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第176話 エピローグ(仮)

 

 青奈に相談した後、俺は昼飯を作って、青奈の部屋で寝ていた小鈴ちゃんを起こしに行った。

 それからは特に何かあった訳でもなく過ぎ去り、そのまま次の日を迎えた。

 七月十四日、日曜日。

 七夕祭り当日である。

 

 ◇

 

 七夕祭りに行く前に、俺は遅いエピローグを語る必要がある。言わずもがな、通り魔事件、もとい吸血鬼事件のエピローグだ。

 つまり、夜長三月音のことである。

 今更ではある。しかしこれは、タイミングの問題だったと言い訳しよう。最後を飾るエピソードとしては中途半端で、期間も空いてしまったのだから仕方ないハズだ。

 

 聖なる魔装戦セント・フェスティバルを終えた後、慌ただしく期末試験を迎え、日常に戻ったような俺たちだが……もちろんのこと、そこには空白が存在している。

 期末試験の一日目。その放課後に、俺は第二高校にいた。

 東京魔装三大高校は全て、示し合わせた日程で進んでいる。だからその日は、魔装生は休みを終えて、最初の登校日だったのだ。もちろん、月音も。

 どうなっているのか……俺が行って何かが変わる訳じゃない。それは分かっていたのだが、どうしても行かずにはいられなかった。

 そこで俺は、あらかじめ輝月先輩に頼み込み、第二の生徒会長である不舞先輩に連絡を入れてもらっていた。約束通り、不舞先輩は来客用出入り口から俺を入れてくれ、こっそりと月音のクラスの様子を見せてくれたのだ。

 俺は帰りのHRを事情により抜け、できるだけ急いで来たので、なんとかこっちのHRの途中の様子を見ることができた。

 その結果、月音の様子は――

「……まあ、そういうものかもな……」

 HRが終わった後の教室の様子を見て、俺は小さく呟いた。

 隣に立つ不舞先輩が、小さく嘆息したような気がする。

「可野杁は……事情があってのことだから、不問にしたの。代わりに、彼女に何かあったら助けるって」

 可野杁さん……小鈴ちゃんの義姉だった人か。

「はい……お願いします」

 俺は軽く頭を下げて、その場から離れた。

 ――月音は……一瞬で分かるほど、明らかに、避けられていた。

 あれは、いじめ、という類ではない。例えるならば、不良を見るような、恐怖感からくるものだ。

 吸血鬼の能力が暴走気味だった時、周りは大なり小なり影響を受けたらしい。その反動で、彼らも戸惑っていたのだろう。今後、どうなるかは分からないが。

 やはり、物語のようにはいかない。

 敵を倒したところで、自分の中の弱さに打ち勝ったって、問題はいつも外にあり、ハッピーエンドには程遠い。

 

 これが彼女のエピローグだ。

 締まり良く終わった訳でもないし、後味がいいってことでもない。ただの“その後”だ。

 通り魔事件に関しては、有耶無耶になっている。例のごとく、千条先輩に頼んだのだ。

 基本的なことは何も解決しないまま、一連の騒動は幕を閉じている。

 

 ◇

 

 十四時。

 駅には多くの人がいた。いつも利用している訳ではないため確かなことは言えないが、おそらく通常の二倍以上だろう。

「うわっ……すごいね……」

 右を歩く青奈が、驚いたように呟くのが聞こえた。

 青奈にしては珍しく、髪を丹念に()かし、青い髪留めをしている。服は、裏地の付いた白いロングタンクトップの上に、群青色の薄手のカーディガンを羽織っている。それに、少し丈が短めの青いジーパンだ。

 陽愛たちと出かけた先で、服について色々見たり聞かされたりするので、自然と詳しくなってしまった。ファッションに興味のなかった青奈も、陽愛たちの影響なのか、持て余していた小遣いを服に使うことが増えたようだ。

