第125話 聖なる魔装戦~天才の出撃――eternity winner
瓜屋蓮碼は、いわゆる天才である。
才能あるものは、高確率で妬みの対象になるものだが……蓮碼の場合、それにおいても天才だった。
カリスマ性とでも言うべきか……彼女自身が、彼女の才能を目立たなくさせた。本人の意思がなくとも、自動的に、ごく自然的に、蓮碼は世の中に普通に溶け込めていた。
そして、彼女の天才ぶりは、魔装法が一般化されてから、更に浮き彫りとなる。
◇
「瓜屋……蓮碼……!」
第二の男子生徒、眞鍋は、小さく舌打ちをした。
この三つ巴の試合……組んだのが、蓮碼だと知って、納得したのだ。
「ああ、白城か」
黒葉が振り返ると、そこには、壱弦が立っていた。
「こ、小園先輩……!? 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃないわよ。見りゃ分かるでしょ」
確かに、壱弦の立つ姿勢は悪く、歩いてくるその足取りは、フラつき気味である。
「なら、なんで……」
呆れ混じりに黒葉が訊くと、壱弦は隣まできて、壁にもたれた。
「仕方ないでしょ。あんたたちの戦いなんだから」
その言葉の意味を察して、黒葉が微かに笑った。
「ありがとうございます」
「……別に」
試合場を見て、壱弦はため息を吐いた。
「本当、瓜屋らしいやり方ねえ……」
その言葉に、黒葉が首を傾げる。
「どういうことですか?」
再び、壱弦がため息を吐いた。今度は、馬鹿にしたようなため息だった。
「気付かないの? リードしてるのは第二なのよ。そして、第一の選手は女子、第二は男子……これで三つ巴となれば、戦りにくいのは男子を出してる第二。勝負としちゃ、気休めだけどね」
それでも、黒葉は納得いかないようだった。
当然ではある。
「いやいや……対戦相手は、直前まで分かんないんですよ? どうやって、そんな仕掛けをするんですか?」
しかし、そう言われても、壱弦は試合場を見据えたまま、静かに続ける。
「瓜屋は、天才なの」
「へ? 天才……?」
「そう、天才。才能があって、努力もせずに強くなった」
少し話がずれた気もしていたが、黒葉は眉をひそめた。
その言葉はいかにも、蓮碼が才能のみで生きてきたかのようだったからだ。
「天才とか才能って言葉は、努力を踏みにじるものよ。だからこそ、もってしまったらしょうがないの。瓜屋は、それを小さい頃から分かってた」
「どういう……ことですか?」
黒葉は訊きながら、試合場を見ていた。
異例の事態だからだろうか……三人とも、大きい動きがない。
「瓜屋は、努力しなかった。自分の才能に気付き、努力をしても無駄だって知って、才能のみに頼ったの。だから、本当の意味で……天才」
蓮碼が、自らの才能に気付いたのは七歳の時。
何かの才能ではない。全てにおいて、蓮碼は優秀だった。不得意なことと言っても、必ず平均よりは上。だからこそ、蓮碼の天才ぶりは目立たなかった。突出している訳でなかったからである。
若干七歳で、彼女は悟ってしまった。自惚れなどではなく、ただ純粋に分かってしまった。自分の才能が、努力を凌駕してしまうことを。
小学四年生の時、彼女は魔装法を初めて使った。
自分の才能を超える、自分の才能の及ばないものが、魔装法ではないかと、期待した。
しかし……違った。
彼女は真に、魔装法の天才だったのだ。
◇
天才、という言葉はよく使われるが、それは結果のみを見た言葉だ。どんなに賢くなろうと、強くなろうと、それは変わらない。
努力の天才、なんて言葉があるぐらいだ。
個人の努力は、自身でしか分からない。いや、本人でさえも分からないだろう。
努力を積もうと、才能がないとは限らないのだ。
「だからこそ、私は割り切ったんです」
蓮碼は微笑んで、眞鍋の方を向く。
知り合いという訳ではないが、中学時代の同級生であり、蓮碼の噂は広がっていた。
「人は言うよね。努力しなければいけない、努力しなければ何も得られない、とか。でも、私は違う。才能がある人間は、才能を活かすべきだって、そう思うの。どんなに努力しようと、天才だなんて言われるなら、その通りになってやろうって」
そう言うと、蓮碼は素早くナイフを取り出した。
その数、十本。両手に五本ずつ。小型だ。
全てを器用に掴んで、眞鍋を見る。
「ごめんね。こんな戦いで」
手を下に向け、開く。ナイフがゆっくりと落ちていき……途中で止まる。
そのまま、右手を振りかぶり、斜めに下ろす。
