第128話 聖なる魔装戦~終わりへと動き出す――next climax
(これ以上はキツイな……)
江崎 登吾は、傷口を押さえて蹲った。右肩から、多量の血が流れている。
「チクショ……――小鈴は……」
苦しげに呟いて、江崎は白衣のポケットから、携帯のような機械を取り出した。
その画面を見てから、力を脱いてため息を吐いた。
「予想はしてたが……駄目、か……。追跡装置に気付くとは、やっぱあいつらか……」
後半は憎々しげな口調で吐き捨て、江崎はゆっくりと立ち上がった。
彼がいる場所は――飛斗梶スタジアムから三キロほど離れた、路地裏である。
「最後は……頼るしかねえな」
開いた携帯のアドレスの名前は――
「白也くんに」
◆
私は、陽愛の言葉に少しだけ驚いた。
訊いておいてだけど……陽愛は黒葉を好きだと、確信に近いぐらいの気持ちで思っていたのに。
「そうなの?」
再び、疑問を投げかけてしまった。
ゆっくりと陽愛が頷いた。
「瑠海は……好きなんだよね?」
私も頷き返す。
でも……私の気持ちは、陽愛や桃香が思ってるほどじゃないんだよ?
あの鈍感な黒葉なら、分からなくて当然だろうけど……きっと、この私の気持ちを、正しく理解してくれていないんだろうな。
それだけは、軽く諦めてるけどね。
「そっかあ……じゃあ、私の恋敵は桃香だけかなあ~……」
小さくボヤいてから、寝ている桃香をチラッと見た。
そんな私を見て、陽愛が笑っている。
「いやあ……どうだろうね? 他にも、いるんじゃない? ライバル」
「ん? なんか知ってるの?」
陽愛って人脈広いからなあ……。
「う~ん……微妙」
「なんだそりゃ」
笑って話していると、ブザーの音が鳴り響いた。
試合場に目を向ける。
そろそろ始まるのかな?
「え……あれは……?」
隣で、陽愛が驚きの声を上げた。
「どうしたの? 知ってる人?」
陽愛の目線を追ってみて……試合場に現れた、最終代表選手の二人を見る。
第2の観客席から、大きく歓声が上がった。
◆
一番最初に反応したのは王牙だ。
「はあ? どういう事だよ? 可野杁って、あの行方不明の奴だろ?」
通達では、その通りである。
しかし、栢は静かに首を振った。
「おそらく……可野杁は、侵入者に手を貸したの。彼女はわざと、身を隠していると思われるの」
壱弦と蓮碼が、同時に眉をひそめた。
情報と違う、どころではない。内通者がいるというのだ。
「それは、上里に調べさせてたのか? それで侵入者共は、こいつを狙ったと?」
「さすが、察しが良いの」
栢は弱々しく微笑み、王牙の問いに頷いた。
「上里は、決定的な証拠は掴めていなかったの。だからこそ、狙われたのだけど……でも、情報はもう、こっちのものなの」
そう言って、栢は携帯を取り出した。
「時限的にメールが送れるよう、上里が自分の携帯に仕組んでいたみたいなの」
そこで、王牙が眉を上げた。
「なんでそんな事したんだよ。面倒くせえな」
「おそらく、保険的な意味だったと思うの。本人も、狙われる恐れがあると、分かっていたもの」
あっそ、と王牙は首を竦めて黙った。
その時、ガチャッという音と共に扉が開き、黒葉が入って来た。
「え……あれ? 皆さん……どうしたんですか? 試合、始まちゃってますけど……」
◇
試合場で、雲類鷲 苅は首を傾げた。
最終代表戦一回戦、対戦は、第一高校と第二高校である。
「おかしい、な……ここまでなら、さすがに止めるだろうに……」
ため息と共に、苅は次の攻撃を繰り出す。
目立った抵抗もせず、対戦相手はそれを受けた。
「ふざけるなよ、不舞……伝統的な大会を、汚す気か?」
開始から六分。
試合はずっと、一方的な戦闘となっている。
再びため息を吐き、苅は攻撃の手を止めた。
「つまらないな……――君もそろそろ、降参した方が良い。後の試合に期待するんだね」
目の前の相手へと声をかけながら、苅は快晴の空を見上げた。
「雨が降るかとも思ったが、これなら支障はないだろう。さすがに第3も馬鹿ではないからな……第二が勝つことは、もうないさ」
苅が小さく呟いた後、試合は呆気なく終わる。
最終代表戦1回戦は、十分も経たずに、第一の勝利で幕を閉じた。
◆
