第15話 休日の誘い
三年前に俺たちの身に降りかかった事の真相を知っているのは、俺たちの両親と、フェニックスプロジェクトの研究員だけだ。
フェニックスプロジェクトは、父さんが耐えかねて潰したのだ。
さすがの父さんも裁判に持ち出そうとまでしたので、プロジェクトは半年も保たずに潰えた。
ちなみに、俺たちの身体は道具として不死鳥の力を受け継いでしまったが、俺たちが自分自身に魔装法を使うことはできなかった。
そうだろう。だって、俺たちはそうは思えないんだから。それに、あくまでも俺たちの身体は人間の形をしているのだから。
青奈の不死鳥の力は、俺たち兄妹の中で一番薄い。
兄さんが一番濃かった……理由は簡単、単純。それぞれの身体の成長具合と、魔装力によって不死鳥の力は振り分けられたのだ。
俺と兄さんは割り切って、普通に過ごすことを決めた。まあ、それでも兄さんは失踪したけれど……。
どうせ、不死の力があるだけで、俺たちの根本的な能力については変わらない。
魔装力については確かに上がった。それでも、人間として普通に過ごせるのだ。
けれど……青奈は、学校では普通に振る舞いさえするが、真相を知っている人間には、頑なに心を開こうとはしなかった。
三年の時間が過ぎようとも、青奈の心は傷付いたままなのだ。俺だって傷付いている。兄さんもだ。
それが、いつか……癒えることはあるのだろうか。
◇
気付けば朝になっていた。
昨日の夜にベッドで考え事をしたまま、眠ってしまったんだ。
六時だが、今日は土曜日。朝飯を作るのは遅くてもいい。
母さんは土日も働いているが、その時間は短めで、出勤時間も平日より遅い。出勤時間はその日によるが、今日は……八時だったハズだ。
一階に降りると、珍しく青奈が起きてきていた。
声をかけることもなく、とりあえずシャワーを浴びにいく。
シャワーを浴びながら、俺は昨日のことを思い出す。
今更接触してきたのは……三年という時間の間に何か起こったからか? 俺が高校生になったことをキッカケにしてきたのかもしれない。
また、不死の魔法の研究でもするつもりなのか……?
答えなど出ないのを分かっていながら、俺は一人で考え込むのだった。
シャワーを浴び終わって、朝飯を作り、俺は自室に戻った。
そこで、久しくやっていなかった、愛用拳銃――パラの完全分解をした。簡単な整備しかやってこなかったからな。
それも終わって七時半に、携帯が鳴った。
昨日のことを思い出して身構えてしまったが、そうそうある訳もない。力を抜いて確認すると、折木からのメールだった。
昨日の見舞いの時に、一応メールアドレスなどの交換はしておいたのだ。
昨日の夜に、おやすみメールがきていたのだが……気付かずに寝ていたので、返信していない。
しまったな……と思ってはいたが、どうしようもないのでスルーしていたのだ。
その事かと思いきや……昨日はお見舞いありがとう、昨日の内に送っておくべきだったね、ごめん……というメールだった。
う~ん……俺が謝るべきだろうなぁ……。
という事で、寝てて返信できなかった、ごめんと送っておいた。
それから特に何もなく、音楽プレイヤーで曲を聴いていると、八時に母さんが仕事へ行くと言って出かけた。
青奈も暇なんだろうな……宿題もどうせないんだろうし。
なんとなく携帯を開いた瞬間、新しいメールが入った。確認すると、また折木だ。
今日は予定はないですか? なかったら、ちょっと付き合ってほしい場所があるんですが……。というものだ。
暇なので、いいよ、と返信すると、すぐに戻ってきた。近くの公園で待ち合わせらしい。
メールにあった公園は、魔装高と反対方向にある公園で、歩いて十分程だ。行きたい場所が学校と反対方向なのだろう。
俺は着替えると、青奈に出かけると伝え、外に出た。
◇
公園に着くと、五歳ぐらいの子供が三人、砂場で遊んでいた。
こういう光景は……いつまで経っても変わらないんだな……とか、しみじみ思っていると、五分程で折木がきた。
私服は既に一回見ているが……外出用なのだろう。この前よりも可愛い私服だった。
ゆるい感じの水色のセーターのような服の上に、薄いピンクの、薄いジャケットのようなものを着ている。無地の真っ白なスカートも履いている。
まあ……俺はファッションには詳しくないので、よく分からん(何度も言うようだが、青奈も興味がないようなので、全然服には詳しくないのだ)。
もう四月だが、今年の傾向だと今でも充分寒い。
「よう、折木」
俺が手を振ると、折木は少し急いで俺の所に寄って来た。
「ごめん、待たせちゃった……?」
不安そうに言ってきたので、俺は首を横に振った。
事実、五分程しか待ってないんだからな。
「んで、どこ行こうとしてんだ?」
「あ、言ってなかったね……ごめん。ちょっと買い物に行きたくて……」
ふむ……女子らしいな。
確かに買い物するならこっちの方向だが……あれ?
俺って必要なのかな?
「ま……いいや。んじゃ、行こうか」
俺が言うと、折木は嬉しそうに顔を輝かせ、頷いた。
やはりというかなんというか、折木は服屋に入った。俺としてはあまり縁のない場所だ。
女子の買い物って、本当に服ばっかなのか……とか思っていると、折木が俺を手招きしていた。
近付くと、薄緑色のカーディガンを見ている。
「これ……私に似合うと思う?」
なぜか横目で恥ずかしそうに俺を見てくる折木。
う~ん……だから俺、ファッションとか詳しくないんだよな……。
「とりあえず……試着してみたらどうだ?」
答えの保留って感じで言うと、少し悩んだ風にして、そうだね、と言って試着室に入っていった。
その間、俺は待機。
目に映った服を適当に見ていると……。
「君はウチの生徒だね!」
妙にハイテンションな声に俺が横を向くと、いつの間にか女子が一人立っていた。
そこには、少し幼そうにも見えるショートヘアの女子。見るからに、明るい性格って感じだ。
その姿は……制服。第三魔装高校の制服だ。リボンが二年のものだ。
「あ、と……そうです。一年の白城って言います」
なんで私服の俺が魔装高の生徒だと分かったんだろう……と不審に思っていると、その二年の女子は笑った。
「ハハハハ! ということは、君があの黒葉くんか! なるほど! では、私は君のことをクローバーくんと呼ぶことにするよ!」
と、ハイテンションに言って、流れる動作で店から出て行った。
クローバーくんって……小学校以来のあだ名だな……昔はそれが死ぬほど嫌だったけど。
突然の登場に戸惑いながらも、そんなことを思っていると……。
「どう……かな?」
折木が少し恥ずかしそうに試着室から出てきた。
その折木は、さっきのカーディガンを着ているのだが……少し大きかったようで、指先が控えめに出ていて、ゆったりしている感じだ。折木の着こなしとして、ゆったりしている服が合うようで……。
その服は似合っていて……俺だって分かる。
可愛い。
「あ……あ、うん。似合ってるぞ……?」
なぜか買い物に誘われた俺だが、今更ながら気恥ずかしいな。女子と買い物来て、こういうことになってるっていうのは。
思えば、初めての経験だ。
俺も褒めたことで照れてしまったが、折木も照れたように、顔を赤らめている。
「そ、そう? 買おう……かな?」
そう言って値札を見る。
俺もなんとなく店の外を見る。
そこで気が付く……店から少し離れた場所から、こちらを窺う人影に。




