第121話 聖なる魔装戦~裏に潜む闇――garden in malice
長い沈黙、張り詰めた雰囲気を壊すように、石垣が大きくため息を吐いた。
「あ~駄目だ。無理、ごめん」
「はい?」
今晴が首を傾げる。
「いやさ~……君、可愛い顔して、なかなかデキる感じじゃないか。俺、そこまで強くないしね~」
照れたように頭を掻く石垣に、今晴は目を細めた。
左手で貴樹を背後に回し、右手は腰の拳銃にかけている。
「それなら、なぜ上里くんを狙うのか教えて。そうしたら見逃してあげるから」
「さすがだな~タダでは逃がしてくんないか」
大袈裟に肩を竦め、石垣は笑った。
「当然か。まあいいや……こういう時は、こういう感じで」
そう言って、素早く地面に片足を着き、左手の指で床に何かを描く仕草をした。
今晴が反応し、拳銃を抜いた瞬間、通路に煙幕が満ちる。眉をひそめ、貴樹を後ろ手に押して後退する。曲がり角に隠れ、様子を覗う。
「羽堂さん……」
「あ、久しぶりね、上里くん」
控えめな貴樹に、今晴が気軽に返す。
「なんでここに……」
「そりゃ、全校応援だからよ」
「いや、そうじゃなくて……」
どうしようもなく、貴樹は外を見る。
外の大型モニターには、第三回戦開始までの残り休憩時間が映されている。
「後……五分……」
呟いた時、少し曇っていた空から、太陽の光が差し込んだ。
◆
第二回戦が終わる五分ほど前。
「なんで俺が……」
通路の陰で、麻生征嗣は呟いた。
彼は第三回戦を戦う、第一の代表選手なのだが……大勢の前に出ること、戦うことなどは苦手。それに加え会場は、第二回戦の攻防によって盛り上がっている。
征嗣にとって、第二回戦でどちらが勝つかなんて関係ない。
第一が勝つのは決まってるようなものだ。第一回戦は意表を突かれたが、結果は同じだ。今年も第一が勝つ。
「なのに……なんで、俺が……」
外の天気は、彼の心を映したように曇り始めている。
「クソッ! 俺が負けたら第二と第三がリード……なんで、こんなタイミングで回ってくるんだよ……」
征嗣は歯軋りをして壁を拳で打った。その瞬間、背後に気配を感じて振り返ろうとする。
しかし……振り返れない。
(なんだ……この気配、空気……重い……?)
「助けてあげる」
可愛らしい声が聞こえると同時、首筋に鋭い痛みを感じ、征嗣は気を失った。
◇
「可野杁さんは、生徒会役員だったんですか」
「まあね。品沼くんもなんでしょ?」
観客席に座り直し、悠は頷きながら試合場を見た。
もうすぐ第三回戦が始まる。しかし、今晴にばかりも任せていられない。悠も、警備に行かなくては。
「一年生でとは、偉くてすごい」
栄生の言葉に、いえ、と首を振った。
栄生は警備役を受け持っていないらしいので、ここで話は終わりだ。
「それじゃあ。いつかまた、ノーサイドの時に会いましょうか」
「はい、それでは」
軽く手を振って、栄生は第二の観客席へと戻っていった。
◆
『聖なる魔装戦第三回戦、第一高校対第三高校を始めます』
アナウンスを聞きながら、俺はため息を吐いた。
「本当に始まっちゃったよ……」
例によって、入口付近から試合を見守る。
「まあ、いいじゃねえか。本人がいいって言ってんだから」
「そうですね。任せましょう」
千条先輩と瓜屋先輩が軽い……。
なんで三年生は自由すぎるんだ。三年生ってなんなの? ルールがないルールなの?
