第143話 聖なる魔装戦~決着と血に捧ぐ想い――The last of blow
『巡炎の腕』から伸びる刃を、真っ直ぐに二号へと向ける。
なんだ……今のこの、スッキリとした感覚……。
さっきまで熱さを感じていた右腕も、今は自然な感じだ。一体感がある。
「ふぅ……」
小さく細く、息を吐きだす。
無言で、二号が構えた。何かを感じ取ったらしい。
「偽者で、吸血鬼のコピーのお前が、何をしようってんだよ」
ガントレットのブースターから飛び出た、尾羽のような炎が猛烈に勢いを増した。
それだけだと、右腕のみが加速する事でバランスを崩し、空回りする。しかし、その尾羽の炎は、俺の身体に巻き付くように流れた。
同時に地面を蹴り、二号へと向かっていく。
瞬間、俺の身体が急加速する。
スローに流れる視界で、二号が防御の動作に移るのが見えた。
「遅えよ」
――……スッ……――
すれ違った途端に、俺の加速が終わる。
急な速度の変動に顔をしかめながら、俺は軽く刃を振った。
『瞬間加速か……人間の身体じゃあ、使い勝手が悪いと思うよ?』
「……ッ!」
俺の身体が、さっきの動きと反対方向に吹き飛んだ。
受身もできず、地面へ激突して咳き込む。
二号は斜めに大きく切り裂かれ、霧のように消えた。だが、俺が止まった瞬間に、吸血鬼が棺桶で殴ってきたのだ。
「グ、ハッ……そ、その程度、か……?」
立ち上がって、口の中に溜まった血を吐き出し、強がって見せる。
そんな俺に、吸血鬼はニヤリと笑った。
『そうだね……じゃあ、君も魔法武器を出せたんだし……終わりにしよう』
試合時間、残り六分ぐらい……。
「ああ……そうだな……」
俺は左手でパラを抜いて、不死鳥の炎を込めようとして……止めた。
いや、正確には……無理だった。
魔法武器を出している精神力で、限界らしい。つまりは、このガントレットの制限時間を過ぎれば、試合云々を差し置いて、戦えなくなる。
「眠れ……吸血鬼ッ!」
急加速によって吸血鬼へと肉薄し、パラを向ける。
今は強化魔法を施すので精一杯だが……ないよりマシだ。
魔装法で強化された鉛玉が、至近距離で吸血鬼を捉える。
『甘いね』
棺桶から染み出した闇のエネルギー波が、銃弾を流してしまった。
だが、本命はそっちじゃない。
吸血鬼には、不死鳥の炎を叩き込まなきゃ、消せないようだしな。
「ハアッ!」
金色と紅緋の炎を纏った刃が、吸血鬼へと振り下ろされる。
棺桶によって弾かれたが、想定内だ。
見た目からしても分かる通り、刃と棺桶じゃ、重さが違いすぎる。それらを振り回す近接戦なら、明らかに刃の方に分があるのだ。
武器には、丁度良い重さが必要だ。軽すぎると扱いにくい。
しかし、棺桶はいくらなんでも重量オーバーだろう。
速さで……上を行く!
