第132話 聖なる魔装戦~広がりゆく闇――break image
吸血鬼の意思を……抑えた?
「月音……? 月音、だよ、な……?」
正直、あの一撃では無理だと思っていたが……。
「そ、そうですけど……――え? く、黒葉くん!? そ、その傷……!」
俺の脇腹の傷に気付いたようで、慌てて月音が駆け寄ってきた。
良かった……本当に、戻っている。
「何が……!? ど、どうしよう……!」
オロオロと周りを見渡す月音に、俺は弱々しく微笑んだ。
「月音は大丈夫、なのか……その肩……」
そこで月音は一瞬固まり、苦しさと驚きが混じりあった表情で、肩に手を当てて蹲った。
眠りから突然覚めたような感覚なんだろう……痛みに気付くのが遅かったんだ。
ほとんどの人間は気絶しているが……全員じゃない。医療員だって、数人は残っているだろう。その内、試合も終わるかして――
あれ……? おかしい。何かが違う。
いや、逆だ。違っていない。
「……月」
顔を無理やり上げて、空を見る。本当は、上げなくても分かった。
「空間魔法が……解けてない……」
『吸血鬼の夜』の効力が、なくなっていない。真っ暗な空に、赤みがかった月が、当然のように浮かんでいる。
「なんで……」
チラッと月音を見るが、辛そうに肩の痛みに耐えているだけで、何をしているでもない。
てか、そろそろヤバイんだけど……よく、気を保っていられたよ。早くしてくれ、救護。
そういや、さすがに静かすぎないか?
無理して首を動かし、観客席に目を向けると……第二の観客席の生徒だけが、気を取り戻し始めていた。
◆
「どうなってやがる!」
「分からないわよ! それより、怪我人にもう少し気を遣ってくれない!?」
王牙の怒鳴り声に、壱弦が怒鳴り返す。
王牙、壱弦、蓮碼、栢の四人が通路を走っていた。
「だから、医務室で休んでろって言ったんだろ! 無理して動いて、傷が広がっても知らねえぞ!」
「まあまあ、落ち着いて」
蓮碼が苦笑いしながら、王牙をなだめる。
栢はずっと黙り込み、深刻な表情をしていた。
「ところで……鋭間や品沼は、こっちでいいんだろうな?」
「信用ならないなら、輝月本人に言ってよね! 私は、メールの通りに案内してんの!」
王牙の問いに、壱弦がムスっとして言い返した。
そんなやり取りに、蓮碼が小さくため息を吐いている。
「でも……真っ直ぐ試合場に向かった方が、おそらく早いですよね? 異常事態は、試合場で起こってるんじゃないんですか?」
話を切り替えるように、蓮碼が訊く。
それに対し、王牙が首を振った。
「通達されてんだろ。何が起ころうと無事に進行させろってな。何が起こってても、俺たちは試合に干渉できない」
四人が向かう先は、鋭間や悠がいる一般観客席である。
警備員は他を捜索しているが、二人はそこから動いていないというのだ。
「輝月の勘? なんでか、そこから離れてないらしいんだけど……」
壱弦の問いに、蓮碼が首を傾げた。
「さあ……? でも、確かにそこが怪しいですしね……隠れられる場所なんて、少なかったとは思いますけど」
「それに、試合場が見れるからな。鋭間は、俺たちが警備をしていないと知ってる。試合に、どこからか介入がないよう見張ってんだろ」
王牙が口を挟んだ。
それを聞いて、蓮碼はクスッと笑った。
「怒ってるんじゃないですか? 私たちが勝手な行動をとってるから」
「鋭間だって、かなり勝手に動いてんだろ。俺は知らねえ」
再び、蓮碼がクスッと笑う。
通路の角を曲がった時、四人の目の前に、一般観客席へと出る扉が見え……同時に、その扉が開き、鉄村が姿を現した。
◆
「……嫌だ……違う……そんな……私、何も……だって……」
虚ろな目で、錯乱したように何かを呟いている。
当然だ……当たり前だよ……。
「月音……!」
それは、ちょっと前に起きた。
なぜか、第二の生徒達だけが目を覚まし始めた。
それだけなら何も問題ない……ただ、様子が明らかにおかしかったのだ。
「おい……なんで……」
「どうして、あいつが……?」
「分かんねえよ……何してんだ……」
そんな声が聞こえてきたのだ。
誰から、というんじゃない。彼女を知っている――実際、名前だけなら誰でも知っているだろうが――第二の生徒から、そんな戸惑いの声が流れてきていた。
「どうして……夜長三なんかが出てるんだよ……」
どうして? なんで? 分かんない? 何してる?
全部、お前らが選んだんだろ?