その手に連動し、ナイフが眞鍋の体へと向かう。
「くっ……!」
眞鍋はなんとか飛び退り、その刃を避ける。
すかさず、第一の代表、児玉が拳銃を取り出し、銃口を眞鍋へと向ける。
「チッ……! ふざけんなっ!」
蓮碼のナイフを避けた勢いで、体を銃口の右側へと動かす。
「お前……瓜屋と一騎打ちで勝つつもりか!?」
眞鍋の言葉を、児玉は鼻で笑った。
「確かに、勝率は低いよねぇ……『真の天才』相手じゃ……」
無理をして眞鍋を狙わず、児玉はバックステップで距離を取った。
トライアングルのように、約二メートルの間隔で、三人が向かい合う。
「でも、ここをやり過ごせば、残るは最終代表戦! こっちは雲類鷲が出るのよ! 勝てっこない!」
児玉は叫ぶと、両手の指を引き金にかけた。凄まじい爆発音と共に、銃弾が発射される。
「ぐあああああッ!」
銃弾は、何発もの小さな球となり、眞鍋を直撃した。
「分裂魔法……」
微妙に感心したような声を出しながら、蓮碼は構えもせずに児玉を見た。
「なかなか、面白いです」
「そりゃ……光栄ね……!」
児玉が銃口を蓮碼へと向ける。
「駄目ですよ。それじゃあ遅い」
その声は、児玉の耳元から聞こえていた。
「なっ……!?」
「さっき言ってましたね。昔の、『真の天才』なんて名前……確かに、私は天才ですけど……」
児玉の拳銃をナイフが払った。
「真の天才ではない。あくまでも、ただの天才です」
蓮碼の左脚が、児玉の右脇腹を蹴り抜いた。
軽々と、児玉の体が吹き飛んだ。
◇
試合は三つ巴と言うより、蓮碼の独壇場となっている。
「あれって……操作魔法ですか?」
指と連動するナイフを見て、黒葉が首を傾げた。
それに対し、壱弦は首を振った。
「違うわよ。あんなの、魔装法でもないわ」
「え?」
「ワイヤーで繋げてるの。攻撃する時だけ、ワイヤーに硬化魔法を張ってるのよ」
それは、目を凝らすか、知っていなければ分からない。
それを聞き……黒葉は眉をひそめた。
「あんまり……派手に戦わないんですね」
壱弦の言葉を聞いて、黒葉は大きな魔装法を使うのかと思っていた。
しかし、属性魔法すら使わない。
「一応、あるわよ。属性魔法」
「あるんですか?」
なら、なぜ使わないのか?
黒葉の疑問を先読みしたように、壱弦が言葉を紡いだ。
「あるわよ……ただ、あまり見たいものじゃないもの」
◆
さすがに、分裂魔法と爆発魔法の組み合わせによる銃撃は、威力が高い。
でも、そこもさすがと言うべきか、眞鍋くんは立ち上がった。
「本当は……傷付けずして、終わりたいんだけど……」
私は十本のナイフと指を繋ぐワイヤーを切りながら、そのナイフを地面に突き刺さるようにバラ撒いた。
感情的になっちゃったか……。
少し落胆しながらも、私は攻撃を避ける。
理性的なら、眞鍋くんが第一優先だと分かっているハズなのに……児玉ちゃんは、私を狙ってきている。
「仕方ない、か」
私は小さめの拳銃を取り出して、地面に向ける。正確には、ナイフに。
「はああっ!」
児玉ちゃんのナイフの突きを、手首を掴んで止める。
「くっ! これぐらいで……!」
「終わらせるから、待ってて」
銃把でナイフの刃を殴り、折る。
そこへ、眞鍋くんが突っ込んできた。
「くらえッ! 小狼矢斬!」
眞鍋くんの持っているのは……長剣。なるほど、確かにすごいエネルギーだけど――
「!?」
急いで、児玉ちゃんを放し、防御の構えを取る。
どうりでおかしいと思った……その剣で直接斬るのには、歩幅が狭い。
私を斬るつもりなら、後四センチ大きく、残り九歩進まなければいけない。なのに、普通よりも一センチ小さく、速さも通常の動きからみるにして、八十七分の八十六ぐらい。
つまりは、遠距離系の魔装法を使うつもりで、飛距離は約、一,六メートルから二,六メートル。
「すごいですねえ……」
刃から、黄色い、ノコギリのような衝撃波が飛び出してきた。
速いけど……でも、速いだけ。
「避けても、いいけど……」
拳銃で、衝撃波を向かい撃つ。
ピイイイィィィィィン!! という甲高い音と共に、衝撃波と銃弾が、同時に砕けた。
「な……んだ、と……?」
眞鍋くんが驚いて、動きが止まる。
視界の端で、児玉ちゃんが銃口を向けてきたのが分かる。
あの指の動きからして、引き金を引くのは約三,二秒後。照準は私の右手――拳銃を放させる気なんだ。
「だったら、私の方が速いよ」
銃口をナイフに向け、十連射する。十本のナイフの柄、全てに命中。
「行こうか……約束された勝利者」




