第136話 聖なる魔装戦~巡り、蘇る――second war
「なんで、品沼くんは気絶してないんだい?」
「ああ……僕は、犯人と思われる男の近くにいまして……」
登吾の問いに、悠が答えた。
「石垣か……あいつ、思った以上に行動派だしな……自分たちは、あらかじめ状態魔法の対策を掛けたか」
ブツブツと登吾は呟いて、携帯を取り出す。誰かに素早くメールを打って、短く息を吐き出した。
唐突に、耐え切れなくなったとばかりに悠が口を開いた。
「あの……さっきの話なんですけど……」
「ん? ああ……この子の妹だろ? 幼いし、怪我をさせられたりはしてないと思うよ」
登吾の言葉に、悠が僅かに安心したような顔をした。
しかし、栄生は複雑な表情をしている。
そこで悠は、話しかける対象を急に変えた。
「可野杁さん……さっき話してくれたことですけど、おかしくないですか?」
「え……?」
「話だと、星楽さんが、妹さんを預かりに来たって言いましたよね? でも、既に十年も一緒に暮らしていた妹を、そう簡単に渡しますか? 確かに、可野杁家には、星楽さんを捨てた……いや、養子にした負い目があったけれど、それだけで渡しはしないでしょう?」
三人は沈黙して、栄生の答えを待つ。
やがて、ゆっくりと栄生が喋りだした。
「一年前……私が丁度、高校に入学時かな……あの子が、事故に遭った。小学校からの帰り道に、信号無視をした車に掠められてね……衝突じゃなかったけれど、コンクリートの地面に頭を打ったから……」
途中で、登吾が顔をしかめて何かを言いそうになった。
「それで病院に運ばれて……魔装法の治療もしたんだけど……」
「効かなかったんじゃないですか?」
栄生は、悠の言葉に辛そうに頷いた。
「そう……頭という、魔装法を生み出す中心部分には、効かない場合もあるって聞いた。しかも……大した怪我じゃないと思っていたのに、あの子はそのまま、目を覚まさなかった」
「えっ……それって……」
驚いた声を上げる陽愛に、栄生がぎこちなく笑った。
「そういう意味じゃないんだ……ずっと、植物状態みたいな感じでね……それよりは、少し状態も良かったんだけど……」
次の曲がり角で、一般観客席への扉に辿り着く。
四人のペースが、少しだけ上がった。
「その一年後に、星楽さんはやって来て……治す方法があるから、預からせて欲しいって……」
静かになった通路を、足音だけが響いていく。
少しの間の後、陽愛が口を開いた。
「あの……その、妹さんの名前って……」
登吾が一瞬、何かを言い出そうとしたが、栄生が話す方が早かった。
「可野杁小鈴……本当は、夜長三小鈴となっているハズの子だよ……」
陽愛の驚いた視線に、登吾は顔を背けた。
◆
「頑張ってね~! 生きて帰ってくるんだよ~!」
……そんな言葉が、頭の中でリピートされる。
ああ……ごめんな、青奈……頑張ったけど、無理っぽいわ……。
冗談みたいな台詞にすら、俺は応えてやれない……案の定、俺には無理だったんだ……。
いや、待て待て……俺にはまだ、残ってるじゃねえか……――
例え……死んでも、生きて帰る……!
