凍り付いたが、すぐさま同時に跳び退いた。
「あ、あなたは……」
驚く陽愛の前で、少女が静かに笑う。
「はい、マモンですよ。白城黒葉を狙う、悪魔の一人です」
笑顔のままストレートな言葉を放つマモンに、二人は上手く対応できないでいる。
それでも、先に動いたのは陽愛だった。
「桃香! 私が相手をするから、黒葉に連絡をして!」
前に跳び出し拳銃を抜いた陽愛の声に、桃香もやっと動き出す。逆に後ろへと下がりながら、急いで携帯を取り出した。
そんな二人を前にしながらも、マモンは手を後ろに組んで微笑んでいる。
「……どういうつもり?」
拳銃を突き付けられた状態でも、マモンの様子は変わらない。その姿に、陽愛が眉根を寄せる。
「それは私が言うことだよ、お姉さん。あなたに、私が撃てるのかな?」
小さく、陽愛が息を呑んだ。
いくら悪魔だと言われようと、強力な能力を持っていようと、見た目はただの少女だ。危険性を知っている陽愛でも、無抵抗な相手は撃てない。
その心理を、マモンは理解していた。
「撃てなくても、抑えていることはできる。その間に黒葉を呼んで……そこから先は任せる」
「なるほど、確かにそうだね。彼が来たら、少し面倒だ」
陽愛は眉をひそめた。
悪魔たちの狙いは黒葉だと聞いていた。それなのに、面倒、という台詞には違和感を覚える。
桃香が離れた位置で携帯に耳を当てているのを見て、陽愛は少しだけ油断をしていた。
「あなたが……瑠海を連れ去ったの?」
「確かに、私が連れ去った、と言うべきだよね」
「……! 返して……! なんのためにそんなことしたの!?」
声を荒げつつ、陽愛が半歩分詰め寄る。
「ああ、あまり怒らないで? 私のせいって訳でもないんだ」
「どういうこと……?」
マモンの言葉に戸惑いつつ、陽愛が問い詰めようとする。
その時、陽愛はようやく違和感に気が付いた。
桃香の声が全く聞こえないのだ。
「桃香……?」
軽く後ろを見やった陽愛の目が見開かれる。
「な、なんで……!?」
その一瞬、意識が逸れた一瞬で、マモンが陽愛に詰め寄り、銃を叩き落とした。
突然のことに呆然とする陽愛の腹部に衝撃が走り、陽愛の意識が静かに落ちていく。
陽愛が最後に見たものは……瑠海に襲われる桃香の姿だった。




