第135話 聖なる魔装戦~出逢い始める者達――another human story
陽愛が目を開けると、そこは会場内の通路だった。
薄暗く、静かである。
「あれ……なんで……私……」
頭を振って、ゆっくりと立ち上がる。
第三の観客席から出て、少し進んだ場所だ。真っ直ぐに伸びている通路は、誰の姿も見えず、静まり返っている。
「あ……そうだ……私、夜長三ちゃんを見て……」
少しずつ、気絶する直前の事を思い出し始めた陽愛が、小さく呟いた。
陽愛は、試合場に出てきた月音を見て、急いで黒葉に知らせようとしたのだ。
入場は、第二、第三の順番だったため、少しの時間があり、その間に知らせに行こうと思っていたのだが……。
「急に……頭がクラっとして……」
陽愛はなんとか立ち、通路をよろよろと進む。
言わずもがな……黒葉と月音が戦う前に、研究者が状態魔法を使って、目撃者を減らそうとしたのだ。通路にいたために、掛かりが甘く、こうして早い段階で解けたのである。
そんなことを知る由もない陽愛は、とにかく入場口へと向かっていく。
しかし、その直前に――
「……え……」
曲がり角で、蹲る男と遭遇した。
「も、もしかして……江崎……さん、ですか?」
「ん……ああ、これはこれは……」
ゆっくりと、その男――江崎登吾が顔を上げる。右肩からは出血していて、白衣を赤く染めていた。
「白城くんの、彼女さんじゃないか……」
「ち、違います! 私は鷹宮陽愛で――って、そんな場合じゃないですよ! どうしたんですか、その傷は……」
驚きながらも、陽愛はしゃがんで、自分のポケットからハンカチを取り出した。それを引き千切り、回復魔法を使いながら、登吾の傷口へと巻き付ける。
少し時間が掛かったが、出血は止まったようだ。
「いやあ……本当、ありがたいね……白城くんが羨ましいよ」
「だから、彼女じゃありませんってば!」
登吾の軽口に、赤面しながら陽愛が言い返す。
しかし……そんな調子の登吾は、実際、冷や汗をかいていて、辛そうにしている。
「あの……医療室もあるので、そこに行きますか?」
気付いた陽愛が、少し控えめな口調で問いかけた。
「……親切心には、感謝するよ……でも……どうしても、試合場に……少なくとも、そこが見える場所に行かないと……」
壁にもたれながら、なんとか登吾は立ち上がろうとする。
慌てて、陽愛が肩を貸した。
「なんで、試合場に? 今は試合中で……黒葉が、戦ってるんですよ?」
陽愛の疑問に、登吾は重々しく頷いた。
「分かってるさ。だからこそ……なんだよ」
ゆっくりと二人は歩き出し、階段を上り始める。
「傷……痛みますよね? なんで、わざわざ上階の入口から出るんですか?」
登吾に気を遣いながら、陽愛は慎重に階段を上がり続ける。
「それは、単純な話さ……高ければ、全体が見える……試合には介入できそうにないし……状況を、把握しておきたいんだ」
そう言いながら、なんとか三階へと辿り着く。
この飛斗梶スタジアムは、五階まで存在するのだが……そもそも、五階は観客席がなく、滅多に使われない。今回の大会では、生徒観客席は三階までで事足りるので、四階も使用されていなかった。三階にも、ほとんど人はおらず、荷物などが置かれている。
一階の出入り口を使えば観客席には出れるので、わざわざ内部の階段を使ってから出る人も少ない。
よって、二人が扉を開けて観客席へ出ると、そこには誰もいなかった。
丁度、第三の観客席と、一般観客席の間……今日は、縦一直線に、全く使われていない観客席である。その三階地点だ。
「これはまた……深刻だな……」
「こ、これって……」
登吾は苦い顔をしている。陽愛は口に手を当て、気絶している魔装生を見回した。
「大丈夫、気を失ってるだけさ……――表め……ここまで総動員させるとは……」
愕然とする陽愛を励まし、登吾は横を向いた。
「待てよ……あれは……!」
陽愛も、登吾の視線を追う。その先は、一般観客席。
観客席は全て、その階ごとに、大きな踊り場のような場所があり、広い空間が保たれている。
特に、一般開放に使われる事が多い観客席は、そのスペースが広いのだ。
その広い場所で、大きな爆発が起こった。
「きゃっ……! な、何……?」
陽愛が耳を塞いで、悲鳴を上げる。
立て続けに爆音が鳴り響き、コンクリートが砕かれる音や、何かが打ちつけるような、嫌な音がこだました。
「……!? おいおい……あれって……研究途中の武器……爆撃系の武器じゃんか……」
顔を歪めて、登吾が呟いた。
「あの……前から思ってたんですけど……江崎さんって、黒葉とはどういう……?」