体が、炎に包まれている感覚……――熱い……? いや、熱くない。どちらかと言うと、ホッとするような温かさを感じる。
「巡れ……俺の、命……!」
目を開けて、手足の指先に力を入れる。
うつ伏せで倒れていた俺の身体を、なんとか立ち上がらせた。
左脇腹の傷、右肩まで斜めに斬られた傷、その他の傷も全て、なくなっている。それどころか、その際の服の破損さえ戻っていた。
『……不死鳥の力か』
「ああ、蘇ったぜ」
虚勢の笑みを浮かべ、目の前の月音――いや、吸血鬼を見る。
……ヤバイな……目で見えるのだ……暗い、黒いオーラを……闇の瘴気を纏っているのが。
「おい……なんでそんなに、パワーアップしちゃってんだよ。俺を食ってねえだろ」
睨んで問いかけると、吸血鬼は落ち着いた笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
『この身体の元の持ち主……夜長三月音は、絶望したことにより、身体の支配権を手放す形となったのだ』
「なに……? どういう……」
言葉が途中で止まった。
そうだ……第三のアリーナで、俺が暴走した時……深い絶望、というほどではないが、強い無力感を抱いた。それにより、一時的に身体の支配権を不死鳥に奪われたんだ。
それが、月音の身にも起こったのか?
そうだ……第二の生徒から、酷い言葉を浴びせられて……。
「あれも、お前が仕組んだのか!?」
俺の叫びに、吸血鬼はニヤリとした。
『ふふっ……その通りだよ。ただ、あれだけじゃ押しが弱かったようでね……さすがに、迫害されるのは慣れっこらしい』
「ふざけんなッ! 押しが弱い……? 充分な効果があるようじゃねえか」
しかし、吸血鬼は首を振って、右人差し指を地面に向けた。
そこには、蘇生する前の俺が吐いた血が溜まっている。
丁度、狼狽する月音に駆け寄った時だったか……。
『君の血が、怪我が、苦しみが、彼女を絶望させたのさ。君が死ぬかもしれない……その恐怖に怯え、自分が存在する望みを絶ったのさ』
「……なっ……! そ、それじゃあ……」
それじゃあ……俺が絶望させような、ものじゃないか……。
『まあ、気にしないでくれ。やはり、君を殺しても意味がない……食べてあげよう。そうすれば、完全に彼女の意思は消える……私の中で、彼女と溶ければいい』
「……遠慮するぜ。月音を助けるのが、俺の役目だからな」
俺はパラを抜き放ち、吸血鬼に向ける。
『ハハハハハッ! 今の私は、彼女の絶望によって、更に表出されたんだよ? さっきよりも、遥かに能力を使える……勝てると思っているのかい?』
「悪いな……覚悟が決まったんだ。それに、俺も人間じゃないんだぜ?」
……!
月音の身体の、肩……そこの傷が、銃創痕が、消えている……。
俺の視線に気付いたようで、吸血鬼が笑った。
『吸血鬼も、不死なのだよ。確かに、不死力だけならば、不死鳥が上だが……殺る気が違うだろう?』
チッ……どうすりゃいいんだよ。さっきだって、実力だけでも勝てなかったんだぞ。
「……まっ……そんなのは――月音に言ったことを、実行してからだな」
初めて逢った日の夜に、言ったからな……出来る限り、力を貸すって。
「いや、もちろん、言わなくても貸すよ」
俺はパラをコッキングして、吸血鬼を睨む。
ちなみに俺は、この聖なる魔装戦の本番前に、パラを改造している。と言うか、モデルを変えた。
今までは、LDAモデルという、P14を基盤としているモデルだったのだが…….45口径は、俺には合わなかったというのもあって、弾倉などを弄っていた。
行きつけの専門店にも、これは苦しいだろう、とも言われていたので、思い切って変えてみたのだ。
もちろん……俺に合わなかった、という理由で、今までの戦いの言い訳をする訳ではないが……とりあえず、試し撃ちは上々だった。
パラ・オーディナンスP18モデルだ。俺に合う、9mmにするためである。
「弾の総替え……は、いいのか……ただ、色々と面倒だったぜ」
魔装高に出した、許可申請を変えなきゃいけなかったからな。
.45ACP弾はまだ使い道があるから、無駄にはならなかったけど。
『どうした……来ないのかい?』
「ああ……ぶっ飛ばすぜ」
これも、言い訳じゃあねえけど……さっきまでの戦いだって、トリガープルが軽くなったことに、まだ慣れきっていなかったしな。
「今から、本番だぜ」
走り出しながら、発砲する。狙いは脚だ。
『期待するよ……楽しい戦いを、ね』
吸血鬼も、月音のホルスターから拳銃を抜いた。
「使うのかよ……!」
『覚えたんでね』
俺の銃撃は、全て跳んで躱された。あ、違う。飛んで、躱されたんだ。
今なら、ハッキリと分かるように……コウモリの翼だ……あれは。
「ハアッ!」
空へと逃げた吸血鬼へ、パラのセレクターを、単発から三点バーストに切り替えて狙う。
今のパラは、複列弾倉にしたので、合計十七発の銃弾が装填されている。
予想外の連射で追い詰める……!
