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第177話 七夕祭り

 

 その後、諸々の確認事項を話して江崎とは別れた。

 喫茶店に戻ると、痺れを切らしていた青奈が俺に文句を言ってきた。

 時刻は十六時過ぎ。確かに、待たせ過ぎだ。

「悪かったよ。早速だけど、陽愛たちと合流するから移動しようぜ」

 会計を済ませ、俺たちは喫茶店を出た。

 出てからしばらくして自然に歩く速度を落とし、俺は月音の隣に並んで、前を青奈と小鈴ちゃんが行くようにした。

「その……ごめん。小鈴ちゃんのこと黙ってて」

 俺は青奈と小鈴ちゃんには聞こえないように声を落とし、月音に率直に謝った。

 前に月音と会った時、俺は小鈴ちゃんの居場所を知らないと嘘を吐いた。今まで黙っていて、この前の誘いの電話の時に一緒に打ち明けたのだ。

 電話越しにも謝ったが、それだけでは不足だろう。

「ああ……気にしないで下さい。私たちのことを思っての決断だったんですよね? それなら謝る必要なんてないです」

 少し困ったような笑顔で月音が言う。

 それでもやはり、寂しかったというか不安な気持ちはあったんだろうな。小鈴ちゃんがどこにいるのか分からないということに。

 だからこそ、二人が一緒に暮らせるという事実は……俺の救いにもなっている。罪滅ぼしって訳じゃないんだがな。

  

 ◇

 

 陽愛は、緩いレモン色のTシャツに、膝上くらいのふわりとしたスカートを着ている。

 桃香は、薄桃色のプルオーバーパーカーに、群青色の膝丈スカートを履いている。

 瑠海は、黒いTシャツの上から、白い膝上くらいまであるシャツを羽織っている。下はホットパンツで、頭にはマリンキャップ(帽子に関してはまだ詳しくないので間違っているかもしれないが)を被っていた。

 品沼は講義があったらしく制服のまま。

 上繁は……まあ、なんでサングラスしてんのか分からないことを除けば普通だな。うん、なんでサングラスしてんだ?

 とにかく、約束していた全員が揃った。

「な、なあ……白城。誰だよ、あの女子たちは……」

 酷く浮ついた感じで、上繁が俺に耳打ちをしてくる。

 そう言えば、初対面の人も多かったな。

「うっかりしてた。今から紹介し合うか」

 品沼と上繁に至っては、青奈も月音も小鈴ちゃんも知らないんだよな。逆に、全員と顔見知りなのは俺と陽愛だけか。

 そう考えると……奇妙な縁って感じもするな。穏やかじゃない出会い方もあったし、事件に巻き込まれたからこそって人もいるし。

 この繋がりを大事にしたいと思うことは当然だろう。

 ただ……今日は一つ、決着をつけなきゃいけないことがあるんだ。

 

 お互いの自己紹介が終わり、俺たちは祭りの本部を目指していた。近付いて行くほど、屋台やら飾り付けが目に留まるようになってくる。気付けば、視界は様々な光、耳は喧騒で一杯になっていた。

 最初は不安だったが、みんな打ち解けたらしい。笑いながら、各々雑談に興じている。

 何気なく歩道沿いの屋台に目を移した時、隣を歩く陽愛の首に目がいった。

「それ……この前アクセサリーショップで買ったやつか」

 最初は気付かなかったが、陽愛の首元には、この前二人で出かけた時に買ったネックレスが掛けられている。シンプルな銀の鎖の先端には小さなバラのオブジェクトが付いており、派手すぎないこのデザインは俺の趣味にも合う。

