第165話 周期
家に帰ってからまず一番に確認したのは、青奈と小鈴ちゃんの安否だ。
一応、生徒会室に集められる前に青奈へ連絡はしてはいたが、不安は拭い切れなかった。
「二人とも、大丈夫か!?」
俺が玄関から急いでリビングへと入ると、青奈がソファに座っているのが見えた。そのままこちらを向いて、右手の人差し指を唇に当て、静かに、というジェスチャーをしてくる。
近付いて覗き込むと、青奈の膝を枕にして小鈴ちゃんが眠っていた。
拍子抜けというか、安堵感から、俺の全身の力が抜けた気がした。
「なんかあったみたいだけど……どうしたの? 気を付けろよ、なんて……。詳しく話して?」
小さな声で言う青奈に俺は頷いて、鞄を下ろした。そのまま、隣へと座る。
「もしかするとこの前、接触があったかもしれないんだけど」
俺は簡潔に、しかし隠すこともなく、今日のことを説明したのだった。
◇
小鈴ちゃんへの説明を青奈に任せ、俺は母さんと電話で話した。
危険性は充分に伝えたハズなのだが……さすが母さん、全く動じずに、いつも通りの調子だった。
そんなことだから、俺も少しだけ気を緩めてしまっていて……家のチャイムの音に、夕飯を作る手を止めて、玄関へ向かった。
「はい、どちらさまですか?」
鍵を外したと同時に、扉が開かれた。
「白城くん。悪いが、問答無用で上げさせてもらうよ」
早口で捲し立てたその男は、本当に問答無用で家に入って来た。
「おい! ちょっと待て! どうしたんだよ!」
リビングには、青奈と小鈴ちゃんがいる。そこに、男が入って行く。
慌てて追いかけると、その男の姿に青奈が目を見開いているのが見えた。そりゃ、服装がアレだもんな……。
「青奈……今の研究者たちについて、詳しく話すよ……。まず、こいつからだ」
ため息を吐きつつ、俺が男を指差す。
「江崎登吾。一応……味方だ」
◆
「そうですねえ……元の魔装力が高いのは鷹宮ちゃん、身体能力は姫波ちゃん、器用さは折木ちゃん……ってところでしょうか」
過去に、黒葉が羽雪と特訓した廃校。そこに、陽愛、桃香、瑠海の三人と、壱弦と蓮碼がいた。
黒葉と別れた後、三人はすぐにでも特訓を開始して欲しいと頼んだのだ。
そこで蓮瑪が、三人の長所を挙げていく。
「あ、あの……基本魔法をちょっと見ただけで……そ、その……分かるんですか?」
桃香の不安そうな声を、壱弦は鼻で笑った。
「大丈夫よ。そいつ、気持ち悪いレベルで天才だから」
「気持ち悪いレベルってなんですか。小園ちゃんだって、空間魔法に関しては変態レベルですよ」
「誰が変態よ! あんたに言われたくないわ!」
本格的に声を荒げ始めた壱弦に対し、蓮瑪は、戸惑っている陽愛たちを目で示した。
「ほら、もう夜なんですから。基本的なことと、方針だけ決めて、早く帰してあげましょう?」
「むっ……仕方ないわね」
壱弦も納得したように頷く。それから、陽愛たちの方を向いた。
「基本魔法は、どうやら思考発動できるらしいけど……他は? あんたたち、固定魔法は?」
固定魔法とは、常に自分が使っている魔法のことだ。黒葉だと、風魔法や雷魔法。壱弦なら、特殊空間魔法。主に、自らが戦闘する時などに使う魔法や、得意とする魔法を指す。
「えっと……私は少し、幻惑魔法を……少しだけ、回復魔法も」
「あまり特殊なのは……く、黒葉くんには……加速魔法って言われてるんですけど……。回復魔法は、中途半端で……」
「あ~っと……私、戦い方はよく教えてもらってたんですけど、魔装法関連はあまり……」
陽愛、桃香、瑠海が、それぞれ申し訳なさそうに答える。
苦い顔をした壱弦を軽く押し退け、蓮瑪が笑顔で前に立った。
「大丈夫です。まず、それぞれの性格、得意なこと、好きなもの……色々と聞かせて下さい」
「え……そんなことからですか?」
瑠海が信じられないように訊くと、蓮瑪はニッコリと笑って頷いた。
「遠回りのように感じるかもしれませんが、魔装法で重要なのはイメージです。常日頃、あなたたちが感じていることや、思っていることを、少し形を変えてイメージできれば、すぐに新しい魔装法を身に付けることは可能です」
蓮碼の言葉に、三人の表情が輝く。
壱弦だけが、不機嫌そうに腕を組んで、話の成り行きを見守っていた。
「――ですが、あなたたちが迅速に身に付けたいのは、魔装法だけじゃない。魔装法を使った戦い方、ですね? ではまず……改めて、魔法武器を決めましょう」
◆
「どうして、日曜日の夜に制服を着ているんだい?」
「試験だったんだよ、この野郎」
「ああ、なるほどね。この前の大会で、しばらく休みだった訳か……学生ってのは大変だね」
青奈が淹れたコーヒーを飲みつつ、俺は江崎と向かい合っていた。リビングにあるテーブルを挟んで座っている。
俺の隣には、神妙な顔で青奈が座っていた。その更に隣には、小鈴ちゃんが。
「さて、と……そろそろ話せよ。今、そっちはどうなっている?」
苛立って俺が話を促すと、江崎は動きを止めた。
「そうだね。じゃあ、簡潔に話そうか」
江崎は真剣な表情をして、重苦しく口を開いた。
「この前の大会の時、サーフィスは甚大な被害を受けた。それが今、少しずつ復活しつつある。一応この町に、リバースの戦闘要員を、奴らの監視と君たちの防衛のために置いてるんだが……こっちの被害も大きくてね。正直、カバーしきれていない」