「白城……テメエ、普通に顔出してんじゃねえよ――ま、今更隠すことねえか」
医療室に入った俺を、千条先輩が睨んできた。
確かに、室内には第二の生徒会長である不舞さんもいる。これは不注意だったかもしれない。
「気にしなくていいの。私は控え室へ行かないから、バレることはないの」
「こっちが気にすんだよ。どうでもいいけどよ」
不舞さんの言葉に、千条先輩が鼻を鳴らした。
「んで? お前がウロウロしてる理由はなんだよ」
千条先輩の質問に、俺は少し困った。
試合までに時間があったし、座って待っているのも落ち着かない。なので、少し歩いていたのだが……まさか、ここに集合してるとは思わなかった。
「あ、いやあ~……小園先輩の具合はどうかな~……と」
部屋の隅で壁にもたれ、不機嫌そうにしている小園先輩をチラッと見て言った。
さっきから、小園先輩と瓜屋先輩が言葉を発しない。表情からして、何か考え込んでいるようだ……何か、重要な問題について。
「……私は大丈夫だから、早く戻りなさいよ。そんなに余裕って訳?」
「いや……そうじゃないんですけど……」
心なしか、いつもよりも口調がキツイような気がする小園先輩の台詞に、俺は口ごもった。
「そうですね……あまり感心しませんよ? 万全の状態で、待っている方が良いと思います」
瓜屋先輩も続けざまに言ってくる。
なんか……俺、邪魔者っぽいな……この人たちで、何か話していたのかもしれない。
なら、ここは空気を読もう。読める時に読んでおかないと、俺の場合は後悔しそうだ。
「それじゃあ……俺は戻ります」
後退りながら、俺は小さく宣言して頭を下げる。
「ああ、白城」
千条先輩に呼ばれ、顔だけ向く。
「第二なんて、軽く倒してきて良いぞ」
隣で不舞さんが怒り気味だが、俺は軽く頷き返した。
本当に勝てるか分からない。軽くだなんて、とんでもない。
でも……全力を尽くす。
勝ち負けってのは、力を出した後の結果なんだ。出す前じゃあ、分かりようもない。
「なんだかな……強制的にやらされた、って感じの始まり方だったのに」
今じゃ、やる気満々じゃねえかよ、俺。
いいさ……やるしかないんだから、やる気があった方が幾分か楽だろ。
控え室へ入ると、当然のように誰もいない。
まさか……俺の試合、誰も観戦しないのだろうか?
自信がある訳じゃなし、観られたいってことでもないが……なんか、寂しいなあ……。
試合……今は、どうなっているんだろうか……?
そんな事を思いながらも、時は早くも十五時三十分となった。
俺の試合まで、残り十分……。
入場口の近くでスタンバイしながら、俺は静かに息を吐いた。
廊下ですれ違った職員から話を聞いたところ、最終代表戦一試合目は、第一の勝利で終わったらしい。しかも、ほんの数分だったと言っていた。
「まさか……そこまで、雲類鷲さんは強いのか?」
逆に考えると、第二の代表選手が弱いという結論に至るが……さすがに、それはないだろう。
入場の指示を受け、俺はゆっくりと試合場へと向かう。
誰が相手でも関係ない――
「そんで、どうなんだよ、お前は」
「ああ? 俺か?」
――なんだ……どうしてだろう……前にした、上繁との会話が蘇ってきた。
なんで、こんな時に……――
「――やっぱり、あの子かな」
「誰の事だ?」
「他校なんだけどよ。第二の一年生でな。今度の聖なる魔装戦に出るんだよ。スゲエ可愛いって」
「……何? 聖なる魔装戦に?」
――俺の脚が一瞬、止まる。
「分からないんです……私、何もやっていないのに……なぜかみんなが、何かの代表に推薦したりとか、困ってるんです……」
月音と始めて逢った日の会話も、フラッシュバックしてきた。
一年生? 第二の? そんな選手、一度も出ていない。
可愛い、か……だからなんだってんだよ。
上繁が掴んだ情報が、デマの可能性だってあるんだ。
何かの代表に推薦? この時期に、なんの代表があるって言うんだ?
第二の最終代表選手は、全校投票で選ばれるんだっけ?
急に人気が出てきた? 好かれ始めた? あまりにも不自然で、不思議すぎる?
「そりゃ……俺も不思議だよ、月音」
試合開始のブザーを遠く聞きながら、驚いた表情で立ち尽くす月音を前にして、試合場で小さく呟いた。