「ウオォォォォォォォォォォッ!!」
ガントレットを急加速させ、速さにも緩急を付ける。だがそれも、緩急と呼べるレベルじゃない。
守りに徹する吸血鬼に、右、左斜め下、右斜め上、下、左斜め上、と連続で叩きつける。
縦に棺桶を置かれれば、素早くステップを踏んで、横から斬りつける。
しかし、棺桶は受け止めている時にも、闇のエネルギー波を発することが出来るらしい。
俺の突きを受け止めたと同時に、闇のエネルギー波がカミソリのような鋭さで迫ってきた。
一撃を宙返りして躱し、別の一撃は刃で受け流す。
棺桶が振り上げられる前に飛び込み、連打を浴びせる。
だが……どうしても崩せない。
急加速を使った移動と斬撃、不死鳥の炎による攻撃と速度の補助、その攻撃を全て防がれてしまう。
射撃のフェイントもかけるが、それは闇のエネルギー波で流される。
再装填する時間もなく、パラは最終的にお荷物となってしまった。
蹴りも混ぜ合わせてみたが、棺桶の大きさは、付け焼刃の手数攻撃は寄せ付けない。
その間にも、闇のエネルギー波が少しずつ俺の体を削っていく。切り裂かれる痛みは、もう感じないが。
気を抜けば……少しでも集中を切らせば、カウンターで死ぬ。
『……素晴らしいよ』
一瞬……俺が体を反転させる一瞬……その一瞬で、吸血鬼が蹴りを繰り出してきた。
仕方なく下がり、頭を狙った横薙ぎの棺桶を、しゃがんで避ける。
だが……反撃させてはまずい……ここで決めるしかない……!
「纏え……不死の炎……巡炎の刃に……突き破れ――不死鳥の緋炎刃――」
吸血鬼も、棺桶を縦に構えて、真っ黒なエネルギーを溜め始めた。
『葬れ……血を欲し……生命に飢え……噛み付け――吸血鬼の黒血牙――』
この技で……全てが決まる……終わる――
「喰らえええぇぇぇぇぇッ!!」
眩い、光り輝く不死鳥の炎を纏った刃を、左斜め上に振り上げる。
鳥の羽のような炎を散らしながら、金色と紅緋の斬撃が飛んでいく。
『吸わせてもらおうか……その力、全てを!』
棺桶の蓋が砕け散り、赤黒い闇のエネルギー波が飛び出してきた。
そのエネルギー波は、一メートルほどの、吸血鬼の牙のような形をしている。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
炎の斬撃と、闇の牙がぶつかりあい、甲高い音を立ててせめぎ合う。
不死の炎が斬撃の命を巡らせ、吸血の闇が斬撃のエネルギーを奪っていく。
強烈な衝撃波に、俺と吸血鬼の体が後方に押される。
「突き……破れぇッ!」
爆発音が盛大に鳴り響き、粉塵が巻き上がった。
立ち尽くす俺の左右の地面に、真っ二つとなった闇の牙がそれぞれ突き刺さり、激しい衝撃波を撒きながら爆散した。
その向こうで、微かに残った炎の斬撃が、吸血鬼へと迫っていくのが見える。
『まだ、だアアアァァッッッ!!』
声を荒げた吸血鬼は、斬撃へと棺桶を投げつけた。
「いや……夜はもう終わりだ」
急加速した俺は、残った斬撃を通過するように、刃を上段から振り下ろす。
棺桶は、ゆっくりと真っ二つに断ち切られ……霧散した。
「緋炎刃の追撃」
斬撃が不死鳥のような形になり、吸血鬼へと飛翔していく。
不死鳥の斬撃は、吸血鬼の胸へと突き刺さった。
同時に、その箇所から炎が吹き上がり、吸血鬼を包み込んだ。
◇
試合時間は、残り三分と少し。
「……終わった」
静かに息を吐きだして、俺は右腕のガントレットを解除した。
途端に、強烈な疲労を感じて地面に座り込む。
癖で、弾切れのパラを抜いて再装填する。
「そ、そうだ……月音……月音っ……」
疲れた体に鞭打ち、立ち上がる。
会場全体を覆っていた、夜の空間魔法が崩れていく。
月音は仰向けに倒れていた。駆け寄って、跪く。
「大丈夫か……月音……おいっ……」
そこまで言って、目を見開く。
胸に、刃物で刺されたような傷があり、そこから血が流れている。