 青奈の左手は、小鈴ちゃんの手を握っている。

 小鈴ちゃんは花柄のワンピース……青奈が昔着ていたやつだ。よく残っていたな、と俺は感心したのだが、青奈が処分を怠けていただけのようなので考えは改めた。それと、この前俺が独断で買った麦わら帽子を被っている。麦わら帽子に関しては、風情も何もない話だが、顔を見られるのをできるだけ防ぐためだ。

「これ、全員祭りに行く人たちか……? 嘘だろ……?」

 予想以上の人だかりに、俺は唖然としている。

 あまり人混みは得意じゃない。

「あ、電車来ました……行きましょう!」

 圧倒される俺と青奈よりも先に、小鈴ちゃんが動き出した。青奈の手を引きながら、少し早足になってホームの列に向かって行く。

 その顔は、嬉しそうというか、楽しそうだ。

 安全確保だとか神経質になるのは当然だとは思う。守る義務があるんだ。だが、やはり小鈴ちゃんはまだ十一歳。外に出掛けたり、遊んだり、色々としたいことは多いだろう。それを、大人たちのエゴで縛ってしまっていいのか。

 できるだけ、俺はこの子を自由にしてやりたい。本当は、自由じゃないのがおかしいのだ。

 てか、俺や青奈よりしっかりしてないか?

 

 第二都市に着くと、俺はまずメールを入れてある人物を呼んだ。

 人の波でごった返す街の中を、一人の少女が歩いてくる。

 夜長三月音だ。

 彼女は、落ち着いた色のロングスカートに、チェック柄のブラウスを着ていた。

「黒葉くん、青奈ちゃん、小鈴ちゃんも、こんにちは」

 笑顔で挨拶してきた月音に、俺はひとまず安心した。

「どうする……? やっぱ、二人だけで話すか?」

 小鈴ちゃんにも月音にも、あらかじめ話は通していた。青奈にも、事情の説明はしてある。

「いえ、大丈夫です。むしろ、みんなで話がしたいので……」

 俺は頷いて、とりあえず喫茶店に入ることにした。

 

 三人分のアイスコーヒーと、一人分のアイスココアを頼んで、俺たちは向かい合った。

 俺の左隣に月音、俺の前に青奈、月音の前に小鈴ちゃんが座る形となる。

「早速で悪いんだけど……月音と小鈴ちゃんの関係は青奈にも話した」

 もたもたしていても、陽愛たちとの約束の時間になってしまう。俺が話を進めなければいけない。

「率直に聞く。二人とも、どうしたい?」

 事前に考えておいて欲しいとは伝えてあった。

 月音は、小鈴ちゃんと暮らしたいか。小鈴ちゃんは、月音と暮らしたいか。

 実の姉妹である二人は、お互いの存在を最近知ったのだ。戸惑うのは当然だと思うし、決断するのは難しいと思う。

 それでも、やはり肉親だ。ここで決めなければ、いつか後悔するだろう。

「私は……我が儘かもしれないけれど、一緒に暮らしたいって思います……」

 月音が申し訳なさそうに、静かに答えた。

 予想通りではある。月音は家族と繋がりに飢えていた。それが最近で、実姉だと思っていた星楽から裏切られたのだ。心的ダメージは大きい。

「あ、あの、私は……」

 小鈴ちゃんが声を上げた。

 俺たちの視線が集中すると、少し俯いて、小鈴ちゃんは小さく口を開いた。

「月音さんを……まだ、お姉さんだとは思えない、です……」

 当然か。なんの記憶もない上に、あくまでも血縁上は、という関係だ。それで急に、家族ですよ、って言われても困るだろう。

 月音の様子を窺うと、その表情は少し硬い。

 しかし、小鈴ちゃんの言葉はまだ終わりではなかった。

「だから……変な言い方ですけど、早く本当の姉妹になれたら、って思います」

 ……この子、本当に小学生なのか。

 聡い子だとは思っていたが……なんというか、ここまで的確な表現をするものなのか。今時の小学生は分からん。

「そう思うんだな」

 思わず同年代にでも話すような口調になって、小鈴ちゃんに聞いてしまった。

 いや……今まで過ごしてきた時間の中で、自然と家族のような距離感になったのだろうと思おう。

「それはつまり、小鈴ちゃんも月音と一緒に暮らしたいってことか?」

 小鈴ちゃんは戸惑うような視線で俺たちの顔色を窺っているようだったが、すぐに頷いた。

 そっか…………そうなのかもな。

 月音だけじゃない。むしろ小鈴ちゃんの方が、記憶がない分、人との繋がりに飢えているんじゃないのだろうか。何も分からず、誰も知らず、未来は見えない。不安に決まっている。

