表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/219

第167話 変化の兆し

 

 俺たちは魔装高から離れ、町の東にある商店街の方までやって来ていた。

 陽愛の言うアクセサリーショップに付き合った後、俺の行きつけの喫茶店、『きのまま』にいる。

 

「ありがとね……あんま乗り気じゃなかったのに」

 陽愛が弱い笑みを浮かべて言うので、俺はコーヒーカップを置いてその目を見る。

「そんなことねえよ。そりゃ、滅多に行かない場所ではあったけれどさ……俺は、こういう時をさ……みんなとの時間を、大事にしたいんだよ」

「……ふふっ、素直でよろしい」

 悪戯っぽく笑って、陽愛がカフェオレを飲む。

「それにしても……やっぱ、瓜屋先輩たちはすげえな……」

「ん? どうしたの?」

 俺の呟きに対し、陽愛が不思議そうに首を傾げてきた。

「いや、さ……みんなの力を引き伸ばすのには、俺じゃ限界が早すぎた。それを、こうも容易く進展させられるとな……やっぱり、差を感じるよ」

 瑠海が転校して来てから、俺は三人に戦い方などを教えてきた。

 もちろん時間による都合などもあったが、それでも俺の指南では、こんな具体的な進歩はなかっただろう。

「そんな……正直なところ、先輩たちに見捨てられなかったのは、黒葉の教えてくれた基礎知識とかがあったからだよ……。銃の扱いもできないままだったら、さすがに教えてなんてくれなかったと思うもん」

 はにかみながら、陽愛が柔らかい声音で言う。

「そう言ってもらうと助かるけど……桃香に至っては俺、役立たずだよな」

「そんなことないよ? 桃香はナイフ術を並行して鍛えてるらしいから。やっぱり、黒葉のお陰だよ」

 自嘲気味に言う俺を諫めるように、陽愛は静かな声で次々と反論を返してくれる。

 そうか……狙撃銃だけじゃ、ある程度の範囲内に入られた時に手詰まりになるからな。元々、器用な桃香はナイフの扱いが上手かったし。

「俺がやったことは、本当に小さなことだよ。陽愛たちがやる気になったからこそだ」

 何よりも……俺が教えることで、みんなは慣れてしまう。殺意もない、ただの戦闘訓練に。

 俺の師匠役として、見ず知らずの羽雪さんが付いたのも同じような理由だろう。正体不明の相手であるからこそ、特訓という名目であろうと油断はできなかった。

 実際、死ぬかと思ったし。マジで。殺されると思ったことは一度じゃない。

「近い内に実戦訓練をするって言われてる」

「おいおい……大丈夫なのかよ」

 訓練を初めて一週間もせずに実戦訓練なんて、余程進展があったのか……。いや、それぐらい緊迫した状況なんだよな……今日のような日が、貴重なだけであって。

 だとしても、実戦訓練を早めにやりすぎるのはどうかと思うが。

「ちょっと不安かな……? 私が一番、進みが遅いしね……」

「えっ……? 魔装力は、陽愛が一番優秀って聞いたんだけど」

 瓜屋先輩から、三人の長所や方針を聞かされているのだ。

「あははっ……そこはお姉ちゃんに似てくれたらしいね。ちょっと言い訳をすると、難しい魔装法を練習してるから、かな……?」

「瓜屋先輩の指導だから、信頼はしてるけど……あんま無茶はするなよ?」

 あくまでも、自衛のための訓練だ。それを忘れては元も子もない。

「あ、それとさ……今ので思い出したんだが……今度暇な時、陽毬さんと会わせてくれないか? 色々聞きたくてさ……」

 この頃の騒動で、すっかり忘れてしまっていたが……『聖なる魔装戦』の時、陽毬さんは兄さんと一緒にいたらしい。前に聞いた時は、詳しく知らない、と返されてしまったが……今なら聞けるかもしれない。

