第127話 聖なる魔装戦~決戦へ――reversible decisive
警備の人達にも連絡して、謎の男の捜索は続く。
輝月会長も走り回ってくれているけれど……依然、見つからない。
「品沼くん、諦めないで頑張ろう。それとも、少し休憩するかい?」
輝月会長の優しげな問いに、僕は首を振った。
確かに、昼食も摂っていないが……あの男、もとい可野杁さんを見つけるまでは、休んではいられない。
「そうか……無理はしないでくれよ」
頷いてから、唇を噛んだ。
――輝月会長は、どこまで知っているんだ?
この人は基本、優しいけれど……本当に集中している時、危険な時、重要な事を話す時など、口調が乱れる。あまり言いたくはないけれど、本性が出ている、という事かもしれない。
その会長が、今は普段通りの口調だ。
思い返せば、僕が通路で呆然としていた時、会長は口調が荒っぽかった。状況を知らない状態でだ。
それなのに、状況を知った今の方が、落ち着いている。
なぜ……? それに、僕を見つける前に、何があったのだろう?
この人は強い。
とても頼りになるし、力になってくれる。尊敬できる。
だからこそ……怖くなる。時々、不安になる。
この生徒会長が敵に回ったりした場合、どうなってしまうのか、と。
◆
大歓声に耳を震わせ、鷹宮 陽愛は試合場に目を向けた。
休憩時間が過ぎ、二時三十分。
聖なる魔装戦、最終代表戦――その一試合目が始まるのだ。
友達であり、第三の代表である白城黒葉は、第二試合からだ。それを分かっていても、陽愛は鼓動が抑えられなかった。
あの黒葉が、一年生でこんな大舞台に立つ。自分のことのように、緊張していた。
「あれ? 陽愛ぃ~なんか硬いぞ~!?」
そんな陽愛に、後ろから姫波瑠海が抱きついた。
「きゃっ! ちょ、ちょっと!」
突然のことに、短く悲鳴を上げて、陽愛が抗議した。
「もう……どうしたの、いきなり」
「だって、お祭り騒ぎみたいな中で、一人だけ緊張してるみたいなんだもん」
瑠海はそう言って微笑み、陽愛の隣へと座った。
座席指定をされている訳ではないが……ほとんどの生徒が、最初の席を離れすぎている。
「桃香は?」
陽愛の問いに、瑠海は後ろを振り返った。その目線の先、座席を四つほど使って、桃香が横たわっている。と言うより、眠っていた。
「疲れちゃったみたいだよ~? 誰かが、会場内を引っ張り回すから~」
ふざけ混じりな口調の瑠海が、陽愛にニヤニヤと笑いかける。
陽愛はそれから逃げるように、少し横を向いた。
「な……そ、そんなこと、ないでしょ……」
「ま、それで置き去りにもされちゃったしね~」
「うっ……」
痛いところを突かれたように、陽愛が怯む。
そんな様子を見て、瑠海は表情を和らげた。
「でも、黒葉の試合になったら起こして、だってさ」
その言葉を聞いて、陽愛は苦笑いした。
「……桃香って、黒葉のことが好きなのかな?」
ふと、陽愛の口から、そんな疑問が飛び出していた。自身でも無意識だったようで、言った直後に顔を赤らめる。
「あ、いや……!」
「う~ん……どうなんだろうねえ~」
慌てる陽愛を前に、瑠海は首を傾げた。
本当に悩んでいるようだ。
「確かに恋してるようにも見えるけど、引っ込み思案すぎて、気持ちまで引っ込み気味なんだよ。でも、好きだとは思うよ?」
恋の話に関して、比較的真面目な瑠海の答えに、陽愛は、そっか、とだけ返した。
なんで、こんな質問をしたのか。陽愛は自分でも分からなかった。
「陽愛は?」
「……え?」
「陽愛は好きなの? 黒葉のこと」
瑠海の意外な質問に、陽愛は一瞬、思考が追い付かなかった。
「どうなの?」
「え、わ、私は……」
瑠海が黒葉を好きだということは知っている。と言うか、見せつけてるかと思うほどなので、分かりきっているのだ。
陽愛は、自分で顔を赤くなるのを感じた。
だからこそ、大切な友達に、嘘は吐きたくなかった。本心を態度で表す瑠海に、嘘は吐けなかった。
「私は……黒葉のこと――恋愛対象としては、好きじゃないよ」
