第16話 尾行者
確かに、俺には特別な事情がある。
しかし、だからと言って、宿敵と日々戦うハラハラドキドキの日常を送ってきた訳ではない。むしろ、普通過ぎるぐらいだ。
そして、そんな日々を望んでいる訳でもないし、そのキッカケになるような事をした覚えもない。
高校生になったからなんだって言うんだ? 何も変わらない。
……おそらく。
まあ、だから……誰かに尾行されたり、休日だというのに行動監視をされる理由も見当たらない。
「な……んだ?」
今まで気付かなかった事、そして気付いてからの衝撃で、あからさまに監視者の方を見ようとしてしまう。
なんとか自分を抑え込み、俯いて誤魔化す。
気のせいかとも思い様子を窺うが……あれは明らかにこちらの監視をしている。一応、そこら辺の知識も学んでいるので、判断は出来る。
しかも……なかなかの腕前、プロだ。
尾行されていても大体は気付けるのだが、それでも気付かなかったからな。
いや、いつからかも分からない。
ヤバイな。
一応、帯銃しているのだが……ナイフはなし、予備弾倉なし、一応いつも持っている兄の銃はなし、私服だし。もしも戦闘になった場合、勝率は低めそうだ。
相手の情報が不足している。
「……黒葉君?」
呼ばれて我に返る。
「どうしたの……? 恐い顔して」
折木が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
俺は無理して笑うと、大丈夫だと言った。
「それ、買うのか?」
俺がカーディガンを指差すと、折木は小さく頷いた。
さっき試着した物より、少し小さめのカーディガンを手に取り、レジへ向かう折木。
俺も続くが……警戒を切らさないようにしていた。
間違いない。
俺達が店を出た後も、距離を一定間隔に保ちながら尾行してきている。途中で一瞬いなくなるなど、なんとか注意を逸らそうとしてきている。
その消えた瞬間にまこうとも思ったが、やはり無理だ。
折木を怖がらせない様に、尾行されている事は話していない。
さて……どうしたものか。
フェニックスプロジェクトの関係者か……それとも、不良などの類か。狙われる理由はある。
しょうがない、な。
「折木。今から何処行くんだ?」
俺が聞くと、少し考えている仕草をした。
「ちょっとだけ、雑貨屋に寄りたいんだけど……」
場所を詳しく聞く。
幸いにもなんとか分かる場所だ。
「悪い。俺も少しだけ寄りたいとこあってな。すぐ行くから、雑貨屋で待っててくれ」
少し残念そうな顔をしたが、物分りよく頷いてくれた。
「分かった……待ってるね」
安心して、俺は左の通路に入る。
出来るだけ雑貨屋から離れた、広く、人がいない場所を選んで陣取る。
よし……。
俺は警戒を高めて、尾行者が姿を現すのを待つ。
しかし……来ない。様子を窺うも、尾行してきている感じもしない。
まさか、俺が気付いた事を察したのか?
そんな事を思った時、俺の体に電流が流れたような衝撃が走った。
何……してんだ、俺。
馬鹿じゃないのか? 自惚れるな。不死の魔法がなんだ。
特別だと? どこがだ。高校生だ。
なんで気付かない、なんで思わない。
標的が俺じゃないという可能性を――!!
「折木ッ!」
雑貨屋の方に走り出す。
あんなメールがあって、魔装法学者にも会ったから、俺はこういう事もあるだろうと割り切っていた。
だからこそ……俺が狙われていると思った。
けれど……違った。
俺が撃退にのみ意識を巡らせていたせいで、気付けなかったんだ。
「チクショウ……どこだ……!?」
時間からして、まだ雑貨屋には着いていないだろう。そうすると、どこのルートを通っていったかだ。
移動魔法を小刻みに使いながら、全速力で走る。
自分が尾行されていれば、そりゃ相手の居場所も分かるが、そうじゃなければ分からない。
周りに溶け込んで、警戒しなければ尾行にも気付かないレベルの相手だ……さっきよりも集中して、こちらから見つけるんだ。
俺が観察して分かった情報は……男で、背が180ぐらい。黒い帽子を深くかぶり、茶色の革ジャケットを着ていた。
見つからない……クソッ! せめて折木の居場所が分かれば……。
「あ……なんだ。そうすりゃ良いのか」
折木の安全が第一だが、尾行者を捕まえなければ安心できない。
俺は携帯で折木に電話をする。
出た……よし、無事だな。
「黒葉君? どうしたの?」
「ごめん、今は何処にいる?」
焦る気持ちを抑えて聞く。
すると、悩んでいる声がした。中途半端な場所なんだろう。
「そうだね……少し後ろの方に喫茶店があったよ。『きのまま』っていう名前の」
「そうか……分かった。もうちょっとで合流するよ」
そう言って電話をきる。
よし……ツイてるぞ。その喫茶店は知っている。なんとなく気に入っているのだ。気のままっていうからな。
移動魔法を使い、最短距離で向かう。
◇
後ろの方に喫茶店があった。
という事は、それより進んだ所に折木はいる。
そして、尾行者は後ろにいる。
なので……喫茶店に行けば、大体の場所は把握出来るのだ。
そして、喫茶店に着いてから、少し進むと……。
「いやがったぜ……不審者さんが」
遂に見つけた。
折木の様子を、店のショーウインドウを見ているようにして窺っている。
町中であまり騒ぎは起こしたくないが……。
俺は移動魔法を使って、素早く尾行者の少し後ろに回る。そのままゆっくり斜めから近付こうとしたが……。
またもやしくじった。
なんてこった……休日だからって浮かれてんのか、俺。
ショーウインドウに映る俺の姿を見て、尾行者はサッと横の通りに入る。
「やっちまったよ……逃がすか!」
俺は走って追いかける。
通りに入る。道はすぐ右に続いているので、急いで右に曲がる。
そこは真っ直ぐなのだが……。
「き……消えた……?」
いない。
移動魔法を使おうと、すぐに抜けられる距離ではないのだが……。
「ふうん……って事は……決まってるよな」
後ろに飛び退りながら、俺は空を見上げる。
俺のいた場所めがけて、男が降りてくる。軽快な動作で、俺の方を向く。
「なんで折木を尾ける? というより、何者だ、お前は」
俺が聞くと、男は帽子を脱ぎ捨てる。
ギラギラした目の、20代ぐらいの男。なんともまあ、悪そうな顔だ。
「……誰だ。目的はなんだ」
俺が低い声で更に問いかける。
しかし、男は無言で片手を壁に当てる。
そして、何かを描くように動かす。
「このやろ……! 動くな!」
俺が走り寄ろうとした瞬間、壁が崩れだした!
いや、違うぞ……違う。これは幻惑魔法だ。崩れているように見せてきているだけ。
確信がもてるのは、相手が尾行者だという事。
俺にバレた後、何も言わずに逃げ出し、不意打ちしようとした事から、戦闘向けじゃなく、本当に尾行などに特化されているんだろう。
それでも萎縮してしまう。
一度を目を閉じて、イメージを振り払う。そして、もう一度目を開けると、壁はやはり崩れていない。
しかし、男の姿はどこにもなかった。