少しだけ耳から手を離して、陽愛が訊ねる。
「ん? ああ……白城くんが、殺したいほど恨んでる人間の一人、かな?」
「え……?」
乾いた笑いを浮かべ、登吾は試合場を見た。
三階のその場からでは見えにくいが……本来、最も注目されるハズの試合上は、驚くほど静かだった。
「黒葉の様子が……おかしい……です」
怯えたような陽愛の声に、登吾がハッとして目を凝らす。
ゆらゆらと立ち上がった月音は……周りに、黒いオーラを纏っている。その側で倒れている黒葉は……力なく、うつ伏せで、起き上がる気配がない。
そして、よく見れば……その黒葉の体の下から、少しずつ血が流れ出し、水溜まりのようになり始めていた。
「まさか……嘘だろ……いくらなんでも、こんなに早く覚醒する訳が……!」
焦ったように登吾が携帯を開く。
「え、江崎さん……! 黒葉が……誰も止めに入らないし……死んじゃいますよ!」
悲痛な、悲鳴が混じる陽愛の声に、登吾は携帯を操作する手を止めた。
(まさか……知らないのか? 白城くんの身体について……――いや、当然か……話したら、巻き込むことにも繋がるのだから……)
頭の中で、登吾はそんなことを考えて、ゆっくりと口を開いた。
「分かってるよ……僕の仲間が助けに行く。ここは危ないから、一旦中に入ろう」
「……分かり……ました」
躊躇いがちに頷いて、陽愛は素直に扉を開ける。
内心ホッとして、登吾もその後ろに続いた。
三階から一階に下りて、二人は通路を進んでいた。
そこへ突然――
「鷹宮さん!?」
「し、品沼くん!?」
通路の向こう側から、走ってくる人影があった。悠と栄生である。
「鷹宮さんは大丈夫だったんだね……皆が気絶してると思ってて……」
悠の言葉に、陽愛は静かに首を振った。
「ほとんどの人が、気絶してるよ……品沼くんは、何を……」
「僕は、ここにいる可野杁さんと一緒に……その……人探しをしててね……」
悠の答えが、後半、妙に歯切れ悪くなった。
そんな二人の横で……登吾が、栄生を睨んでいる。
「お前……サーフィスに協力していたよな? 夜長三月音を嵌めたのも、お前だ」
陽愛が驚いて栄生を見て、悠は辛そうに目を逸らした。
顔を伏せいていた栄生が、ゆっくりと顔を上げる。
「はい……そうです。あなたたちは……」
登吾が苦虫を噛み潰したような顔をして、横を向いた。
「情報が漏れてたせいで、裏という組織は壊滅寸前さ。内通者がいるなんて気付けないだろう」
「……すみません」
「謝る相手は僕じゃないだろう? お陰で、君の妹まで連れ去られたんだ」
その会話に、陽愛が首を傾げる。
しかし、悠と栄生は驚いて登吾を見た。
「え……じゃ、じゃあ……あの子は、元々あなたたちの所に……?」
栄生の問いに、登吾が眉根を寄せて頷いた。
「おいおい……まさか、騙されてたのか……。お前、妹を誘拐させる手伝いをしたようなもんだぞ?」
「そんな……私……星楽さんが預かっていて……そのまま人質にだと……」
酷いショックを受けたように、栄生は頭を抱えた。
「……まあ、無事だから大丈夫だろう……――ついでに訊くが、あの子の本当の姉は……」
「それは……夜長三さん……夜長三月音さんです」
納得した、と言うように登吾は頷いて、栄生と肩を軽く叩いた。
「多分、探している人なら、こっちだろう。一般観客席に、似つかわしくない人達が、大暴れしてたから」
戸惑う悠に、陽愛が頷いてみせた。
悠は唇を引き結び、体の向きを百八十度変え、栄生の背中を押した。
「行きましょう……――鷹宮さんも……え~っと……」
「江崎だ」
「江崎さんも、行きますよね?」
二人が頷いて、栄生も走り出した。
「う~ん……怪我してる身としては、もう少しゆっくりがいいかなぁ……」
登吾が不満そうにぼそぼそと言っている。
「待ちなよ」
そんな四人の前に、二人の男が現れた。
登吾の表情が曇る。
「……なんで、戦闘人員のお二人が、こんな所にいるんだい?」
登吾の言葉に対し、一人が鼻で笑った。
「裏切り者の始末と……起きている人間は、気絶させなきゃいけないので」
「その前者に、私は含まれている?」
栄生の静かな問いに、もう一人が笑った。
「そりゃあ、君もだよ。それに……君の妹さんも、ね」
――シュパンッ!
鋭い音と共に、二人の男が倒れた。
「……すいません。我慢、できませんでした」
悠はそう言って、男達に投げたナイフを取りに行く。
額の中央に、ナイフの柄が強打した痕がある。
「……素晴らしいね」
登吾の呟きと共に、四人は再び走り出した。