「それはいい。とりあえず、この家が襲撃されるような事態は防いでくれているならな」
そこで青奈が、苦い顔で片手を挙げた。
「あの……この前に、私と小鈴ちゃん、襲われそうになったというか……」
「お前……! この前って、陽愛たちが来た時か!? 俺には何も言わなかったじゃねえか!」
「だ、だって、心配事を増やしたくなかったし……!」
「だからって……!」
俺が憤っていると、江崎がはいはい、と割り込んできた。うざいけど、正しいな。
「それはすまなかった……監視の範囲を集中するよ」
「すみません、お願いします」
申し訳なさそうに頭を下げる青奈と小鈴ちゃん。
いや、本来であれば、俺が対応しなければいけなかったんだ。江崎に当たるのは筋違いだろうな。
「じゃあ、多少は奴らの妨害はしてくれているんだな……」
「まあね。それより、本題なんだけどね」
江崎が、ボロボロの白衣のポケットから何かを取り出した。
よく見ると、折り畳まれた紙であることが分かる。
「これは……?」
「いやあ~、実はね? サーフィスの混乱に乗じて、ちょっとスパイを送り込んでてさ。まあ、僕らがやられていた訳だから、意趣返しみたいなもんだけど」
「それと、この紙の関係はなんだよ」
「情報だよ。今時、なんでもデータ化してるからさ。こっちの方が逆に気付かれにくい」
少し自慢げに言って、江崎は手元の紙を広げた。
青奈と小鈴ちゃんがテーブルに身を乗り出して、それを覗き込む。
その紙には、大文字のアルファベットと共にカレンダーのようなマス目が書かれ、そのマス目の中には小文字のアルファベットが書き込まれている。
「どういう意味なんだ?」
「これはね、君がおそらく一番知りたい情報……七大罪の情報だよ」
七大罪。
七人の悪魔。七匹の悪魔。
俺はつい数時間前、その内の一人に事実上の敗北を喫している。
「彼らは、七つで一つ。少なくとも、誕生した時はそうだったらしいが……とりあえず、バランス悪く生まれたようだ」
「……実は、基本的な話は吸血鬼の奴から聞いてるんだ」
俺がカミングアウトすると、江崎は少し身を引いて、驚いた顔をした。青奈は、よく分からない、という顔で俺たちを見ている。
「なるほど……まあ、既に交戦してしまったようだし、話が早く済むね――じゃあ、周期は知っているかな?」
「周期? なんのだ?」
「ここからかな? 彼らは誕生するためには七つ必要だったが、今は完全に独立した存在らしい。ただ一つ、欠陥があった。彼ら個人の存在は独立してあるが、七つの大罪という存在の縛りがあるために、能力に波があるんだ」
そうか……奴らが一斉に攻めてこないのは、バランスが悪い、という吸血鬼の表現が当てはまる。つまり、本調子の時と、そうじゃない時があるんだ。
「この紙に書いてあるのは、その能力のバランスを表す周期さ。見てくれ。今日のマークは、『G』。gluttony――暴食の頭文字だ。つまり、彼らの調子が比較的いい日が分かるってことさ」
「これはサーフィスが演算して表した結果なんだろ? 信用して大丈夫か?」
「最終決断は君に任せるよ。ただ、不十分な情報量で僕らが演算して確かめた結果も、このような周期があるとなった」
紙が俺の手に渡される。
……これを見ると、バランスが整う奴は、一日で最高四人。一人も書かれていないという日は、全体的に調子が悪いということか。
「……まあ、何もなしに構えるよりは、こういうのがあった方がいいな」
「素直じゃないな~お兄ちゃんは」
青奈に脇腹を突かれた。
「ははっ、まったくだよ。まあ、書かれていないから襲撃してこない、って訳じゃあないしね……とりあえず、僕にできるのは現状、ここまでだ」
コーヒーを飲み干して、江崎が立ち上がった。
「登吾さん! 外で、大丈夫なんですか?」
ずっと黙って話を聞いていた小鈴ちゃんが、心配そうに訊いている。
「大丈夫だよ。こっちにも、頼れる仲間はいるからね」
優しい口調で江崎が言い、軽く小鈴ちゃんの頭を撫でた。それから、サッサと玄関へと歩いて行く。
俺は青奈と小鈴ちゃんをその場に残し、江崎の後ろに続いた。
「一つ、聞きたいんだが……」
「ん? 何かね?」
声を潜めた俺に、江崎が訝しげに振り向いた。
「ベルゼブブの奴は、元の人間の意思は死んだ、と言っていた。それでも俺を使おうと狙っている。しかもあいつは、だから不完全なのかもしれない、と言っていたんだ。どういうことだ? あいつらにとって、人間の意思は邪魔なんじゃないのか?」
今日、一番引っ掛かっていたことを訊くと、江崎の表情が険しくなった。
「それは難しい話だが……僕らの憶測でいいなら話そう」
「構わない、聞かせてくれ」
「了解……。僕たちは、交神魔法を完全とする方法は二つあると思っている。一つは、二つの意思の共存。二つ目は、片方の意思がもう片方の意思を服従させることだ」
「それは……どういう意味があるんだ?」
「正直、観測結果からだけどね……。ただ、人間の感性、考え方が、魔装法としての力の維持に不可欠な材料なんじゃないかと思っている」
魔装法は人のイメージによる産物。
それを、他の生物の意思で生み出すことは不可能なのか……研究題材の一つである。
人間のように考えるものでは無理なのだろうか? 例えば……吸血鬼、とか。
「彼らだけが残っても意味がないのかもしれないね」
そう言って江崎は、考え込む俺を残し、家を出て行ってしまった。




