表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/219

第158話 今在る平和

 

「――代表選手はもちろん、応援してくれた人も、お疲れ様。先輩方も、わざわざ、ありがとうございました。こんな時間まで、我々のために店をお貸ししてくれたオヤジさん、ありがとうございます」

 このような挨拶で宴が締め括られたのは、既に日にちも変わった、深夜一時のことだった。輝月先輩の言葉に、全員が軽く頭を下げる。

 麺オヤジの本名知らないし、仕方ないんだろうけど……なんか、違和感あるんだけど。オヤジさん、って丁寧に挨拶するの。

「先ほども言ったが、在学生には、期末試験が残っている。しっかりと勉強することだ」

 ……輝月先輩……もう、そんなに念押ししなくてもいいじゃないですか……。

 俺にとっての最大関門だぜ……夏休みの運命決定も兼ねてるんだからな。

 

 ◇

 

 その後、店内の片付けを手伝い、俺達は店を出た。

 先輩方に頭を下げ、俺と陽愛は、共に帰路へと着いた。

「はあ……長居しすぎた……もうこんな時間だ……」

 片付けをしていたこともあって、今や時刻は二時に差し掛かろうとしている。

「でも、楽しかったな……普段、話す機会ないからね、あの人達とは」

 陽愛が呟くように言ったので、俺も小さく頷く。

 夜の闇が、その澄んだ静けさが、沈黙という形で俺達を包んでいた。なんとも言えない、物悲しくも温かい……そんな充実感が、俺の中には満ちていた。

 沈黙を最初に破ったのは陽愛だった。

「そう言えば! あれ、どういうこと!?」

 ギクッとして、歩みを止める。

 あれ、という単語と、陽愛の語気からして、なんのことか分かった。

 あれだな……月音の残した、キスマーク的なもの……。

 前を歩いていた俺は、ぎこちなく振り返る。

「あれは……その……まあ……」

「な・に・し・て・き・た・の!?」

 詰問する口調で、陽愛が俺に詰め寄ってくる。

 実際、何もしていないのだが……説明しにくいし、小っ恥ずかしい。

「な、なんもしてねえって! 本当に!」

 それだけ言って、俺は踵を返して、ダッシュでその場から逃げ出す。

「あ! なんで逃げるの! 待て~!」

 深夜の帰り道を、俺と陽愛は駆け抜けていく。

 

 ◇

 

 聖なる魔装戦セント・フェスティバルが、遠い日の出来事のような気がする。

 しかし、確実に大会は終わり……。

 確実に、期末試験が近付いてきている。

 

「はあ? なんでここが四番なんだ? 四番じゃ、この条件に合わなくないか?」

「その条件は違うよ。それが影響するのは二番だけ。黒葉が間違った三番は、確かに一番近いけど、ここが違うの」

 俺が問題集に引いたアンダーラインを指差し、陽愛は説明を始める。

 その説明の重要点をノートに書き写し、俺はため息を吐いた。

「まさか、こんなに難しいとはなあ……」

「過ぎちゃったものは仕方ないって、忙しかったんだから。今から巻き返そ」

 励ましてくる陽愛に、俺は再びため息を吐いて見せる。

「分かってるよ……」

 

 午前九時、ファストフード店で、俺と陽愛は勉強をしていた。

 主に、俺が教わる形で。

 聖なる魔装戦の代表選手として、時たま公認欠席を取っていたこともあり、今回の試験範囲について、俺はあまり理解できていなかった。

 思った以上に。

 そのため、俺の家に急遽住むこととなった小鈴ちゃんに、留守番を任せている次第だ。

「色々と大変ですよね……すみません、押しかけるように来てしまって……私のことは、あまり気にしないで下さい」

 そんな言葉で俺を送り出してくれた小鈴ちゃんに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいである。いやもう、申し訳ないってレベルじゃないな。懺悔したいぜ。

 そう言えば、小鈴ちゃんは勉強をしているのかどうか、気になって訊いてみたところ……とりあえず、基礎的なことは学んだらしい。

 ……江崎から。

 あいつが、教えたらしい。常識的な、知識を。

 ……本当だろうか? 疑いたくなってくるが、それをしてしまうと、小鈴ちゃんさえも疑う標的ってことになる。それは駄目だ。

 俺からも、ちょっとした学習をさせるべきだろうか?

