第122話 聖なる魔装戦~暴走する敵意――bad atmosphere
空間魔法の難しさというのは、維持するところにある。
大まかに言ってしまえば、もう一つの世界を創るのだ。それを維持するというのは、高難易度である。
更に、その空間魔法を認識する人間が多ければ多いほど、その存在は揺らぐ。第三魔装高校で起きた、部活動反乱事件のような場合は異例である。
魔装法の簡単なところは、イメージで発動出来ることだ。逆に言えば、イメージが崩れれば簡単に魔装法は消える。
それは、他人のイメージにも少なからず影響されるため、一つの魔装法を長く維持すればするほど、その効果は揺らいでいくのだ。
小園壱弦が初めて空間魔法を使ったのは、なんと中学一年生だった。
才能のある人間なら、そういうこともあるが……それは、今の話だ。
約五年前ということは、魔装法は使われ始めたばかりである。そんな時期での、才能の開花だった。
彼女は、他の魔装法はそこそこに、結界魔法や空間魔法を極めた。
自分に有利な場を創り出し、更に物理的効果を付与できるようになった。
つまり、一つの空間魔法で、様々な効果を得られるようになったのだ。
不平等な庭園は、それらを全て詰め込んだ空間魔法である。
◇
壱弦は、自分の腹部に突き刺さるナイフに目を向ける。
突然すぎる事態に、思考が追い付かず、痛みだけがジワリジワリと滲み出してくる。
(どうやって……あの状態から……)
明らかに勝負は決していた。
あの状態から、壱弦の不平等な庭園を吹き飛ばすほどの一撃……そして、一瞬で詰め寄る高速移動など……。
驚愕しながらも、幾度となく戦ってきた慣れからか、頭は冷静で、感覚のみが悲鳴を上げていた。
壱弦は歯を食いしばって、前を見る。
(……!?)
その直後、彼女の身体は強く後ろに引っ張られた。
◆
「こ……小園……先輩っ……!」
衝撃的な光景に、身体が硬直する。
誰かが刺される、傷付くのは見慣れたぐらいだが……まさか、この大会で……!?
五秒ほど、小園先輩は刺された状態で止まっていた。というより、全てが止まっていた。
バアァァァンッ!
衝撃音が聞こえ、瞬きした瞬間に、小園先輩と麻生選手は引き離されていた。
小園先輩を抱きかかえて、救護員と話しているのは――
「輝月……先輩……」
隣から舌打ちが聞こえた。
見ると、千条先輩がイラついた顔をしていた。実際、怒ってんだろうなぁ……。
手には鎖牙が握られていて、飛び出そうとしていたことが分かった。
「怪我人が出しゃばってんじゃねえよ……」
呟く千条先輩を見て、納得する。
ああ、この怒り方は、心配している時のそれだ。
輝月先輩は救護員と少し喋ってから、ざわつく試合場を平然と、俺たちの方へと歩いてくる。
「大丈夫なんですか?」
「ん、まあまあ」
俺が訊くと、輝月先輩は肩を竦めてみせた。千条先輩はため息を吐いている。
試合場では、何人かの役員が麻生選手を取り囲んでいた。
「あれは、ハプニングとして処理されるだろう。麻生にも、罪はない」
輝月先輩が素っ気なく言った。
それにしても……おかしい……なんで、あんなことが……?
