第130話 聖なる魔装戦~研究の全貌――The dark project
「ネクストプロジェクト、ファーストステップ、無事発動です」
「……了解した。そちらの独断で、計画を進めてくれ」
会場の一般観客席に片隅で、石垣は電話をきった。
ふう、と息を吐いてから、試合場を見てニヤリとする。
「吸血鬼……ヴァンパイア、か……とんでもないね」
不死鳥の存在も交神魔法とされているが、あくまでも偶然の産物。故意に生み出したのではない。
だからこそ、吸血鬼の存在は、ネクストプロジェクトが生み出した交神魔法の、第一号だと言える。
「それにしても、思い切ったもんだよなあ……鉄村」
鉄村と呼ばれた、上里貴樹を掴んでいた男が頷く。
「白城黒葉が、最も進化の可能性が高かったのだろう? 確かに、吸血鬼と不死鳥をぶつければ、どちらかが進化するとは思う。しかし……進化できなかった方は、死ぬぞ?」
「不死身の鳥と、不死身の鬼でも、かい?」
茶化すように言った石垣に、鉄村は首を振った。
「だからこそだ。不死の魔法を殺せるのは、同じ不死の存在だけだろう」
重々しい鉄村の口調に反して、石垣は楽しそうに笑った。
「そうすると、不死鳥が不利だね。なんてったって、吸血鬼の特性は『吸血』。エナジードレインであり、吸収だ」
「実際、吸収する怪物を相手にして、危なかったのだろう?」
石垣は再び試合場に目を向けた。
そこでは……遂に、吸血鬼を発動させた月音と、戸惑う黒葉がいる。
「いやいや……一番意外なのは、あの二人が既に接触していたことさ。通り魔事件は、本能的に動いた吸血鬼状態の夜長三くんが、強い力を欲したための偶然と考えられるが……」
一度言葉を切って、石垣は唇を舐めた。
「なんで、通常状態でのあの二人が、お知り合いなんだろうね? 下手に接触しないようにと、町だって跨いだんじゃないか」
「夜長三の適正率が一番の理由だろう」
鉄村が口を挟む。
そこへ、警備員達の足音が響き始めた。
「ありゃ、こっちに来たか」
石垣がなんでもなさそうに呟いた。そして、観客席の一番後ろにある手すりを見て言い放つ。
「井宮」
「ほいほ~い。六匹程度、殺っちゃえばいいと思うんだけど?」
「下手に目立てないんだよ」
その手すりの上に座る小柄な男、井宮に、石垣が何かを指示する。
「分かったよお……――見えざる世界」
その瞬間、石垣、鉄村の姿が、少しずつ薄れ始めた。
警備員が来た時には、三人の男の姿は見えなくなっていた。
「本当……お前の力は便利だな」
警備員が去った後、鉄村がボソッと呟いた。
空を覆う雲が、更に厚くなったようだった。
◆
医務室には、蓮碼と壱弦がいた。
目を覚ました羽堂今晴に、話を聞くためである。
ちなみに、王牙はこういう事には向かないので、通路で待機させられている。栢は、第二の人間なので、自粛するという。
「それで? 最初は石垣って男だけだったんでしょ?」
壱弦の問いに、ベッドで上半身だけを起こした今晴が頷いた。
「しかも、私たちを見逃そうとまでしてたよ」
「二人だけ?」
「私が確認した限りはね」
それを聞いて、壱弦は蓮碼の顔を見た。
蓮碼は軽く頷いた。
「どうやら、情報違いはしてなかったらしいですね。魔装法、戦力についてはどうですか?」
少し唸りながら、今晴が答えた。
「ええと……石垣の力は、正直分からない……幻惑魔法の類も使っていたし、爆発魔法のようなものも……ただ、残りの二人は、分かりやすい。がっしりした男は……確か、鉄村って呼ばれてたわ。鉄球を飛ばしてきたりとか、明らかに攻撃系統が多かった」
それを聞いて、壱弦がメモを始めた。
蓮碼がそれを見て頷き、今晴へと続きを促す。
「……小柄な男は、井宮……だったハズ。幻惑系を使ってたわ。それで不意打ちされたし……」
「随分と、バランスを考えた組み合わせで来ましたね……」
悩ましげに呟いて、蓮碼は腕を組んだ。
「一般観客も来る訳だし、捜すのは、より面倒よ?」
壱弦の言葉に、今晴は首を傾げた。
「でも、そんなに来てる? 平日だし――」
言葉の途中、会場全体が揺れた。
しかし、物理的にではない。