 兄さんの居場所、そして、その目的を。

「あ、うん……別に構わないよ?」

 いきなりのことに面食らったようだが、頷いてくれた。

「あんまり遅くなってもいけないし、そろそろ帰ろっか」

「そうだな」

 俺は、ぬるくなったコーヒーを飲み干し、伝票に手に取った。

 

「じゃあ、また明日」

「おう、じゃあな」

 例の十字路まで俺が送ってきたところで、陽愛は手を振って別れを告げてきた。俺も片手を挙げて応える。

「あ、と……その前に、なんだけど……」

「ん?」

 陽愛の立ち止まった音に、俺が振り返る。

「ちょっとだけ……訊きたいことがあるんだ」

 真剣な顔に、俺は首を傾げつつ向き直る。

「なんだ?」

「その……瑠海のこと、なんだけど……」

 どうにも歯切れが悪い。

 促すように相槌を打つと、陽愛は俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。その真剣さに、思わずたじろぐ。

「中学の時に告白されて……ずっと、そのままなんだよね?」

 思わぬ言葉に、俺は思考が一瞬だけ停止した。

 瑠海は……高校生になった今、中学の時よりも、周りに俺への態度を隠さなくなっている。だがそれも、あからさまにではない。ほとんど隠さない相手は、陽愛や桃香の前でだ。例外的に、品沼や上繁がいたりもするが……。

 それでも、俺が誰かに話したことはないし……瑠海が自分で言ったんだろうか?

「あ、ああ……そうだよ」

「断ったんだよね?」

「ああ……」

 どうして陽愛がこんなことを訊いてくるのかは不明だ。全く心当たりがない。

 それでも、陽愛の真剣な目から視線を逸らせないでいた。

「でも、今もアプローチされてるんでしょ……?」

「見ての通りだが……」

「どうして? 瑠海と付き合えない理由は?」

「そ、それは……」

 俺が、人間じゃないから。

 ……なんて、言える訳がない。

「あいつのことは……その……嫌いじゃないし、むしろ好きな方だ。だが、その……恋愛感情があるかと言われると、微妙というか、なんというか……」

 適当というか、苦し紛れのような説明に対し、陽愛は納得いかないように唇を引き結んだ。

「陽愛がどうして、そんなこと訊いてくるんだ? その……こう言っちゃなんだが……関係のない話、だよな?」

 冷たい言い方になってしまったかと後悔したが、陽愛は首を縦に振ってきた。

「そうだよ。私は関係ない……でも、友達のことだからさ」

「俺に……どうしろって言うんだよ」

 無関係だと言ったくせに、無責任な問いをしてしまった。

 早くも二度目の後悔をしたのだが……予想外にも、陽愛はすぐに答えを返してきた。

「ちゃんと、瑠海と向き合ってあげて」

 グサリと、何かに貫かれたような衝撃を感じた。

「向き合ってって……俺は、別に……あいつから、逃げたりは……」

 していないか? 本当に? 逃げていないか、俺。

 不死鳥がどうとか、人間じゃないとか……言い訳ばかりじゃないか。

 本当に、気持ちと向き合ったのかよ。

「…………俺は…………」

 ふう、と陽愛が息を吐いた。

「ごめん、変なこと訊いて。気にしないで。……じゃ、またね」

 陽愛は一方的にそう言って、家の方向へと走って行ってしまった。

 残された俺は……陽愛の言葉を反芻する。

 それでも、俺は……。

 

 ◆

 