◇
千条王牙と瓜屋蓮碼と二人が、医務室の椅子に座っていた。
ベッドに横たわる、今晴と貴樹を見ている。
「酷いやられようですね」
蓮碼が、辛そうに言った。
試合を終えたばかりだが、疲れている様子はない。
「まあ、そうだな。他の奴らは?」
ぶっきらぼうに王牙が応えると、蓮碼は軽くため息を吐いた。
「選手用の医療室ですね。小園ちゃんは、こっちに移されてたみたいですけど」
「なんでだよ」
王牙が訊き返すと同時、医療室の扉が開いた。
「選手用はこっちよりも狭いのよ。戦う人用の方が狭いって、おかしいでしょ」
小園 壱弦が、医療室へと入室りながら、素っ気なく呟いた。
そんな様子を見て、王牙がニヤリとする。
「どうやら元気はいいみたいだな」
「どこがよ。大変だってことぐらい、見りゃ分かるでしょ」
壱弦が苛立たしげに返し、椅子の一つに座った。
「さて、と……どうするよ。鋭間の連絡からすると、相当ヤバイらしいぜ」
王牙が話を切り出すと、蓮碼も頷いた。
「品沼くんも動いているらしいですね。まったく……聖なる魔装戦が、何事もなく行われる可能性って、ないのでしょうか……」
「ないな」
「ないわね」
蓮碼の嘆きに対し、王牙と壱弦が冷たく言い放つ。
聖なる魔装戦に関する、経費などの額は多大である。そのため、各校の生徒会、または何名かの先鋭の生徒には、申し渡されているのだ。何が起こっても、大会は無事に進行させよ、と。
「元々、第二の生徒会に穴があったんだろ? 俺らまで責任問われてもな」
不満そうな王牙の言葉に、蓮碼が苦笑いした。
「そんなこと言ってしまうと、上里くんが可哀想ですよ。巻き込まれたんですから」
「自業自得だ」
王牙はやはり冷たく返した。
そんな会話に苛立ったように、壱弦が口を開いた。
「それでどうするの? 最低でも三人の、不審な男の捜索。第二の可野杁、だっけ? そいつの救出やら、分担する訳?」
本題に、蓮碼は首を軽く振った。
「捜索の方は、警備の係員と輝月くん、品沼くんの、総動員でやってくれてます。私たちがやることは、監視ですよ」
「監視?」
王牙が眉をひそめる。
蓮碼は軽く頷いた。
「見張り、とでも言いましょうか。試合への干渉、他生徒への犯罪行為等をがないよう、監視するんです」
「それって……結局は、警備の奴らの仕事を、俺らが代わるだけじゃねえか」
つまらなそうに、王牙が舌打ちをした。
「まあ、問題の男たちを見つければ、可野杁って子も見つかるんでしょ? だったら、私は手負いだし、楽な方を選ばせてもらうわ」
壱弦が椅子から立ち上がりながら言い放ち、扉に向かおうとした。
すると、壱弦がドアノブに手をかける前に、その扉が開いた。
「おっと……危なかったの」
その扉の向こうから、不舞栢が姿を現した。
少しよろめいた壱弦を、栢が支えている。
「もうちょっと、休んでた方がいいの」
「……お気遣いどうも」
壱弦がムスっとした様子で、一歩栢から離れた。
「おいおい、どうしたんだよ。いきなり」
王牙が、栢を見向きもせずに訊く。
そんな王牙に、栢はニコッと笑った。
「残念ながら、第二で信用できるのは、そこの上里だけなの。協力できるのは、私だけなの」
「はあ? 何言ってやがる。生徒会の役員とか、代表選手の方々はどうしたんだよ」
眉根を寄せた王牙の問いに、栢は目を軽く閉じて、首を振った。
「今、第二のバランスは最悪……特に、生徒会の中が」
壱弦と蓮碼は、二人の会話を静かに聞いている。
王牙は鼻を鳴らした。
「生徒会内が悪環境とは、酷いもんだ。何があったんだよ」
小馬鹿にしたような態度で王牙が訊くと、栢は悲しげな顔をした。
「生徒会役員の一人が、怪しかったの」
「怪しかった?」
過去形になっている事に、王牙が反応した。
「そう……だって今はもう、確信している……明らかなの」
そこで、突然栢が頭を下げた。
三人がたじろいでいると、栢は頭を上げて、言葉を紡いだ。
「協力してほしいの……可野杁を、本当の意味で助けなければいけないの」