「……ッ!? 鋭間ッ!」
突然、千条先輩が大声を上げて構えた。
麻生選手が役員の人を飛び越え、輝月先輩に飛び掛かってきたのだ。
落ち着いた様子で輝月先輩は振り返り、メタルズハンド(いつの間にはめていたのか……)を着けた右手を向けた。
炎の壁が吹き出し――掻き消えた。
正確には、麻生選手が発した黒い衝撃波に相殺された。あの時の、小園先輩の空間魔法を破壊したエネルギー波と同じだ。
さすがに驚いたようで、輝月先輩が目を見開く。
視界の端で、瓜屋先輩が動こうとしたのが見えた――
「ふざけてんじゃねえぞ」
声だけで、周りを制圧するかのような雰囲気……濃密な殺気……。
千条先輩の両手の鎖が、麻生選手の両脚に絡み付き、動きを封じている。
「ハァァア!」
そのまま、麻生選手を試合場に押し戻す。
しかし、麻生選手は人並み外れた動きで立ち上がり、鎖を引きちぎった。
「ハアッ!」
ちぎれた鎖牙を持ったまま両手を振り上げ、斜めから交差させるように振り下ろした。
麻生選手はX字に打ち付けられた鎖牙を、両腕で防いでいる。
「鎖陣ッ!」
千条先輩が叫ぶと、麻生選手の足元から鎖が四本、蛇のように飛び出した。それぞれ、相手の両手両足に絡み付く。
「罪を縛り悪を伐つ、ゼロ」
俺、輝月先輩、瓜屋先輩も試合場に飛び出し、近付く。
……なんだ、この技……完全な、拘束……。
まるでキリストみたいに、十字にされている。縛っている鎖は計十本。しかし、必要以上に雁字搦めにせず、目の周りを覆うなど、魔装法の発動さえも抑止している。
「ゼロだから、こんぐらいだ」
ゼロ……? ワンや、ツーもあるのか?
「千条王牙」
その声に全員が振り向く。
大会役員……審判員……?
「お前の行為は、他校の選手への妨害などとなる。よって、失格だ」
俺は口を開けたまま、しばらく動けなかった。
千条先輩が失格、というショックだけではない。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ……千条先輩がこうしたのは、俺たちの安全確保のためですし……」
俺が穏便に話を進めようとしたが、千条先輩自らが、それを打ち破った。
「いや、俺は構わねえんだけどな? そもそもお前らの対応が、遅えし、不十分だし、こっちで対応するしかなかったんだよ。仕事なんだから、役に立たなくても、精一杯やっとけよ」
空気が張り詰める。
駄目だ……これ以上、第三を不利にしてはいけない……。
「とりあえず」
輝月先輩が両手を打ち鳴らし、爽やかな笑みを浮かべた。
「第三は、仲間を守るために頑張れるとか、そんな奴らばっかりでして。大会のために仲間を見捨てるとか――」
笑みを浮かべたまま、輝月先輩はスッと一歩だけ前に出た。
「――ふざけたやり方は、そっちだけで勝手にやれってことです」
瓜屋先輩がクスッと笑うのが聞こえた。
俺もさすがに、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そうだ! 出場前の失格とか、異例じゃないですか? なので、私から提案があるんですけど――」
瓜屋先輩が、笑顔でとんでもないことを言い出した。
◆
思わず、席を立ちそうになってしまった。
まあ、第三の生徒全員が驚いただろうけれど……。
「ひ、陽愛……あ、あの……先輩……」
「うん……分かってるよ」
怯えたように言う桃香に頷き、試合場に再び目を向ける。
小園壱弦先輩……黒葉が言っていた、三年生の代表選手。その人が、相手選手に刺された。
するといつの間にか、小園先輩と相手選手の人が引き離されていた。
引き離したのは……生徒会長……?
「品沼くん、あれって……」
出来るだけ平然としていようとしたけれど、気付けば、手が震えていた。
「うん……珍しいことではないよ。あれなら、まだ……」
そう言う品沼くんも、少し不安そうだ。
「だ、だって、貫通してるっていうか……その、背中から出ちゃってるよ? 刃の先」
瑠海が恐る恐るといった調子で言う。
品沼くんが首を振った。
「優秀な医療医師がいるし……十中八九、大丈夫だよ。後で、確認しに行くけど……」
ひとまず、安心して席に座り直す。
しかし、すぐに別の、驚きの光景が視界に飛び込んできた。
「なんであの人……生徒会長に襲いかかったの?」
「分からないけれど……これ、勝負は終わっているから……」
その後の攻防は、私にはよく分からなかったけど……この大会、何かある気がする。
嫌な予感……何か、不吉なことが起こるような――黒葉……大丈夫、だよね……?




