第144話 聖なる魔装戦~決着する表と裏――save and gathering
試合時間残り約九分時点――
黒葉が、不死鳥の魔法武器を発動しようとする、少し前の時である。
「……どうします? 小鈴ちゃん……見つかりませんよ?」
栄生の問いに、栢は少しだけ考えてから首を軽く振った。
一旦、観客席から通路へと戻った二人は、試合場への介入は不可能と判断した。
その後、小鈴を奪還するため捜索をしていたが……慎重に行動しているということもあり、見つからない。
「とにかく、このまま戻ってもどうしようもないの。品沼くんがいるし、あっちは大丈夫。私たちは、私たちが出来ることをすべきだと思うの」
「そう、ですね……分かりました」
栢の言葉に頷いて、栄生は目の前の扉を見つめた。
その扉の向こうは、激戦があったばかりの一般観客席である。
「……特に音はしませんし、戦闘は起きてないようですね」
栄生の口調は、確信や確認よりも、願望に近い。
この先でまだ、星楽と白也の戦いが行われていた場合……出るのは危険だ。
しかし、栢は躊躇う様子もなく扉を開け放つ。
焦る栄生だったが、目の前の光景に、警戒も忘れて唖然とした。
「な、何が……起こったの……?」
一般観客席にいたのは、一人だけではなかった。
気絶した星楽……小鈴の肩を掴んでいる井宮、その前に石垣と鉄村が立っている。その隣に別の研究者が二名。その足元には、倒れている四人の研究者。
そして、その者たちの正面に立っている、ひと組の男女。
白也と、鷹宮陽毬である。
「あれ? 白也さ。部屋から出ないように言ってきたって、嘘だったの?」
陽毬が二人を見つけて訊くと、白也は不機嫌そうに言い返した。
「違う。俺が言ってきたのは、お前の妹と、その場に一緒にいた人……後は第一の奴らだ。意識を失ってないのは、そいつらぐらいだったからな。あの二人は、元々部屋にいなかった」
「またまた~そう言って、私を呼びつけといたのに、自分の役割はサボっちゃったんでしょ~?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた陽毬に、白也は小さくため息を吐いた。
「なんでもいいさ、もう……とりあえず、前の四人は一斉に倒す。小鈴ちゃんをその内に取り返してくれ」
「はいはい、了解です」
緊張した表情の研究者たちとは対象に、陽毬は笑顔で頷いた。
白也が右手に持ったバタフライナイフを横に振ると同時に、前衛にいる研究者たちに氷の粒が飛び出す。
「……まさか、白城白也の相手をするとは思っていなかったぞ」
鉄村が低く唸り、メタルズハンドをはめた拳を構えたが、無駄だった。
氷の粒は研究者たちの足元に着弾し、大きく膨らむ。そのまま、四人の足を地面に氷で縫い付けた。
「ちょいっ! マジ無理だから!」
井宮が叫んで、小鈴を抱えて逃げようとする。
「待ちなさいよ!」
陽毬が素早い動きで前衛の四人の間をすり抜けた。
呆然とする栢と栄生の目の前で、陽毬が井宮へと飛び掛かる。
「……な~んちゃって」
その瞬間、井宮と小鈴の姿が掻き消えた。
少し離れた位置に、小鈴を抱えた井宮が立っている。
「しまった、幻惑魔法……!」
「ま、そゆこと」
焦る陽毬の前で、井宮は、栢と栄生が入って来た方向とは逆の扉に手をかけた。
「……陽毬は在学中、あることで評価されていた」
誰に言うでもなく、白也が呟く。
「それは……特殊魔法の多さ」
その言葉と同時に、井宮の焦った声が響いた。
「あ、れ? あ、開かないんですけど!?」
「……な~んちゃって」
陽毬がさっき言われた台詞を返して、ニヤッと笑う。
ゆっくりと井宮に歩み寄りながら、陽毬は小型のナイフを抜いた。
「ま、私が使うのなんて、小さくて弱い魔装法ばかりだよ」
井宮が立つ扉の隙間には、蜘蛛の糸のようなものが張り付いていて、開閉を防いでいる。
「いつの間に……!」
「あ、それはね? さっき白也が氷の粒を出した時、私も一撃混ぜてたんだよ」
驚く井宮に、陽毬が冷静に返す。
拳銃を抜こうとした井宮に、陽毬が素早く近付いた。そのまま、ナイフの柄で腹部を殴打する。
呻き声すら上げずに井宮が崩れ落ち、痛々しく地面にぶつかってしまう。
その直前に、脱力した井宮の腕から、陽毬は小鈴を抱き取っていた。
「白也ぁ!? こっちは終わったけど!?」
振り返った陽毬に、白也はため息を吐いた。
「お前が後ろから撃たれるのを、俺……二十六回阻止してやってんだけど?」
気を失っていない研究者は、今では石垣のみとなっている。
その石垣が持つ拳銃も、完全に凍らされていて使えない。
「……今更、なんのつもりだい? 上の人間は既に退避した……サーフィスはまだ、なくならない」
引き攣った笑みを浮かべ、皮肉混じりに石垣が言い放つ。
それに対し、白也は肩を竦めた。