 陽愛が欲しそうにしていたが、手持ちが少なくて迷っていたので、俺が半分出した。

「うん。あの時はありがとね……今度返すからさ」

「いや、いいよ別に。俺の無趣味のせいで、金の使い道がなくてさ」

「それにしても、黒葉にしてはよく気付いたね。最初に言わないから、気付かないか忘れてるのかと思った」

「なんだその、俺にしては、って」

 実際さっき気付いたばかりだし、大きく反論はできないのだが。

「ねっ! たこ焼き買ってよ!」

 突然、左腕に瑠海が抱き着いてきて、俺にそんな要求をしてくる。

「なんでだよ……金あるんだし、自分で買って来いって」

 両脇には出店が立ち並んでいて、たこ焼きを買うにもざっと三軒はある。何を基準に選んでいるかは不明だが、その全てに人だかりができている。

「……そんなこと言わないでさ~」

「上繁~、瑠海がたこ焼き欲しいって~」

「何!? 任せろ!」

 ちょっと冗談で上繁に振ったら、思いの外食いついてしまった……走って、一番人が少ない出店に突っ込んで行く。

「あ~あ……上繁くん……」

 品沼が憐れむような視線をその背中に向ける。いや、その目はむしろ止めてあげるべきだと思うのだが。

 とは言え、俺にも非があるし……仕方ない。

「ちょっと待ってろ」

 全員が歩く速度を更に緩めた。

 上繁に追い付き、財布から小銭を出す。

「上繁、これで二つ買ってくれ」

「気が利くな! だが、片方は俺が持つぜ……なんてったって、女子に奢るってのは見せ場の一つだからな……!」

「なんの見せ場だよ」

 呆れつつ、手際よく詰められたたこ焼きを二パック受け取る。

「お前もなんつうか、罪な男だよなあ……」

「は?」

 駆け足でみんなのところに戻る途中で、上繁が感慨深そうに呟くのに俺は眉をひそめた。表情を窺うと、呆れ顔とも、諦めた感じともとれる、微妙な顔だ。どうにも言葉の真意が伝わってこない。

「どういうことだよ?」

「瑠海ちゃんのことだよ」

 ……こいつにまで言われるとは。

 なんだ? 何かおかしいやり取りでもあったか? 

 俺は中学生の時から鈍感だとか言われてきたのだが、それがこの頃、酷くなってきているらしい。まるで病気のような言い方だが、実際に言われた。鮮明に覚えているのは、兄さんに言われたことだ。聖なる魔装戦の打ち上げの時、電話越しに言われた言葉。

 俺は……変わってしまっている?

 恐ろしい考えだが……俺は人間側から、不死鳥側――あちら側に近付いていってしまっているんではないだろうか?

 

「いやあ~、男子二人の奢りで食べるたこ焼きは美味しいな~」

 わざとらしい口調で瑠海が言うのに苦笑いする。

 本部近くのビアガーデンに、俺たちは向かい合って座っていた。木製のベンチが二つで、長方形のテーブルの上には人数分の飲み物が置いてある。

「これは……次は品沼くんが頑張らないとね」

「あちゃあ……善処するよ」

 茶化すように言う陽愛に、品沼が困ったように頭を掻いた。

 桃香が俺と上繁に小さくお礼を言って、まだ熱いたこ焼きを口に運んでいく。

「月音さんも、お兄ちゃんたちみたいに講習とかあるんですか?」

 追加の――本当に品沼が買ってきた。さすがにバランスが悪いと思ったので一部は返したが――焼きそばと大人数用の簡易オードブルを割り箸で突きつつ、青奈が口を開いた。

 オレンジジュースを口から離し、月音が頷く。

「東京三大魔装高校って呼ばれてる私たちの学校は、ほとんど同じ日程で進んでるんです。これは、大きな行事がある時は三校合同開催が基本なので、その調整のためで」

「魔装高校で国立なのは三大だけなんだ。だから実技大会だとかがあると、とりあえず一つにして様子見ようって話になる。今後の方針に関わるからな」

 俺が補足して言うと、納得したように青奈が息を吐いた。

「家では、こういう話をしたりしないの……?」

 桃香が聞いてくるので、俺は首を横に振った。青奈が肩を竦めて笑う。

「お兄ちゃんは、できるだけ自分で調べろって言うんですよ」

「おや、それは職務怠慢じゃない?」

「兄はいつから職務になったんだ?」

 陽愛の茶化しに大袈裟に首を傾げて見せ、俺はサイダーを飲み干す。

 別に文句を言う訳じゃないが……紙コップ一杯で八十円は、コスパが悪すぎだろう。これなら自動販売機で買ってくるか何かするべきだな。

「ちょっと飲み物買って来る」

「あっ……じゃ、じゃあ私も行くね」

 俺が立ち上がった後に、桃香も慌てたように動き出した。

 

