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第172話 泣きっ面に蜂

 

「……外で張っていた風紀委員の方々は、突破されたようです」

 瓜屋先輩の報告に、俺はお礼を言ってから通信を切った。

 深く息を吐いてから、俺は拳銃とナイフをしまう。インカムも耳から外した。

「大丈夫か、瑠海」

 陽愛の回復魔法を受けていた瑠海に歩み寄る。

「うん、まあ……私は、あれくらいしか攻撃されてないし。それよりも、黒葉と陽愛の方がダメージ受けてたでしょ?」

「俺はいい……正直、今回の戦いは、傷ってよりもな……」

 倦怠感がある。長期戦やってた気分だ。

 この怠さってのは、どうしようもない。休んで回復するしか。

「それで、その……すまなかった。こんな、危険な戦いに巻き込んでしまって……」

 奥歯を噛み締めて、陽愛と瑠海に謝る。

「どうして謝るの? 私たちは、自分の意思で戦おうって決意したんだよ?」

「瑠海の言う通りだよ。もう私たちは――」

 陽愛の言葉が止まった。表情が固まり、どんどん青褪めていく。

「陽愛……? どうした?」

 声をかけたところで、原因に気が付いた。インカムだ。何かの報告を受けているということか。

 陽愛から話し出すのを待とうと、瑠海にも静かにするように言おうとした時、陽愛が急に動き出した。右手で俺を、左手で瑠海を、それぞれ引っ張って出入り口へと向かって行く。

「お、おい? どうしたんだ!?」

 答えずに、陽愛は急ぎ足のまま進んで行く。

 隣で引っ張られる瑠海を見ると、その表情にも戸惑いが浮かんでいる。どうやら、通信が届いていたのは陽愛だけらしい。

「瑠海、通信は?」

「ごめん、奇襲の時に迷わないようにって言われて、切っておいたんだ」

「そうか……いや、別に構わないけど」

 どうも陽愛の様子がおかしい。鬼気迫る感じがする。

「どこ行くんだ、陽愛」

 さすがに不安になって訊くと、陽愛がやっと口を開いた。

「……校門のとこ。瓜屋先輩が……」

「瓜屋先輩?」

 陽愛の息が乱れている。疲れに因るところもあるだろうが、それだけじゃない。精神的なものだ。

 しかも、瓜屋先輩に関係している。

「! あれは……」

 校門前に、二台のパトカーが停まっている。

 そのすぐ側に、瓜屋先輩と二人の警官が立っていた。

 

「どうしたんですか?」

 俺が近付いて行くと、困ったような笑みで瓜屋先輩が振り向いた。

「鷹宮ちゃんには話したんですけど……すみません、少しばかり保護観察処分です」

「ほ、保護観察……!?」

 どういうことだ!?

「ええ……実は、朝には言おうと思ってたんですけど……」

 朝……瓜屋先輩の表情が暗い時があった。何かを言い淀むような仕草も。

 不吉な予感がする。

「私、魔装法の天才(ウィザースト)登録されまして……授業や、許可を得た実践でもなければ、影魔法などの高位魔法は制限されているんです。私は、規定値オーバーを叩き出してしまいまして」

 まるで、悪戯が見つかった子供のような、あっけらかんとした調子で言う。掲げた左の手首には、機械製のブレスレットが填められていた。一見、腕時計のようにも見えるが、そうではないらしい。さしずめ、計測器と情報送信機を兼ねているのだろう。

 魔装法の天才(ウィザースト)登録……俺も詳しくはないが、聞いたことはある。魔装力が生まれつき高い人には、迷惑な話だと。

「そ、そんな……魔装力の数値的計測は、まだ完全じゃないハズです! それを、高校生にも実用するなんて! そもそも、瓜屋先輩が影魔法を使ったのは俺の責任で……」

 そこで突然、瓜屋先輩が右の人差し指を俺の口に当てた。

「駄目ですよ、公務員の方たちがいるんですから……白城くんは、自分のことだけを考えて下さい」

「で、でも……」

「冷静になって下さい。私は、自分のことならばどうにかできます。ただ、人のこととなると穴が空きます」

「…………」

「ですが、今回は君のため……いえ、みなさんのために、私は尽力すると誓っています。だから、なんとか鷹宮ちゃんの属性魔法習得は間に合わせました。これからのことについては、私が考えています」

 声を潜めて早口にそう言うと、瓜屋先輩は右手を開いて、丸めた紙切れを落とした。慌てて、俺がそれを掴み取る。

「お願いしますね?」

 そう言うと、瓜屋先輩は警官の方へと歩いて行った。いつ来たのか、美ノ内先生もそれに同行するようだ。

「まずいね……魔装法の天才(ウィザースト)登録の違反者ってまだ聞かないけど、国としても厳罰が下るっていう代表例が欲しいだろうし……瓜屋先輩、保護観察で済むのかな……」

 陽愛が焦ったような声で俺に言う。

「退学……良くて停学ってこと?」

 瑠海が不安そうに訊く。陽愛は走り出したパトカーを見つめながら、小さく首を傾げた。

「分からない……少年院とかは、さすがにやりすぎだとは思うけど……停学は覚悟する必要があるかも」

「そんな……どうしよう……」

 パトカーの後部座席に座る瓜屋先輩は、前を見て、涼しい顔をしていた。

 全てを見越していた……訳ではないだろう。むしろ、最後に使った影魔法が計算外だったんじゃないだろうか。それはつまり、俺の責任だということだ。

「くそっ……!」

 右手に力を入れて、違和感に気付いた。瓜屋先輩からもらった紙の存在を忘れていたのだ。

 そっと開いて皺を伸ばす。

 そこには走り書きで、陽愛の今後の方針と、新たな師匠役についてが記されていた。

 

