第129話 聖なる魔装戦~荒れる最終代表戦――confronting to the vampire
どういうことだよ……これは……!
「なんで、月音が代表に……」
乾いた唇から、掠れた声が出た。
さっきまで晴れていた空に、僅かに雲が流れ始める。
「く、黒葉くんも……ど、どうして……?」
月音も、俺と同じように戸惑っている。いや、俺以上かもしれない。
試合は既に始まっているが……俺は頭を振って、一歩後退った。
予想できたことじゃないか……?
さっき俺が思い出した、数々の会話などから、容易に推測できるものだ。と言うより、月音本人に訊けば、一番早かった。
ただ、悩んでいる相手に、あまり訊くべきでないと俺が判断したから……。
何やってんだ……俺……。
何よりも、勝負なんてできねえだろ。
月音自身、魔装法が不得意だと、それがキッカケで悩みが始まったと、そう言ってたじゃないか。
そんな女の子と、戦える訳がない。
そもそも、不舞さんは何をしてるんだ? 全校投票といえど、さすがに――
「……え? つ、月音……全校投票で選ばれたんだろ?」
無言で、月音が頷く。
その顔には、戸惑いというより既に、後悔に似た色が滲んでいた。
「……何票ぐらいだとか……分かるか?」
「は、はい……ええと……全校投票の、七割ぐらいだったと……」
七割……。
現状を甘く見ていた。
俺は、月音を助けるなんて言っておきながら、甘かった。
七割? それぐらいの人が突然、月音に好意を寄せ始めたり、あまりにも高く評価したりする?
「悪い……ここまで、かよ……」
不舞さんにだって、全校生徒の七割を説得するなんて、無理な話だ。
目を軽く閉じ、周りの音に集中すると、確かに聞こえる。
第二からの、圧倒的声援。一試合目にボロ負けしたというのに、それでも、大きな声援を送っている。
俺は苦笑いと言うよりは、どちらかと言うと自嘲気味に笑い、深く息を吐いた。
「それで……どうする? 俺と戦うか?」
「え? そ、そんなの……無理、ですよ……」
そうだよな、と笑って、俺は脱力した。
「降参してもらえないか?」
俺の問いに、月音は少し迷ったようだが……軽く頷いてくれた。
必要以上に女子を攻撃するのは、趣味じゃないんだよ。
おそらく、聖なる魔装戦始まって以来、前代未聞。一度も攻防を交えず、ただの話し合いで決着という事態――
――とは、もちろんならなかった。
「……雨……?」
空を見上げると、さっきまでの晴れは嘘のように、真っ黒な雲が一面に揺れていた。
本来の青と、太陽の赤は、完全に遮られている。
それどころか、ポツリと、少しだけ水滴まで落ちてきたようだ。
「嘘だろ……おい……どうするんだ……」
呟いた瞬間だった。
本日二度目。
真っ黒で、重く、闇夜のような圧迫感……。
「な、なに……!?」
ハッとして前を見ると、さっきまで普通だった月音に、異変が起きている。
第三回戦の麻生選手のように、真っ黒なオーラを、身体に纏わせ始めているのだ。
「ど、どうしたんだよ!? 月音! しっかりしろ!」
大声で呼びかけるが、月音は両腕をダランと垂らし、脱力している。立っているだけだ。
顔を俯かせていて、表情も読み取れない。
「月音!」
『――――ハハハハハハハハハハッッ!! ハハッハハハッ!! キヒヒッ……ハハッ! ハアッハハハハハッ!!』
月音が突然、顔を上げたかと思うと、大声で笑い始めた。
しかし……これは、月音の声じゃない。誰かの声と混ざり合って、不協和音を奏で、不快な響きを流している。
「……誰だよ……お前は……」
俺の問いにはすぐ答えず、ゆっくりと首を回した後に、月音はニヤッと笑った。
『ふふっ……分からないかい? 不死鳥』
「なっ……!」
落ち着いた声で、月音が不死鳥と呼んだ。
この、俺を。
『驚くことはないさ――月音、だったかな? この身体の持ち主と言うか、本人は』
「……お前、何者だ」
本当は予想できている。最悪な答え合わせだ。
『吸血鬼さ』
◆
その部屋には、各校の先鋭達が集まっていた。
第一の、雲類鷲 苅。
第二の、不舞 栢。
第三の、千条 王牙、瓜屋 蓮碼。
「輝月はどうしたんだ、千条」
「既に別件で動いてたんだよ。代わりに、俺と瓜屋で来てんだろうが」
苅に訊かれた王牙は、不機嫌そうに返した。
へえ、とだけ応じ、苅は座っていた椅子から立ち上がった。
「俺は呼ばれて来ただけで、事情も分かった。だがしかし、試合は滞りなく進めるんだろう? 戻らせてもらう。その件については任せるよ」
