第148話 聖なる魔装戦~閉会式――エンディング
まあ……負けた。
あの吸血鬼にも勝ったのになあ……とは言え、あれは不死鳥の魔法という、規格外な魔装法を使っての戦いだったしな。あの戦いのせいで、俺は疲労していたし。
それに、あの戦いは一対一の勝負ではない。
あれは、吸血鬼対、俺と月音の戦いだったのだ。
なんだかんだ言って、俺は一人じゃ何もできない、愚かな奴だったというのが、今大会の収穫だろうか。
いや、そう片付けしまうと、折角取り戻せた月音に申し訳ない気もする。
取り戻せた、なんて言い方も、どこか煩わしいかもしれないが。
あの戦いではどうやら、裏で頑張ってくれていた人たちがいたらしく、どう足掻こうと俺ひとりの功績にはなりそうにない。
そうする気もなければ、あれは完全に裏の――何より、闇の戦いだった訳であり、誇示する気だって皆無だ。あちら側に属する俺にとって、むしろ今回の戦いは、知らぬが仏の、内輪揉めみたいなものだったのだと思う。
内輪揉めと言えど、その内輪は大きい。
当然、俺が研究者の類に入るなんてありえず、つまりは知っている者たちの内側なのだ。
知りすぎていて、お互いに探り合いながら、争い、奪い、時には殺しもする。
そんな中に、俺も入ってしまっているのだ。
片足を突っ込むどころか、既に上半身まで埋まって抜け出せない。
出るためには、やはり、お互いを押し退けて、這い上がるしか方法がないのだ。
その他に何かあったとしても、その先は元の平凡さだけ。
この内輪の中にいる人間たちは、元の平凡さを捨て、新たな境地に向かうために争っている。俺も例外ではない。
家族や友達、大切な人たちを守りたいと願いながらも、奥底では、できるものなら行きたいと思っている。
新たな境地、前人未到の、魔法の開拓地へ。
しかし、そのために払う犠牲を選べないほど、俺も愚かではない。
生きることは辛く、強くなることは難しく、頂上を目指すのは苦しい。
だが、その苦難辛苦は、全て自分で請け負うべきなのだ。
誰かと支え合って乗り越えようと、いつかは一人で挑む時が来る。
その時に、傷や苦しみを背負うのは、当人だ。
しかし、結局は不可能だと思ってはいる。
誰かと繋がっていく限り、誰かを大切に想い、想われる限りは、誰も抜け出せない呪縛があるのだ。
相手が一人で傷付くのに耐えられず、どうしても手を差し出して、一緒に請け負ってしまう。
それをする方はまだいい。
だが、やられる方の気持ちは、普通よりも痛む。
誰かと一緒にいるためには、自分が傷付く覚悟だけじゃない。相手が傷付くのを、認める覚悟もいるのだ。
だからこそ、一人で背負える時に背負っておくべきなんだ。
俺は、多くの人を傷付けた。自分で自覚せずに傷付けたことも多い。
それが嫌だから……俺は、一人で背負う。
どうせいつかは、耐えられなくなってしまうだろう。人を傷付けなければ、結局は自分が壊れてしまうまでに。
だから、せめて今は……俺だけが、背負っていたい。
◇
「起きろよ」
頬に走る痛みと、素っ気ない言葉に、俺はゆっくりと目を開けた。
目の前には千条先輩が立っている。どうやら、俺を平手打ちで起こそうとしたらしい。
「……さすがに、酷くないですか?」
「酷くねえよ。お前も行くぞ」
低い声で告げて、千条先輩はスタスタと控え室を出て行ってしまった。
ゆっくりと上半身を起こしながら、俺はため息を吐く。
俺は、雲類鷲さんに吹き飛ばされ、数分だけ気を失っていた。
起きた時はまだ試合場だったぐらい、少しだけの気絶だったらしい。
駆けつけて来た係員を制し、俺は自分の足でなんとか退場した。
試合はもちろん……雲類鷲さんの、第一高校の勝利である。
つまり、優勝は第一高校。
通路に行くと、輝月先輩、千条先輩、小園先輩、瓜屋先輩の四名が立っていた。
とにかく謝ろうとしたが、輝月先輩に止められ、俺は控え室に戻って休憩……というのが、ここまでの流れである。
誰もいない控え室を見回し、俺は簡易ベッドから立ち上がった。
閉会式は、最後ぐらい予定通りに、とばかりに十七時四十分から。
第八回戦、最終代表戦二試合目に起こった、謎の事態については説明されなかった。