夜長三月音という生徒を、全校投票で。
月音を選ばなかった生徒でも、その台詞はおかしい。ちゃんとした納得でも、成り行き上の納得でも、納得はしたハズだろ? 少なくとも、仕方ない、とは思って割り切ったハズだ。
そして、今に至る。
本当、もうそろそろ俺の命に関わってくるほどの出血量なんだが……なんとか意識を保って、月音を見た。
「……私は……嫌だって……最初に……なのに、なんで……」
寒さに打たれたように、月音が身体を震わせている。
この場合は……恐怖か。いや、もっと複雑な……何か。
「くッ……そッ……!」
悪態をついて、立ち上がろうとする。
しかし、それだけの動作で視界が歪み、揺らめいてしまった。
それでも、気合のみでフラフラと立ち、しゃがみ込む月音に走り寄る。
「し……しっかりしろ……! 月音……! 聞く、んじゃねえ……」
そこまで言って、大量に血を吐き出した。
それを見て、月音の目が見開かれ、身体の震えが止まる。
「月……音……?」
顔を伏せ、動かなくなった月音の肩に、右手を置く。
グザァァァッ――
「……え……?」
俺の左脇腹辺りから右肩まで、斜めに刃が走った。
月音の左手を見ると、その手には……俺が初めて吸血鬼に遭遇した時にも、刺すのに使われた、あのナイフが握られていた。
そのナイフで、俺の身体を斜め上に斬り上げていたのだ。
「ハッ……あっ……が、ガハッ……」
遂に、根性で耐えていたような俺の中の何かが、切れた。いや、斬れた。
全てが、暗く、赤く、染まっていく。
◆
「ええっと……どなた?」
「鉄村だ」
壱弦の言葉に、鉄村が馬鹿正直に答える。
四対一……この状況は、どう見ても魔装生連合が有利だ。
「ああ、はいはい。テツムラサンね。了解だわ」
王牙が面倒臭そうに言って、ゆっくりと、鉄村へと近付いていく。
「つまり……お前が、実行した奴なんだよな?」
「意味が分からないぞ」
「分かれよ」
シュンッという、短い、空気を切り裂くような音と共に、王牙が至近距離から鎖牙で攻撃をする。
しかし、鉄村はそれを、メタルズハンドをはめた手で防御した。
「井宮」
「もー……皆、人使いが荒いっていうか、俺に対して、それしか言わないじゃ~ん」
鉄村の呟きに、どこからか、声が響いた。
「……ッ……!?」
慌てて一歩下がりながら、王牙が構え直した。
そこに、三人が駆け寄る。
「どうします? ここで取り押さえますか?」
蓮碼の問いに、王牙が首を振った。
「いや……もう一人いるらしい。井宮、って呼ばれてた奴だな。幻惑系使ってっから、どこにいるか分かんねえ」
「あんたさあ……どうする気? ここじゃ狭いし、鎖牙には不利じゃない?」
壱弦が口を挟む。
それに対し、王牙が小馬鹿にしたように笑った。
「おいおい……舐めてんのか」
鉄村は、扉の前から動かない。
どうやら、四人を観客席へと出させないことが目的のようだった。
「どけ、デカブツ」
王牙は、鉄村を睨み、短い鎖牙を放った。真っ直ぐに、二本の鎖が鉄村へと突き刺さる。
「井宮、急げ」
「へいへーい」
その二本を両手の甲で流しながら、鉄村が更に何かを言った。再び、どこからか声がする。
「おい! 隠れてる奴はお前ら担当だぞ!」
「聞いてないっての!」
王牙の叫びにツッコミながら、壱弦が目を閉じる。
「瓜屋、詳しく」
「はいはい……なぜかあちら側にも、私と同じ扱いを受けてる人がいますよ……」
壱弦の言葉に、蓮碼は唇を尖らせた。
「通路幅、約二,三メートル……曲がり角から扉までの距離、つまりこの通路の長さ、約六,四メートル……」
「はい、どうも」
蓮碼の言葉を受け、壱弦は目を開けると同時に拳銃を抜いた。そして、通路の四隅へと、次々に発砲する。
「展け……『不平等な庭園』」
通路全体が、花々が咲き乱れ、草木が生える、庭園へと変わる。
しかし……それと同時に、井宮が姿を現した。
「……遅いぞ、井宮」
「分かったってばー」
井宮は舌を出して鉄村に言い返し、右指を鳴らした。同時に、左手から幾つかのビー玉を撒き散らす。
「何もなき世界」
ビー玉が落ちる音が、通路に響いた。
「「「「――――ッッ…………!?」」」」
魔装生連合四人が、全員固まる。
彼らの周りが……何もない、真っ白な空間に変わってしまったからだ。




