第147話 聖なる魔装戦~聖なる戦いは終わる――stream and wind
最終戦の序盤は、かなり静かな立ち上がりとなった。
しかし、と言うよりは、当然……戦いが激化するのは、その後である。
「くッ……そッ……!」
ナイフの背で、なんとか長剣の刃を逸らす。
勢いに押され、バランスを崩した俺に、長剣が叩きつけられる。
それを、移動魔法を使い、強引に右へと跳んで躱した。
「なるほど……確かに、一年とは思えない動きだ」
「それはどうも」
雲類鷲さんの感心した声に、俺は素っ気なく返す。
攻撃に転じる時には、光を屈折させる魔法も意味はなさない。が……それから、すぐに見えなくなってしまう。
いや、正確には見えてはいるのだが。
「チッ……」
こうなれば、カウンター狙いでいくしかない。
削り殺しのような戦法は癪だが、どうにもできないものは仕方ない、と割り切ろう。
「ハアッ!」
ナイフを中央に構え、誘い出すために突貫する。
雲類鷲さんは、上段に剣を構え、動かない。
……どこから……どの方向から……。
そこで、雲類鷲さんの頬が少しだけ、緩んでいるのが見えた。
「ッ!」
急停止して、右斜め前に転がり込む。
真っ直ぐに振り下ろされた剣が、その勢いを地面にぶつけ、砂を散らした。
……ッ……この人……さっきの攻撃で、屈折の魔法を解いていたのか。
「よく気付いたな」
再び剣を構え、俺を賞賛してきた。
立ち上がりつつ、俺はパラに視線を落とす。
さっきまで拳銃を使わなかったのは、無駄に弾を消費しないためだ。
だが、あの屈折の魔法を解いた雲類鷲さんになら、使える。
「来い」
静かに、それでも挑発に聞こえる言葉に、俺は唇を引き結んだ。
言われなくたって、やってやるよ。
「カイフウ」
銃弾に風魔法を付与し、放つ。
そう言えば……不死鳥の魔法を発動している時は、技の名前がホイホイ出てきて、イメージも固めやすかったのに……なんで、通常の俺は、ネーミング適当なんだろう?
今度、考えておくか。
とは思えど、咄嗟に出した技のイメージは、その場限りな訳だし……技名って、なんだかなあ……。
今回の風魔法は、銃弾の加速と回転力の強化だ。
考えなしに、攻撃力アップを狙ったんじゃない。
波魔法は、相手の攻撃を受け流してしまう魔法だ。まるで、平たい石を水面に投げたように、滑って流れてしまう。
それを無効化するには、素早さと突破力が必要だ。
波を散らし、押し退けるほどの。
雲類鷲さんは素早く構えを変え、銃弾に対して垂直に、剣先を向けた。
パシンッ! という水面を叩いたような音と共に、銃弾が真横に吹き飛び、壁に突き刺さる。
「ッ……おいおい……マジか、よ……」
この人……剣に波魔法を張って、それで銃弾を……打ちやがった……!
払った状態の剣を中心に戻し、雲類鷲さんは首を回した。
「まあな。鉛玉をいなすのに、拳銃ではやりにくい」
……っ……。
ハハッ……銃弾を弾き飛ばすことが前提かよ。しかも、長剣で。
とんでもねえ……。
「……お前、前の試合で何があった?」
「え……?」
唐突な問いに、俺は思わず構えを崩してしまう。
しかし、そこを攻撃するような人ではなく……片眉を少し上げて、再び問いかけてきた。
「お前を最初にチラッと見かけた時より、大分、清々しい表情をしている。何か、悩みでも消えたかのような顔だ」
本当に、心を見透かすのが得意な人なんだな……。
正しく言えば、悩みが全て消えた訳ではないが……確かに今は、清々しい気持ちではある。
どこかで俺は、月音の闇に気付いていたのだろうか。
今更ではあるが――月音と出逢ったのは、ただの偶然ではないのかもしれない。
互いに、ああやって戦う運命だった……とは、考えすぎか?
「そうですね……今は、結構楽しんでます」
素直に答えると、雲類鷲さんは微かに笑ったようだった。
「それならいい」
雲類鷲さんは、右手で剣を振り上げ、高く、空を突き刺して構えた。
何か……大技が来るか……?