「別に、復讐とかは考えてませんよ。そういうのは、黒葉に任せます」
「じゃあ、なんだって……こんなことしてる? アメリカで一体、何してた?」
続けて問いかける石垣に、白也は首を振る。
「それにはお答えできません。まだ、足らないので」
「足らない?」
「とりあえず、俺は別のことを考えてるんですよ。みなさんのように、絶対的な力とか、過去の恨みを晴らすとか、そんなことは思ってもいない。だから、リバース側というのも微妙です。江崎さんたちは、どうやら復讐の手助けをしたいらしいですしね」
白也はそう言ってナイフを縦に振り下ろした。
氷の塊が飛来し、石垣を気絶させる。
「さて……陽毬、その子を」
「うん、分かってる」
陽毬は、小鈴の口に張り付いていたガムテープを優しく剥がした。
「大丈夫?」
「あ……は、はい……」
戸惑いながらも、微かに返事をした小鈴を見て、栄生が思わず一歩前に出る。
それを横目に見た白也が、そっと栄生に近付いた。
「あの子は……記憶を失っているんだ」
「……!」
「無理やり、ある力も植え付けられている。君は彼女を……どうする?」
白也に問いかけられ、栄生の瞳が揺れた。
その視線が一瞬だけ、気絶した星楽へと向けられる。それから、小鈴へと。
「……陽毬、後は頼む。とりあえず、医務室へと向かえ。全員、そこで待機だ」
静かに息を吐きだして、白也が声を張り上げた。
「はいは~い、分かってますよぉ~。それより、黒葉くんはいいの? この試合も……」
「結果はどうあれ、試合はもうすぐ終わる」
不安そうに訊いた陽毬に、白也は短く返す。
そして、黙っている栢と栄生の方を向いた。
「俺はもう手を出さない。残りは、自由に決めてくれ」
そう言って、白也は通路へ続く扉の前へと歩き出す。
しかし……扉に手をかけた瞬間、試合場から上空に、一筋の光が放たれた。
金と紅緋の色が混じる、輝く炎が。
「まさか……! 黒葉……戻れなくなるぞ」
白也は振り返り、眉をひそめたが……静かに一般観客席を後にした。
◇
「まったく……自分勝手なんだから」
腰に手を当てた陽毬が、白也が閉じた扉を見てため息を吐いた。
「じゃあ、小鈴ちゃん。行こうか」
「あ、はい……あの……私、実は……」
申し訳なさそうに切り出す小鈴に、陽毬は笑顔で首を振った。
「大丈夫。私、あなたに会うのは初めてだよ。憶えてなくて当然!」
ホッとしたように頷いた小鈴に微笑んで、陽毬はその背を軽く押した。
歩き出す二人に、ゆっくりと栢と栄生が近付いていく。
それを見て、陽毬は右の手のひらを突き出してみせた。
「あ、自己紹介とか、なしね。とりあえず、医務室に行こうか」
「……分かりましたなの。可野杁」
栢が小さく、小鈴の顔を見つめていた栄生を呼ぶ。
慌てて栄生が頷いて、扉の方を向く。
その背中を……小鈴は不思議そうに見つめていた。
扉を空けた栢が、思い出したように振り返った。
「あそこの人たちは、連れて行った方が……」
しかし、陽毬は苦笑いして手をひらひらと振る。
「やめといた方がいいよ。誰か一人ならまだしも……途中で目を覚まされたら面倒だもん。口も割らないと思うし。それに……この大会を無事に終わらせるつもりなら、それ以外は考えないように」
最後は警告のように言われ、栢は黙って頷く。
だが、栄生は陽毬に一歩詰め寄って問いかけた。
「あ、あの! 一人なら……いいんですか?」
「? まあ……どうしてもなら」
疑問符を浮かべる陽毬に一礼して、栄生は、倒れている星楽の肩に手を回した。
そのまま、引きずるようにして戻って来る。
陽毬はそれに対して、渋い顔で首を傾げた。
「う~ん……起きちゃったら、抑えられるかなぁ……?」
◇
陽愛、悠、登吾の三人は、試合後の動きについて話し合っていた。
その途中に突然、医務室の扉が開いた。
驚く三人の前に、陽毬が姿を出す。
「どうも~」
「えっ……お、お姉ちゃんっ!?」
更に驚いて立ち上がる陽愛に、陽毬が笑いかける。
「うん、お姉ちゃんです」
その後ろから、星楽に肩を貸して移動してきた、栢と栄生が現れた。
「……っ……星楽さん、か……なるほど……これで、揃った訳だね」
四人に鋭い眼差しを向ける登吾に、小さな影が駆け寄ってくる。
「登吾さんっ!!」
「小鈴っ……!?」
陽愛に続いて、更に驚く登吾。
一人、冷静さを取り戻した悠が、栢と栄生の側に歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……まあ、大丈夫だけど……あの人……」
栄生は応えながら、横目で陽毬を示した。
「ああ……鷹宮さんの……鷹宮陽愛さんのお姉さんです」
そんな会話の横で、登吾は強く拳を握る。
「小鈴を取り戻せた……次は、白城くんか……」
同時刻、黒葉と吸血鬼の戦いが、決着へと向かっていた。