まるで何事もなかったかのように、運営側も教師陣も、無視を決め込んでいる。
「何か……手を回したのか……?」
呟いて、少しだけ考え込む。
第一と第二の教師については、俺はあまり知らない。
だが、第三の教師の中には、美ノ内先生のような有名人がいる。
あのような人なら……そもそも、事を荒立てたくない運営側の人たちなら、あの件を有耶無耶にできるのかもしれない。
そもそも、国家的にも、このような事態は避けたいのだ。
なぜ学生である俺たちが、大っぴらに拳銃を使ったり、ナイフを振り回したりできるのか、という点から問題である。
まず一つ目に、日本の研究所が魔装法を発見したという理由。
まあ、この一つ目はあまり重くない。
国際的な発見であり、世界共通の力であるとされたためだ。
その時は、近隣諸外国が必死だった覚えがある。
どんな化学兵器を使っていようと、魔法などというあやふやな力の前では、完璧で最上位の安全と武力、とは言えないと分かっていたのだ。
大きかったのは、国内発表が早すぎたということか。
国際連合などで決定するより早くに、発表された。
一般市民でいち早く使えた人も、二ヶ月ほどかかったと聞く。
だが、使える人間が多くなってからは、最も危惧されていたことが起こった。
魔装法による犯罪件数の増加。
その頃、警察関係への魔装法普及は進んでおらず、自衛隊まで引っ張ってくる始末だった。それでも、魔装法を使えない自衛官たちでは、完全に抑えることは不可能。
それが、世界各国で起こった。
当然、日本に対する批判は高まったが、そんなことを言っている場合ではない。テロも過激化し、決定的となる事件が起こった。
東京の高等学校二校、中等学校一校に、テロ組織が籠城したのだ。
なぜ東京に……というのも、魔装法を批判する声明発表が目的だったらしい。
その時、事件の解決に活躍したのが、その学校の生徒たちだ。
武器こそなかったが、魔装法の教育制度はあったため、テロ組織を縛り上げたという。犠牲もあったが、すごい話だ。
そのようなこともあり――既に前から議論されていた――自衛のための武力所持が、国際的に認められたのだ。もちろん、世界の軍事力強化の整備がなされてからではあるが。
当然だが、逆の発想、提案もあった。いわゆる、武力の完全放棄である。
しかしそれも、当然といえば当然だろうが……早々と却下された。
もし何かあったら、対応できない。それに、武力の完全放棄なんて幻想を、一体どれほどの国が信じ、実行するか……国際法で決定しようが、裏で、影で、武力の開発は進んでいくのだ。
そもそも、今更そんなことができるなら、第二次世界大戦後にそうなっていたハズだろう。
まあ、そんなこともあり……簡単にまとめると……。
危ない世の中なので防衛手段は与えます、だから自分の身は自分で守りなさい、といった具合だ。
それでも、魔装法を軍事利用するのだけは禁止である。
だからこそ、このような魔装法が関係する大会で、大きなトラブルなどが起こると、被害を受けるのは俺や第三などのスケールじゃない。日本全体が、諸外国から攻撃を受ける恐れがあるのだ。
控え室を出た俺の前に、輝月先輩が現れた。
「き、輝月先輩……その……最後の試合……」
やはり謝ろうと思い、俺は頭を下げる。
しかし、輝月先輩は柔らかい口調で言葉をかけてきた。
「やめてくれよ、白城くん。俺たちはチームだったんだ。君一人の責任じゃあない」
「で、でも……」
「他の試合で、俺たちが全勝すればいい話だったんだ。お互い様なんだよ」
だけど……先輩たちにとって、これは最初で最後の大会で……今回は、勝算もあるメンバーだったのに……。
という言葉を、俺はなんとか呑み込んだ。
やはり悪いとは思うし、もちろん責任を感じてはいるのだが……それでも、これ以上の押し問答は逆に申し訳なくなる。
気を遣ってくれているのだ。それならば今回は、先輩に頼らせてもらおう。
今回は、ってか……俺、結構頼りっぱなしな気がするんだけど……。
そういや、羽雪さんに申し訳ないな。特訓とか、付き合ってもらって。
奢ってもらって。
……四百三十円。
そういや、観戦には来てくれていたのだろうか?
