第126話 聖なる魔装戦~影による制圧――Overwhelming victory
引き金が引かれ、銃弾が真っ直ぐに飛んでいく。
狙い良く、蓮碼の右手へと命中するハズが――
「な、な……!」
児玉は声も出せずに、その場に固まる。
蓮碼が先に発砲していた銃弾、それが当たったナイフから、真っ黒いエネルギー波のようなものが空高く上がっていく。
そのエネルギー波が、銃弾を跳ね返したのだ。
中心で、蓮碼は微笑む。
「行こうか……約束された勝利者」
◇
「属性魔法の一種とされてるらしいけど……これは、波動魔法という、ちゃんとした種類があるんだよ」
蓮碼は呟くように言って、周りのナイフにかざすように、拳銃を動かす。それだけで、黒いエネルギーが、形を造っていく。
「約束された勝利者……終わらせよう――勝利で」
真っ黒いエネルギーの塊は、まるで人のような形をとった。
「影魔法。これが、私の属性魔法であり、詳しく言うと、波動魔法。じゃあ、行くよ」
蓮碼は十体の影に銃口を向け、ただ、拳銃を動かす。
「クソッ……! 余裕ってかッ!」
悪態をついて、眞鍋が長剣を構える。その刀身に、再び黄色い光が宿っていく。
児玉も銃把を握る手に力を込め、銃口を蓮碼へと向ける。
「天才だろうがなんだろうが……努力をしない人間に、勝利は訪れない!」
児玉は叫びながら、引き金を引く――
「――ッ!?」
気付いた時には、児玉の手から拳銃は消えていた。
三体の影が……それぞれ、児玉の腕を払い、撃鉄を押さえ、拳銃を取り上げていた。
(体格は大きめで、高さは二メートルぐらいあるのに……なんて精密な動きを……!)
児玉は心の中で毒づいて、もう一丁の拳銃を取り出した。
「遅いですよって」
パンッ! という音と共に、児玉の新たな拳銃が、地面に転がってバラバラになる。
蓮碼の肘が、児玉の左胸を打つ。
「う、くぅっ……!」
「眞鍋くんを優先すると思った? 認識が甘いね……状況に関しても、私の影魔法に関しても」
ぐらついて咳き込んだ児玉を、三体の影が包み込む。
「はあっ!」
飛び掛かりながら長剣を振るってきた眞鍋を、蓮碼は背を向けたままサイドステップで躱すと同時、刀身に銃口をかざす。その刀身を、一体の影が掴んだ。
「なんなんだよ! こいつはッ!」
眞鍋は危険を察し、長剣を放した。着地と同時、蓮碼へローキックをする。
「くッ!」
しかし、その脚が届くより先に、長剣を掴んでいるのとは別の影が割り込んできた。
影への手応えはあるが、硬い。
「影取り」
蓮碼は、三体の影に覆われている児玉へと、銃口を向ける。
その瞬間、影を纏った児玉が、素早い動きで眞鍋へと近付き顎を蹴り上げた。
「が、はぁッ……!」
突然のことに受身を取れず、眞鍋は背中を地面に打ち付けた。
「じゃあ、終わらせますね――影の侵食」
蓮碼の声と同時、児玉の体を更に二体の影が包む。起き上がろうとする眞鍋を、五体の影が包んだ。
その二人に、蓮碼は順番に銃口を向ける。
キュイイイィィィィィィィィンッ!!
