第164話 new start
東京第三魔装高校、生徒会室。
そこには、俺と品沼、輝月先輩を始めとして、何人もの生徒が集まっていた。
詳しく言えば、生徒会役員五人が揃っている。そして、風紀委員会の中で実力行使を許された存在、実行風紀委員会の頂点、千条先輩もいる。その後ろには、井之輪先輩を含めて、何人かの風紀委員。
生徒会役員は、いつもの所定席に座っており、その他全員は、会長席の両隣に据えられた椅子の上だ。
俺は立ったまま、会長と向かい合っている。
何より、俺を驚かせているのは……。
「輝月先輩……どうして、陽愛たちがいるんですか?」
俺は不機嫌さを隠せないでいる。
言葉通り、陽愛、桃香、瑠海の三人がいるのだ、この部屋に。
「言っただろう? 君の関係者を集めたんだ。むしろ、彼女たちへの説明が主じゃないのかい?」
……輝月先輩の言う通りだ。
いずれは話さなければ……なんて、自分の中で勝手に決めて、一番巻き込んでは駄目な人たちへの説明を怠っていた。
事情を話すってことは、巻き込む危険性を含めるが……備える、って意味にもなる。
それに、食堂の急襲の件を踏まえると、少なくとも陽愛は既に被害者だ。巻き込まれている。
「……分かりました。今日の件を含め、奴らの話をします。
俺は、不安そうな陽愛たちも一緒に見回し、静かに口を開いた。
◇
話したことは、この前の打ち上げの時、輝月先輩に伝えたことと大差はなかった。ただ、今回は聞いている人間も多かったし、メンバーがメンバーだったため、細かいところは大まかに省いた。
それでも……研究者の存在は、明確せざるを得なかった。
敵は外部勢力。白城家に因縁を持つ研究者の一派。総戦力、不明。数、最低……七。狙いはおそらく……白城黒葉の殺害。
「それは……この前の、ヴェンジェンズ、と呼ばれる集団とは別組織なのかな?」
風紀委員の一人が、訝し気に訊いてきた。
確かに、外部勢力であり、戦力、数、共に不明な点は同じだが……。
「いえ、全くの別組織だと思われます。ヴェンジェンズに至っては、俺の個人的観測ですが……目的が違うでしょう」
「なるほど……このところ、不可解な現象が起こっているのは、クローバーくんの責任って訳か」
水飼先輩の言葉に、俺は言葉に詰まる。
「そんな言い方は……!」
瑠海が憤ったように水飼先輩の方を向いた。あまり、人に物怖じしないタイプだからなあ……こいつは。
「ああ、ごめんごめん。言い方が悪かったのは謝るよ。こっちとしては助かったんだよ、理由というか、元が知れてね」
水飼先輩の口調は軽いが、その端々に鋭さを滲ませていた。明らかに、怒っている。
「水飼、落ち着いて。それと、風紀委員会の面々を呼んだのは、お察しの通りです。彼が、個人的にどんな状況に巻き込まれていたとしても、それと学校は無関係……生徒を巻き込むような事態があれば、あなた方を中心に動いてもらいます」
羽堂先輩の言葉で、部屋の空気が一層重くなった気がする。
おいおい……生徒会と風紀委員会の関係は、良好に向かっていたと思っていたのに……未だにこんな感じかよ。
「白城……当たり前のことを聞くようだが、警察には出したのか?」
「……一応、被害届は」
千条先輩の言葉に、俺は軽く頷く。
今じゃ魔装法を使った事件なんて珍しくない。例えそれが、今回のような件であってもだ。
そして何よりも……魔装法の発展は、国の最重要課題と言っても過言ではない。よって、研究者という存在は貴重になっている。
研究者が絡む事件となると……有り体に言って、圧力がかかるのだ。
そこを理解していても、父親が警察に努めている身として、千条先輩の心境も複雑なものだろう。
「この前の聖なる魔装戦の時も、白城くんが関連してたってことなのね?」
井之輪先輩が幾分低い声で訊いてきた。
ここも……頷いておくしかない。もしかすると、月音を巻き込んでしまうかもしれないが。
「最近、聞かなくなったなあ……通り魔事件」
わざとらしく間延びした声で言う千条先輩に、俺は思わず固まる。
通り魔事件の犯人が、実は月音……という話は、誰にも明かしてはいない。
「随分と騒がしていたが……丁度、フェスティバルがあった頃から途絶えてたな。なんだっけか、お前の対戦相手は……」
「……それは無関係です」
「どうして断言できる? お前、被害者の一人だっただろ。自分から犯人捜しに乗り出しそうなタイプに見えるんだがなあ……」
……やっぱり、話すのが早かったか。
いや、そうじゃないか。
元から、こうだったんだ。最初っから、こうなる運命だった。
この人たちと俺は、敵対する運命にあった。
「千条先輩……その件について、これ以上の追及はやめて下さい」
「なに……?」
「もし、俺以外の人に対して追及の手を伸ばすようなら……俺は、敵になりますよ」
既に重かった空気が、一瞬で凍り付いた。
特に、風紀委員会の雰囲気が、急激に変化している。殺気に似たものへと。
「白城くん、やめなさい。話したくないなら、それでいいから……そういう言い方は――やめて」
ただ一人、井之輪先輩だけが俺に対して、怯えるような声で告げてくる。