「小園ちゃんの場合、すぐに終わると思いますよ?」
瓜屋先輩が、そう言って微笑んだ。
「え、いや……すぐ終わるって?」
「ふふ、見てれば分かるよ」
同時、始まりのブザーが鳴る。
「いやいや……なんだこれ」
圧倒的すぎるんだが。
「ほら、こんな感じ」
「まあ、初見で対応は無理だろうよ」
千条先輩もため息混じりに言う。
今、試合場は、庭になっていた。
もっとも、庭園、と言うべきか。花々が優雅に咲き乱れ、池やら木まである。
「空間魔法……大規模すぎませんか?」
「でも、それが小園ちゃんの持ち味なんだもの」
瓜屋先輩がクスッと笑って、試合を見る。
相手選手、麻生征嗣さんは、既にボロボロだ。まだ、三分しか経っていないのに。
空間魔法や結界魔法の効果は多岐に渡るが、この場合は珍しい効果があった。
「全ては銃弾を発す!」
小園先輩は叫びながら、拳銃の引き金を連続で引く。
麻生選手の方は、それをなんとか躱していくが――
「また、だ……」
呟く。
外れた銃弾が花に当たる瞬間、花弁がそっと銃弾を包み込み、くるりと頭を回した。そのまま、まるで銃弾の向きだけを変えたように、麻生選手に同じような速度で放つ。
相手もさすが、反応はするが……やはり、四方八方からの攻撃に耐えられていない。
この空間魔法……どちらかと言うと、俺と品沼が『テンラン』と戦った時のに似ているかもしれない。
「二弾目ッ」
弾倉を入れ替え、小園先輩が今度は、わざと木を狙う。
木に当たった銃弾は、そのまま木に吸い込まれていった。
その間に、麻生選手は小園先輩を狙わず……周りの花々をナイフで切り刻んでいく。
「あれ取っても、駄目ですかね?」
「手遅れだろ。小園のイメージは出来てるんだし」
俺が指差す先を見て、千条先輩が首を振った。
それは、壁に何発も撃ち込まれた弾丸だ。それを通して、フィールド全体に空間魔法を使っているんだから、小園先輩もやはり、只者じゃない。
「あの戦い方……消費が激しいですね」
銃弾も、精神力も。どちらも。
「でも、十中八九、勝てますよ」
瓜屋先輩がそう言って微笑んだ。
何発か木に銃弾を撃ち込んだ後、小園先輩は再び麻生選手に照準を合わせる。
「二弾目ッ! 発射ッ!」
叫ぶと同時、引き金を引く。
――パアァァァァァンッ!!
凄まじい発砲音と共に、木の枝先が飛び散り、そこから銃弾が散弾銃のように発射された。
「決まっ……た……?」
千条先輩の肯定する声が聞こえる。
あまりにもあっさりと、相手選手は倒された。
まあ、相性が悪かったというのもあるだろう……属性魔法、特に炎魔法なんかなら、この空間魔法には抜群なのに。麻生選手は、特別強化魔法などを得意としている様子だった。
こんなに簡単に――
「あ……また、曇ってきたな」
雨が降ったらどうしようと心配していたんだが……。
「ちょ、ちょっと……あれは……」
初めて聞く、瓜屋先輩の焦った声。
疑問に思って顔を上げる。
「……これは……」
立っている。麻生選手が。見るからにボロボロなのに。
そこで気付く。
確かに、あそこまでの深手を負って立ち上がるのだ。瓜屋先輩が焦るのも無理はないだろう。
しかし、そこではなかった。それよりも感じる異変。
瓜屋先輩は既にその先、別のことを感じ取っていたのだ。
戻ろうとしていた千条先輩も、目を鋭くして振り返った。
「小園ちゃんっ! 逃げて!」
悲痛な、瓜屋先輩の声が響いた瞬間――
バアアアァァァァァァァァァァァァァァンッ!!
地面が削れ、花々は飛び散り、木々は砕け、小石も全て吹き飛んだ。
一瞬で、小園先輩の庭園が消し飛んだ。
小園先輩は顔を両腕で守り、制服が音を立てて風に吹かれる中、必死に立っている。
「んなっ……馬鹿な……」
この一撃は……確実に……敗北必至の麻生選手からだった。
どす黒い、夜の闇を感じさせる、黒々としたオーラ。それこそ、麻生選手が再び立ち上がった時に感じた、異変。そのオーラ、というか、エネルギー波、とでも言うのだろうか。それに近い。
それが、一気に放たれた。
どこに、こんな余力が――
「小園ッ!」
千条先輩の大声で、我に返る。
「――ッ……!」
試合場には……腹部をナイフで貫かれ、驚愕の表情を浮かべる、小園先輩がいた。