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!」」
影は五体ずつで一つとなり、発動した時と同じように、空高く昇るエネルギー波となった。
それに包まれる眞鍋と児玉は、悲鳴を上げている。
約五秒後……影は消えたが、倒れた二人は立ち上がれなかった。
◆
圧倒的な戦いを目の当たりにして、俺は唖然とする。
「波動魔法……属性魔法より、使える人は少ない魔装法……」
兄さんから教わった知識を、思わず呟く。
系統はほぼ同じだが、属性魔法が基本は自然的な力で、波動魔法はもっと抽象的だ。
波動魔法はハッキリしていないのだ。どういうイメージ、と言うよりは……それこそ、才能がある人が使っているとしか言えない。
「あ~あ、可哀想。瓜屋と当たったせいで、あれよ」
小園先輩が、試合場を見てボヤいた。
確かに……あの、眞鍋選手も児玉選手も、ハイレベルなことをしていた。
眞鍋選手は、長剣からの衝撃波攻撃、しかも高エネルギーだった。銃口を向けられてからの対応も早かったし、攻撃を受ける時には、上手く勢いを殺していた。
児玉選手は、爆発魔法と分裂魔法の並列発動、威力も高い。拳銃の狙いも良く、連続で攻撃している時にも隙がなく、いつでも受身体勢が取れていた。
しかし、瓜屋先輩は遥か上だった。
天才。
「確かに……あの波動魔法は、あまり見たいもんじゃないですね……」
「白城も、そう思うでしょ?」
俺の呟きに、小園先輩はため息を吐いた。
「瓜屋の、いつもの笑顔で隠されてるけれど……黒々しいのよ、あの力は。黒い才能」
あの最後の攻撃の後……二人の選手には、大きな外傷はなかった。
おそらくだが……あれは、相手の精神を攻撃する類だったんだ。
「魔装法はイメージであるが故、最終的には、精神にも影響を与える、か……」
科学者の研究による、あくまでも可能性の話を、小園先輩が呟くように言った。
その可能性は否定できない……いや、むしろ賛同する。
あくまでも、可能性、なのかもしれないが――
「天才なら、やっちゃうかもしれないもの」
俺の心を見透かしたように、小園先輩が再び、ため息混じりに言った。
◆
「努力をしない人間に、勝利は訪れない……か」
私は、児玉ちゃんが叫んだ言葉を反復しながら、拳銃をしまった。
その言葉は否定しない。世の中には、努力をしている人間がたくさんいて、報われる人と報われない人がいる。
「でも、ね……それでも私は、勝てるんですよ?」
気を失っている児玉ちゃんに、私は囁いた。
「努力をすれば、私には勝てるようになるかもしれない……でも、そこまできたら、それは『努力の天才』なんですよ? 結局は、『天性の天才』である私の、延長線上でしかない」
それでも……頑張って下さいね。
とりあえず、この戦いは終わりだから……後は、健気な後輩に任せるから。
今日は、私に負けといて下さい。
私は心で呟いて、試合場から退散していく。
◆
これで成績は、第一が一ポイント、第二が二ポイント、第三が二ポイント。
残すは最終代表戦。
第三が優勝するには、俺が勝つしかない。
一試合目の第一対第二で、第二が勝った場合、俺は負けられない。
同点となった場合は……運営に任せるとして、他の高校の立場になってみよう。
第一の優勝条件は、全勝しかない。まさか、優勝候補筆頭が、最下位とは……。
第二の優勝条件は、とりあえず第三に勝たせないこと。最悪でも一勝すれば、第一と同点で終われる。
そうなると、われらが第三は、第二に勝たせないことか?
「あー……分からん。まず、同点の可能性があって、その場合の対処も分からんのに、考えられるかっての」
むしゃくしゃと頭を掻いて、俺はパイプ椅子に深く座り込む。
お馴染みの控え室には、俺しかいない。
小園先輩は、再び医療室へと。傷が痛くなってきたそうだ。何やってんだよ。
瓜屋先輩は……見ていない。俺と小園先輩がいた場所とは別の場所から、試合場を出たようだ。
輝月先輩と千条先輩も、結局は見ていない。どこに行ったのか……。
「俺、出るんですけど……」
いや、最初は第一対第二だった。俺には結構な休憩時間があるということか。
……ずっと休憩してたな。
サボったって訳でもないんだけど、罪悪感がある。
――自分の戦いが、勝敗を決める――
軽い寒気に身を震わせ、俺はそっと立ち上がった。