もちろん俺に怯えている訳じゃない。もっと別の、大きな存在にだ。
誰か、なんてのは決まっている。
「……お前、もっと考えて喋った方がいいぞ。今必要なものは、協力者か? 敵か?」
冷たく尖った声に、全員が押し黙る。千条先輩は椅子に深く座り込み、俺を睨んでいた。
いや、睨まれているだけでラッキーだ。一撃喰らっててもおかしくない。
ようやく平穏に戻れた月音を引き合いに出されたことで、俺も早計だった……。
例え、敵対する運命であったとしても、今はその時じゃない。内戦などしている余裕はないのだ。
「すみません、熱くなりました……」
俺が素直に謝ったことで、場の空気が僅かに和らいだ。
「その態度に免じて、今の状況に関係ないことの追及や詮索は止そう。王牙もいいな?」
輝月先輩が助け舟を出してくれたことで、一旦打ち切られる形で話は終わった。
今更だが――
俺の両脇と正面に椅子を並べて陣取り、俺のみが立っている。そこで、質疑応答……。
さながらそれは、尋問が何かのようだった。
◇
「……つまり、黒葉と一緒にいる人は危ない、ってこと?」
解散後、帰り道。
陽愛、桃香、瑠海の三人は、珍しく会話を控えていた。それでも陽愛は、ハッキリと俺に訊いてきた。
「……まあ……そうなるな」
夕焼けに染まる道を真っ直ぐに見つめ、俺は頷くしかなかった。
分かっていたハズだった。自分に関わる人に及ばされる、危険性を。
俺自身の、危険性を。
俺は分かっていたハズなのに……。
「今までは、誰かの手を借りながらもなんとか切り抜けてきた。でも、今度は……俺だけじゃ、守り切れないかもしれない」
努めて平静に言ったつもりだったが……チラリと見えた三人の顔は、不安気な色を帯びていた。
「もしかすると、何も起きないかもしれない……あくまでも、ターゲットは俺のハズだし……」
いや、青奈もターゲットである可能性が高い。この前、何か様子がおかしかった……もしかすると、既に……。
「それでも何かあった時は、俺に連絡をくれ……いや、俺じゃなくていい……さっき、生徒会室にいた誰か……誰でもいい、誰かを……」
呼吸が苦しくなった気がした。
誰か? 誰を? 俺は今度、誰を巻き込む気だ?
駄目だ……俺がやらなければいけないんだ。俺が決着をつけるべきなんだ。俺が悪い。俺がちゃんと、後始末しなかったからだ。俺が暢気に日常に戻ろうとしなければ、こんなことにはならなかった。
俺が、生きてさえ……蘇りさえ、しなければ――
「黒葉」
強い口調で呼ばれ、俺の足が止まった。
呼び止めた瑠海が、俺の前に回り込んでくる。陽愛と桃香も、それに続いてきた。全員が、真剣な目をしている。
「昔……黒葉が言っていたこと、私は憶えてる。守るってことは、ただ一方的にその身を救うことじゃない……その本人にも、自ら身を守る術を覚えさせて、全力を尽くすことだ、って」
確かに……中学時代、瑠海に戦い方の指導をした時、俺はそんなことを言った気がする。兄さんの受け売りではあったが。
「だから、ね……? わ、私たちも……それなら、全力を尽くさなきゃいけないって……思うんだ」
桃香が俺の目を見て、精一杯に言葉を紡いでいる。それは、つまり――
「……みんなも……戦う気か」
胸の奥から、何かがせり上がってくるようだった。
それでもなんとか俺が訊くと……三人が一斉に、力強く頷いた。
「今日、黒葉と品沼くんが戦っているのを見て思った。逃げるだけじゃ、一緒にいる資格がない」
陽愛の強い言葉に、俺は目を閉じて唇を噛み締める。
……どうする……ここで俺が、その考えに同意すれば……否応なく、戦いの中心に近付けてしまうだろう。だが、確かに守るべき力は必要だ。自分を守る力。
しかしそれを得るには、タイミングが悪すぎる……俺が教える程度では、おそらく遅すぎる……何より効率が悪く、敵の付け入る隙になる可能性が高い。
だが……いや、それでも……。
「……みんな……俺は――」
「へえ~、良い心がけじゃない」
側にある暗がりの通路から、小園先輩が出てきた。その後ろからは、瓜屋先輩も。
話を聞かれていた流れ……尾行られたか。少しも気付けなかったぞ。
「……どうして、尾けてきたんですか」
「話は一応聞いた。だからこそ、ちょこ~っと脅かして危険性を報せようと思ったんだけど……分かってるんならいいよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、小園先輩が俺の隣に立った。
脅かして、って……何をする気だったんだよ……。
「大丈夫ですよ。私たちだって、女の子に怪我させたりはしません」
戸惑う陽愛たちの前に立って、瓜屋先輩が微笑んだ。
ん? 女の子には? 俺は? 俺には怪我させるんですか?
「私は、瓜屋蓮碼。よろしくね? 鷹宮さん、折木さん、姫波さん」
どういうことだ?
第三高校屈指の実力である二人が、俺たちを尾けてきたんだ……?
「まあ、そう不思議そうな顔をしないでよ、白城。決まってるでしょ、話の流れからさ。私たちが、何しに来たか」
小園先輩が、ニヤリと俺に笑いかけてから、陽愛たちの方を向いた。
「鍛えてあげるよ。あんたたちが、戦えるようにね」