空気が重くなる、という表現が、この場合は合っているかもしれない。何か、黒々とした闇のエネルギーが、会場を覆い尽くすように……。
「これ、は……?」
顔をしかめ、今晴が疑問の言葉を発した。
魔装法に慣れている、日々使っているような人間なら、このエネルギーのような何かを、感じることができるのだろう。
「分からないわよ……ただ、試合場で何か起こったんでしょ。まさか、白城が……?」
壱弦の口調にも、不安が混じる。
その言葉に、蓮碼は首を振った。
「白城くんは、こんな黒々した力を使わないと思いますけど……相手選手でしょうか?」
その時、扉が静かに開いて栢が姿を現した。
その顔には、何かを悔いるような、複雑な表情が見て取れた。
「まさか……こんな事態に……」
意味ありげな台詞に、全員が眉をしかめる。
「あの子……――夜長三さんなの……このままは、まずいの」
壱弦が苛立たしげに首を強く横に振った。
「なんなのよ!? どういう事!?」
栢は苦しげに返した。
「全校投票で選んだ、最終代表選手……1年生で、しかも魔装法が不得意だという意見があって……それで、模擬戦をさせたの」
「それが……どうしたんですか?」
蓮碼の問いかけに、栢は唇を舐めた。
「最初は怯えて、やられてただけだったの……でも、途中でいきなり、様子というか……雰囲気が変わって――」
会場全体に、大きな影が差した。
雲が空を覆っている、というよりは、会場を覆うかのように。
「――体育館を丸々一つ、吹き飛ばしてしまったの」
◆
俺は右の手のひらを前に向け、拒絶の意思を示した。
なんて言う割に、俺の身体は震えている。
恐怖じゃない。拒絶反応なんだ、これは。
「待て、待ってくれ。戦う? 俺らが? どうしてお前が……」
『そういう大会なのだろう? なら、当然じゃないか』
吸血鬼は笑いながら、一歩、俺へと歩み寄った。
確かに……見た目は月音のままだし、今だって試合中だ。時間時間は三十三分、残っている。
「だ、だからって……なんで吸血鬼たるお前が、人間の試合に参加しようとしてんだ……」
俺の狼狽えた言葉に、吸血鬼は声を立てて笑った。
『それを言うなら、不死鳥たる君だって、同じだろう? それとも、自分は特別だとでも?』
「お、俺は……俺の意思で……」
『だったら、これは私の意思だ。君は、不死鳥の意思を抑えているだけに過ぎない。不死鳥たる君の力はそのままで、それが可能なのは、慣れただけさ』
抑え込んでいる?
あいつとは和解した……。
いや、待て。
和解なんてしたか? 撃ち合いして、負かしただけじゃねえか。抑えている、と言われても仕方ない。
「それより……俺が気になってるのは、お前らの存在だよ。お前らのような意思が、突然出現するなんて、可能なのか?」
明確な答えなど、期待してはいなかったが……吸血鬼は、ああ、と頷いた。
『これでも私は、適応力があってね。初めて私の意思が表出した時に、研究について教えてもらったさ』
教えてもらった……。
ネクストプロジェクトの研究者に、自分の存在を……意味を、訊いたのか。
『私は、眠りから覚めるように表出した。もちろん記憶はなかったが、自分の力などの知識はあった。どうやら、私を生み出した人間たちの、イメージの塊が知識となったらしい。後は孤立した存在となる』
そこは予想がつく。
しかし、ここまで理性が働いているものなのか?
『本能も、それと同じさ。吸血衝動だね、一番は。ほとんどは、知る必要がなかったけどね』
「……なぜだ? お前は、あいつらの研究心のためだけに、生み出されたんだぞ?」
吸血鬼は肩を竦め、鼻を鳴らした。
『関係ないさ。この身体を完全に乗っ取れば、人間なんてすぐに殺せる。あの人間たちの趣味に乗じて、暇つぶしってところだよ』
身体を……完全に、乗っ取る?
それは、つまり……?
「月音自身の意思は……消えるのか……?」
『うん? ああ、完全に乗っ取るとは、そういうことだよ』
小さな金属音が響いた。
それが、俺が拳銃を抜いた音だと理解するまで、数秒かかった。
代わりに、言葉はすぐに出てきた。
「月音を返せ」