 それでも、家族という繋がりの強さは、本能的にでも分かっているのかもしれない。

「二人の気持ちには応えられるようにする。でも、少しだけ待っててくれ」

 俺の独断で決められることじゃない。

 月音は一人暮らしだと言うし、小鈴ちゃんが住むには問題ないと――

「……月音……お前、どうやって生活してるんだ?」

 

 ◇

 

 乱れた呼吸を整えた江崎が俺を睨む。

「急に小鈴を動かすとはどういうことだ」

 殺気立つ江崎に、俺はわざと平静な態度で肩を竦めて見せた。

「お前と連絡つかなかったんだから仕方ないだろ。あまり、俺の方から接触するのは避けるべきだしな」

「……だからって、何か合図くらいあってもいいだろう。こちらは大慌てだ」

 江崎も落ち着いてきたらしいので、俺も素直に謝る。

 人が全く通らない路地裏だ。怒らせて殴り合いにでもなったら収まらない。

「それにしては、すぐに追い付いて来たな。尾行が優秀ってことか」

 喫茶店にいる時に、急に江崎から連絡が入ったのだ。三人を待たせ、俺は指定されたここに来ている。

「いいや……君たちが電車に乗った時点で既に見失ったらしい」

「それで、もう一つの保護対象としていた月音の動きを追ったら、運良く合流できたってか」

 俺の口調から色々と察したらしく、江崎が申し訳なさそうな顔をした。

「詳しいことを黙っていてすまない……君のことだから、もう知っているのか」

「ああ。何よりもまず、お前らが生活費の援助をしていたことだ」

 月音の口から語られた真実に、俺はいちいち驚愕しなければならなかった。

「そっちに忙しくて、俺からの連絡に出られないとか本末転倒だろ」

「学生のアルバイトとは違うんだ……こっちの資金調達っていうのは難しいんだよ」

「そういう問題じゃねえだろ。まさか、月音に汚れた金を渡してんじゃねえだろうな」

「グレーかもしれないな、君に言わせたら」

 平然とした口調の江崎に、俺は軽く怒りを覚えるが……仕方ない、と割り切るしかないだろう。

 月音は今まで、一人暮らしの生活費を姉である夜長三星楽に助けてもらっていた。それが途絶えた今、縋るところは親戚くらいだろうが……月音の話を聞く限り、それも厳しいとのことだ。出処がどうだろうと、その問題を解決してくれている江崎たちを責める訳にはいかない。月音が直接的に巻き込まれないならば、だが。

 それに、俺たちの支援をするにも何にも、やはり金は必要不可欠だ。

「分かったよ……。それと、相談なんだが」

「小鈴が、夜長三月音と共に暮らすことかい?」

 まあ、様子を見てりゃ分かるか。

「話が早くて助かる。お前らが月音も保護対象にしているなら、小鈴ちゃんがいても大丈夫だろう?」

 何かあった時に俺が守る、ということはできないが……。

 それでも、二人の気持ちを優先したいとは思ってしまう。江崎たちには迷惑をかけるが。

「一応、こちらでも想定はしていたよ。というか、そろそろこちらから提案しようと思ってたくらいだ」

「じゃあ……」

「姉妹で暮らせるさ。本来のあるべき形だ」

 そうか……。

 口には出さず、心の中で呟いた。長く、息を吐き出す。

 今更だが……これでちょっとは、ハッピーエンドに近付いただろうか。この結末を付け加えられれば、遅いエピローグにも華があるような気がして、俺は少しだけ笑った。

 

  

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