 ◆

 

「ふざけないで! 私が掛け合ってくる!」

「落ち着け小園。お前が白城くんの話を出せば、瓜屋の守ろうとしたものも無駄になる」

 生徒会室で、蓮瑪の現状について知った壱弦が声を荒げるのを、鋭間が冷静に制す。

 蓮碼から連絡を受け、終業式を済ませた主力メンバーはすぐさま加勢に向かった。しかし、陽愛たちと直接通信をしていた蓮碼は最速の対応ができたのだが、鋭間たちはそうもいかなかった。彼らがアリーナに辿り着いた時には、瑠海が危険に曝され、迂闊には突入もできない状態だったのだ。

 全てが一応の収束に向かった頃には、蓮瑪の置かれている状況は最悪のものとなっていた。

 現在、生徒会室には、生徒会役員と壱弦のみがいる。

「だからって……! 正当な理由があれば、使用は認められるでしょ!?」

 どうすることもできず、苛立ったように壱弦が声を荒げる。

「お前、それをここで叫んでどうする気だ? 鋭間や俺が、どうにかできるとでも?」

 ずっと黙っていた王牙が、静かに壱弦の前に出た。

 たじろぎ、口を噤む壱弦を見て、王牙はため息を吐いて右手を頭の後ろに当てる。

「悪かった……風紀を守るとか、警備については、俺の管轄だ。いくら独断の行動とは言え、瓜屋に背負わせるのは筋違いだ」

 王牙の言葉に、壱弦は驚いて目を見開いた。

(王牙がこんな風に謝るとはな……なんだかんだ言って、責任を感じてるってことか)

 鋭間は心の中で何度目かのため息を吐きながら、王牙の後ろ姿を見ていた。

 所在なく、気まずそうにする生徒会役員に向かって、鋭間が声を上げる。

「悪いが今から、少しだけ働いてもらう」

 全員が頷く。

「第一、第二と協力し、防衛体制を整える。ただし、夏季休業中には特別講義、個人研修があるために、限度もある。そこで、これから指示する通りに伝達を頼む」

 鋭間の中には既に、防戦一方でいることの不安があった。しかし、夏季休業中に生徒の行動を制限する訳にもいかない。

 彼は、個人がやることを一つに絞った。そして、鋭間個人がやることは、暴食の悪魔(ベルゼブブ)の撃破だ。

 

 ◆

 

 しばらく動けないでいた俺たちだったが、桃香が合流したことで、やっと身体を動かした。

 桃香は、アリーナに俺たちがいるものだと思って探したらしい。当然、瓜屋先輩の現在状況は知らなかった。

 戦闘時の話を聞くと、瓜屋先輩は桃香と合流し、L96を借りて撃ったらしい。

「ど、どうするの……? 瓜屋先輩を……助ける?」

 桃香が混乱したように言う。とりあえず分かりやすい言葉を使った、という感じがする。

「……助けるって言ったって……できることはない。あくまでも、あれは正攻法(・・・)なんだから」

 悔しいというか情けないが、今の俺にできることは何もない。

 それに――これは考えすぎというか言い訳に近いが――あの瓜屋先輩のことだから、全てを計算の中に入れているような気もする。と言うか、あの人が俺たちを守ろうとしてやった上のことだ。俺がやるべきことは、それを繋ぎ、できるだけ早くこの戦いを終わらせること。

「みんな……俺は、できるだけ一人でけじめをつけようと思ってた。みんなを巻き込みたくないって」

 三人の方を向いて、俺は静かに話す。雰囲気を察してか、三人とも黙って聞いている。

「でも、やっと分かった。これは俺の問題だけど、俺だけじゃ手に負えない」

 本当は最初から分かってはいた。俺一人ではどうしようもないレベルの敵だって。

 陽毬さんと会いたかったのは、兄さんの話を聞くだけが目的じゃない。事情を知っている数少ない味方として、助力して欲しかったのだ。

 それでも俺は、意地になっていた。三年前からの因縁に縛られ、目的を見失っていたのだ。

「俺と一緒に戦ってくれ」

 ここまで迷惑をかけて、やっと俺は自分から、手を借りる決意した。

 守ることは一方的なことだけじゃない。俺はそれを知っていたハズなのに。

「当たり前じゃん……言うの遅いよ」

 陽愛が拗ねたような口調で言う。後ろで二人も頷く。

「そうだな……遅れてすまない」

 頼みもせず、成り行きとその場で動き、助けてもらおうなんて甘すぎる。

 俺だけじゃ、みんなを守り切れない。それは明白な事実となって、俺の目の前に立ちはだかっている。

 それなら一度諦めよう。身勝手な覚悟は捨てるんだ。

 守りたいなら、本当に大切なら、俺に手段を選ぶ権利なんてない。

 まずは手元の紙のことを三人に打ち明けるんだ。

 それからやっと、この戦いは前へ動き出せる気がする。

 

  

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