 なんて、自分のことを棚に置いた、保護者的思考をしていると……またも陽愛から、解答の間違いを指摘された。

 

 俺はしばらく、陽愛から教わった箇所を演習し続けていた。その間、陽愛自身は、何やら携帯をいじっていたのだが。

 お前だって、試験勉強するべきなのは同じだろ、と注意しようかと思ったが……自分のことで手一杯だな、こりゃ。正解率六割はまずい。

 何度目かの嘆息をしそうになり、誤魔化すようにコーヒーを口に運んだ――はずが、既にカップの中身は空だった。おかわり自由ということで、俺は席を立ち、淹れ直して戻って来る。

 その数十秒の間に……俺と陽愛が使っていたテーブルに、新たな客がついていた。マジでいつの間にって感じに。

「桃香……瑠海……」

「お、おはよう……黒葉くん……」

「やっほー! 黒葉~!」

 危うくカップを落としそうになりながら、俺は元の席に座り直す。

 なるほど……陽愛は、この二人を呼ぶために、ずっと携帯いじってたのか。

 いや、なんで呼ぶ必要があったんだ。

「え、えっと……皆で勉強した方が、教え合えるし……って……」

 俺の心の疑問に、桃香がオドオドと答えてくれた。

「それって、最終的に勉強しないパターンじゃん」

 学生の勉強会――その典型的なオチを俺が言うと、陽愛は、へえ~と笑った。

「私は真面目にやるよ? 黒葉はそういうつもりなんだ~?」

「別に遊んでもいいよ~!」

 茶化す陽愛に、本気で言っている疑いのある瑠海が加わる。

「……俺だってやるよ……」

 満面の笑みでパンケーキを頬張る瑠海を見て、俺は深くため息を吐いた。いつ来たのかも疑問なのに、お前、いつの間にパンケーキを買ったんだ……。

 

 ◇

 

 十一時二十分。

 俺の不安は、良い意味で的を外ていれた。

 俺達四人は、なかなかちゃんと勉強をしていて……教え合う、という言葉も体現されていた。それぞれがお互いに、苦手な分野を補う形で、順調に試験範囲を攻略している。

「やっべ……俺、そろそろ帰らないといけない……」

 腕時計を確認して、俺は慌てて勉強道具をしまった。

「え? なんか、用事あるの?」

 驚いた顔で俺を見る瑠海に、俺は軽く頷いた。

「まあな。昼には帰るって言ってんだ」

「んん? 青奈ちゃん、中学校は普通に登校だよね……? 誰か他にいるの?」

 俺の言葉に、陽愛が思いの(ほか)食いついてきた。

 ちょっとだけ言葉に詰まったが……事情もある訳だし、何かやましい事がある訳でもない……こいつらになら、小鈴ちゃんの件を話しておいていいだろう。プロジェクトの奴らと関係してないんだし。

 つか、瑠海とか高頻度で俺の家に突撃してきたりするし、いずれバレるしな。

「ああ……いや、実は……」

 

 話しても大丈夫そうな部分を()(つま)んで、小鈴ちゃんが俺の家にいる経緯を説明した。

 もちろん、他言無用と念を押して。

 真面目な話だと理解してくれたようで、いつかのような大騒ぎはなかった。

「ふう~む……まだ小さいのに、色々苦労してるんだね……」

 瑠海が腕を組んで、険しい顔をする。

「た、大変、だね……まだ、小さいのに……」

 桃香も、悲しそうな顔で呟いた。

「なんか、力になれることがあったら言ってよ? 今日だって、言ってくれれば、黒葉の家で勉強やったんだし」

 陽愛は、この三人の中でも、一番小鈴ちゃんと関わっているからか、悲痛そうな声で俺に言ってきた。

「分かったよ。とりあえず帰るわ」

「ん!? このまま、私達も黒葉の家に行けばいいんだよ!」

 瑠海が手を打ち鳴らして叫ぶ。

 ……わあ、バレた。

 

 ◇

 

 十二時ぐらいに、俺は帰宅した。買い物袋を提げて。

 陽愛、桃香、瑠海の三人も、もちろん一緒にいる。

 ……あれ……? もちろん……? 俺の家のなのに、なんでもちろん……? ん……?

「ただいま~……」

 控えめに言いながら、靴を脱ぐ。

「「「お邪魔します」」」

 三人揃って、俺の後に続く。

 リビングに入る前に、俺の鼻が、何かの匂いを感じた。

「……紅茶、か?」

 パタパタという音と共に、小鈴ちゃんがリビングから現れた。

 昨日の内に青奈が買ってきてくれていた、ワンピースっぽい服を着ている。

「おかえりなさい、黒葉さん。皆さん、こんにちは」

 小鈴ちゃんは、丁寧に頭を下げる。

 うん……歳の割に、しっかりしてるんだよな。しすぎるぐらいだ。

 江崎の教育結果だったとしたら、まあ、これは良いだろう。

「小鈴ちゃん、紅茶淹れられたの?」

 最初に思ったことを訊くと、小鈴ちゃんは頬を赤らめて頷いた。

「はい……前に、登吾さんといた時……コーヒーの淹れ方と一緒に教わりました」

 へえ、と感心して、俺は江崎の顔を思い出した。

 あいつ……小鈴ちゃんに対して、ある種の罪悪感も持っていたようだった。

 日常生活に関することも教えていたようだし……当然、小鈴ちゃんを平和な世界に戻したいと思っているんだろうな。

 どこで、どう歯車が狂ったか……こんなことになってしまって。

「……昼飯、今から作るよ――陽愛達も、食うだろ?」

「うん、もちろん」

「あ、ありがとう……」

「やったー!」

 まあ……今はこの、平和な世界にいるんだから、良しとしようか。

 いつまで続くか分からない、不安定な世界だけど。

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