王牙は僅かに不満そうな顔をしたが、全員、予想通りという感じの反応をしかしなかった。
「いいんですか? 私たちに任せてしまって」
少し挑発にも聞こえるような口調で、蓮碼が苅の背中に呼びかけた。
「ああ、もちろんだ。これぐらい、俺がいなくとも解決できないんじゃ、格だって知れたものだろう」
「何様のつもりだよ」
苅の返しに、王牙が吐き捨てるように呟いた。
現在、動いている人間は……。
輝月鋭間と品沼悠、警備員は全て、侵入者の男三人の確保を目指している。また、可野杁栄生の捜索も兼ねている。
王牙と蓮碼、栢の三人は、警備員の穴埋めとして、警備をする。
手負いである小園壱弦は、連絡の中継係等をしている。
苅が部屋を出てから数分後、扉が開いて、壱弦が姿を現した。
「輝月と連絡がついたわよ。可野杁のこと、伝えといた」
「お疲れ様、小園ちゃん」
蓮碼が笑顔で労いの言葉をかける。
しかし、壱弦は不機嫌そうに、軽く首を傾げた。
「なんか、あっちは複雑らしいわよ? 品沼が、可野杁と知り合ってたらしくて……」
「可野杁と?」
途中で、栢が驚きの声を上げた。
壱弦は雑に頷いてから、言葉を紡ぐ。
「そんで、品沼は躍起になってるらしいわ。不審者の男を一人、可野杁に任せたらしいから」
ゆっくりと蓮碼が頷いた。
「それで、品沼くんは責任を感じちゃってるんですか」
それを聞いて、王牙が呆れたようにため息を漏らした。
「いつから生徒会は、甘ちゃんの集まりになったんだ? 鋭間の野郎、何も伝えずに捜索ごっこを続ける気かよ」
「まあ、品沼くんを気遣う可能性はありえますね」
悩ましげに蓮碼が同意し、王牙はわざとらしく首を竦めた。
栢は陰鬱な表情のまま、口を開かない。
そんな様子を見て、壱弦が苛立たしげに声を張り上げた。
「それで!? 一体どうする気? 警備するのだって、この部屋の中じゃ出来ないでしょ!?」
静かに頷いて、栢が立ち上がった。
その時、王牙の携帯が音を立てた。
「おい……ちょっとだけ、予定変更だ」
王牙はメールを見て、面倒くさそうに言った。
「羽堂が、目を覚ましたらしい」
◆
ここで、吸血鬼――ヴァンパイアの特徴や能力を挙げよう。
夜行性。生物、主に人間の生き血を吸う。血を吸った相手を、同属にできる。
太陽の光に弱く、聖水で溶け、大蒜を嫌い、十字架を恐れる。心臓に杭を打ち込まれると死ぬ。
変身能力があり、不死身。
牙があり、男女に関わらず、魅力的な容姿をしている。
人を惹きつける力を持つ。
他にも色々と言われていることはあるが、大体はこれらだろう。
そして、魔装法ともなれば、一番有名な――つまり、イメージが強い力を有する存在となる。
例えそれが、未知の魔法……交神魔法などという代物だったとしても、だ。
「なんで……なんで、月音の身体に、吸血鬼が……?」
素直な疑問が、口から飛び出た。
目の前の月音――吸血鬼が、ククッと笑った。
少なくとも、俺が知っている月音じゃない。
『なんで、か……しかし、初対面ではないだろう? 私と君は』
「ああ……一度刺されて、二度目は噛まれた」
憎々しげに言い返し、そっと首筋に手を当てる。
そんな俺を見て、吸血鬼は笑った。
『その通りさ。君の予想は大当たり。私が、君たちが言うところの、通り魔の正体だ』
盛大に舌打ちして、俺は空を見上げた。
「吸血鬼ってのは……昼は出ないんじゃなかったのか?」
『ああ、そうだね。それは、この身体でも同じだ』
吸血鬼は、自らの存在を確認するように、月音の身体を指でなぞった。
自らの身体じゃない、自分の身体を。
『幸いにも、曇ってくれたお陰さ。今まで貯めてきた、エネルギーも使っているしね』
「……俺の血……と言うより、不死鳥の力か」
『ご名答。他にも、一般人の力もあるがね。やはり、君のエネルギーは大きい』
可笑しそうに笑って、吸血鬼は両手を広げた。
『出るのは大変だった……私の存在は、灯火程度だったんだからね。それを少しずつ、大きく広げていった。あの夜が、決定的だったよ』
あの夜……青奈を追って、俺が逆に血を吸われちまった時か。
何もかも、辻褄が合ってしまう。
吸血鬼としての存在力が増すほどに、標的は若くなっていった。しかも女性に。
吸血鬼ってのは、若い女性の血を好むらしいからな。
『……さて、随分と時間を食ったが、始めようか』
「は……? 一体何を……」
『何を、って君――』
眉をひそめる俺に、吸血鬼が笑った。
月音の姿と顔で、別人のように笑った。
別でも、人ですらも、ないのに。
『――ここは、戦うための舞台なんだろう?』




