第133話 聖なる魔装戦~動き出す研究者――All―out war
真っ白な空間。
黒葉が過去に一度だけ使った、付け焼刃の空間魔法のように、真っ白だ。
「おいおい……どうなってんだ?」
王牙が数歩下がりながら、周囲からの攻撃に備える。
「あんな重量系に一撃でも入れられたら、おしまいだぞ?」
そんな王牙の台詞に、壱弦はため息を吐いて首を振った。
「これは相手にも手出しは出来ないわよ。これは、そういう類じゃない」
「……まあ、小園は空間系魔法のエキスパートだから、信用はしてっけどよ……」
しかし、壱弦はそれにも首を振った。
「これは空間魔法や、結界魔法の類じゃないわ。情報通り、相手は幻惑魔法使いよ」
それを聞いて王牙が眉をしかめた。
「ハア? なら、やべえじゃねえか。こんな白いのも、つまりは錯覚……とか、そんな感じだろ?」
蓮碼と栢は黙って歩き回り、空間の範囲を調べている。
「それが違うんだって。私が空間魔法を発動したのに、それを覆させるほどの幻惑魔法なんて普通は不可能でしょ――これは、結界破りなんだと思うわ」
その言葉に、全員の動きが止まった。
ゆっくりと蓮碼が振り向いて、壱弦に詰め寄る。
「それは違うんじゃないですか? そもそも、『魔装法破り』自体、ただの噂というか、可能性でしょう?」
魔装法破り――
それは、魔装法が一般的となった当初から、可能性として挙げられていた魔法の一つである。
名前の通り、魔装法を無効化する魔装法である。
しかし、これは蓮碼や王牙らは知らないだけで……既に、『完全消去』という、成功例が存在するのだが……。
なぜ、『魔装法破り』が噂だけで終わっているかと言えば、単純な話だ。
魔装法は、個人固有のイメージで作り上げられるものなので、壊すことはできても、破ることはできないのである。
この違いは、実際のところ大きい。
壊す、というのはつまり、発動後の魔装法を魔装法で消す、力技である。魔装力の大きさなどが関係しており、単純な破壊行為のようなものだ。
破る、というのは、力技ではなく、技術、といった方が正しい。魔装力や、魔法の影響規模に関わらず、無効にする。
壊すというのは、単純な力押しのため、誰にでも可能だ。
破るというのは、相手のイメージに合わせ、それと相対するイメージをぶつける必要がある。そんな魔装法は、誰にも不可能だろう。
小鈴が使用した『完全消去』は、自分の声を周囲に響かせることで、他のイメージをさせなくするというものだ。
噂で言われる『魔装法破り』は、外部からの相殺だ。
それに対し、『完全消去』は、内部から相殺……中和のようなものである。自分の、魔装法を拒否するイメージを、他人にも浸透させていた、という方が合っているかもしれない。
しかしそれも、幼さと、記憶を失っているからこその、破り効果である。
「私の知る限り、『魔装法破り』は、実在する。どっかの魔装法研究者の一派が、せっせと頑張ってるって」
壱弦が蓮碼の言葉を否定する。
そこで、栢も口を開いた。
「確かに……ありえない話でもないの……物から発せられる、音で、周囲の魔装法を破れる、という話は、聞いたことがあるの」
王牙も構えを崩し、頷いてみせた。
「確かに、音ってやつは、周りを包むのに最適だ。響かせられるし、守ることはできない……耳を塞ぐぐらいだな」
「そういうことよ……しかも、魔装法を使った戦いじゃ、物、武器は、注意を引けるでしょ? 意識を集中したものからの音じゃ、自分のイメージも崩れるわよ」
壱弦の言葉に、納得したように蓮碼が頷く。
王牙は舌打ちしてから、床……と思われる、足元を強く踏んだ。
「じゃあ、この真っ白空間はなんだ? 小園の空間魔法を破るだけなんじゃねえのか?」
それに対しては、栢がすかさず答えた。
「それは、『魔装法破り』が不完全だからだと思うの。やはり、まだ研究段階……だから、イメージを無効化はできない……魔装法と人の間を、こうやって遮断するのが限度、だからじゃないかしら?」
壱弦も頷いてみせた。
「実際……私のイメージはとっくに崩れたわよ。『不平等な庭園』は無効化されてる。それでもこの遮断を使ってるのは、時間稼ぎだと思うわ」
「つまり、本当の『魔装法破り』はもっと即効性があると?」
蓮碼の問いかけに栢が応じた。
「そうなの。もっと言ってしまえば、この『魔装法破り』は……相殺というより、ノイズを入れて掻き混ぜただけなの。失敗する可能性もある、こっちのイメージが崩れることに委ねただけ」