これは……俺が、吸血鬼に攻撃した……。
「な、なんで……」
『当然だろう。あの攻撃により、不死鳥の炎が吸血鬼を抑えた。つまりその傷には、吸血鬼の回復力は適応されていない』
俺の呆然とした声に、脳内で不死鳥が答えてきた。
え……そ、それなら……これは……。
「どうすりゃいいんだよ……俺は――」
一つ、思い出す。
「おい! 不死鳥の涙だ! 使ったことはねえけど、前にお前が……」
『無理だ』
必死な俺の声を、不死鳥が冷静に否定してきた。
「でも、実際に……!」
『お前は、不完全な不死鳥体だ。使える能力には限りがあり、特性は選ばなければならない』
「な、に……?」
初めて聞く話に、俺は顔をしかめる。
それって……もしや……。
『お前は、戦いのために巡る命を使った。回復のために、命を巡らせたりは出来ない』
聞いてない、と文句を言おうとして……筋違いだと気付いた。
もし知らされていたとしても、戦うための方を選択しただろう。それしか、道がなかったから。
「じゃあ、本当にどうすりゃいいんだ……このままじゃ、吸血鬼を倒した意味が……」
……月音を助けることが、できねえじゃねえか。
「クソッ!!」
拳を地面に叩きつける。
月音の体を起こし、大きく揺すった。
「…………く……ろ……」
「!? 月音!?」
薄らと月音の目が開いた。
「……ご、め……んね……く、ろ……ば……くん……」
「謝んなよ……! 大丈夫だから! しっかりしろって!」
月音はゆっくりと右手を上げて、自分の胸の傷を触る。そして、血の付いたその手で、俺の左頬を軽く撫でた。
「あ、はは……やっぱ、り……わた、し……死にたく、です……」
その目から、一筋の涙が落ちる。
月音を抱く腕に、力が入った。
「当たり前だろ! こんなとこで、死なせるかよッ!」
だけど、どうすればいいんだ……?
本当はこんな傷、吸血鬼状態ならば、一瞬で回復して――
「……!」
「くろ、ば……く、ん?」
固まった俺に気付いてか、月音はか細い声で問いかけてきた。
月音の潤んだ目を真っ直ぐに見つめ、俺は唯一の方法を提示する。
「いいか? 月音を救うために、約束してくれ」
静かに、苦しそうに、月音が頷く。
時間がない。
「絶対に、自分を見失うな。自分を弱いなんて思うな、卑下するな。俺が側にいる……だから、戻って来るって強く思え。出来るか?」
「う、ん……わか……り、ました……」
深く息を吐き、呼吸が弱々しくなる月音を抱え上げる。
そして、俺は自分の首筋を差し出す。
「月音……俺の血を、吸ってくれ」
そう……残っている吸血鬼の力なら……この傷を、回復させられる。
それには、俺の血が最適だろう。
だが、それにはリスクがあるんだ。
言うまでもなく……吸血鬼が復活する可能性……折角倒した奴が、戻って来てしまい……俺の血を利用して完全となり、月音が消えてしまうリスクだ。
だから……最後の策。
月音の意志を信じ、俺は自らの首を差し出して、血を与える。
あの夜……月音の意志ではなかったけれど、初めて俺と月音が逢った夜。
俺はナイフで刺された。
だが……聞いた話だと、通報したのは高校生ぐらいの女の子だったと言う。
状況から考えて、それは月音自身だ。刺した本人だ。
その時に、月音は俺の顔を見ている。
しかし、商店街で、初めて月音の意志で逢った時は、そんな素振りはなかった。
つまり……無意識に、月音の良心が動いたんだ。
少しだけ、無意識下で、吸血鬼を抑え、助けを呼べた。
なら……自分の助けだって、呼べるだろ?
戸惑った月音の後頭部に手を回し、ゆっくりと俺の方へと押す。
そして……静かに……俺の首筋へと、牙が立てられた。
痛みを感じ、目を閉じる。
……しかし、それはどこか……少しだけ、優しくて……。
俺は、軽い目眩と共に、温かいぬくもりを感じながら……意識を失った。