 靴がコンクリートの床を踏み、擦る音が響く。

「はっ……はっ……!」

 息を切らしながらも、四方八方から放たれる銃弾を躱し続けているのは、瑠海だ。

 第三高校のアリーナは、一面が草花と木々に覆われた庭園と化していた。

 その植物全てが、瑠海に向かって次々と銃弾を放っている。

「ぐっ……!」

 遂に、一発の銃弾が瑠海の脇腹を捉えた。

「はい、やめ」

 壁際に立っていた壱弦が手を打ち鳴らすと、植物たちは一瞬で動きを止めた。

 汗を流しつつへたり込む瑠海に、壱弦が歩み寄る。

「あんた、どっちかって言うと、瓜屋のタイプなのよね……なんでもそつなくこなす、天才タイプ? 私より、瓜屋の方が合ってたんじゃない?」

 特に配慮もなく、ズバッと言った壱弦に対して、瑠海は苦笑いを浮かべて首を振った。

「正直、瓜屋先輩のような人には憧れます……なんでもできて、すごいなあ、って……」

 壱弦はそれに複雑な表情で頷いた。

「でも、私は多分、そんなに天才じゃないと思います。だから、私はせめて……武器が欲しい(・・・・・・)んです」

「武器?」

「はい……足を引っ張らないだけじゃなく……役に立つための、私だけの特徴が欲しいんです」

 切実な声に、物事をハッキリ言うタイプの壱弦も口を(つぐ)んだ。

 

 特殊空間魔法という、特徴的な魔装法を使う壱弦だが、過去にはもちろん、他の魔装法にも手を出した。

 中学一年生で、結界魔法系列の才能を開花させた小園壱弦だが……他の魔装法に関しては、平凡そのものだった。

 もちろん、彼女は練習に練習を重ね、その能力を高めていった訳だが……。

 第三高校の入学実技試験。壱弦は、瓜屋蓮碼と同室だった。他校にまで有名だった蓮碼のことを、当然、壱弦も知っていた。

 その時、蓮瑪の魔装法を見た壱弦は……愕然とした。

 ありえない。

 自分がコツコツと練習を続けてきた魔装法の全てを、自分よりも高レベルで使いこなしてみせた。また、自分が使えないようなものも、平然と。

「……どうして……?」

「はい?」

 思わず、壱弦は食って掛かった。

 

 蓮碼のことを知っている人の多数は、ほとんど諦めのような感情で接している。自分とは、違うようなものだと。

 それでも壱弦は、認めたくなかった。認められなかった。

 どうして、努力に勝る天才が、こうも近くにいるんだ。どうして、私には才能がないんだ。

 

「えっと……小園さん?」

 思わず、感情のままに食って掛かって来た初対面の壱弦に対して、困惑気味に返した。

「あなたは空間魔法がとても達者ですよね……? 私は、平均より上なだけですけど……あなたは、その大きな特徴がある。何かを極めることは、成績や体裁よりも、大事な時に役立つと思いますよ?」

 それでも納得できなかった壱弦は、蓮碼に突っ掛かっていった訳だが……それをきっかけにして、二人は度々一緒にいるようになった。

 

(瓜屋に似ていると思ったけれど……案外、私との方が似ているのかもね)

 壱弦は心の中だけで呟いて、姿勢を正した。瑠海に真っ直ぐに向かい合う。

「おそらくだけど……鷹宮は中距離、折木は遠距離、っていう組み合わせになると思う。そうなるとやっぱ、バランス維持のためにも、あんたは近距離を中心とした方がいい」

 正直なところ、壱弦はこの言葉を発するのに、それなりの苦痛を感じていた。

 自分と似ているから自分と同じように? それは違うのではないか……そもそも、瑠海を鍛えるなどということが、自分にできるのか。いや、していいのか。

 自分の教え一つで、間違った方向にも進ませてしまう。その危険性を危惧していた。

「はいっ! お願いします!」

 たったそれだけで。瑠海のそれだけの言葉で、壱弦の中にあった不安や恐怖感はなくなっていた。

 真っ直ぐで、深い決意をした目……壱弦はそれから目を逸らす。

(ははっ……私と似ているなんて驕りか……。こんな目、私にできる訳がないもの……)

 心の中で自嘲して、壱弦は深く息を吐いた。

「じゃあ……今から、具体的な目標を決めるから――」

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