第12話 平和な女子宅
折木桃香の家は、確かに少し離れた所にあった。
お馴染みの十字路を右に行き、そこをずっと真っ直ぐに進んで行き、ちょっとした道に少し入るだけで、迷うことなく行けた。
陽愛が二人乗りをするというので、法律的に少し不安だったが、何事もなかった。
学校から自転車を走らせ四十分。折木桃香宅に到着。
普通の二階建ての家だ。話では、折木桃香の部屋は二階らしい。
「お前、よく初日でそこまで親しくなれたな」
「まあね。人付き合いは別に苦手じゃないから」
軽く嫌味だった。
まあ、入学式の日の事件からして、あまり男子とは仲良くなれないみたいだけど。
チャイムを鳴らして、しばらく待っていると、母親と思われる人が出てきた。
「はい……あら、あなたたちは?」
三十歳ぐらいだろう。やはり母親だと思う。
「私は桃香さんの同級生で、鷹宮陽愛です。桃香さんのお見舞いに来ました」
「同じく同級生の白城黒葉です」
教科書通りの挨拶って感じで、俺と陽愛は軽く頭を下げて自己紹介をした。
すると、折木母は笑顔になって、家に入れてくれた。
階段を上りながら、母親は嬉しそうに話し始めた。
「入学してすぐに風邪ひくから、学校に馴染めないんじゃないかって心配してたんですけど……ちゃんと友達がいるみたいで安心したわ」
俺たちも笑って応じる。
休んでもないのに、友達と呼べる人間が二人ぐらいしかいない奴もいますけどね。
それに、小学校からの縁だったとしても、俺は折木と友達だと言っていいのか不安だ。
「桃香、友達が来たわよ」
部屋の扉の前で、母親が呼びかけると、中から静かな声で分かったという声がした。なので、母親は一階に戻っていった。
「入るよ?」
陽愛が言いながら扉を開ける。
俺も続き、部屋の中を見渡した。いかにも女子っぽい感じだ。カーテンは閉められている。
「ん……わざわざ来てくれたんだ、陽愛――」
折木は、ベッドの上に座っていた。パーカーのような、暖かい感じの私服を着ている。
ショートヘアで、俺と青奈のように、茶髪だった。
とは言っても、俺と青奈の髪色は完全な茶髪ではなく、なぜか黒髪にところどころ茶毛が混ざっているのだ。割合的には黒七で茶三ぐらいかもしれない。
まあ、俺達の母親の茶髪と、父親の黒髪が、どういう間違いかでそうなったのだろう。
それはさておき……折木は、後ろから入ってきた俺を見て、少なからず驚いた顔をした。それはそうだろう。まさか、俺がいるとは思っていなかったろうしな。
俺はその驚く顔を見て、折木を完全に思い出した。そうだ……そう、確かにいた。
丸い目に茶色のショートヘア、少し丸っぽい顔で、ふっくらした印象だ。平均的な女子の体型って感じ。座っていて詳しくは分からないが、身長は百六十ぐらいだろう。陽愛よりちょっと低いぐらいだ。
こちらも、陽愛と比べては失礼だが、同じくらいの美少女ではある。
それでも憶えていないのは、俺の性格の問題なのだが……。
「え……黒葉くんも来てくれたの?」
んが……やばい、俺のことを憶えている。
ついさっきまで忘れていた、なんて言ったら、泣かれてしまいそうだ。
そういうイメージを持つのも、折木のか細い声、控えめな仕草などにあるのだろう。
「ん? うん……折木には迷惑だったか?」
すると、折木は首を横に振って否定した。ひとまず安心。
「……黒葉くんが来るんだったら……部屋、綺麗にしておけば良かった……」
「ん? なんか言った?」
消え入るような声で、折木が何かを呟いたが、俺には聞こえなかった。
すると、慌てたように、またもや首を横に振るのだった。
◇
それからは学校の様子などを話し、十五分ぐらい喋ってから帰った。
俺もなんとか会話に混ざっていた。
「また、いつでもいらしてね」
折木母は、そんな感じで見送ってくれた。
◇
「来て良かったでしょ?」
また二人乗りをしながら、陽愛が俺に言う。
「俺にいいとかは別にねえけどよ……ま、元気そうで良かったんじゃね?」
そう返すと、陽愛は何やら文句を言って黙った。
え? 何? 俺って本当に会話力低いな。
例の十字路で一旦自転車を停める。
「それじゃあ……」
陽愛が降りたのを確認し、自転車の向きを変えると、後ろで誰かが倒れる音がした。
いやいやいや……誰か、って一人しかいないじゃん。
「痛っ!」
「……陽愛?」
俺が振り返ると、陽愛は足を捻ったらしく、座り込んで左足首を押さえていた。
「大丈夫か!?」
慌てて陽愛に手を貸して立たせたが、やはり痛いらしい。
「大丈夫だって……心配しないで」
強がっている陽愛をなんとか説き伏せ、再び二人乗りで、陽愛の家に向かった。
十字路から自転車で五分程ですぐだった。こちらも普通の二階建ての家だ。
着いたが、まだ立つのが辛そうだ……。
「しゃあねえな……よいしょっ……と」
俺は陽愛を、俗に言うお姫様抱っこで抱え上げる。
「って、うわ……軽っ」
「ちょ、ちょっとちょっと! え? え?」
いきなりで混乱している陽愛の手から、鷹宮家の鍵を取り、なんとか玄関の鍵を開ける。
「家には……誰もいないのか?」
なぜか縮こまって、顔を赤くしながら陽愛は小さく頷く。
靴を脱いでお邪魔させてもらい、陽愛も足を動かして靴を脱ぐ。
「りっ……り、リビングね! 私の部屋はダメね!」
必死に言うので、言われた通りにリビングへ向かい、ソファに寝させる。
「湿布とかあるか?」
「う、うん……そこの収納ケースの中」
テーブルの近くに、確かに透明な収納ケースがある。中を見ると、色々入ってはいるが、湿布等がちゃんとあった。
その一枚を取ると、ソファに戻る。
「ほれ。貼るから足」
そう言って、寝転がっている陽愛の左足の靴下を脱がせる。
「ちょっ……ちょっと! 私、自分でするって!」
意味不明な慌て方をしている陽愛。まだ強がってんのか……こいつ。
「さっきから、ちょっと、ちょっとばっか言ってるぞ。怪我してんだから大人しくしろって」
起き上がろうとする陽愛を制し、足を少し上げさせる。
「……こ、この角度じゃ……見えるじゃん……」
何かをブツブツ言ってるので、とりあえず早く貼ってやろう。ということで、湿布を貼ってやる。
俺は回復魔法は苦手なので、本当にただの湿布だ。ま、すぐに治るだろう。
「もう、オーケーだ。……こうすると痛いか?」
怪我の具合を確かめるために、左足をもうちょっと上げさせて、少しだけ曲げさせる。
すると、陽愛が慌てふためいて上半身を起こしてきた。
「お、おい……怪我人なんだから……」
そこまで言って、やっと気付いた。
寝転がった体勢から、足を上げさせたりしたら……見えるよな。てか、足上げさせなくても見えるか。
スカートの中を見てしまった代償として、湿布だけでは不足だったらしい。
耳まで真っ赤にした陽愛の鉄拳を、顔面にくらったのだった。