そこで、王牙が大きくため息を吐いた。
「結局、どうなってやがんだ? そんな解析、後回しだっつの。これは、空間魔法じゃないのか?」
「空間魔法よ」
答えた壱弦を王牙が睨んだ。
「お前、さっき……」
「だから、相手の空間魔法じゃないって言ったの。これは、私の空間魔法よ」
◇
一般観客席に残った石垣は、ナイフで斬られた黒葉を見て、フッと笑った。
「残念、白城くん……吸血鬼が顕現する条件は、強い魔装力の吸収、だけじゃないんだよ」
一人呟きながら、石垣は軽く手を振って合図を出した。
「なぜ、吸血、吸収が必要か……それは、身体の存在権が有利なのは、月音だからさ。そりゃそうだよね。元々、夜長三くんの身体なんだから」
後ろを向きながら、頭を振った。
「ただ、吸血鬼の力が増せば、その存在力も凌駕できる……それがプランA」
背後に立つ少女に笑いかけながら、石垣が肩を竦めた。
「なら、なんで彼女の人気を集めたか……吸血鬼の副作用? 違うね。プランBさ」
「それは……なんですか?」
少女……可野杁栄生が静かに訊いた。
「吸血鬼を引っ張るのがプランA。それに対し、夜長三くんを押し込むのがプランB。つまり、夜長三くんに、こう思わせるのさ――」
試合場をチラッと見ながら、石垣はニヤリとした。
「――自分なんていらない、消えたい、別の何かなりたいって……絶望してもらうのさ。持ち上げてから落とす……とっても有効だったね」
石垣の合図により、潜んでいた研究者たちが第二の生徒たちを再び気絶させた。
「別に見られたって構わないが、試合を止められちゃ面倒だ」
小さく呟いて石垣は段差を一歩上がり、首を回した。
その隣に栄生が立つ。
「それで? 君はどうするんだい?」
石垣の問いに、鋭間が長く息を吐いた。
「係員が試合を止めるの待つだけさ」
その答えに、石垣がハハッと笑った。
「無駄だよ。うちの仲間が総出で、幻惑魔法を張ってる。いずれは気付かれるだろうが……四十一分は保つハズさ。それに、戦闘態勢にも、すぐに移れる」
それを聞いて、鋭間が眉をしかめた。
「そこまでして……白城や、夜長三……だったな……あの二人を使って、何がしたい?」
「答える義務はないね。進化、と言えば分かりやすいかい?」
鋭間が素早く動き、石垣に飛び掛かった。
「可野杁くん」
「……分かってます」
栄生は膝をつき、地面に左手を当てた。
「緊急出現!」
一瞬で、コンクリートが盛り上がり大きな壁となった。
「……っ……!」
鋭間は空中で身を捩り、炎を使って元の場所に戻った。
「嘘だろ……所有権がないもので、ここまでの規模の力を……」
呟きながらも、鋭間は右手を壁に向ける。
「烈火塵」
火の息吹が、壁を撃った。
しかし……同時に、何もなかったように壁が掻き消え、炎は虚しく通過していく。
それを見て、鋭間が舌打ちをする。
「しまった……幻惑系か……!」
霧散していく壁の向こうに、一人の女が立っている。
鋭間が呆れたように笑った。
「おいおい……あんたら、芸道集団だったのか?」
「違うわよ。私の名前は――」
その、二十代と思われる女性は、首をゆっくりと回した。
「――夜長三星楽」
◇
王牙が苛立たしげに声を上げた。
「小園の? じゃあ、早く解けよ」
「私の『不平等な庭園』を、こうも真っ白にしちゃったのよ。私だって、自力じゃ難しいわ」
ため息混じりに、壱弦が応えた。
「だから……思いっきり、やっていいわよ」
次に出た言葉に、王牙が肩を竦めた。
「は? なら、早く言えよ」
「相手に花を持たせてあげたのよ。どうやら、少しは時間を稼げると思ってるんでしょうから」
鼻を鳴らして、王牙が再び鎖牙を構えた。
栢も小型ミサイルを取り出し、蓮碼も拳銃を取り出す。
「それでは……せーのっ! でいいですか?」
「え? やんの?」
蓮碼のおどけた口調に、王牙が呆れ混じりに返す。
栢は少し微笑んで、いいと思うの、と言った。
「あれ? 小園ちゃんはいいんですか?」
武器を取り出していない壱弦を見て、蓮碼が首を傾げる。
壱弦はフンッと顔を逸らした。
「これでも一応、私の魔装法の成れの果てよ? 任せるわ」
「そうですか……――それでは……せーのっ!」
蓮碼の掛け声と同時に……鎖牙、銃弾、ミサイルが、それぞれの方向の空間に衝突し……派手な音と共に、白い空間を砕け散らした。