構えからして、そうだとは思うが……それを待っているほど、俺はお人好しではない。
「させるかッ!」
パラを横に構え、雷魔法を付与した銃弾を四連発で放つ。
波魔法は、雷魔法の伝導雷なども流してしまう。
しかし、どんなに流そうとしても、流す先に別の物があれば押し切られる。
銃弾を幾つ流そうと、雷魔法を全て流しきる事は不可能だ。それに、銃弾を流してしまえば、銃弾が別の銃弾を押し込み、弾道が変わる可能性が高い。
そこは雲類鷲さんだから、簡単にダメージを喰らうとも思えないが……無傷で防ぐのは無理なハズだ。
「刃撤……流兜」
雲類鷲さんは……ただ、剣を真っ直ぐに振り下ろした。
ただ、それだけ。
それだけで。
地面が裂けた。
巻き上がった砂が、銃弾をも覆い隠し、激しく舞い始める。
「くっ……は……ごほっ……」
目を閉じて数歩下がりながら、制服に風魔法を纏わせ、周囲の砂を払い除けた。
砂嵐の中で微かに見えた光景に、俺は絶句する。
地面の隙間に、巻き上がった砂が流れ込み、その裂け目を埋めていく。
完全には塞がらなかったが、目立つほどではなくなってしまった。
「…………」
「悪いな。これぐらいしかなくて」
呆然とする俺に、雲類鷲さんが肩を竦めてきた。
観客席から、歓声が上がるのが聞こえる。
チラッとそちらに視線を向け、雲類鷲さんは調子の変わらない声で続けた。
「どうやら、前の試合のせいで戸惑い気味だった観客席も、少しは賑わってきたようじゃないか?」
その言葉に微かな苛立ちを覚え、俺はパラとナイフを握る手に力を込めた。
「じゃあ……景気づけのために、あんな壮大な技で銃弾を防いだんですか?」
俺の問い返しに付いた棘を察したようで、雲類鷲さんは苦笑を浮かべた。
「いや、それだけじゃないさ」
雲類鷲さんは、右脚を前、左脚を後ろに、腰を落として構えた。
剣が、太陽の光で波打っている。つまり、波魔法が発動しているのだ。波魔法が、刃全体を覆っているのか。
「さっきの技は、まだ終わっていない」
横に、剣を振り払った。
……そうか、なるほど……。
さっきの一太刀で、地面に波魔法を撃ったんだ。その波魔法は、上空に向けて砂を流れさせ、銃弾を包み込む。
この時点で、波魔法が砂を巻き上げていた……ずっと、発動し続けていたということ。
そして、カモフラージュのために、裂け目へと砂の流れを変えた。
ずっと……波は漂っていたんだ……剣を伝って、ずっと流れていた……。
さっきまで、波は引いていただけ。
つまり、次は押し寄せてくる番だ。
「くッ! う、ガハッ……」
先ほどの隙間から、剣の動きに合わせて、砂が俺へと押し寄せてきた。
波魔法は、全てを包み込み、その流れを変えてしまう魔法。
その性質をよく理解もしないで、防御的な手段にしか使えないと見くびり、こんな事態になっている。
俺もまだまだ、浅いってことか……。
「う、が、は……ゴホッ!」
風魔法で必要最低限の防御はしてみたが、さすがに勢いが強すぎる。
俺の体は大きく飛んで、試合場の壁へと叩きつけられた。
口の中に入った砂を吐き出し、俺はよろよろと立ち上がる。
「まだ立っていられたか」
雲類鷲さんの声も、少し遠くから聞こえる。
「だが、もう終わりだろう」
パラの銃口には砂が詰まり、撃てない状態だ。引き金を引いた途端、暴発する。メンテをする時間は、さすがに貰えないだろう。
ナイフ一本しかない。
「まだ……まだ、戦えます……」
俺はパラをホルスターにしまい、ナイフを右手へと持ち替える。
その様子に、雲類鷲さんは軽く頷いた。
「闘志があるなら、無理しては止めない。その代わり、痛い目を見てもらってから退場してもらう」
頭を軽く振ってから、俺は移動魔法を使って突進する。
実力差は歴然。ならば、下手な小細工などは邪魔なだけだ。
「うおおおおッ!」
突進の勢いのまま、突きを放つ。
移動魔法を使われ、一瞬の内に避けられる。
至近距離戦闘では、移動魔法や加速魔法などの、動きを補助する魔法を使い、相手をいなしてから攻撃するのが定石だ。
その通りに、躱した体勢から、雲類鷲さんが蹴りを放ってくる。
予想していた……だからこそ、突きの時に、連続使用できない移動魔法は使わなかった。
俺は移動魔法を使って、その蹴りを、脇腹を掠めるようにして躱す。勢いで右回りに一回転し、右脚で回し蹴りを放つ。
だが、その右脚の膝裏へ、雲類鷲さんの右脚が叩き込まれた。
「ぐぅッ……!」
脱力しそうになる体を無理やりに駆動させ、左脚のみで跳び上がる。
雲類鷲さんの剣のひと薙ぎを、足元スレスレで避けることができた。
「すごいアクロバットだな」
「どうも!」
叫びながら、着地と同時にナイフを振る。
雷魔法をブーメランのような形で飛ばし、雲類鷲さんの右腕を狙う。
しかし、素早い反応で剣が振られ、纏われていた波魔法により、当たらない。
「くっ……」
俺は右の靴から風魔法を吹かせ、小さな竜巻を創る。
「……!」
雲類鷲さんが、僅かに眉を寄せて、大きく後ずさりながら俺から離れた。
小竜巻は砂を巻き上げ、くるくると回り続けている。
俺は右脚を、何かを蹴るように振り上げた。
小竜巻は、その右脚の動きに連動して、横向きに飛んでいく。
波魔法は……流れを操る魔法だ。
だが、竜巻の流れは、風の流れ。大気の流動。
いくら魔装法による小竜巻でも、その流れを変えるには、相当な集中力が必要なハズだ。
「いけえええッ!」
雲類鷲さんの右肩へと、真っ直ぐに飛んだ小竜巻は……その体を、通過していった。
「え……」
流されたとかじゃない、通過だ。まるで幻のように――
一瞬で思い出される、光を屈折させる魔法。
嘘だろ……どの場面で……俺の目を誤魔化せた……?
ああ……後ずさった時か。あの瞬間なら、俺も小竜巻を創る事に意識が削がれた。
そして、剣が反射する太陽光……しかも波魔法によって、光の流れさえも変える事ができる。
「お前はなかなか強い。面白かったぞ」
「……それは……ありがとうございます」
どこからか響く声に、俺はため息混じりに返す。
六方向から砂が巻き上がり、俺の背丈ぐらいの、正方形の厚紙のような形になった。
最後の抵抗に、風魔法を全力で発動して、ナイフを振るったが……。
果たして効果はあったのか……俺は、六角形の砂の壁に囲まれてしまった。
安全のために防御魔法を張った制服に、砂を裂きながら現れた刃が叩きつけられる。
その刃が纏った波魔法は、抵抗する俺の体の向きも、この世界にしがみつこうとする俺の意思も、まとめて遠くに流してしまった。