 人と人の間を縫うように、俺と桃香が歩いて行く。

 最初は自動販売機かコンビニにでも寄ればいいと思ったのだが、桃香が出店を見たいと言うので歩いているのだ。

「小鈴ちゃんと月音ちゃんは姉妹なんだね……」

 ふと、桃香が独り言のように言ったのが聞こえた。

「ああ……色々と複雑な事情があってな。お互いも知らなかったそうだ」

 応じると、桃香は眉尻を下げて頷いた。

 その複雑な事情を知っているのは、俺と陽愛だけだ。品沼も第二の可野杁さんから聞いたらしいが、小鈴ちゃんについてはあまり分かっていない。俺も完全に知っているかと問われれば自信はない。

「黒葉くん、あそこでラムネ買っていこう?」

 隣を歩いていた桃香が立ち止まり、前方の出店を指差した。

 ラムネかあ……懐かしいな。昔は駄菓子屋とかあったような気もするが、今じゃ絶滅危惧種のような心地がする。

「そうだな、みんなの分も」

 小さなバスタブのようなものに大量の氷水が入っていて、その中に飲み物が沈んでいた。それを店の人が取り出し、タオルで水滴をふき取って袋に入れていく。

 小さい頃に見ていた、という訳でもないと思うのだが、こういう光景には懐かしさを覚える。

「……私……ちょっと引っ込み思案なところがあって……」

 袋を受け取り、みんなのところに戻る途中で桃香が口を開いた。

 ちょっと、ではないと思うが……確かに引っ込み思案だな。

「だから、高校で上手くやれるか心配だったんだ……でも、陽愛とも会えたし、そのお陰で……ずっと、見ていただけだった黒葉くんとも……話せるようになった」

 頭の中に、桃香の母親の話が浮かんだ。俺と桃香の出会った話……小学生の頃の話。

 桃香が俺を見ていた? その言葉には、どういう意味が込められているのだろうか……。

 見ると、桃香の顔が赤く染まっている。

「俺も桃香と喋れて楽しいよ。こうやって、みんなと遊んでいられるのは……貴重なことだと思う」

 適切な反応なんて分からない。桃香が望む回答なんて想像もできない。だから、思ったことをそのまま言うしかない。どんな的外れだろうと、期待外れだろうと、俺にはそれしかないんだ。

 それは、どんな結末に繋がるか想像もできない。

「わ、私……頑張る……ね?」

 両手で握りこぶしを作る桃香に、俺は笑ってしまう。もちろん、微笑ましいって意味でだが。

 確かに桃香は頑張っている。苦手分野であった魔装法の実技にも、自衛に関しても。

「い、今……な、なんで、わ、笑ったの?」

 驚いたような顔で、桃香が俺を小突いてくる。正直、意識しないと分からないレベルの力だが。

「酷いよ、黒葉くん……私、真面目に言ったのに……」

「悪い悪い。別に馬鹿にした訳じゃないんだ」

 いじけたように言う桃香に、俺はフォローを入れた。それでも、拗ねた感じで視線を逸らされている。

 なんとなくだが……本当になんとなく、衝動的に手が動いた。

 人生で二度目。桃香の頭を撫でた。

「っ……!?」

「す、すまん」

 すごい速さで身を引いた桃香に、俺も即座に謝る。

「あっ……う、ううん……」

 気のせいか、どこか寂しそうな印象を受けた。

 もしかして、頭を撫でられるの慣れてるのか? 瑠海がよく撫でてるし……もう普通のことのように。

 陽愛には前怒られたし(そもそも桃香泣かしちゃった気がする)、二度とやらないようにと気を付けていたのに……何をしてんだ俺は。まあ、お陰で拗ねたような態度も吹っ飛んだけど。

 むしろ少し機嫌が良さそうに、桃香が前を歩いて行く。

 その後ろ姿が妙に、俺の目に残ったのだった。

 

  

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