「とにかく、閉会式に行くよ。開会式と違って、代表選手は公開済みだから、全員出るんだ」
「はい……それじゃあ、急ぎますか」
◇
怪我をしていた代表選手も、全てが試合場に出ていた。包帯を巻いている姿も多いが、とりあえずは元気そうだな。
簡易的な舞台が大型モニター側に設置され、その上に運営の人間や、お偉い人たちが並んで座っている。
その前に横並びで、第一、第二、第三の順で、選手が並んでいる形だ。
『これより、第七回、東京三大魔装高校合同、魔装法試合、聖なる魔装戦の閉会式を執り行います』
そのアナウンスと共に、聖なる魔装戦の閉会式が始まった。
簡単な挨拶やら、優勝校の生徒会長から一言、などなど……校長の挨拶と同等の力かと思うほど、暇な時間が流れる。
チラッと横目で見ると、輝月先輩は無表情に、着々と進行していく式を見ていた。
その隣で、千条先輩が欠伸をしている。
瓜屋先輩は行儀良く立ち、小園先輩は不機嫌そうに舞台を睨んでいる。
しかし……誰一人、この試合に不満があるようには見えない。
負けはしたけれど、所詮は学生の試合で、結局はそれだけだったと。
この先輩方は、もっと多くのものを見てきたんだ……きっと、俺が思っていることなんて、霞んでしまうほどのものを。
『これで、第七回、東京三大魔装高校合同、魔装法試合、聖なる魔装戦の、閉会式及び、競技等のプログラム、その一切を終了致します。会場の皆様、お疲れ様でした』
アナウンスと拍手喝采に、俺はハッとする。
終わった……呆気なく、色々とあった聖なる魔装戦は、終了したんだ。
そう考えると、達成感やら感動よりも、虚無感がある。
「さて、退場だよ」
ボーッとしていた俺を促して、輝月先輩は試合場を後にした。
千条先輩や小園先輩、瓜屋先輩もそれに続く。俺も、ゆっくりとその後ろを追う。
「じゃあ、今は十七時五十五分だから……十九時三十分に、第三高校の正門前に集合ね」
小園先輩が急に、腕時計を確認しながら、全員に言った。
「ああ、了解」
輝月先輩がそう返し、千条先輩と瓜屋先輩も頷く。
意味が分かっていないのは、俺だけのようだ。
「あの……小園先輩?」
「なによ?」
振り返って、小園先輩は顔をしかめた。
「いや……その集合って、何するんですか?」
俺の問いに、小園先輩はキョトンとした表情に変わった。
瓜屋先輩が、小園先輩の顔を覗き込む。
「あれ、誰も伝えてなかったんですか? 小園ちゃんが伝えるとか、なんとか……」
そう言われ、小園先輩が赤くなった。
「ちょっ……違うわよ。誰かが言ってると思って……」
「いや、ちゃんと言っておくって、自分で言ってた」
そこに、千条先輩が割り込んでくる。
更に顔を赤くして、小園先輩は後ずさった。
「わ……悪かったわよ! 確かに忘れちゃいました!」
開き直ったように、小園先輩が声を張り上げた。
俺は、呆然とそのやり取りを眺めていたが、聞きたいのは仲の良い先輩トークじゃない。
「それで……その、集合って?」
「そりゃ決まってるだろう。打ち上げだよ。今大会の」
輝月先輩が平然と、騒ぐ先輩たちの間を割って俺に教えてくれた。
打ち上げ……だと?
「連れてきたい友達いるなら、連れてきてもいいぞ」
優しく笑う輝月先輩に、俺は軽く頷いた。
つか、後一時間半で集合とか……タフすぎないか、この人たち。