しかし……黒い軌跡を残しながら、吸血鬼はすべての銃弾を避けていく。
「クソッ……ただの銃弾じゃ、この程度か……」
コンペンセイターを付け、反動も減らすように改造しているが、どんなに狙っても躱されるんじゃな……。
弾倉を入れ替えて、セミに替える。
『ん? 終わりかな?』
何事もなかったように、吸血鬼が首を傾げた。
俺は舌打ちして、跳躍する。
「やろうと思えば……!」
風魔法で、滞空、移動をすれば、空中戦も可能だ……!
『へえ……』
吸血鬼は目を細めて、俺に銃口を向けた。
「しまっ……――」
雷の、属性防御魔法を張って、両腕で頭部を守る。
空中での遠距離、中距離戦じゃあ、俺が不利に決まってるじゃねえか。馬鹿か、俺。
横に空中移動して、射線から少しでも外れながら、間合いを詰めていく。
『ふはははははは! 地に生きる物が、空を動こうとするからだ!』
吸血鬼は本当に楽しそうに笑い、引き金を引きまくって、俺に銃弾の雨を降らせている。
でも……駄目だな。これじゃあ、当たんねえよ。
吸血鬼の意思は、月音の知識を、ある程度は共通できているらしいが……その月音自身が、銃の扱いは苦手らしい。基礎知識ぐらいでは、空中での銃撃戦なんてものを戦いきれるハズがない。
「ハアッ……!」
急上昇して、吸血鬼よりも高く浮かぶ。ほぼ真上だ。
風魔法を切り、自然落下しながら左手でナイフを抜く。その間も、パラで翼を狙い撃つ。
なんで切ったかと言えば……それは単純に、俺の精神力の問題だ。
人一人浮かせて、飛ばしているってのに、属性防御魔法まで張ってはいられない。
今の俺では、風と雷……二つの属性魔法を連立し、連続して使えば、十分と保たないからな。
『弱い弱い』
俺と吸血鬼の間に、唐突に、棺が出現する。
「……ッ……」
自由落下じゃどうしようもない……今から風魔法を使っても、避けきれないしな。
俺は右踵を打ち付け、間髪入れずに吸血鬼の翼の上へと跳んだ。
落下と同時に、ナイフをその左翼に突き刺す。
『ほお……?』
「まだだ」
右手のパラで、右翼を撃つ。
同時にナイフを引き抜き、自由落下に任せ地面に着地する。
「ッ……どうだ……!?」
少し高い位置からの落下だったので、足首へと衝撃がきた。その痛みに、顔をしかめながらも、上を見上げる。
『これは、油断かな?』
傷付いた翼を労わるようにして、ゆっくりと吸血鬼が地面に降り立った。
『ふふっ……だけど、ねえ……』
その光景に愕然とする。
目の前で……ついさっき、穴が空いていた翼が……。
再生、していく……!
『不死力は、君が上だよ……しかし――』
奥歯を噛み締めた俺の前で、吸血鬼は、完全に治った翼と共に両手を広げた。
『――再生力は……私の方が、圧倒的に、上だ』
完治するまで、約十秒……。
だが……俺はもう、覚悟を決めてんだよ。
巡り続けろ――!




